第14話

「つーかまた俺客引きなのかよ使い回しかよ」

「はい、チーズ」

 思わずピースしてしまった。

「おいやめろバカ」

「どっちかといえばその格好でピースしてるイチローのがバカっぽいよね」

「しばくぞ」

 俺を無視して客引きを続ける光啓。なんか俺のあしらい方が進化しつつある。

「なんかさ」

 目を見ないで話し始めるなんて珍しいな。

「なんだよ」

「もうロックともふーたとも普通に喋ってるなーと」

「んなことない。昨日の帰りとか普通に無視されたぞ」

「根が深いねぇ」

「んなもんお前がよく知ってるだろ」

「確かに。でも一年前よりも、半年前よりも、一ヶ月前よりも一週間前よりも、ずっとちゃんと話せてる」

「それは認めよう。ありがとな」

「おっと、ここでデレんのか。恥ずかしいなやめろよ」

「しばくぞ」

 こいつホント……。

 まあ、こういうところに救われている部分もあるし、一概に責められないか。

 携帯を出して時間を確認すると、ちょうど三時前だった。

「そろそろ時間だな。上がるか」

「店じまいだね」

 俺はこの着ぐるみを脱ぎたくて仕方ないだけだけどな。

 さっさとコスプレを脱いだ俺たちは会場を訪れた。

 光啓とは会場の入り口で分かれた。しかし、俺はその場を動かない。志帆さんと双葉とはひとかたまりで行動しようと約束していた。

 二人人と合流し、俺たちはできるだけステージの近くへ。

「なんかすげー前まできちゃったな」

 ステージは目の前だった。

「いいじゃない。後ろよりはましだわ」

 双葉の意見には概ね同意だ。

『文化祭も大詰め! 準備はいいか野郎ども!』

 応えるような、地響きみたいな雄叫び。

『それでは! 決勝戦! スタートぉ!』

 観客席の歓声は大きくなり、決勝戦は始まった。

『実はこの大会、あとから思い付いて追加するゲームも多いぞ! 一回戦にはなかったゲームが二回戦に、二回戦になかったゲームが三回戦にという現象も少なくないから覚悟しておけよー!』

 この二チームだが、決勝に駒を進めるだけはある。

 今まで見てきただけでもチームバランスがいい。それだけでなく、個々の能力も異常なほどに高かった。特にマスターアジアは、三年の成績一位のナナちゃんと二年の成績一位の光啓がいる。両者ともに運動もできるし、頭の回転もはやい。目立ちはしないが、録輔だってスペックだけ見れば負けてない。期末考査の学年順位は十二位で、中学校の頃はサッカー部として全国にも行っている。県選抜にも選ばれるくらいサッカーが上手く、スポーツ全般が得意だ。

 新聞部もかなり優秀。だが、この三人には目立った功績がない。いや、北条先輩は三年では学年三位だって話か。腕相撲を見た感じだと、力が弱いとかいうのもなさそうだ。紡は紡で妙なオーラ出してる。問題なのは城尾恵人。未知な部分が多すぎる。

『ルーレット! スタートぉ!』

 こちらが不利になるようなことはない、はずだ。

『けってーい! 第一試合は! 単語を当てて勝ちを取れ! こいこいアドバンスだー!』

『内容としては、花札を使ったこいこいと変わりません。しかし、役が揃ってからこいこいをするのにも上がるのにも、こちらが出題する問題に正解しなければいけません。つまり問題に正解するまで、相手には勝てないということになります。先に三十点をとった方が勝者です』

『さあ、両者前へ!』

 向こうからは城尾先輩が、こちらからは光啓が出ていく。前回のオーダーを考慮して、一人目に光啓を起用したか。

 若干地味な競技なので、会場は静まりかえって……いなかった。黄色い声が飛び交っていたのだ。女子には人気ありそうだもんな、二人とも。

『決勝戦は選手にインカムを装着してもらいます! 一チーム一個だから、試合に出る者だけが装着するんだぞー! これで試合中の細かな会話もばっちり!』

 城尾と光啓がテーブルにつく。

『こうやって勝負するのも久しぶりだな、雨宮』

 と、城尾先輩が控えめに言った。インカムを装着していても声の小ささが伺える。

『中学校以来なんじゃない?』

『覚えてるんだな。てっきり忘れられているのかと思ってた』

『忘れるものか。キミは北条先輩を守ったし、俺はナナちゃんを守った。ただそれだけ』

『でもお前は生徒会長を守るほど、仲は深くないんじゃないか?』

『そんなことないさ。幼なじみの姉だしね』

『それだけか? 俺には、惚れてるように見えるがね』

 城尾が放った一言は、会場をざわつかせた。それも当然だ。

 中学校のときもそうだが、高校でもファンがいて、いろんな部分でスペックが高い光啓。女子たちは黙ってにないだろう。

『違うよ。ただ、ほっとけないだけだ。さあ、無駄話はこれくらいにして勝負しよう』

 外野の女子たちからは安堵の息が漏れたみたいだ。さすがにこんな場所でカミングアウトはしない、か。

『たわいない会話は終わりましたね? それではスタートぉ!』

 あの二人には、少なからず因縁がある。俺たちが知らない因縁が。これはまあ、今度聞くことにしよう。

 俺のときもそうだが、モニターには二人の手札は映されていない。モニター自体が二人の後ろにあるために映せないのだ。

「二人ともポーカーフェイスだな」

「互いに勝負事には強そうだ。俺だってこういう勝負、ヒロとはしたくねぇ」

「私も、かな」

「いや、双葉は顔に出るから勝負にすらならいってーなおい!」

 すぐ拳上げるんだからこの子は……。

『マスターアジア、こいこいです!』

 光啓に役が揃った。あれは月見酒か。点数はモニターに出されていて、月見酒は五点だ。

『問、ダイヤモンドの品質として4Cという評価基準があります。カラー、カラット、カットとあともう一つはなんでしょう』

 磯谷先輩の号令で、山辺先輩が問題を読み上げた。

『クラリティ。ちなみに透明度を評価するものだ』

『こいこい、成立です』

 光啓がこいこいを成立させ、城尾先輩のターンに。

『こいこいだ』

 城尾先輩もこいこいを宣言した。役は雨四光で点数は七点。

『問、日本の絶滅危惧種を一種答えなさい』

『シマフクロウ』

『こいこい、成立です』

 普通ならここでこいこいなんてしない。さっさと上がって点数を稼ぎにいくべきだ。だがここで上がらなかったってことは、勝つための下準備ができているんだ。

 光啓は役無し。役の目はあるのだが、逆にそれが入っていまったことで『たん』や『かす』などといった端役が組めなかった。これは大誤算だろう。

『悪いな雨宮、俺は上がるぞ』

 役は猪鹿蝶だ。

『問、モルワイデ図法、メルカトル図法と言えば何の描き方?』

『地図』

『上がり、成立です』

 城尾先輩に十二点が加算された。これで残りが十八点。いきなり半分近く引き離されてしまった光啓は、ここで選択しなければいけない。こいこいをするか、早上がりをするか。

 そしてゲームは続く。

 光啓は早く上がることを前提とし、役が出来たら上がる。こいこいを控える作戦に出た。が、相手が黙って見ているわけがない。光啓よりも早く上がれば阻止できる。

 このこいこいという競技、自分のターン一回に得られる最大枚数は四枚。役を完成させるのに必要な最低枚数は二枚なのだが、それが一気に来る確率は極めて低い。相手の脇にある札は絵柄が見えるので、そこに可能性を感じなければこいこいはするべきだ。

『こいこいだ』

 光啓が十三点、城尾先輩が二十点の状況。光啓が赤短でこいこいを宣言した。文字がない短冊が四枚あるので、次のターンで揃える気だ。

 城尾にはまだ役の目はない。

『問、初夢として有名な一富士二鷹三茄子。では六番目は?』

『四扇五煙草六座頭だから、座頭だ』

『こいこい、成立です』

 光啓のこいこいに、城尾先輩の眉間にシワが寄る。

『おーっと! 新聞部はこいこいも上がりもできないー!』

『悪いな城尾』

 光啓はしっかりと短冊を引いてくる。

『上がらせてもらおう』

『問、オーパーツを略さずに言うと?』

『out of place artifacts』

『上がり、成立です』

 ここで逆転。しかし油断はできず、どちらも一回の勝負で上がれるところまできた。

 もしかしたら、次の勝負で決着がつく。

『さあ勝負も佳境! 射程圏内なのはマスターアジアだが!』

 光啓が札を引き、こいこいを宣言。役は最初と同じで月見酒だ。

『問、レア、パンドラなどの衛星が周囲を公転する惑星は?』

『土星』

 会場がうるさい。それも当然だ。これで光啓にはリーチがかかったのだから。

『さて、いい感じに面白くなってきたな』

 城尾先輩が楽しそうにそう言った。負けてるのに、なに言ってんだこいつ。

『なにか手でもあるのかい?』

『一個だけ、一瞬で逆転する手があるだろ?』

『五光か。確かに俺はまだ光札を持っていない。しかしそれはあまりにも――』

 光札を出し、そして更に光札を引いた。それを行ったのは城尾先輩だった。

「おい、あれ……!」

「五光だわ……」

『上がるぞ、俺は』

 城尾先輩が揃えたのは五光。点数は十点だから、クイズに正解すれば勝ちが決まる。

 光啓は苦虫をかみつぶしたような顔をしている。俺がアイツの立場でも、ああいう顔になるだろう。

『問、現在パンデミックに発展すると思われる感染症は何種類?』

『十九種類』

『上がり、成立です』

『決着! 勝者、新聞部ー!』

 あっさりと決着がついてしまった。でもそれは地味な勝負だったからじゃない、城尾先輩の勝ちが鮮やかすぎたんだ。

 マスターアジアは一敗。しかし、光啓は手を出した。

『いい勝負だったよ』

『ああ、悪くない』

 堅い握手を交わした二人は、その会話を最後に両脇へとさがっていった。

 両方ともいい笑顔だな。まさに真剣勝負って感じだ。北条先輩の入れ知恵がなきゃ、結構いい人なのかもしれない。

 光啓はインカムを外し、真姫奈ちゃんに渡した。

『ごめんね二人とも。あとは任せたよ』

『任せろ』

 録輔はインカムを受け取る。目を見れば、あいつがどれだけ本気かがわかる。

『それでは次の競技! ルーレット、スタートぉ!』

 相手はあの紡だ。競技によっては録輔だって相当苦戦するはず。それを思っているのは俺だけじゃないだろう。なぜなら、最初の試合からあいつは活躍していたのだ。

 俺たちの気持ちとは裏腹に、競技は決まった。

『スクールフラッグスで決定だー!』

『スクールフラッグスとは。ビーチフラッグスを想像していただければいいと思います。舞台となる校舎の一階で、隠れているフラッグを探してもらいます。制限時間は三十分。最初にヒントを出しますが、十分ごとにヒントが一つずつ増えていきます。持ってくるまでが競技です。運搬中に奪い、それを持ってきても可能とします。付け加えると、謎を解くのもフラッグを持ってくるのも本人だけです。携帯電話などでやりとりをしていた場合、失格とみなします』

「これはまた面倒そうなのがきたな」

「ステージ付近で待っていて奪うという選択肢が、実際どういう働きをするのかが鍵ね。けれど、フラッグを探す必要があるから、先にフラッグを取りに行った相手が謎を解けなければ意味がないわ」

 俺の言葉を聞いて、志帆さんはそう言った。確かに、自分が行かなくていいっていうのは大きいな。

「逆に言えば、フラッグを取ってきたイコール優秀な人間ってことになるわね」

「強奪できる可能性と、自分で取りに行かれる可能性。それを両天秤に掛ける必要があるってこったな」

『それではヒントはこちら!』

【赤子は誰に導かれるか】

 録輔も紡も、すでに走る準備をしていた。思い当たる場所があるみたいだ。

『準備はいいかぁ? それでは! ゲーム! スタートぉ!』

 両者迷うことなく走り出した。ただしダッシュではなくランニング。このステージから校舎までは結構距離があるので、気合いを入れすぎると体力が保たない。

 カメラを持った放送部員が一人ずつそれを追いかける。なんか一番ガッツがいるの、放送部員なんじゃなかろうか。

 モニターは縦に二分割され、二人の様子が中継されるようだ。

「志帆さんなら、最初はどこに向かいます?」

「まず、この学校の一階にある教室は全部で十六。生徒たちが常駐するような教室は一つもなく、特殊教室や職員室、校長室や保健室なんかが中心になっているわ。その中で『赤子』という単語と関連性を持つもの。それは、職員がいる場所だと思う」

「赤子イコール職員?」

「赤子イコール生徒ね。生徒を導くのは教師の役目だわ」

「生徒指導室、進路指導室、職員室。そのあたりってことか」

「でもまだ他の可能性も捨て切れない。赤子が成長するために勉強する場所なら、普通の特殊教室だって含まれる。先導者が歴史上の人物かもしれないしね」

 双葉は双葉で自分の解釈をしているみたいだ。

『選手たちには私の実況は聞こえない。しかし、ヒントが更新されるとお就きのカメラマンが新しいヒントを伝えることになっているぞ!』

 校舎に入った瞬間、二人は別々の方向へと走っていった。

 録輔は職員室や進路指導室がある一棟へ。紡は理科や音楽室がある二棟へ。

 この学校は、昇降口を入ってすぐが一棟。手前と奥にある二本の渡り廊下を挟んだ向こうが二棟。一棟の一階は職員室や生徒指導室、二階から上はは通常教室だ。二棟は全部特殊教室や図書館、生徒会室などがある。

 両方とも上履きには履き替えたものの、外履きは持ったままだった。

『おーっとここで両者の見解がわかれるー! 次のヒントまでは少し時間があるぞー!』

 このヒントだが、今のままではかなり漠然としている。それをわかっているのか、二人は急に立ち止まった。無駄に体力を消耗するのではなく、確実性を高めて探す作戦だろう。

「シンクロしてるな」

「頭の善し悪しというよりも、より効率的に物事を進めようとする姿勢がそっくりね」

『それではヒントその二はこれだー!』

【神の審判は来たれり】

 このヒントは選手二人にも伝えられる。

「これはまたよくわからない感じだな。つかなんでこんなに厨二っぽいんだよ。もっと普通にできないのかよ」

「趣味でしょ?」

「誰のだよ」

「聞くのも野暮でしょ、そういうのは」

 まあ双葉の言いたいこともよくわかる。

「一応、まだ両方のチームに勝ちの目があるわ。この神というのがなにか、判断基準をどう定めるかで見解は大きく変わるから」

 と、志帆さんはいつもながら冷静だ。

「神、神か。偉い人とかはたまに神って言われるよな」

「審判という部分が引っかかるけれどね」

 紡は音楽室にダッシュし、録輔は校長室に。きっと次で、もっと的を絞ったヒントが出るのだろうが、それでは遅い。

 校長室を調べ終わり、次は進路指導室に向かう真姫奈ちゃん。しかし、紡の行動は真逆だった。

「紡のやつ、フラッグも持ってないのに引き返してくるぞ」

「見切りを付けたのよ。探す方向ではなく、奪う方向に」

『おーっとマスターアジア! 進路指導室の招き猫からフラッグを見つけ出したー!』

 ここで最後のヒントが表示される。

【猫】

「雑! 最後! 雑すぎる!」

 録輔はフラッグを持ち、元来た道を戻っていく。だが、そんなに速くない。

「録輔くんもわかっているのね。最初の時点で別れた相手が、強奪という道を選ぶことを」

 相手の動向もわからないのに見切りを付けた紡。

 自分がフラッグを持っている以上、強奪の危険性を忘れない録輔。

「こんなゲームで読み合いが発生するもんなのか……」

「相手が見えないからこそ、より相手のことを理解しようとする。その結果と言っても過言ではないわね」

 録輔はなにを思ったのか、途中で保健室に入った。一直線に窓に向かうと、外履きに履き替えて外へ。

 昇降口から出るのは危険だとの判断だろう。だが、それは相手も知っている。これはもうスピード勝負だ。

『ここでマスターアジアの選手が姿を現したー! ゴールまではもう少しだぞー!』

『なんとか、間に合ったか』

 なんて言いながら、ステージに向かう録輔。しかしその前に紡が立ちふさがった。

『俺に勝負を挑もうって? そう簡単には渡しちゃやらねーぞ?』

『いいよ、勝手に奪うから』

 紡は腰を落とし、飛びかかる体勢に入った。

『やれるもんなら』

 両者、同時に重心を落とす。

『やってみろや!』

 そしてまた、二人同時に踏み込んだ。

 二人の身体が重なる瞬間、紡ぐが一瞬だけブレーキをかけて後ろに下がった。

「まさかスピードを合わせるために……!」

「あのままの速度で突っ込んだら、奪うチャンスは一瞬。その一瞬を長くするためには有効だと思う」

 双葉の声色も少し堅くなり、勝負の行く末はわからないといった感じだ。

 手が伸びて、フラッグに指が届く。紡は笑い、勝ちを確信している。が、予想に反して録輔も笑っていた。

 前に出ている足を重心にし、身体をひねった。紡の顔にも焦りが見え始める。

 体勢を崩しながらも紡を避け、一直線にステージを目指す。

 違う、体勢を崩したんじゃない。自分なら間違いなく立て直せるという自信があるからわざと崩したんだ。

 紡も最後まで諦めなかったが、追いつくことなどは不可能に近い。今までなんて比にならないほどのダッシュは、距離をどんどんと離していく。温存していたとはいえ、これが本気だってのかよ。今からサッカー部に戻っていいんじゃないか、そう思うほどに速い。

『けえええええっちゃくうううううううううう! 勝者! マスターアジアー!』

 最後は気を揉んだが、なんとか勝ったか。

『頼むぜ、姉ちゃん』

『任せとけ! 私は絶対に勝つ!』

 インカムが、バトン代わりに手渡された。

『むさ苦しい男同志の戦いが終わり、これが最後だ! ルーレットー! スタートぉ!』

 これが正真正銘のラストバトル。なにが出るかで、ナナちゃんと志帆さん、ひいては俺たちの未来も決まる。

そしてルーレットが止まり、最後の競技が表示された。

『チーム対抗プラスアルファ! 鬼ごっこアドバーンス!』

 こいつらアドバンスって単語好きだな。もしかして語彙力がないのか。

『鬼ごっこアドバンスとは。まず、両チームの中で一人ずつ鬼を決めます。鬼以外は狩人です。鬼は身体の一部、目に見えるところにリボンを巻きます。狩人は鬼のリボンを取り、十秒間保持すると勝ち。校舎の一階と二階に別れ、それぞれを自分の陣地とします。鬼以外の人間は敵の陣地へと行き、相手の鬼を討伐します。つまり普通の鬼ごっことは違い、互いの狩人が鬼を追いかけます。アシストとして、チーム外の人間を二人まで補充することができます。アシストの一人は自陣に、一人は敵陣への配置。鬼とともに自陣に配置されたアシストのみが、マルチアシストとして両方の陣地を移動できます。それ以外の狩人は、配置された陣地からは出られません。それと、こちらで無線機を用意しましたので、携帯電話を預けて無線機を受け取ってください。もしも携帯電話の使用が見られた場合、失格となります』

『それでは、一階と二階を決めるジャンケンをするぞー! 大将は前へ!』

 自信に満ちたナナちゃんと、凶悪さが滲む北条先輩が出てくる。

 校舎は一階よりも二階の方が狭い。自陣を一階にできれば、有利にことを運べる。このジャンケンが試合を左右すると言っても間違いではない。

『この日を待ちわびた。大衆の前で那波奈々緒を叩き潰す、この時を』

『瑠璃って、昔から面白いよね。そういうの好きだよ私。でも今回のは許せないから、私は負けない』

『それでは! ジャン! ケン!』

『『ポン!』』

 ナナちゃんがチョキで、北条先輩がグー。

『それでは新聞部! 一階と二階、どちらにしますか!』

『当然――』

 北条先輩の口が弧に歪む。

『二階だ』

 一階じゃないのか? 狭い二階を自陣にしたら、逃げるスペースが減るんだぞ?

『マスターアジアは一階が自陣となります! 両者、鬼を決めるのと共に、アシストプレイヤーを生徒の中から二人選出! アシストから鬼を決めることはできないぞー!』

 ナナちゃんが選ぶのは、たぶん同じ学年の運動部の誰かと志帆さんだろう。体育会系なら、運動部を呼んだ方がいい。

『アシストには副生徒会長の誉坂志帆と、二年の山田一郎を召喚する!』

『指名された生徒は前に出てきてくださーい!』

 なんでだ。なんで俺?

「行くわよ、一郎くん」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 俺の手を強引に取って、志帆さんはステージへ。

「なんで俺なんだ。運動部のやつの方がどう考えたって有利だろうに」

「経緯はどうあれ、ナナが選んだのは一郎くんよ。胸を張りなさい」

 負けてもなお、またこのステージに立つことになるなんて。

『どうぞ、無線機です。チャンネルはこちらで設定してあります』

 係員からそれを受け取り、代わりに携帯を渡した。

『インカムを装着するのは鬼だからな!』

 磯谷先輩と山辺先輩って、タイプは逆なのに息ぴったりだ。タイプが違うから、かな。ホント、ナナちゃんと志帆さんに似ている組み合わせだ。

「運営からアンダースコートもらったよー」

「ありがとう、ナナ」

「おいおい! ここで穿くのかよ!」

 先輩二人はステージ上で堂々とアンスコを穿き始めてしまった。スカートは長めなのでショーツは見えなかったが、なんというか背徳的な気分だ。

「顔が赤いわよ、一郎くん」

「そりゃ赤くもなるわ!」

「ちらっと」

 スカートをまくり上げる志帆さん。白い布地にピンクのフリルが可愛い。背徳感は最高潮に達しているのだが、男のロマンをかきたてられる格好だ。

「うわー! 目がー! 目が幸せになるー!」

 目を反らさなきゃと思うけど反らしたくないというこの葛藤。両手で顔を覆いながらも指の隙間から見てしまう。

「恥ずかしがっている割に、しっかりと見ているのね」

 ばっちり観察させてもらいました。

「そ、それで誰が鬼やるの?」

 なんとか視線をナナちゃんの方に向け、会話を元に戻した。

 横目で見た志帆さんは、なんだかちょっとつまらなそうにスカートを下ろした。

「実はもう決まってるんだなこれが」

 ナナちゃんが指を差したのは光啓だった。

「ここはナナちゃんがやるべきなんじゃ……」

「運動能力っていう点でいけば、私でもヒロでもいいんだ。けど腕っ節っていう面ではヒロ以外あり得ないんだよ」

「じゃあアシストの配置は?」

「そんなの決まってるでしょ。マルチアシストはイチロー。志帆は私たちと敵陣」

「ちょっとちょっと、マルチアシストって超重要じゃん。アシストとして選ばれたのもそうだけど、そんな重要なポジションを?」

「ナナちゃんが言ってること、イチローはわからないんじゃないかな」

 なんて光啓が揶揄してくる。

「一郎くんの勘の悪さって筋金入なのかしらね」

 頬に手を当て、志帆さんが残念そうに俺を見た。

「おめーはいつでも感が鈍いな」

 録輔には言われたくない。

「この中で、誰と組んでも息を合わせることができる人物。それこそがイチローなんだよ。録輔の方がスペックは高いんだろうけど、このポジションに置く人物としては、イチローが一番向いてる」

「納得してない顔だけど、一郎くんなら大丈夫よ」

 自信満々に語るナナちゃんと、いつも通り涼しい顔をしている志帆さんに背中を押され、俺は覚悟を決めた。

「わかった。全力を尽くすよ」

「腹は決まったみたいだな! それで作戦なんだけどね――」

 時間はそんなにない。手短だが、要点だけわかればいい。簡単にだが説明を聞き、ナナちゃん以外の全員が深く頷いた。

『それでは一旦校舎の前へ!』

 新聞部のアシストは屈強な男子と美人な女子。男子の方はバスケ部の主将だったかな。女子の方は鬼の風紀委員長だ。両方共三年で、校内でも有名な人だったりする。

 北条先輩って嫌われてるイメージがあるんだけど、そうでもないのだろうか。

 校舎の前に整列し、向かい合った。

『これが最後の試合です! 正々堂々戦ってください! それでは、礼!』

 互いに礼をし、配置へと向かう。

 一階二棟の端へと辿りつく。敵も反対側の端にいるはずだ。

「いいかイチロー。さっきも言った通り、無線ではこっちの情報は流さないでね」

「いくら俺でもわかってるわ。こっちの状況は真逆のことを言え、だろ。それでいて、相手の動向は普通に伝える。これで嘘と真実をごちゃまぜにすると」

「無線傍受の可能性もあるからね。こっちに来るなと言われたら行けばいい」

「それだけ決めてあれば問題ないだろう」

『ちゃーんと試合内容はカメラ中継されてるから、妙な真似はしちゃダメだぞー! それでは! スタートぉ!』

 開始のチャイムが、校舎に広がった。

 隠れるのが正解か、逃げ回るのが正解か。散らばるのが正解か、固まるのが正解か。

 方針的には、二人一緒に逃げ回るということになっている。結局のところ、人数から見ても鬼側は不利なんだ。どういう状況であれ、鬼にはアシストがついていた方がいい。

 一階も二階も、渡り廊下を使えば四角形として使える。が、それでしか逃げ道を作れない。もしも挟み撃ちにされたら、それで終わりだ。まあそのためのアシストなんだろうけど。

「なあ光啓。城尾先輩とは知り合いなのか?」

「一応ね。ナナちゃんと瑠璃先輩って中学校でも結構勝負事とかしてたんだけど、何回か巻き込まれちゃって。なんだかんだで何度も顔を合わせてるんだ」

「お前ってホント、いろいろやってんだな」

 俺たちが知らないところでも世話焼きだ。

「あ、今失礼なこと考えたでしょ」

「んなわけあるか。ちょっとお前らしいなって思っただけだ」

「そりゃどうも」

「あ、やばい敵だ」

 音楽室に入り、一旦様子をうかがう。音楽室は音楽準備室と繋がっているため、他の教室よりも逃げやすい。当然、挟まれたら終わりだけど。

「このゲームは、より速く鬼のリボンを取るゲーム。そのため鬼よりも、狩人の強さが重要だ。本来なら、鬼以外の四人が狩人になる方がいい」

「俺をこっちに置いたのは、それが通じないと判断したからだろ?」

「ナナちゃんはそう思ったんだろうね」

「むしろお前をマルチにして、四人で攻めた方がよかったんじゃないか?」

「じゃあイチローが鬼やるの? イヤでしょ?」

「さもありなん」

 というか俺は正規のメンバーじゃないから鬼はできないんですが。

『聞こえる?』

 バカな話をしていると、急に無線から声がした。この声は志帆さんか。相手が志帆さんの場合は俺、ナナちゃんと録輔の場合は光啓が出ることになっている。

「こちら一郎です、どうぞ」

『無理に雰囲気を作らなくてもいいわよ?』

「志帆さんに突っ込まれる違和感」

『切るわよ』

「すいませんでした。それで、なんかあった?」

『鬼役の北条さんが単独行動してる。リボンも付けていたから間違いないわ』

 鬼が北条先輩で確定。まあそんな気はしてたけど。

「マジかよ。てっきり城尾かと思ったけど……」

『私もナナもそう思ってた。でも違った。ということは、きっと向こうは光啓くんに城尾くんを当ててきたということよ。気を付けて』

「了解。ちなみに俺は、現在単独で第二理科室」

『わかった。伝えておくわ』

 ここで一旦会話が切れた。

「鬼は北条先輩。しかも単独だ。お前と対峙するのに城尾が必要だと踏んだんだろう」

「人選からすると読みは向こうが上か」

「でもよ、なんで自陣を二階にしたんだろうな。そこだけが引っかかるわ」

「それはみんな思ってるよ。たぶん、一階になにかあるんだ」

「なにか、ね」

「そろそろ場所を移動しよう」

 光啓に促され、再度廊下へ。

 武芸の達人とかなら、気配云々でどうにかするのだろう。しかし俺たちには聞き耳を立てて進むことくらいしかできない。

 問題は、マルチアシストがどちらにいるかで戦力が違ってくるという点。鬼一人が注意を引き、一人が隠れて狩人を倒す。倒すという表現は適切ではないかもしれない。ようは教室に閉じこめたり紐で縛ったりと、行動を制限できればいい。

「一人でもいいから拘束しておきたいな」

「相手が単独行動をしていれば可能かな」

 足音が、曲がり角の向こうから聞こえてきた。

 もう一度音楽室の方に忍び足で戻る。

「イチロー」

「なんだ、喋ってる場合なのかこれ」

「一度上にいけ」

「どういう――」

 いや待てよ。光啓の目を見てなんとなくわかった。

「行ってくる」

 近くにある階段をゆっくり上る。そして、二階につくのと同時に反対側の階段へとダッシュ。しかもわざと音を立てて。

走るのは、今でも得意だ。

 二階には北条先輩も、敵のアシストも見えない。

 一階に戻ってすぐ、光啓がいる方向へ。うるさすぎず、静かすぎず、細心の注意を払ってゆっくり走る。ダッシュじゃダメだ。相手に気付かれないといけないんだから。うるさすぎれば逆に疑われる。

 別れた場所に近付くと、俺は別の教室に入る。ここでも、少し音を立てて教室のドアを開ける。外には出られないけど、一階も二階もベランダならば大丈夫らしい。でも、ここでは窓の鍵をあけるだけ。

 そして少し離れた教室に入る。

 足音だ。こっちに来てる。

 俺はベランダを伝って別の部屋へ。さっき鍵をあけた教室に出た。

「光啓、今どこだ」

 無線で呼び出す。が、しばらく待っても応答がない。

「おい、なんででねーんだよ……」

 もしかして、戦闘中か?

 急がないとまずい。しかしながら場所がまったくわからない。、

『こちら光啓、現在二棟の真ん中だ』

 それを聞き、俺は慎重に移動しながら一棟へ。

 途中で紡の後ろ姿を見たものの、物音さえ立てなきゃなんてことはない。

 一棟につき、ゆっくりと横断を始める。そして職員室の前を通ったとき、光啓と城尾先輩がなにかを話していた。

 速度を緩めて、ドアに張り付く。

「さっきはやってくれたね」

「一勝、ご馳走様」

「あげたつもりはないよ。純粋に負けたんだ」

「それで、借りでも返しにきたのか?」

「別にわざと見付かったわけじゃないさ。ただ、見付かったのならなんとかしないとね」

 ここでやり合うつもりか。もしリボンを取られたらこっちの負けなんだが……。

「このゲームは狩人に対してリスクがない。対峙すれば狩人が絶対有利なんだ」

「絶対有利、覆したらかっこいいだろ?」

 光啓が先手を取った。一発、二発と、拳を繰り出していく。おいおいガチじゃねーか、大丈夫なのかよ。

「そんなの当たるかって」

 城尾先輩の蹴りが、光啓の腕を弾く。

 後ろに飛んだ光啓は、臆することなく前進する。ちなみに光啓のリボンは右の太ももだ。当然相手はそれを狙いにくる。

「そんな乱打が通じるとでも思っているのか」

 しゃべりながらだというのに、光啓の攻撃をすべて捌ききった。

「通用するだなんて思ってないさ」

 城尾先輩の鋭い蹴りが、光啓の脇腹めがけて飛んでいく。命中と思われたその攻撃だが、それは意外な方法で防がれた。

 どこから持ち出したのか、光啓の手にはビニールテープが握られている。

「なっ……!」

 城尾の足をビニールテープで絡め取り、そのまま相手を倒す。目にも止まらぬ早さで両足を結んだ。暴れる暇もなく結べるってことは、もう用意してたってことか。

「俺の勝ちだ」

「まだ手が残ってるぞ……!」

 城尾が拳を振るうと、それすらも縛った。

 腕に結んだビニールテープは、いつの間にか職員の机の脚と繋がっていた。

 ガムテープで口を塞ぎ、最後に片腕を別の机の脚と繋ぐ。鮮やかすぎて、お前なにもんだって言いたくなる。

「悪いな。俺がここに立ち寄ったのは、こいつらを調達するためだ。拘束具は必要だからな」

 ビニールテープとガムテープを机の上に置いた。

「お前が来る前に、全部用意しておいたんだ。乱打は、そこに誘い込むために使った。だから当たらなくてもいい。手数が必要だったんだよ」

 さらにビニールテープやガムテープで補強し、完全に自由を封じた。さすがに一人じゃ抜け出せないだろう。

「お前、すげーな」

「イチローか、脅かすなよ」

 教頭の机の引き出しを開け、光啓はどこかの鍵を入手した。ついでに無線もしっかり確保。しかし、今の戦闘で壊れてしまったのか、液晶にはチャンネルが表示されていない。無線を傍受されているかは確認できなかった。

「それは?」

「学校のマスターキーだよ。これさえあれば、どの教室であっても解錠と施錠が可能だ。外から鍵をかけてしまえば、城尾が自力で脱出しない限りは救出できない」

「なるほどな」

 この学校にあるほとんどのドアは、内側からも外側からも、鍵がないと鍵をかけられない。逆を言えば鍵を開けることもできない。鍵を取るというのはかなり重要だ。

 職員室に鍵をかけ、早めに逃走。早急に片が付いたとは言え、ドタバタしてたことに変わりはない。

「こちら奈々緒は今一棟。こっちは大丈夫だから」

 いきなりの無線。ってことはこっちに来いと……。

「ナナちゃんからだ、行ってくる」

「気を付けてな」

「それはこっちのセリフだろ、お前が鬼なんだから」

「それもそうだな」

 いつもの笑顔だ。これなら安心して二階に行かれる。

 俺に注意を向けるため、近くの階段には上らない。二棟に行ってから、階段を上った。

 狩人でも、足音は消して移動する。速度は落ちるが、見付からないことが第一だ。

 階段を登り切ると、北条先輩の後ろ姿を目撃した。ちょうど一棟へと向かうところみたいだ。あの髪型とリボンは、北条先輩で間違いないだろう。

 ここで追いかけていいものか。ナナちゃんたちと合流すべきじゃないか。

「くそっ」

 迷った挙げ句、俺はその後ろ姿を追う。

 渡り廊下を通り、北条先輩は教室に入っていった。そんなただの教室なんかに入ったら、袋小路でつかまっちまうぞ。

 もしかして敵のマルチアシスト、風紀委員長なんじゃないか? 髪型を変えているだけで。リボンだって、類似品についてのルール説明はなかった。でもあれが風紀委員長だったとしても、確かめるだけの意味はある。

 俺もその教室に入った。

「いない……? いや、でも外に出てったような気配もないし……」

 突如、教室のドアが閉まる。

「しまった……!」

 瞬く間に鍵がかけられた。

「間抜けだね。こんな手に引っかかるなんて」

 ガラス越しに、北条先輩がいる。

「ブラフでもなんでもねーのかよ……」

「ブラフじゃないのがブラフよ。迷いながら行動させればそれでいいの」

 こうなると、いろいろと後悔しちまうじゃねーかよ。

「無線に対して慎重だったのは褒めてあげよう。その選択肢は正解だ。こちらのチャンネルは、キミたちのチャンネルと一緒だからな」

 北条先輩は無線機の液晶をこちらに見せた。もうバレてるなこりゃ。

「ごめんナナちゃん。北条先輩は目の前にいるんだけど、一年三組の教室に閉じこめられて身動きがとれない。それと、無線の件はバレてるっぽいよ」

 俺はその場で連絡を取った。隠しても意味ないしな。

 北条先輩は手を振り、優雅にその場を離れていく。なんのためのマルチアシストだよ、ホントに不甲斐ない……。

 北条瑠璃。彼女がなぜ二階を選んだのか。その理由がなんとなくわかったぞ。

「それともう一つ。北条先輩は、教室の数が少ないからこそ、一階じゃなく二階を選んだんだ」

 そう、一階になにかがあるんじゃない。二階でなら有利に展開できると踏んだんだ。

『最初から閉じこめるつもりだったと』

「そういうこと。それともう一つある。一階とは違い、ベランダを通じて他の部屋に行きづらい。完全に孤立した状況が作れるんだ」

『ルリが考えそうなだなー。それじゃ、イチローはなんとか自力で脱出してね。それじゃ!』

「おいちょっとま――」

 切られた。完全に放置された、って解釈でいいんだろうな。。

 ベランダに出て、左右の教室に行かれないかを確認する。

 隣の教室とはベランダが繋がっておらず、飛び移る必要があった。本来ならばベランダ同士を繋ぐため、短いハシゴみたいなのが用意されている。それがないってことは、北条先輩がすでに工作したんだろう。

「クソ……」

 なにやってんだ俺。

「クソぉ!」

 選んでもらったんじゃないか。せっかく、俺みたいなのでも信頼してくれたってのに。結局俺は一人じゃなにもできない。

 カッコイイ主人公なんて、夢のまた夢じゃないか。

「ダセェしかっこわりぃ」

 光啓はあんなにカッコよくて、あんなにも主人公なのに。

『ヒロはね、アンタのことをナチュラルヒーローって呼んでるのよ』

 ふと、そんな言葉が思い出された。双葉が言った、あの言葉だ。

 そんなことを言われるようなことをした覚えがない。でも、あいつは俺と一緒にいてくれて、不甲斐ない俺を見ててもそう言ってくれる。

 なんでだ? なんであいつはそんなこと言ったんだ?

 主人公って、一体なんだ?

 保育園、小学校、中学校。あいつらとの日々を思い出していく。たくさん助けてもらった記憶しかないし、自分のバカさ加減や無鉄砲さばかりが印象に残っている。

 でもその中で「俺がなぜ光啓を主人公だと考えたのか」という問いに対して、朧ろげではあるが答えが見えてきた。

「そういう、ことなのか……?」

 思いつきだ、こんなのは。だけど思っちゃったんだから、忘れることなんて簡単にはできない。

 諦めるものか、俺は主人公になるんだ。この胸の中で芽生えたものが真実かどうかはわからないけれど、俺は俺を信じてみたいんだ。

 自分を、アイツらをもっと信じたい。

 拳をキュッと握り締め、ベランダを見渡す。

 使える物は特に見つからない。隣の教室までは距離があり、助走をつけて跳んでも届くかどうかはギリギリといったところ。

「結構距離あるよな……」

 北条先輩、いろんな意味ですげーな。これってデメリットでもあるはずなのに、悠々と二階を選ぶんだから。

 気づけば、気持ちにも余裕ができ始めている。

「やるしか、ねーだろ」

 自信を持て。俺なんかなんて言ってたら、誰も見てくれなくなるじゃないか。志帆さんだって、光啓だって、双葉だって録輔だってナナちゃんだって、俺のことを見てくれなくなる。そんなのはイヤだ。

 俺は腕をまくり、向こうのベランダを見つめた。越えられない壁は壊すけど、逆に壊せなければ飛んでやるさ。

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