第14話 危険な電車旅

 どうやらこの国で革命が起こったらしい。

 まあ、革命と言っているのも向こう側の言い分で、国の発表としてはテロリストによる議事堂占拠、みたいな扱いだったが。

 しかも、そのテロリストたちは警備を無力化し、議事堂を占拠した後、自らの声明を述べて立ち去ったらしい。

 全国放送で、テレビ、ラジオ、ネット含めた生放送中にやらかしたものだから、その行動は否応無く注目を集めた。

 シェイプシフターを名乗る彼らは、自らが存在することを高らかに宣言した。

 国家における自治区の制定、国家によらぬ自治権。そして、この国への介入権。

 とても尋常なら受け入れられるようなものではないはずだが、異を唱えることが出来る者はその場にいなかったそうだ。

 

「国会の警備員って銃を持ってないんだよね。だから占領されちゃったのかも」

「そうなんですか? ですけど、仮に銃を持っていても通用しなかったと思います」


 帰りの電車の中、隣り合った僕と駒胞女史は会話する。

 棚に載ったビニール袋の中には、4個の駅弁が入っている。3人分は駒胞女史のぶんだ。


「えっ、銃で撃たれても死なないの。それじゃあまるで、オカルトの狼男じゃない」

「大体合ってますよ。銃どころか、刃物で切っても銛で突いても死にません。正確には死ぬんですけど、生半可な傷ではすぐに直ってしまうんです」


 やってみせましょうか、と言うので、そういうのを見るとご飯が美味しくなくなるタイプである僕は、丁重にお断りしておいた。


「とにかく、肉団子にするつもりで機関銃で撃ったり、脳みそまで刀で真っ二つにするとかして、初めて死にますね。脳みそは再生できないんで。あと、通用するものが二つあります」

「ふたつ。でもお高いんでしょう?」

「とんでもない。ひとつはすぐにでも用意できますよ。それは、酵素です。先生の唾とか、胃液とかに入ってるやつです。あれが再生するのを邪魔するんですよ」

「あー、なるほどー。だからあの時に駒胞さんはフォークを口に咥えてたわけね」


 駒胞女史が僕を襲った蛇男を撃退したときである。

 彼女は口にフォークを咥えていて、それで蛇男の目を突いてやっつけたのだ。

 それに何年前だか、初めて出会ったときも、狼の姿で相手の狼の喉笛を食い千切っていた。

 なるほど、シェイプシフターは案外簡単にやっつけられるのだなあと思っていたが、実は駒胞女史は、ピンポイントに一発で勝負を決めていたから、そう見えていたんだなあ。


「うふふ、私、ちょっとそういうの得意なんです」

「怖いなあ。あ、それじゃああと一つって?」

「先生もよくご存知だと思いますよ。銀です。これも正確には、体質によって金属の種類が違うみたいですけど」


 彼女たちシェイプシフターは、何らかの金属アレルギーを有しているらしい。

 だから、対応する金属で攻撃されたら、傷口がアレルギーを引き起こして簡単には再生ができないのだという。

 銀の弾丸なんかを大量に打ち込まれたら、アレルギーでショック死するらしい。


「意外と君たちも地に足がついてるんだねえ」

「生き物ですからねえ」


 僕たちはのんきな会話をしながら、車内販売のお茶を買ってお弁当を食べることにした。

 僕はご当地弁当。せっかく観光地まで来たのだから、帰りぐらいそれらしいものを食べたいじゃないか。駒胞女史はハンバーグ弁当。いかがなものだろうか。


「そういえば先生、夕食もお酒を召し上がってすぐ寝ちゃいましたもんね」

「うん、あれは勿体無いことをした」

「今後はお酌はやめておきますね」

「その方がいいかもしれないなあ」


 可愛い女の子にお酌してもらうのは、あれはあれでとても男心をくすぐられるものではあるのだが。

 その後、まるで世間が大事件に沸いていることなど無かったかのように、僕と駒胞女史は弁当をつつきながら今回の連載記事について語り合った。

 結果として、いつも通りでいいんじゃないかなという事になった。

 お弁当を一通り平らげたところで、僕は少々催してきた。年をとると近くなっていけない。


「失礼、少々はばかりへ」

「どうぞごゆっくりー」


 通路側に入る駒胞女史に一声かけて通路へ出た。

 男子トイレに入り、電車の揺れを感じながらの安堵のひと時。

 さて、やるぞ! と何に向けたのだかよく分からない達成感とやる気を感じて出てきたら、声を掛けられた。


「綿貫先生……ですよね」

「あ、はい」


 僕より年上の中年の男性である。片耳にイヤホンをしていて、スマホを持っている。

 もしかして僕のファンなのだろうか。あ、しまった、サインペンとか持ってきてないぞ。手も洗ってない。


「実は今取材旅行で、ペンがなくて……」

「死んでいただきます」


 人がしゃべっている最終に被せてはいけない。

 ひどく物騒なことを言われたが、僕は言葉をかぶせられてちょっとむっとする。

 目の前で、中年の男の人がどんどん、毛むくじゃらの動物に変わっていく。これはなんだろう。

 人間ほどの大きさの、ごつい何かだ。イタチじゃないし、うーん。


「先生しゃがんで!」

「はい!」


 駒胞さんの声が聞こえた瞬間、僕は反射的にしゃがんでいた。というか、傍目には腰を抜かしてへたり込んだように見えたかもしれない。

 目の前で中年の人から変身した動物が、僕に飛び掛ってくる。

 それと同時に、駆け寄ってくる音がして、僕の背中を駒胞さんが踏んづけた。

 背中、そして肩を強く踏まれて、気付くと駒胞さんのスカートの中が頭上にある。

 飛び上がった駒胞さんの膝が、空中でその動物の鼻っ柱を斜めから打ち据えたのが、スローモーションのように見えた。

 ……真空とび膝蹴り!

 そこで僕は、動物が何なのか合点がいった。クズリだ。

 本来なら尻尾も合わせて1mほどのクズリが、これは2mはあるのではないか。しかも重さは並みのクズリの4~5倍はありそう。

 この突進に、人間の女の子が勝てるものか。

 正面から行けば駄目だろうが、駒胞さんは斜めから突っ込んだ。クズリの力のベクトルを崩しながら、その突進力を自分を破壊する方向に向けたのである。

 なんか合気道の応用みたいなあれだ。

 あと、よく勘違いされるが、人間は弱くない。人間の足って言うのは常に自重を支えて歩いたり走ったりしている。なので、その脚力の強度は実は大したものなのだ。霊長類最強なのである。チンパンジーはローキックで倒せる。たぶん。

 このような解説が僕の脳裏を一瞬で駆け抜けていった。いやな走馬灯だ。

 なんか駒胞さん、「そぉい!」とか声上げてたし。

 クズリは自分の突進力を鼻っ面にまともに喰らい、駒胞さんの膝の威力も相まって、「ベッ」とか鳴き声をもらして鼻をひしゃげさせながら僕の背中側通路へ落下した。

 どうやら駒胞さん、クズリに膝蹴りした勢いのまま、きりもみ状態でぶっ飛ぶクズリの下を潜り抜けたらしい。

 すごい。変身してないのに変に強い、この子。

 それに良い物を拝ませてもらいました。


「先生、ご無事ですね」

「は、おかげさまで」

「ぎゃぴぃっ」


 最後の悲鳴はクズリ。

 よたよた起き上がり、必死になって次の客車へ逃げていく。

 向こう側で悲鳴があがった。そりゃ、こんな大きな動物がいきなり飛び込んできたら驚くだろう。


「危なくないかね」

「歯を何本か折っておいたんで、それどころじゃないと思いますけどね」


 すごい事を言うので、驚いてあたりを見回すと、黄ばんだ鋭い形のものが確かにいくつか散乱している。膝蹴りで折れたみたいだ。

 こんな牙やクズリの爪が僕に届いていたら、と思うとぞっとするが、奴は手負い。きっと、次の駅に泊まったら降りていくだろう。

 しかしどういうことか、僕はシェイプシフターに睨まれてしまったようだ。

 名指しで襲われるに至って実感した。

 内心、恐ろしいのと、書くもののネタが出来た、という職業病的心理がごっちゃになっている。


「先生、まだ電車の中にあの人たちいるかもしれませんから、気をつけてくださいね」

「ひえっ」


 僕は駒胞さんの後ろをおっかなびっくりついていき、席に戻ったのだった。

 幸い、その後に襲撃は無かった。

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