第6話 動画配信業

 シェイプシフターたちを巻き込んだ動画配信は、最初こそ彼らのぎこちなさが目立ったものの、徐々に軌道に乗っていった。

 生放送で実況を行うものや、あらかじめ撮影したものを編集して面白おかしく仕立てた映像を配信するもの、配信者にも様々なタイプが存在する。

 マークは、視聴者を飽きさせないよう、生と撮り溜めによる編集したものを混ぜて配信するスタイルだった。

 内容は、企業商品のレビューから、視聴者から募集した”こんなことをやって欲しい”を体当たりで再現するものなど。

 彼自身は傲慢であったが、顧客に対する態度は誠実に尽きた。

 再生回数こそ命である。

 視聴者を取り込み、飽きさせないことこそが肝要。

 自分と言う人間を見限らせないことこそが重要。

 配信を行う人間によって、そのやり方や種類は千差万別。ゲーム攻略を配信したり、はたまた合法非合法すれすれの行為を実況したり。

 配信者の個性が、配信の質を大きく変える。同じ内容でも、配信者が違えば全くの別物になる。それが、動画配信の魅力だった。

 マークは、素人っぽさを残すことが大事だと考えていた。

 どんなにこなれてきても、こなれた様子を見せてはいけない。

 それが他者から見た一生懸命さ、もしくは、些細な失敗での笑いを生む。

 だが、いつまでも同じことの連続では飽きられてしまうだろう。

 これは永遠に続けられる仕事ではない。

 これらを足がかりにして、次のステップに進まねばならないのだ。


 ということで、シェイプシフターたちは最初、裏方として働いてもらった。

 番組はマークのカリスマによって成り立っているから、マークが出ないことには始まらない。

 いきなり新参者が画面に現れても、誰こいつ、となってしまうわけだ。


「だから、ハプニングを装ってちょっと顔出しをしてもらう」

「顔出し……」


 涼は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 顔に、何で俺が、と書いてある。


「要は意外性だな。涼は真面目そうに見えるだろう」

「まじめまじめ! チョー真面目だよー! 融通ぜんぜんきかないもん!」


 しのんが囃し立てると、涼はさらに顔をくしゃくしゃにしかめた。

 かなり嫌そうだが、やってもらわねばならない。そういう自然な反応こそ美味しい映像になるのだ。

 本来なら通告なしでやるところだが、涼はその辺り、いきなりやられると怒りそうなキャラに思えた。

 さて、本番である。

 今回は生配信、視聴者から寄せられた感想にあった、とある食品同士を使った実験を行ってみせる。

 発泡性の清涼飲料水に清涼菓子を入れるのだが、これを2リットルペットボトルで行い、噴出した泡の高さを調べるというものだ。

 カメラ担当はすっかり機材の取り扱いになれてしまった楓である。


「ふふ……任せて……。ばっちりいい絵……撮るから……」


 涼はマイクを担当しているが、不安げだ。

 涼には、いつそのハプニングが起こるかは伝えていない。


「うっふっふー、涼ちん覚悟してよー。うちがどーんと涼ちんを目立たせてあげるからねー」

「うっ……、お手柔らかに頼む」

「しのん、手加減してあげてよ。涼は打たれ弱いんだから」


 彩音の追い討ちにさらにガックリ来てしまう涼だ。

 さて、撮影が始まると、現場はそれなりの緊張感に包まれた。

 場所は屋外。興味津々のギャラリーもいる。

 撮影は粛々と……というかかなり賑やかに進行していった。こういうものはノリが大事である。

 一つ一つのアクションをちょっと大げさにやって、実験を盛り上げていく。

 さて、いよいよ開封した炭酸飲料に清涼菓子を放り込む段になってである。

 この後の展開は、彩音もしのんも楓も、よく分かっている。定番のネタでもあるわけで、動画サイトを見たりする彼女たちはお約束をきっちり理解しているのだ。

 だが、涼はあまりそういうものを見ないタイプである。そもそもまだガラケーを使っている。

 なので……。


「ほいっ! どーん!!」

「うおわーっ」


 ペットボトルが天高く泡を吹き出した瞬間に、しのんは涼を突き飛ばした。

 マイクが下に落ちて音声が不安定になる。

 高々と吹き上がった泡の奔流は……過たず、カメラの前に飛び出してきた涼に降り注いだ。


「うぎゃーっ」


 マークは勝利を確信した。

 この素人的反応こそ欲しかったもの。

 どっとギャラリーから笑いが起こる。しのんが転げて、起き上がれないくらい笑っている。楓は口元を押さえて痙攣している。彩音も声をなんとか殺して、しかし漏れる笑いは抑えられない。


「大丈夫?」


 マークは涼を助け起こすと、カメラに向けて彼の紹介をした。


「マイク担当してもらってる涼くんです。普段はこんなことないんだけど、つまづいた?」

「あ、いや、あの……まあ」


 美味しいやつだ。

 嫌味の無い演出で、なんとかシェイプシフターを世の中に出す切欠は作ることが出来たといえるだろう。

 ネットの反応も良好のようだ。

 まずはこうして、彼らのキャラクターを少しずつ押し出し、視聴者たちに馴染ませていく。

 全ては来る日のためだ。

 しのんが出演したそうに目をキラキラさせているが、少し待ってもらおう。

 マークのファンの年齢層、世代性別層を考えると、女子のニーズはまだ未確定なのだ。

 この日から、ちょくちょく涼の顔出しが始まった。

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