第12話

 休み時間、ナナちゃんからメールがきた。北条先輩との勝負が決まったようだ。

 そしてもう一通、メールが来た。

「あれ、今日は部活行かないの?」

「どうせ三年生二人も忙しくて来られないだろ? お前は録輔と行ってこいよ」

「そうしようかな。じゃあねイチロー」

「おう、また明日な」

 今日は一人で帰宅する。ナナちゃんの次にメールを送ってきた人と会うために。

 妹たちには「今日は一人で帰る」とメールしてある。

 学校を出てから一直線に向かったのは公園だ。

公園に入ってから他の遊具には目もくれず、ブランコに揺られる女子に近付いた。

「なんだよいきなり呼び出して。番長気取りかコラ」

「よくわからないキレ方しないでくれる?」

 隣のブランコを指差して「座れば?」と言わんばかりに首を傾げた。

「なんでベンチじゃねーんだよ。お前はいつもブランコだよな」

 俺もブランコに座った。

「もしかして、覚えてないの?」

「あー、なんかあったときはいつもブランコに座って話してたな」

 小学校時代とかは特に多かったな、そういうの。

「言わないとなにも思い出さないの? ポンコツな脳みそだこと」

 溜め息が絶えないな、コイツは。

「それで、なんで俺呼び出されたの?」

「それは、その、あの……」

「なんだよもじもじして。帰るぞ」

「言うから! 言うから待ってよ!」

 深呼吸を数回してから、双葉は言った。

「チューズデーの話、本当なの?」

 ここにきて、録輔と光啓の会話を思い出してしまう。双葉が俺を好きだという話だ。本当にそうならば、双葉が気にするのも納得だ。だが、まだ心の整理がつかない。

「あんなの嘘っぱちだ。志帆さんと出かけたのは間違いないが、別に付き合ってるわけじゃない。つまりあれは新聞部のねつ造ってこと」

「そ、そうなの。まあ当然よね、イチローにあんな美人はもったいないし」

「頷きながら言うんじゃねーよ、失礼すぎるわ」

 あの日から、少しずつだけど近づけてる。腹を決めたのも光啓のおかげだ。

「ヒロから聞いた。なんでも解消部に入ったんだって?」

 口調も表情も柔らかくなった双葉。ちょっとだけ、中学時代に戻ったみたいだ。

「恥ずかしながら夢を追いかけようと思った。それもまた、光啓に言われたからだ」

「ダサイね」

「おう、ダサイな」

 どちらともなく笑い出す。双葉とこんな風に笑い合うなんて、どれくらい振りだろう。楽しかったあの頃を思い出していた。

「主人公になりたい、か。強くてかっこよくて、ヒロみたいな主人公になりたいんだっけ」

「そうだよ、俺の目標は光啓。目標でもあり憧れだ」

「でもそんなヒロにも尊敬してる人がいるんだよね」

「アイツは誰でも尊敬しそうだけどな。人の良いところ見付けるの得意だし」

「もしもそれがアンタだって言ったら?」

 唐突にそんなことを言われ、一瞬どう反応していいかわからなかった。

「俺? 確かに光啓なら俺のいいところも知ってるだろうが、尊敬ってほどじゃねーだろ」

「ヒロはね、アンタのことをナチュラルヒーローって呼んでるのよ」

「ヒーローは光啓の方だ。困ったら助けてくれるし、いつでも誰にでも優しい。イケメンでなんでもできる。当然嫉妬はしているけど、最強なのには間違いない」

「嫉妬してるくせに、そうやって臆面もなく良いところを上げるんだ?」

「間違ったことは言ってないだろ? アイツは、良いヤツだよ」

「個人的には、イチローも良いヤツだよ」

「お前なに言って――」

「なーんてね! 嘘だよ!」

 双葉はブランコから飛び降りた。

「私、別に許したわけじゃないから」

「じゃあ、なんで笑ってんだよ」

「アンタが、昔とちっとも変わってないから」

 言葉の代わりに、双葉は手を振った。バイバイ、ということなんだろう。

「じゃあな、ふーた」

 この声はきっと届いていない。

 俺は彼女を追いかけられない。

 でも、いい方向に向いているから、今は現状維持が最適なんだと思う。

「俺も帰るかな」

 一人ずつ、また一人ずつと、心の距離が近付いているのを感じた。これもまた、なんでも解消部のおかげかな。

「ただいまー」

 家のドアを開けると、妹たちが待っていた。

 今日は妹たちと風呂に入らないぞ。ああいうのは適度がいいんだ。

「さあ風呂だー!」

 第一声がそれ。

「やらせねーよ!」

 いつでも妹たちにはモテモテだった。

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