第2話 月の夜・幕間

『きれいは汚い、汚いはきれい』


 回る、カウントが回る。

 支持者たちは踊る。


 男は田舎町を歩いている。

 電車一本で都会に出られるとは思えぬ、寂れた町並みであった。

 街灯は多くなく、星明りは見えずとも、月の明るさが際立って感じる。

 十五夜であった。

 男は退屈していた。

 世界のありように対してである。

 男にとって、世界のすべてはゲームであった。

 男には力があった。

 才能があった。

 金があった。

 インターネットの動画配信によって、男は財と名声を築き上げ、例えそれが一過性のものであったとしても、今と言う時は男にとってまさに絶頂のときであった。

 行うことすべて、配信するもの全てが評価を得る。

 再生カウンターが回り、男の口座は数字を増やしていく。


「さて」


 一人呟いた。

 新しい配信のネタを探さねばならない。

 だが、探すというほどの事は無いだろう。日常にあふれているありふれた事でも、男が見方の切り口を変えて見せて配信すれば、そこそこの再生をたたき出す。

 それでは足りぬ。

 彼を支持する人々を満足させ、結果を生み出すに足るとしても、いつも通りのネタでは彼の心を満たすことができない。

 ゆえに、彼は時々、こうしてふらりと旅に出る。

 カバンの中に入った僅かな機器さえあれば、どこでも配信はできた。


「何か面白いことは無いものかな……」


 このおれを、退屈させないものは無いものか。

 男は傲慢である。

 その傲慢に足るほどの力が彼にはあり、世界は彼に追随してきた。

 社会において、力とは人との繋がりであり、人との関係性である。

 彼には力があった。

 故に、彼は傲慢でいられた。


『万歳、今回の配信も最高でした。マークは頂点に立つ人』

『世界の最先端。誰も追いつけない』


 書き込みがある。コテハン……固有のハンドルネームを持つ者が三人。最も初めから、男を支持してきた者達だ。

 最近では滅多に書き込むことはないが、決まって、男にとって岐路となる時に彼らの書き込みがあった。


『マークは頂点に立つ』


 それは予言めいていて心地よかった。

 不意に、男の耳は獣の遠吠えを捉えた。

 犬か。……いや、そうではない。

 男は確信する。根拠など無い。だが、男の直感がそう思わせたのだ。

 声をたどり、男は見知らぬ街路を彷徨う。

 やがて、もう一度声が聞こえた。

 細い、細い路地だ。すぐ目の前に、街路に生まれた窪みのように、その路地はあった。

 一歩踏み出す。

 その瞬間、短くも強烈な、獣の叫びが響いた。

 目を凝らす。

 路地に一本しかない街灯の下で、誰かわからぬ人物の後姿と、もみ合う黒い塊が二つ。塊の一方は明るい色の布をまとっている。

 塊が地面に崩れ、布をまとった方が起き上がった。

 街灯の下の人物が尻餅をつく。そこに、布をまとった塊がじゃれついたように思った。

 やがて、塊はどこかへ去っていった。

 街灯の下の人物は大の字になって倒れている。

 男は足音を立てぬよう、息を殺して踏み込んだ。

 と、街灯の下。

 その人物以外に倒れていた塊がなんなのか、ようやく分かってくる。

 大きな犬……いや、狼?

 まさか、現代に狼が?

 疑問が脳内を行き来する。

 その眼前、信じられぬ変化が起こった。

 倒れた狼が姿を変えていく。

 獣から、人へ。

 倒れていたはずの人物が起き上がっており、声にならぬ悲鳴を上げたのが分かった。

 男も、気配を殺そうという意識が途絶えた。思わず歩みを進めたとき、足元は排水溝の上蓋のようになっており、そこが大きく音を立てたのだ。

 倒れていた人物は飛び跳ねるように起き上がり、走り去っていった。

 跡に残されたのは、街灯の下で倒れる、全裸の人影である。男性であると見て取れた。

 男の唇に、我知らず笑みが浮かんでくる。


「来た、来たよ。……これだよ、これ」


 自分が知らなかった新たな何か。世界が隠していた秘密に触れた気がして、男は笑った。

 スマホを構えて、写真を撮る。

 そして、これが死体であることを確認すると、これをどうにかしなければと思った。

 警察と言う選択肢は無い。

 必死に頭を巡らせながら、スマホの画面を見る男は、画面に映りこんだ月に気付き、天を仰いだ。

 夜の澄んだ空気が肺に飛び込んでくる。

 いい夜だ。

 おれの始まりには、いい夜だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る