第4話 若者たち
一見すると、地階に間借りしたBARだった。
照明は控えめにされており、漂うのは独特な淡い香のにおい。
こういったBARにありがちな紫煙は漂っていない。
(臭いに関するものは控えめになってるってことか?)
マークは急な階段を下りながら思った。
先導してくれている少女は、自分たちをシェイプシフターと名乗った。古来からの呼び名は化人だというが、今は国際的に前者の方が使われているということだ。
国際的。
つまり、この獣に変ずるという力を持った者達は、世界中に存在しているということだ。そして連絡を取り合い、社会に溶け込んでいる。
「ここよ。入って」
促されたのは、BARの奥にある個室だ。
それなりの広さがあり、クラシックなオーディオ機器が上座に、ソファや幾つかの椅子、低いガラスのテーブルがあった。
既に、中には複数の人影がある。
ここへ向かう途中、シェイプシフターの少女がスマホで連絡を入れていたのだ。
皆、値踏みをするような目でマークを見つめている。
案内してきた少女を含めて、人数は五人。
どことなく猫を思わせるパーカーの少女、大柄で鍛え上げられた腕を剥き出しにした青年、メガネをかけた、神経質そうにスマホをいじっている長い髪の少女、痩せぎすで鋭い眼光を放つ青年、太めで手にした袋からひっきりしなしにスナック菓子を取り出して齧っている青年。
彼ら全員がシェイプシフターなのだ。
一見して、皆が十代のように見えた。
少女に聞くと、それで間違いないらしい。
「あーっ! あたし知ってる! この人動画配信してるマークだよ!」
「そこそこ……有名……。 私そんなに……好きじゃない……けど」
パーカーの少女が大声を出すと、眉根を寄せてメガネの少女が続けた。
おれもなかなか有名らしい。いや、そうであって当然なのだが、とマークは内心相好を崩す。
「それで……その動画配信者さまが何の用事だ? まさか俺たちのことを配信したいとか言うんじゃないだろうな?」
大柄な青年は威圧的だ。
今にも飛び掛ってきそうな気配を漂わせている。
「だめなのかい?」
マークは物怖じしない。
「叶うまい。それは我等化人にとって法度ぞ」
「黒羽はいつも堅いなぁ。おいらは別に構わないと思うんだけどねえ。時代が違うよぉ」
痩せぎすの青年の物言いに、太っちょが肩をすくめながら言った。
これで全員が発言したことになる。
案内してくれた少女が音頭を取り、互いに名乗りあうことになる。
まず、最初に出会った少女は、玖珂彩音(くが-あやね)。狼に変身する。
猫のような少女は、爪葺しのん(つまぶき-しのん)。山猫に変身する。
メガネの少女は、水守楓(みずもり-かえで)。蛇に変身する。
大柄な青年は、部屋大吾(へや-だいご)。熊に変身する。
やせぎすな青年は、黒羽涼(くろばね-りょう)。大鴉に変身する。
太めの青年は、司上宰(しがみ-つかさ)。猪に返信する。
そしてマーク。動画配信者。彼もまた名乗ったが、通りの良いマークで統一することになった。
「聞いて欲しい。おれは、君たちが歴史の表舞台に出るための手助けをしたいと思っている。今まで君たちは、自分の存在を世界から隠し、世界に溶け込んで生きてきたのかもしれない。だが、時代は変わったんだ。他人より秀でた能力を持つものは、世界の表舞台でその力を大いに発揮すべき時代になったんだ」
「前例が無い」
しかめっ面で涼が言う。
「気にしないでね! この人いっつもこうだから!」
「しのん……!」
「つまり、彼は常に相手の案に懸念を表して、議論を活性化させようとしているの」
彩音の説明でしっくりくる。
「そうだな、今まで君たちの存在が表に出てこなかったということは、こういう試みは行われてこなかったのか、それとも露見したところでつぶされて来たのかだ」
「大体は、あなたが思う通りよ。だから、今回のも潰させてもらう。あなたが何をしようとしても無駄」
彩音はマークに向けて鋭い眼光を飛ばした。
その仕草が、抜き身の刃のようで美しい、とマークは思う。
「それでいいのか? 君たちはそれで満足しているのか? 自らの存在を隠し、人を超えた力を持っていても、それらを振るう場所のないこの世界のありかたに、本当に満足しているのか?」
「だったら何だって言うんだ。俺は今すぐにお前をひねり潰してやってもいいんだぞ?」
「大吾も短気すぎるんじゃない? おいら、大吾はもっと思慮深くあるべきだと思うなあ」
「黙れ、宰! ぼりぼりスナック菓子食ってるんじゃねえ!」
部屋大吾。こいつは端からこちらの言うことを聞くつもりなどない。疑ってかかっていて、機会あらばマークに牙を剥こうとしていた。
最も物分りが悪く、それでいて単純な人種だ。
マークは思う。こいつを取り込むことができれば、有用な武器になる。
司上宰。こいつは何かあるたびに仲裁の真似事をして、場の空気を荒げないようにする。だが、一見して温厚そうでも、彼の目は笑っていない。
こいつは要注意かもしれない。おそらくこの部屋にいる6人の中で、最も冷静なのがこいつだ。
「おっもしろそう! あたし乗りたい!」
「……言ってること……一理あると思う……」
爪葺しのん。彼女はあまり深く物事を考えるほうではない。大体、なんとなく面白そう、よさそう、で行動を決めるタイプだ。
マークの事も知っていたし、彼女は最初から味方に近いスタンスだろう。
水守楓。彼女もまた、ぱっと見は思慮深そうでも、それはポーズだ。伏せがちな目線の下から、好奇心の色が踊っている。
黒羽涼は無言だ。どうも爪葺が苦手らしい。
「君たちが疑いを持つのももっともだ。突然現れて調子のいい事を言う。そんな奴、例えおれが君たちだったとしても簡単には信用しない。だから、どうだろう。おれの仕事を手伝ってみてくれないか? もちろん、報酬は出す。そこで、おれの人となりを確かめて欲しい」
マークは、彩音からの強い視線を感じたが、あえてそちらは見ない。
彩音を見てしまうと、普段の自分の冷静さが失われるような気がしてしまう。
彼女は、弁舌を振るう男が、同属の遺骸を隠し持っていることを知っていながら、その事を仲間たちには一言も漏らさない。
一体、何を考えている。
仲間を欺こうというのだろうか。いや、違う。彼女からはそんな意思は伝わってこない。
ただ、マークの挙動に注目している。
(期待している……ということか)
自ら積極的に動かないまでも、マークがこれから起こしうる世界の変化を望んでいる。
最も現状に対し、不満を抱いているのは彼女だ。
マークはそう断じた。
さて……これからどう動くか。
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