第13話
「今日から二日間は文化祭だから部活もないね」
「ああ、そうだな」
「志帆さんに会えないのは寂しい?」
「ああ、そうだな」
「逆に俺と一緒にいられて嬉しい」
「それはない」
自分のクラスの前で客引きをする男が二人。コスプレをした俺と光啓である。
「イチロー、それ似合ってるよ」
「真顔で褒めるな気持ち悪い。しかも嬉しくないわ」
光啓が吸血鬼で俺が
というか誰。これ作ったの誰。お化けとかじゃないじゃんもうこれ。木綿じゃねーし団子だよこれホント。
お化け役に回されたから、てっきりお化けとして驚かすものかと思っていた。しかし、俺たちふたりはただの客引き。この格好じゃ誰も驚かないだろうけど。
「お前はいいよな、タキシードが似合ってよ」
長身で胸板も厚すぎず、肩幅も広すぎない。スマートだからこそ似合う。
そう考えると双葉はなぜ、光啓ではなく俺を選んだのか。それに、録輔だって俺よりもずっとイケメンだ。切れ長の目つきがキツイ印象を与えるが、それでもいい男だ。
なぜだ。俺には理解できない。まあアイツらの勘違いだって線が濃厚か。
「こんにちは一郎くん。首尾はどう?」
「ちーっす。まあ客の入りは上々かな。志帆さんも入ってく?」
「一郎くん、私とは二度と会話したくないみたいね」
「冗談ですがな……って、なに写メ撮ってんの。やめてよ」
「記念よ、記念」
なんの記念だよ。こんな姿を撮られてもまったく嬉しくない。光啓の後ろに隠れたのに、何度も何度もレンズを向けてくる。なにがしたいんだこの人は。
「前に聞き損ねちゃったけど、お化け屋敷のなにがダメなの? 暗いところが苦手とか?」
「暗いところは大丈夫。電気を付けないと眠れないなんてこともない。私はああいう雰囲気が苦手なの」
「お化けとか幽霊が嫌いなわけでもないと」
「それもあまり好きじゃない」
さらっと言うが、全体的にダメなんじゃないかそれ。でも、苦手な物に対しても顔色を変えないのはさすがだ。
「そうか、志帆先輩はお化け屋敷が苦手なのか」
「光啓くん、余計なこと考えないようにね」
「全然考えてないよ。全然」
光啓にそう言われ、
「志帆さんの眉間に若干シワ寄ってるから、マジでやめとけ」
「一郎くんがちゃんと制御しておいてね」
今まで頼りになんてされたことがないから、手を上げて小躍りしてしまうじゃないか。志帆さんに言われたらなおさらだ。
「了解。志帆さんは俺が守るよ」
そんな気持ちを抑え、俺は冷静に振舞いつつそう言った。
「珍しくイケメンモードだな。その調子で頑張れよイチロー! 格好は団子だけどな!」
団子パンチを一発だけくれてやった。
「そういえば今日の決定戦なんだけど、概要は見た?」
こんなときでも冷静な志帆さんがそう言った。
「たしか四時からだったっけ。そのために三時には模擬店なんかは全部閉めるんだったな。それくらいしか知らないけど」
「今回は三人一組らしいのだけど、ナナは独自のチームを組んで勝負に挑むみたい」
「みたいって、そのチームに志帆さんは入ってないってこと?」
志帆さんは顎に指を当て、考える素振りを見せた。
「ナナいわく、勝率を上げるためにチームを分散すべきだって言ってたわ」
「ちなみに俺はナナちゃんのチームだよ」
「お前いつの間にやる気になってんだよ」
「瑠璃先輩と勝負するって決まったその日に誘われたよ? もう一人はロックだしね」
最後の一人が録輔とは、これが有能と無能の差か……!
「それで一郎くん、私のチームに入ってくれない? 登録はもうしてあるわ」
「いやですよそんなのって選択肢ねーじゃん、登録しちゃってんじゃん」
「一郎くんは私を守ってくれるんでしょう? じゃあいいじゃない」
「強引だな。ちなみにあと一人は?」
「双葉ちゃん」
「おいおいおいおい! なに考えてんの! あり得ないだろ!」
確かに仲は進展したけれど、安易に呼び出せるほど仲良くなったわけじゃない。ようやくとっかかりを見つけたのに、それを壊すようなマネはしたくないのに。
「とりあえず名前だけ書いておけば、あとは一郎くんが説得してくれるって」
「誰が!」
「ナナが」
「知ってたけど! 知ってたけどー!」
頭を抱えてしまう。あいつを説得するとか、なんて難しいことを押し付けてくれるんだ。
「ちなみにチーム名は女帝と女王」
女帝は志帆さんで女王が双葉か。いやいや、俺どこだよ。
「じゃあ、三時半に会場で」
「ああ、わかったよ……」
諦めるしかない。大会への出場も、双葉の説得も。
本心では口で言うほど嫌がってないのかもしれない。本気で嫌がれば、志帆さんだって強制はさせないだろう。でも、結局誰かが北条先輩に勝たないといけないんだ。
とりあえずメールをしよう。
【校内ナンバーワン決定戦に、俺と一緒に出場してくれ。というか、すでにエントリーされてしまった。頼んだ】
送信っと。
「いいいいいいいいいちろおおおおおおおおおお!」
遠くから双葉の叫びが聞こえる。そして数秒と経たず廊下の端っこの方に姿が見えた。
「よお双葉、早いな」
もの凄い速度で、俺の前までダッシュしてきた。
「アンタなに考えてんの! あんなイロモノ大会、誰が出るっていうのよ!」
「俺とお前」
「あと一人は!」
「志帆さん」
「だー! よりにもよって!」
頭を抱えキーキーと。見た目はいいんだからもっと淑やかにすればもっとモテるのに。
「いや、俺が決めたわけでも志帆さんが決めたわけでもねーんだよこれが」
今までの経緯をかいつまんで話す。チューズデーのこともあり、双葉の理解も早かった。
「北条先輩、ね。確かに聞いたことはある。ゴシップには目がない人だとか」
「これに勝たないと、ナナちゃんも志帆さんも卒業までネタにされ続ける」
「今回の件を鑑みるに、いろんな場所にも被害が出ると」
「そういうことだ。勝てば全校生徒の安全が保証される。協力してもらわないと困るんだ」
「でもあの大会、なにさせられるかわからないのよね」
「その辺は気合いでなんとか」
「じゃあ、やりたくない競技には参加しない。これでどう?」
「う……ん、わかった。それで手を打つわ」
三時過ぎに迎えに行くという約束をし、双葉とはそこで分かれた。
「ほう、ふーたと普通に会話できるようになったのか」
「一応な。許してないって、本人には言われちまったが」
「いいじゃないか。少しずつ前進してる証拠だ」
「頭を撫でるんじゃない。ついでに見下ろすんじゃない」
「二つ目の注文はちょっと難しいな」
「そういや、なんで三人目は録輔なんだな」
「志帆先輩だと思った? でもナナちゃんが、ロックの方がうちのチームには必要だって」
真意の程はわからないが、確かに志帆さんがうちのチームにいてくれれば心強い。
「アイツは頭いいし、運動もできるから優秀だとは思うが」
「俺もそう思うよ。期待してるし」
嘘じゃないし、俺の正直な気持ちだった。録輔がチームにいたら間違いなく頼りになる。視線だけで相手を殺し、やることもしっかりやる。あいつは、そういう奴だ。
そうして時間はすぎ、俺たちはつつがなく仕事を終えた。
実は志帆さんにはお化け屋敷を堪能して欲しかったのだが、そういうわけにもいかないか。嫌われるのもヤだしな。
着替えを済ませてから、光啓は録輔を、俺は双葉を迎えに行く。
その後合流した俺たちは、いざ会場へ。
校庭に設置されたステージは体育館の半分ほど。しかし、ステージの前にある観客席が扇状に広がっているので、かなり大きく感じる。正面には何インチあるのかもわからない大きな液晶モニター。黒板十個でも足りないんじゃないだろうか。そんな金どこから出てきたんだよ。
『さあさあ始まる第二十五回! 校内ナンバーワン決定戦! 司会はこのわたくし、放送部部長の
イロモノとさえ言われ、勝ちたがる人のはほんの一握りの大会。ただし、盛り上げるためだからと、部活の顧問から言われて出る人も多い。
磯谷先輩が会場全体に向け、ルール説明を一通り終えた。
全十六チーム、三回勝てば優勝。決勝のみ明日行い、準決勝までは今日のうちにやるようだ。チームは少なく見えるが、三人一チームなので人数はそこそこ多い。
この校内ナンバーワン決定戦。文化祭実行委員が考えたゲームをランダムで選択して勝者を決めるというもの。しかしながら、そのゲームというのがなんとも言えないものばかりだったりする。普通のトランプだったり、将棋だったり。その裏で、とてもくだらない勝負や、進んでやりたくもない勝負も混ざっている。なにが出るかはランダムなので、運に任せるしかない。
三対三で行われ、ルーレットで競技が決まる。競技決定の後で両者がステージの脇から出ていくのだが、競技を聞いてからオーダーを変えることはできない。試合前にオーダーを提出しなければいけないから。しかし一回戦と二回戦でオーダーを変えることは可能だ。
『それでは! スタートぉ!』
磯谷先輩のコールで、大会は始まった。
ナナちゃんは遅刻中なので、到着するまでは光啓と録輔だけで捌く必要がある。あの二人なら、心配はいらないだろう。いろんな意味ですげー優秀だしな、二人とも。
「俺たち二チームは都合良すぎなくらい両端に配置されたな」
「予定調和ってことでいいんじゃないかしら」
志帆さんはいつも通りの無表情でそう言った。
そういう運も、このゲームには大切だ。光啓たちのチームが一回戦だってのは少し気の毒な気がしないでもない。誰だって一発目にやりたいとは思わないだろう。
「おい、行くぞヒロ。一回戦が始まる」
「みたいだね。行こうか」
身長が高い二人が、揃って壇上へと向かっていく。
顔もいい、頭もいい、スポーツもできる。そんな二人だ、様になるのも当然だな。
「上手くやってくれるといいわね」
二つの背中を俺と一緒に見送り、双葉が小さくそう言った。
「逆に、上手くいかないと思うか?」
「超人生徒会長とその弟。プラスあのヒロがいるんだから、全チームの中でも優勝候補筆頭でしょうね」
「って、なるよなぁ」
こうやって会話していると、懐かしい感覚がよみがえってくるようだ。もっと上手く立ちまわって、双葉との仲も進展させよう。
『それでは第一試合! チームMOBとチームマスターアジアだー!』
磯谷先輩、若干ナナちゃんと被るな。モブだからいいのか。
「ナナちゃんたちのチームいろいろ大丈夫か?」
「バレきゃ、いいんじゃない?」
ノーコメントでいこう。
こうして第一試合が始まった。
と思ったら終わっていた。なにを言ってるかわからねーと思うが俺もあースキップで。
「早かったわね」
志帆さんが言う通り、短い時間で終了した。
録輔がダーツ勝負を引き、カウントアップで圧勝。その後光啓がバスケットボールのフリースロー対決で、十本中八本を入れて勝利。予想通りの完勝だった。
ステージの脇に帰るとき俺にウインクをしていったのだが、ウインクする相手間違ってんだろ。
「ホント、ヒロはアンタのこと好きだね」
「よせよ、変な噂立つだろうが」
絶対になにかが間違っている。俺はまた光啓ルートには行きたくないんだが。
「この話はやめよう。今は試合の話をしようそうしよう」
俺、志帆さん、双葉で少しばかりの作戦会議となった。
「勝負方法がランダムというのは、本当に怖いわね。できれば苦手科目は避けたいわ」
「ナナちゃんと誉坂先輩、それにヒロは大丈夫なんじゃないんですか? 基本スペックが違うと思うし」
「真藤さん、それは買いかぶりすぎよ。苦手なものもあるし、それが来ると困るわ」
基本スペックが高いってとこは否定しないのね。
志帆さんと双葉も普通に会話してるし、チームとしては問題なさそうだ。
数試合見て、今度は俺たちの出番だ。
「なんかいろいろ酷かったね、さっきの試合」
帰ってきた光啓が苦笑いでそう言った。
「泥沼でレスリングさせるとか、なんつーもん用意してんだよ」
「それよりあれよ、カエルのつかみ取りとか最悪だわ……」
双葉がそう言うのも仕方がない。そりゃ女の子はそう思うよな。俺も嫌だけど。
「つかこのままいくと、次に新聞部と当たるのは俺たちだな」
二回勝てば、憎たらしい新聞部との戦いだ。
「その前に負けていては意味がないわ。行きましょう」
「私は負けてもいいけど、ここまで来ちゃったしね。できるだけやるわ」
俺たち三人は壇上に上がる。特設ステージ、結構高いな。
『それでは! チーム女帝と女王、対するはチームカオスゲートだ!』
俺たちは端にあるイスに座った。
それにしても最初見たときから思ってたけど、相手の名前ひどいな。
『一人目は前へお願いします!』
「そこそこ頑張ってくるわ。イチローと私がなんとかすれば、誉坂先輩も楽できるし」
「私のことは名前で呼んでもらえる? 誉坂って言いにくいでしょう?」
「え、ええ、わかりました。じゃあ私も双葉でお願いします……」
今言うのかよ、って顔に書いてある。双葉が志帆さんのこの独特な空気に慣れるまで、もう少し時間がかかりそうだ。
相手は男子生徒を出してきた。その男子は、腕を組んで仁王立ちしている。後光が差していなければ、なんとか立ちを表現できないと思うのだが。
向こうのチームは全員制服姿にマント羽織ってるけど、あんまり気にしない方向でいこう。面倒だから。
『ルーレット、スタートぉ!』
モニターに映し出されたドラムルーレットが回り出す。このモニターで顔のドアップとか映されるとか恥ずかしいよな、よく考えると。
『じゃじゃーん! 競技は早着替えで決定だー!』
キャラ被せてくるねぇ。じゃなくて、嫌な予感しかしない。
「あ、私棄権で」
『はい決着ー! 勝ったのはカオスゲートだぁ!』
涼しい顔で戻ってくる双葉。だが「別にいいでしょう?」と言わんばかりの態度だ。さっきそこそこ頑張るって言ったじゃないですか……。
「まあ、仕方ない。俺と志帆さんで勝つしかないわな」
双葉が参戦する条件は、一応志帆さんにも伝えてある。
「そうね。二人で頑張りましょう」
横に座った双葉から、なんとも言えないオーラが漂ってくる。
「な、なんだよ」
「なんでもないわよ!」
「怒ってるじゃねーかよ……まあいいや、行ってくるわ」
「いってらっしゃいクソ野郎!」
クソ野郎ですいませんでしたね。怒りたいのはこっちだっつーの。
『それでは、ルーレットスタートぉ!』
俺の相手は瓶底眼鏡の女子だった。メガネかけたことないから、あんなので前が見えるのか気になってしまう。
それ以上に、あっちのチームの人はなぜ全員腕を組んで仁王立ちをしているのか。そんなに好きなのか、なんとか立ち。
『じゃじゃーん! 競技はジェンガだー!』
うわー、地味なのきたー。
そもそも知ってる人がいるのかどうか。
『位置についてー!』
「なんでこのでかいステージの真ん中で、ちっちゃい机囲まなきゃいけないんだ」
学校で使ってる机そのものだ。二人で向いあって座るが、無駄に近すぎないかこれ。
「キミは知っているか?」
「なにを?」
相手チームの女子に、上目遣いで話しかけられた。この子、メガネ取れば結構可愛いんじゃないだろうか。って考えてる場合じゃねーな。
「勝負は始まる前から決まってるんだ。キミは私に勝てない……!」
『始めっ!』
『勝ったのは女帝と女王だー!』
ジェンガの一回目で倒す人初めて見た。
「今回はこれくらいで許してあげるわ……!」
「いやもうアナタと勝負することはないと思うんで」
もしも会うことがあったら、今度はコンタクトでお願いします。
『さあ三人目、カモーン!』
「志帆さん、がんばって」
「当然よ。これは、なんでも解消部に関わるすべての人に対しての救済だから」
やはり、後ろ姿も美しい。
そして相手の女子はなんとか立ち。無駄に教育が行き届いてるな。
ルーレットが回り、緊張が走る。
『決まったー! 最後の勝負は! どっきりシャッターチャンスだー!』
いかがわしそうなのきたー。
『ここで解説入りまーす!』
『解説役の
また一発系のキャラ出てきた。キャラを無駄に増やすなよ。
『この競技は女子同士の場合のみ発生するボーナスクエストです』
字面通りのいかがわしさに、会場は無駄に盛り上がっていた。主に男子だけど。
『大将が水着になり、それをチームメイトがカメラに納める。枚数は一人三枚で、人気がある写真を撮ったチームの勝利です。歓声の大きさはちゃんとした機械で測りますので問題はありません』
山辺先輩は磯谷先輩と真逆なんだな。まるで生徒会トップツーみたいだ。
この大会には個人戦に混じってチーム戦というのが存在する。ただし、チーム戦に勝ったからと言って、勝利数が二や三になったりはしない。一試合目でチーム戦が出ても、二試合目はある。つまり三試合全部チーム戦ということもある。と、最初の説明で言われた。
そして今回選ばれた勝負こそが、そのチーム戦なのだ。
志帆さんと相手の女子は係員に連れていかれて、数分後にはまたステージに戻ってきた。なんでこういうところだけ気が利いてるんだよ。ジェンガのときも気を使えよ。
しかし志帆さんの水着姿、素晴らしく綺麗だな。思わず見とれてしまいそうだ。いや胸のことには触れないよ、俺。
トップの真ん中と、ボトムスの両サイドをリングで繋いだ黒いビキニ。大人っぽいのだが、志帆さんの雰囲気にはとても合っている。スレンダーでそこそこ身長があるのもネックだ。
「うーん、素晴らしい。ってなんで俺品評してんの」
「知らん!」
殴られた。いつまで怒ってるんすか双葉さん。
『さあ両チームにはカメラが支給され、控え室で撮影してもらいます! あます所なく激写してね! さあ始め!』
流れるように、勝負は始まった。
「行くぞ」
「ふんっ」
カメラを受け取った俺たちは志帆さんと一緒に控え室へ。
撮影用の道具などなく、カメラ一つでなんとかしろということらしい。
ビキニ姿の志帆さんに近付く度、胸が高鳴っていく。
「一郎くん、あまりいやらしい目で見ないでもらえる?」
「見てないからっていてぇなおい! いきなり殴るなっつーの!」
「私じゃないもん」
面倒な幼なじみだなホント。
「やるからには綺麗に撮ってね」
「任せてくれよ。ようは男共の人気を集めればいいんだろ? 余裕だってって殴るなよ!」
もう双葉を横から後ろに立たせたくない。
双葉の機嫌を取るのは後にして、俺は志帆さんを激写する。枚数制限があるから慎重に。
志帆さんは胸が、控えめなので、ね。こう、足を中心に撮影したい。
まず長椅子に座って脚を組んでもらう。ローアングルを上手く使って、細くて長い脚を強調した一枚。カメラ目線を外し、志帆さんのクールさを表現できたと思う。
二枚目は女の子座りで上目遣い。腕を軽く組んでもらい、胸を持ち上げる。ハイアングルから撮ると、慎ましい胸でも若干大きく見せられるはずだ。性癖の話ではない。断じてない。
そして、三枚目。
「志帆さん志帆さん」
俺はカメラを構えつつ話しかけた。
「次はどんなポーズ?」
「もう一回女の子座りして、ビーチボールを抱きかかえて」
「はい、これでいいのね」
「ちょっと話は変わるけど、また今度遊びに行かない?」
「いいけど、どうして?」
「志帆さんと遊ぶの楽しいからさ」
「私と一緒で、楽しい?」
「じゃなきゃ誘わないって」
「私は自分を面白い人間だとも思えないし、場を盛り上げることもできない」
「サカヅキパークもミオンモールも、俺は志帆さんと一緒で楽しかったよ」
「私と一緒にいて楽しいなんて、一郎くんはちょっとズレてるんでしょうね」
シャッターチャンス到来。これが鋼の月、鉄壁のクールビューティー誉坂志帆の素顔だ。
「でも、ありがとう」
整った顔立ちがほころんだ。そんな姿もまた、美しいと思う。
俺に与えられた三枚はこれで終了。最後のは罪悪感がちょっとだけあった。
双葉は割とテキトーに終わらせたみたい。もうちょっとがんばって欲しいのだが。
控室にいる係員に撮影終了の旨を伝え、俺たちはまたステージに戻った。
『さあ両者出揃ったぞー! 合計十二枚の写真を一枚ずつ見ていくぞー!』
モニターに映しだされたのは裏返された写真。それを一枚ずつめくって評価するのだろう。
「相手も美人だったか。しかし、顔とか体型的には志帆さんの方が上だ」
負けるはずがない。こんな美人がいて負けたとしたら、完全に俺たちのせいだ。
『それでは一番から順に、いいと思った写真に拍手をするんだぞー!』
怒号のように「うおー!」と、男子生徒の叫び声があがった。
相手の男子が最初の三枚、次は相手の女子、双葉の写真があって、俺の写真は最後だ。
最初の六枚はかなり手強かった。
志帆さんの方が素材は上なのだが、溶けかけたアイスとか使うのは卑怯だろ。あと練乳ダメ絶対。
「なにかをくわえさせて、そのくわえた物をカメラからはずすとかもうね」
目をつむって眉間に皺を寄せるんじゃない。けしからん。
「けしからいってーな!」
そんなに頭叩かれたら、今以上にパーになってしまうだろ。
「そろそろ自重しろ、この助平が」
「俺の名前は一郎だクソが」
地味な名前だからって間違えられるのは心外だ。それに何度殴れば気が済むんだよこの女は。
男子高校生なんて煩悩に支配されているのだから、こういうものには目がないんだ。
「ヤバイな、会場がめちゃくちゃ沸いてる……」
『さあ、女帝と女王の一人目の写真はこれだー!』
「あれ、なんで双葉だけ三枚一気に……げっ」
「あー全部ピンぼけだったのね」
「他人事みたいに言うけどお前が撮ったんじゃねーか。確認くらいしとけよ……」
なんで赤くなるんだ。
「ああ、そうか。お前機械とか苦手だっけ」
「だまれ」
脇腹パンチダメ絶対。
『はい、この三枚は対象外です! それでは最後の三枚、見ていきましょー!』
一枚目がめくられると、会場からかなりの拍手が飛んでくる。しかし、最初の六枚に比べて若干少ない気がする。
二枚目もまだ少ない。
「最後の一枚に賭ける。俺はこれで勝ちを取るんだ……!」
『さあ大取の一枚! おーぷーん!』
運命の一瞬。スローモーションのように、画面が変わっていく。
『なんということだー! あの鋼の月が! 笑っているー!』
まさに咆吼。いや雄叫びと言う方が近い。そんな歓声が会場から沸き上がる。いや拍手じゃなくていいのかとは思うが。
今までで一番の昂揚っぷりに、思わずガッツポーズをとった。
『結果は火を見るよりも明らかだー! 勝者は女帝と女王に、けってーい!』
「か、勝った。完全に素材に救われたな……」
「ふん、私でもこれくらいは出来たわ」
「さて控え室に戻るぞー」
双葉は構ったらいけない。
志帆さんは制服に着替え、三人一緒に控え室に戻った。その間、後ろにいる双葉から攻撃され続けたのは言うまでもない。
そして俺たちは控室にあるモニターを凝視していた。
チーム新聞部対チームサッカー部の対決だ。
北条先輩は二人の男子生徒を連れて出てきた。一人は身長が低く童顔で、一部の女生徒には人気が高そうだ。そしてもう一人は身長が高く、顔立ちは整っているが目つきの悪いヤツだ。
本当は新聞部の実力を見たかったのだが、北条先輩を出すまでもなく、男子生徒二人で終わらせてしまった。チームマスターアジアに引けをとらないスペックを持ってる。
「厄介ね」
「志帆さんから見てもそう思う?」
「当然よ。相手はサッカー部なのに、運動系競技で圧勝だなんて」
小さい方が五十メートル走で相手を負かし、大きい方が腕立て伏せ百回を速くこなして勝っている。
「あと一回勝てば、あれと当たるのね」
双葉らしくない弱気な発言だ。文武両道、強気で勝ち気な彼女から出たとは思えないな。
「大丈夫だ。俺たちなら勝てる」
「その自信はどこから来るんだか」
「お前と志帆さんがいるからな」
俺がそう言うと、双葉はなぜか赤くなった。なぜ赤くなったのかは聞かないが、少々居づらくなった。
その後、ナナちゃん率いる『マスターアジア』も順調に勝ち進んだ。といっても、ナナちゃんは間に合わず、光啓と録輔でストレート勝ちだった。
俺たちのチームも順調に勝ち進んだ。双葉は一回も勝ってないが。
次の試合はいよいよ北条先輩と対決になる。ここで勝てば心配事はなくなると、俺はステージに向かった。
『次は新聞部対女帝と女王の対決だ! これは期待できるぞー!』
今更だが「名前がまんますぎてヤバイ」というのは言わないお約束だ。
『ルーレット、スタートぉ!』
「今度こそちゃんと戦ってくれよ、双葉」
「ちゃんとした試合ができれば、私だって当然働くわよ」
なんでまだ怒ってんだよ。
知らないふりもできるけど、こいつはまだ俺のこと……。なんてないわな。
『けってーい! 勝負は、叩いて被ってジャンケンポン一発勝負だー!』
「またえげつないほど古典的な……」
ジャンケンをし、負けた方がヘルメットを被る。勝った方は相手がヘルメットを被る前にその頭をピコピコハンマーで叩く。しかし、これは三本先取とか五本先取とかでやるのが普通なんだが。
「まあ、これならいいでしょう。ちゃんとやるわ。言っておくけど、アンタのためじゃないんだからね!」
ここでツンデレキャラごり押しかよ。
双葉がステージの中央に歩いていくと、向こうからも男子が出てくる。しかし、今までとは違う。
「相手がオーダーを変えてきた……」
「双葉ちゃんは弓道部のエース。でもそれに留まらず、どんなスポーツも得意とする体育会系。相手もそれをわかってのオーダーでしょう」
あの人、勉強も運動もできるってのか。羨ましいなホント。
『それでは両者、正座になってー!』
向かい合って座る二人。この位置からだと双葉の背中しか見えないので、俺たちはモニターで観戦だ。
ここからじゃ聞こえないけど、なんか話してるな。
「双葉、なんか怒ってるっぽいけど大丈夫かな」
「一郎くんのせいでしょう?」
「相手と話して、より一層激しさを増したというか」
そんな俺の心配をよそに、ゴングは鳴った。
『叩いて被ってー!』
「ジャン!」
「ケン!」
「「ポン!」」
勝ったのは双葉。素早くハンマーを取り、相手の頭に振り下ろす。しかし、相手も相当早かった。
双葉は悔しそうに下唇を噛むが、一々気にしていられないほどゲームの展開は早い。
「ジャン!」
「ケン!」
「「ポン!」」
また双葉だ。でも、結果は先ほどと一緒。というか双葉がハンマーを振り下ろすよりもずっと早く、相手はヘルメットを被っている。
双葉の行動はかなり早い。反射神経がいいのも知ってるし、飲み込みが早いのも知ってる。それでも相手にならない。
手に汗にぎる展開であるのは確かだ。相手も人間、いつミスしてもおかしくない。
俺は応援することも忘れ、ただ見守っていた。
双葉は何度もジャンケンに勝った。でも、何度やっても無理だった。相手の防御が完璧すぎる。
見ているこっちでさえわかるほど、双葉の顔には疲労が見えていた。
「ジャン!」
「ケン!」
「「ポン!」」
そして、運命のときは訪れる。
素早くヘルメットに手を伸ばす双葉。しかし相手はその比ではない速度で双葉の頭を叩いた。ヘルメットが吹き飛ぶほどの威力。ピコピコハンマーとは思えない。
双葉はハンマーを『振り下ろして』いた。しかし、相手はハンマーを『伸ばして』使った。相手の頭には直線的に向い、最低限の振り下ろしだけで頭を叩いたのだ。
『決着! 勝者、新聞部ー!』
顔を伏せ、双葉はこちらに戻ってきた。イスに座っても、ずっと俯いたままだ。
「ごめん」
「ま、こういう日もあるさ」
頭を鷲づかみし、ぐりぐりとなで回した。女の子の髪の毛はこうやって扱っちゃいけないんだろうけど、今はあえてこうする。
「相手が悪かったんだよ。お前はがんばった」
「アイツ、悪口ばっかり言うの」
「んなの気にするなよ。いつもみたいに、悪口の一つや二つ返してやれ」
保育園、小学校、中学校と、こいつに敵はいなかった。噛み付けばやり返されるから。でも性根はいいやつだから、いがみ合っていてもすぐ仲良くなる。不思議な女の子。
「お前の幼なじみ、女の色香に騙されてるんじゃないかって。男の扱いはお手の物だなって。私のことはいい。けど、三人のことは――」
「ありがとうな」
『次の勝負は、五枚大富豪五本勝負だー!』
いつの間にか、勝負方法が決定していた。
「仇くらい取ってきてやる。涙を拭けよ鬼女」
鬼女は小学校のときのあだ名だ。たまにこうやってからかうのも悪くない。
「うるさい、泣いてない」
「そうだな、泣いてないな」
もう一度、頭をなでた。今度は、愛でるように優しく。
「んじゃ行ってくるわ」
「おう、期待してる」
やっぱり双葉は笑顔の方が似合う。
今度は俺がステージの中央へ。
よく考えれば双葉の対戦相手、俺たちのことを知ってたってことだよな。そういえば中学校であの顔を見た記憶があるんだが、あまり印象が深くない。長身で割とイケメンなのに、全然目立たなかったってことか。
俺は首を横に振る。今は試合に集中しよう。
それにしてもなんだよ、五枚大富豪って……。
『ここで解説はいりまーす!』
『五枚大富豪とはなにか。まず普通のトランプをシャッフルします。そして配ります。しかし、そのとき配られるカードは五枚のみ。つまり三十枚以上のカードを残しての大富豪となります。普通の大富豪とは違い、強いカードのみ、弱いカードのみという状況も珍しくない、完全な運のみに頼るゲームです。一試合につき一回だけ、しかも一枚だけ、余ったカードとのチェンジが行えます。あとは八切り有り、革命はフォーペアではなくスリーペアで可能で、階段はなし。ジョーカーは一枚となります。ジョーカーはエースのフォーペア、二のツーペアまでならば一枚で勝つことができます。しかし二のスリーカードに勝てるカードの組み合わせはありません。それと、二以上のカードや八で上がるのは禁じ、それで勝った場合は強制敗北。三本先取となります。これにてルール説明を終了させていただきます』
二以上のカードってことは、ジョーカーで勝っても負けってことだな。
「さっきはごめんね、なんかケイトがいろいろ言ったみたいで」
「あいつの名前か? ケイトって、ハーフなのかあいつ」
「違う違う、恵みに人って書いて恵人だよ。
彼は照れくさそうに頬を掻いた。
「えっと、音羽先輩はそこそこ外向的なんですね」
「呼び捨てでいいよ。それと敬語もいらない。面倒だしね。それとボクはそこまで外向的じゃないよ。ただ、ケイトやルリと一緒にいると、こうなっちゃうんだよね」
「二人とは仲いいんだな」
「その切り替えの早さ、いいと思うよ。二人とは家が近所でね、生まれてからずーっと一緒だ。幼なじみってやつだね」
俺たち四人と同じってことか。
「幼なじみがいるってのはいいもんだよな。俺も幼なじみがいるからわかるよ」
ちらりと、双葉の方を見た。
「なるほどね。ちなみに、ケイトがあの子に悪口を言ったのは知ってるよね? あれはルリが挑発として言わせたものだから、ケイトは悪くないんだ。大目に見てくれよ」
「あの人ってホントに……まあいいや。城尾先輩のことは水に流そう。しかしだ、俺にも譲れないもんはある」
「ありがとう、恩に着るよ。でもボクだって負けないよ?」
童顔だが、勇ましい表情が板についている。
『それでは……ディール!』
カードが配られる。ちなみにカードを切るのも配るのも、さっき説明してくれた放送部副部長だ。慣れているのか、かなりの手さばきだ。
『オープン!』
手札を開いた。
【スペード四、ハート八、ダイヤ十、ダイヤジャック、ハート二】
強弱が均等にある。ここは勝っておきたいところ。一応最弱の四をトレードし、クローバーの七がくる。
紡は少し考えてからチェンジした。
このチェンジというシステムだが、弱いカードに対しての救済措置である。三ならばそれよりも強いカードがくる可能性の方が大きい。しかし、相手を打ち負かせるガードが来るかどうかは別の話だ。
『それでは、第一試合の敗者である女帝と女王の親でスタートぉ!』
大体の場合、大富豪は最後から三枚目で勝敗が決まる。流して自分が親になり、二を出してもう一度流す。そして残った弱いカードを出して終わり。最後の一個前は二でなくてもよく、八流しができれば八でもいいし、スリーペアなど、相手が手を出しづらいものならばなんでもいい。
今回は五枚しかない上に、普通の大富豪よりもカードの強弱が運に左右されてしまう。
ここは慎重にいかないと。
距離の関係で二人の声援は聞こえないが、きっと背後で応援してくれてるはずだ。そう思うことで自分を奮い立たせる。そして、クローバーの七を出した。
「このゲームで大事なのは、慎重さじゃないよ」
紡はにこりと笑い、カードを出した。すでに嫌な予感しかしない。
「いきなり八切りかよ」
「悪いね、次は十のスリーカードだ」
強運かこいつ……。
読み合いもクソもあったもんじゃない。ホントに運が全てを左右するクソゲーだ。
「上がりはこれね」
ダイヤの五を出し、あっけなく一本目が終わってしまった。せっかくの親を無駄にしてしまうなんて。
綺麗な一勝に、観客たちは喜んだ。みんな紡を応援してるんじゃないかってくらい盛り上がっている。
いいや、気持ちで負けてどうする。仇を取るって言ったじゃないか。
『負けた方が親になりまーす!』
カードが配られ、恐る恐るめくる。
【スペード五、ハート五、スペードキング、クローバー二、ダイヤ二】
大丈夫、これなら負けない。負ける要素がないんだ。
俺はチェンジなし、紡はあり。
五のツーペアを出すと、ツムグはまた笑う。
「結構自信あるみたいだね」
「なんでそう思う?」
「ボクがツーペアで被せても対処できるってことでしょ?」
「そうとは限らない。五枚のうち二枚消えるっていうのは大きいからな」
「確かにね。でも後ろのカードが弱ければ、いくら流しても相手のターンになってしまう。強いペアがあるから、こういう出し方になる。このゲームではペアは重要だからね、ツーペアが一組しかなかったら、場切りのためにとっておく。でも一枚一枚のカードが強くないとそれは行えない。どっちにしろ相手にターンを渡してしまうから。自信があって最初にツーペアを出したってことは、そういうことなんじゃないかな?」
よく喋るなコイツ。いや、先輩だからコイツってのは失礼か。
それにしても、俺の考えを読んで掌で転がそうとしてやがる。面倒だが、このゲームは読み合いだけじゃ成立しないんだ。気後れする必要なんかない。
「で、出すのか出さねーのか」
「強気な表情だね。ボクは出せないよ」
五の上から二のツーペアを出して、最後にキングで俺の勝ちだ。
『両者一勝一敗の状態! 拮抗が続く三試合目、スタートぉ!』
観客の声が騒音にしか聞こえなくなってきた。ダメだダメだ集中しろ、俺。
【クローバー三、ハート四、クローバー八、スペード十、スペードエース】
これは、相手次第だ。俺の手がいいとは言えないが、このゲームで手の強さは関係ない。
しかし、二やジョーカーがない状況で最弱の三を持っているのは厳しい。
クローバーの三をチェンジ、手元に来たのはダイヤの五。あまり変わらない。ちなみに紡もチェンジはあり。
「最初はこれね」
スペードの六。八を出して流してもいいが、それだと後が続かない。十を出し、エースで流す。八切りしてから……いやダメだ、これじゃ勝てないぞ。四も五も足を引っ張る。
「どうするの?」
「俺は……」
十を出した。紡は間髪入れずにジャックを出してきた。自信があるのかこいつ、ノータイムで出してきやがって。
俺はエースを出す。選択肢がないんだ。
「流すよ、それ」
「ありがとう」
慈悲なのか、強いカードがないのか、それはまたわからない。
「四でいいの?」
「ああ、作戦ってのがあるんだよこっちにも」
「じゃあボクは十を出すね」
「パスだ」
「次は九だ」
「――パスだ」
紡が最後のカード、ハートの三を出して三試合目が終わった。
決して強いとは言えない手札だけど、相性が悪いとあがくこともできない。
第四試合。これで負ければ試合終了だ。
【ダイヤ七、ハート八、ハートジャック、クローバークイーン、ハートクイーン】
ダイヤの七をチェンジし、スペードの九が来る。。戦力の底上げにはなったが心許ない。
紡もチェンジ。
ここはクイーンのツーペアが鍵になる。
「ダイヤの七か。そこそこ高めだね」
「その上に十を重ねて言うなよ。怖いな」
考えろ。ここでジャックを出していいのかどうか。クイーンを出して、いいのかどうか。
考えた結果、クイーンを選択する。しかし、またノータイムでエースが出てくる。
必然的に場は流れ、親はツムグに。
「それじゃあボクはジャックを出すよ」
俺の読みが正しければ、残りの二枚はツーペア。俺ならば、ここは一番強いカードを出す。クイーンの後、俺はエースの上に二を出さなかった。俺の最強カードはクイーンだったと相手は思っている。当然エースの可能性だってあるが、エースを持っている確率の方が低いんだ。
そう、その見解は間違いじゃない。でも、こっちにはその最強カードがまだあるんだよ。
「じゃあ俺はクイーンだ」
「お、ペアを割ってきたね」
そのままクイーンで流し、八切りしてからスペードの九で終了。
「これが最後の勝負だ」
「悪いけど、ボクも負ける気はないよ。幼なじみのためにもね」
運命を決める、最後のディール。
「こ、これは……」
「スゴイ顔だね。相当いい手なのか、相当悪い手なんだね」
「チェンジだ」
一枚差し出し、一枚もらう。
そして、最後の勝負は紡の先攻で始まった。
「でも、それはボクも同じだ」
紡の手札から、三枚のカードが選択される。
「三のスリーペアだ」
会場が大きく湧き上がる。勝ちは決まったようなものだ、そう言わんばかりの歓声だ。
スリーペアで革命が起きたことで、最弱だった三が最強になる。つまりこの場合、ジョーカーですら勝てない。
最終戦だってのに、こんなにあっさり終わらせてたまるかよ。
「えらいもんもってくるな、最後に」
「これが強運でしょ?」
「そうだな。パスだ」
場を流し、紡は自信満々にスペードの四を出した。
「次はこれでどうかな」
「なるほど、最後はツーペアじゃなかったのか」
さすがにそこまで強運じゃないと。
「一郎くん!」
歓声にかき消されそうな声が、俺の耳に届いた。それに応えるように、俺は言葉を吐きだす。
「大丈夫だよ志帆さん」
この声は聞こえてないだろうな。
俺は手札の一枚を引き抜いた。
「キミ……もしかして……!」
「もしかしなくても、想像通りさ」
カードを重ねる。そして場を流した。
「ジョーカーか。強運、キミにも来たみたいだね」
「まだ終わらないぜ?」
自分のカードをテーブルの上に置き、そのまま横にスライドさせた。
「七の、ツーペアだ」
俺の最初の手札は【ダイヤ四、クローバー五、スペード七、クローバー七、ハートキング】だった。しかし俺は親ではない。八切りもできず、二も持っていない。相手の流れを切る手段がなかった。
だから俺は、ダイヤの四を捨てた。最低でもエース以上がきてくれと願った。しかし来たのは最強のジョーカー。悩むことなんて、なにもない。
まあ三のスリーカードが出たときは、さすがに詰んだと思ったけど。四を捨ててしまったことを、少しだけ後悔したもんな。結果論でしかないけど。
「でもまだキミの手札は二枚あるよね?」
「お前は四を出したよな? 四のツーペアがあれば、二枚出して終わりだ。もしも三があったとしたら、最初にフォーペアを出してるだろ? つまりお前のカードは――」
手札からクローバーの五を出した。
「これよりも強いカードはない」
クローバーの五を前にして、紡は完全に諦めたように、手札を下ろした。
最後にハートのキングを出し、勝負はついた。
「俺の……勝ちだー!」
拳を高く振り上げた。強運同士のぶつかり合いを讃えるかのような拍手。拍手の嵐だ。
「楽しかったよ、また遊べるといいね」
「ああ、冷や冷やしたけど楽しかったぜ」
堅く握手を交わし、俺は志帆さんと双葉の元へ。
「よう双葉、仇は取ったぜ」
「やるじゃん」
上目遣いで微笑む双葉。こいつ、口は悪いが可愛いところはいっぱいある。
『白熱した試合をありがとー! それではラストだー!』
ルーレットが回り出す。
変な競技が出ませんように……!
『決まったー! 最後は――』
時間が、一瞬だけ止まった。
『腕相撲ー!』
ここでまた山辺先輩登場。
『説明するまでもありません』
ねーのかよ、じゃあ出てこなくていいだろ。顔や物腰に似合わず出たがりだな。
黒子たちがステージ上にテーブルを設置した。
『それでは両者、テーブルの前へ!』
「行ってくるわね」
「がんばって、志帆さん」
肩に乗った、艶やかな髪の毛。それを右手で払いのける。颯爽と歩く姿は、とても凛々しく彼女らしかった。
「痛いです双葉さん」
「いやらしい目で見ないの」
「見てないから、見てないから足踏むのやめて」
これがジェラシーってやつか。へっ、俺も男になったな。
両者が揃い、競技が始まるはずだった。のだが、突如北条先輩がマイクを奪い取った。会場は一気に静まり返る。
『私は負けないぞ、誉坂志帆』
澄ました顔の志帆さんは、溜め息を一つ吐いた。
「私も負けるつもりはない。アナタの愚行を辞めさせるためだから」
『そうやっていつまでも人を見下してればいい。勝って笑うのは私だ』
磯谷先輩にマイクを突き返す。なんというか自由で自己中。それが北条先輩ってことか。
『えー、多少ハプニングはありましたが、両者手を組んで!』
お互いが腕をまくり、クッションの上に肘を置いた。相手の手を握り込む。北条先輩も志帆さんも、やる気に満ちあふれていた。
『それでは、はじめっ!』
純粋な膂力がぶつかり合う。
『おーっと! 両者の力が拮抗している! 手はまったく傾かないー!』
拳は震えているのだが、右にも左にも倒れない。力は互角なんだろう。
この場合に必要となるのは瞬間火力ではなく持続火力。それは誰の目にも明らかだ。どちらが先に力尽きるのか、それが全て。
十数秒ほどして、天秤は徐々に傾き始めた。
『ここで女帝と女王が押してきたー! 新聞部は苦しそうだがまだいけるのかー?』
志帆さんは眉間に皺を寄せている。苦しいのも当然だ。
『私はな、逆転って大好きなんだ』
磯谷先輩が二人に近いせいか、北条先輩の声を拾う。しかし志帆さんは応えない。その余裕はないということだろう。が、北条先輩には喋るだけの余裕がある。さきほどまで拮抗していたはずなのに、この差は一体なんなんだ。
『逆転は、最高の勝利』
『今度は新聞部が追い返す! 女帝と女王、食い止めるだけの力はあるのか!』
『強さとは』
また、傾いた。
『気高さとは』
志帆さんの手の甲が、テーブルに近くなる。
『私は勝つ。どんな手を使っても、な』
『私は……!』
志帆さんが少しだけ持ち直した。
『私は自分の正しさを信じる』
追い返す、追い返す。
北条先輩も、少なからず動揺していた。
『その上でつかみ取ったものこそが、自分の一部になるの』
より一層、二人の手には力が込められている。細い腕に浮き上がる筋と、手の震えがその証拠だ。
「志帆さん! がんばれ!」
気付けば、俺は痛いほどに拳を握っていた。
『きれい事が好きなお嬢様だ。そういうの、私は――』
北条先輩が、身体を丸めた。
一瞬のできごとだった。
『許せない!』
手の甲が、強く強くテーブルに叩きつけられた。その痛々しい音が、こちらにも伝わってくる。
『勝者! 新聞部ー!』
喧噪にも似た歓声の中で、志帆さんはうなだれていた。肩を落とし、残念そうというよりも、心ここにあらずといった感じだ。
なにもそこまで落ち込まなくてもいいじゃないか。負けたっていいじゃないか。まだナナちゃんたちだっている。なのに、なんであんなに落ち込んでるんだよ。なんでそんなに悲しそうなんだよ。
「お疲れさま」
戻ってきた志帆さんに、そう言った。
「ええ、ありがとう」
挨拶をして早々に、一人で控え室に向かってしまった。
俺は慌てて追いかけた。志帆さんは控え室で、イスに座って水を飲んでいた。
この控え室には志帆さんと俺だけ。基本的に負けた人は戻ってこない。ステージの右から出てくるチームは右に控え室が、左から出てくるチームには左に控え室がある。だから新聞部は別の控え室だし、残りの二チームはステージだ。
「大丈夫?」
「問題ないわ。少し疲れただけよ」
俺は隣に座らせてもらう。だけど俺は黙っていた。掛ける言葉が見付からないから。
「結局、私はナナなしじゃなにもできないのかしらね」
ふと、志帆さんはそう言った。
「ナナちゃんがどうかしたの?」
一息ついて、志帆さんはもう一度口を開く。
「中学校の頃から、私はナナなしでは人と会話するのも難しかった。他人に近付く勇気もなくて、他人から近付かれることもなくて、気付けばいつも本を読んで時間を潰してた」
最低限の相づちだけ打って、俺は黙って話を聞く。今はそれが一番いいと思った。
「一年生の夏、校外学習で登山をすることになったの。四人一組で班を作らなきゃいけなかったのだけど、当然私を誘おうとする人はいなかった。一人を除いて」
「それがナナちゃんだった、と」
「そういうこと。私はそのとき、私なんかでいいのかと言ったわ。ナナはクラスだけじゃなく、学年でも慕われていたし、経緯は知らないけど学校全体でも好かれていた。よく先輩なんかがクラスに来ていたし。だけど、彼女はそんなことは気にしてなかった」
「なんつーか想像できるな」
「一郎くんは私がナナと出会うよりもずっと前から、ナナと知り合いなんだものね」
「まあ、ね」
録輔の姉だし、小さい頃から遊んでたわけで。
「彼女は私にこう言ったわ。『せっかく同じクラスになったんだもん。楽しくおかしく、同じ時間を過ごそうよ』って。付け加えて『他のクラスメイトとはみんな仲良くなったからね。あとはシホの番だぞ!』と」
「最初から呼び捨てとか」
「彼女らしいでしょ。でも、それからだった。あんな子だけど、私と一緒で読書が好き。私もそこそこ勉強やスポーツができたし、それは彼女も一緒だった。趣味も合ったし気も合った。無茶をしそうなナナを私が止めて、大人しい私をナナが引っ張る。いつしか、二人でいることも多くなった」
「あの人、無駄に面倒見いいからな」
「私は冷静なわけじゃない。静かに振る舞おうとしてるわけじゃない。ただ単にそういう性格で、臆病で、自分からは歩き出せないだけの人。幼い頃から引っ込み思案で、そのまま大きくなっただけなの。私は、ナナがいないと上手く歩けなくなってしまった」
二人は仲が良い。だけどそれだけじゃない。
「俺はそうは思わないよ」
「どういうこと?」
「今自分で言ったじゃないか。無茶をするナナちゃんを止めたって。なんで他の人よりも志帆さんと一緒にいたのか。それは、自分を制御できるのが志帆さんだけしかいないって、ナナちゃんが知ってたからじゃない?」
志帆さんは驚いた顔で俺を見ている。ホントに気付かなかったのか。
「共依存、って言えば聞こえは悪い。けど、相性が良いって言えば、それはプラスだろ? 結局物事の見方なんて十人十色、解釈なんて千差万別だ。長所も短所も紙一重でしょ? 志帆さんにとってナナちゃんがそうであるように、ナナちゃんにとっても志帆さんはそういう存在だ。だからナナちゃんはいつだって無茶苦茶なんだ。なまじカリスマ性が高くて人に頼られるから、よりどころも必要なんだよ」
『生徒会長の手を煩わせることなく、マスターアジアの決勝進出が決まったー! ちなみに生徒会長は二戦目からの参戦なので、今日はまったく活躍していないということになります!』
小さくだが、磯谷先輩のアナウンスが聞こえてきた。ここで、ナナちゃんたちの決勝進出が決まり、残すところ新聞部対マスターアジアのみ。
俺はイスから立ち上がった。
「行こう。ナナちゃんに決勝進出おめでとう、くらいは言わないとね」
ちょっと迷ったが、志帆さんの頭に手を乗せる。そして、そっと撫でた。
「え、ええ」
志帆さんの髪の毛は見た目通り、サラサラでツルツルでとても気持ちがよかった。
手を差し出せばちゃんと握ってくれる。髪の毛を触ったこと、怒ってなくてよかった。
「しーほー!」
大きな声を上げながら、ナナちゃんが扉を開け放った。
「ナナ、おめでうわっ」
ナナちゃんはそのまま志帆さんにダイブ。二人そろって倒れ込んだ。
「シホー、シホー」
「ちょっとナナ、頬ずりするのはいいけど、離して……」
「応援できなくてごめんよー。到着したときにはもうシホが押されてて、ステージにたどり着く頃には終わってたんだよー」
「いいのよ、気にしないで。それよりも決勝進出おめでとう」
「うん! ありがと! 志帆は残念だったけど、勇姿は見てたぞ!」
「あの、いちゃいちゃしてるとこ悪いんだけど、とりあえず立ったら?」
スカートの中身がその、若干アレなんで、アレです。
「仕方ないなー」
ナナちゃんは渋々だが、志帆さんの手を取り立ち上がった。
「イチロー、俺たちもあれ、やる?」
「やらねーよ黙ってろよ」
「じゃあロック?」
「死ねゴミクズ」
光啓の頭は今日も平和です。
「明日って、今日と時間一緒なの?」
「うんそうらしいよ! さっき言われた!」
「私たちは観客席から応援してるわ」
「頼むぜ相棒! さあ明日は決勝戦だ! 新聞部に勝って、学校の平和を取り戻すぞー!」
ナナちゃんが拳を天に向けると、周りも合わせて声を上げる。控え室は俺たちの空間だ。
「楽しそうでなにより」
そんな揶揄するような言葉と共に、新聞部の連中が現れた。
俺は北条先輩が好きじゃない。紡と城尾先輩は人畜無害って感じだが、この人は違う。
「そこのキミ、そんな目で見ないでくれるか?」
北条先輩が俺を見てそう言った。
「誰のこと言ってんだ? 俺のことじゃねーよな?」
たぶん俺のことだろうけど、あえてそう言った。
「キミだよ。わかってて言ってるんだろ?」
「さあな、しらねーよ」
「正々堂々勝負して勝ったんだ。そんな目をされる覚えはない。それにキミ、高嶺の花とチューズデーされるなんて光栄だろ?」
「双葉も志帆さんも挑発して、よくそんなことが言えんな。それにチューズデーは明らかなねつ造だろ。俺はその辺の生徒だからいいけど、志帆さんは副生徒会長なんだ」
「さてなんのことやら。挑発も知らないし、チューズデーだって見たままを書いただけだ」
手の平を天に向け、知らないというスタンスを取る。性根が腐ってんじゃねーのか……。
「まあまあ二人とも落ち着いて」
俺が一歩踏み出すのを見て、紡が割って入った。
「いいじゃないか別に。瑠璃がケンカっ早いのは昔からだろう」
「そういう訳にもいかないって」
自分よりも大きく、威圧感さえ見て取れる恵人の乱入にもまったく気にしていない。幼なじみだから、その一言で片付くものもあるか。
「決着は明日だ。それでいいだろう?」
「そうだぞイチロー。ここは退け。今いざこざを起こしてもいいことなんてない」
光啓にたしなめられて、俺は足を引っ込めた。
「紡に免じて帰るとしよう。明日を楽しみにしているよ」
身勝手なセリフを残して去る三人。その姿を見つめることしかできない自分が、情けなくて仕方ない。でも、負けてしまったから。
「仇は取る」
俺の肩を叩いて、光啓が言う。
「乗りかかった船だ、俺もできるだけやってみるわ」
「リーダーを忘れてもらっちゃ困るな!」
録輔もナナちゃんも、瞳には光が宿っている。
任せよう、この三人に。
俺たちは再度、拳を突き上げて
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