第11話
志帆さんとのデートから数日、文化祭の準備も順調に進んでいた。
ナナちゃんは生徒会長で、志帆さんは副生徒会長。かなり忙しそうで、部活もなかなか人が集まらない状況だ。
そしてナナちゃんの誕生日を迎えた。
「あーくそ、超久しぶりに寝坊してしまった……」
学校に向かう道も生徒ばかり。いつもはお目に掛からない光景だ。
ナナちゃんへのプレゼントは忘れなかったし、たまにはいいさ。
たくさんの生徒たちにまぎれて昇降口に入ったとき、妙な人だかりができていた。
「よお光啓。なんだこのゴミの群れは」
「三秒待ってもなにも起きないよ。それよりも、校内の掲示板がすごいことになってる」
「どれどれ」
人混みを掻き分けて、掲示板の前に出る。断じて人ゴミではない。
「えっと、誰にもなびかなかった鋼の月。まさかの熱愛発覚か! だと……?」
鋼の月って志帆さんのことじゃないか。
「誰だ! 誰だよ! あの美女と熱愛発覚だなんて!」という言葉が今にも口から出てきそうだった。その気持ちをなんとか抑え、紙面を端から読んでいく。
「相手は二年五組の山田一郎氏。楽しそうに買い物をし、公園で仲良くおしゃべりをする姿が目撃されている……って俺かよ」
それはもう鮮明に、でかでかと写真も載っている。
校内で一、二を争うほどの美人とデート。そりゃ周囲からの視線が痛い。なんか歯ぎしりとかも聞こえてきてるし。
「一郎くん」
志帆さんの声がして、俺は振り向いた。
「し、志帆さん。見てくださいよこれ」
「もう見たわ。まさかこんなことになるなんて。ごめんなさいね」
「いや、別に志帆さんのせいじゃない。俺のせいでもないけど」
「ばっちりチューズデーされてしまったわね。とりあえず行きましょうか」
チューズデーは新聞部作成の校内新聞の名前である。
志帆さんは俺の手を握った。自覚するくらい、一瞬で顔が熱くなった。こんな状況で手を握られたら、もっと誤解されてしまうだろうに。
なんとか脱出した俺たちは部室に転がり込んだ。
「いやあ、災難だったなー!」
なんて、なにごともなかったかのようにナナちゃんは言った。
「ナナちゃんも見たのか」
「二人がここまで進展してるなんてな!」
「ちょっとデートしただけよ。はいこれ、誕生日プレゼント」
志帆さんは手に持っていた紙袋をナナちゃんに渡した。
「おー! ありがとうシホ! 可愛いミュールだー! 私に似合うかな?」
プレゼントをもらった彼女は、目にもとまらない早さでラッピングを開けた。
「ナナちゃんらしいけど早すぎだろ」
「チューズデーの件、もしかしてこれを買いに?」
「そういうこと。ほら、一郎くんも」
「え、誕生日会とかしないのかよと」
「私たちはプレゼントを渡すくらいしかしないの。ナナはなんだかんだで理由をつけて騒ぎたがるから、誕生日は普通にしてようって決めてるから」
「じゃあはい、これは俺から」
俺も同じ紙袋を渡す。
「一郎もありがとー! なんだこれはー! ランニングシューズだー!」
「スポーツも日常的にするかなーと思って」
「よくわかってるな少年! ありがたく受け取っておくぞ!」
「じゃあこれ、俺からね」
「ヒロもくれるのかー! 昨日は録輔からももらったし、今年は素晴らしいな!」
ナナちゃんが包みを開くと、あの翼っぽい形の髪飾り。あの日、光啓もナナちゃんのプレゼントを選んでたのか。デートかと勘違いした俺が馬鹿みたいだ。
「おー可愛い! なんかちょっと恥ずかしいなぁ」
「ナナちゃんは可愛いから大丈夫だよ」
「うおまぶしっ」
「ホントありがたいなー!」
そう言いながら、ナナちゃんは髪飾りを付けた。うん、確かに似合っている。
「ちなみにロックからはなにを?」
「私が好きなバンドのCDだな! まあ自分も聞きたいからだろうけど!」
「録輔らしいね。ってそーじゃねーだろ」
誕生日はめでたいと思うが、今はチューズデーの話をしないと。
「チューズデーの話だね。誰が撮ったかはもう明らかだけど、この誤解を解くのはかなり難しいと思うよ」
「なんだ、光啓は撮ったやつ知ってるのか」
「三年の新聞部部長だよ。地獄写真機と呼ばれるほど、ゴシップネタには鋭い人。みんな怖がってるね」
「新聞部部長と言えば北条瑠璃かー。アイツはなー私でも手に負えないんだよなー」
腕を組みながら、ナナちゃんはそう言った。
「ナナの手に余るくらいにはやんちゃね」
志帆さんの口ぶりからしても、校内でもかなり有名人なんだろう。俺知らなかったけど。
「ルリは私やシホを敵対視してるから、ずっと狙ってたのかもねー」
「敵対視って、私なにかしたかしら」
「成績で私たちに負けてるからって聞いたことあるよ?」
「ちなみにナナちゃん、それは誰に聞いたのよ?」
と興味本位で聞いてみた。
「本人に決まってるじゃーん!」
そういうところが嫌なんじゃないだろうか。
「ナナは直球ね」
「シホも直球じゃん!」
「ハイタッチとかいらねーから。話進まないから」
「瑠璃先輩をなんとかするのは難しい。でも、それ以外に誤解を解く方法が見付からない。世知辛いね……」
「しかしだな、普通に出かけただけでこれって、ただのねつ造だぞ」
「そうね、あまりいい気はしない。今回のことは仕方がないにしても、これから犠牲者が増えるのは見過ごせないわ」
「生徒会長としても、なんとか一度懲らしめる必要がありそうだ」
でもなんだろう。写真を撮られて大々的に張り出されたのに、志帆さんはこんなにも落ち着いている。嫌がっているようにも見えない。いや、好意的にも見えないけど。
「でも対策は必要だね。ナナちゃんも志帆先輩も、いつ狙われるかわからないんだから」
「犠牲者が増えると限らない。同一人物が執拗に狙われる可能性もあるということね」
「そういうこと。と、その前に。志帆先輩的は今回の件、収束が必要だと思う?」
志帆さんは曲げた人差し指をアゴに当て、視線を床に落とした。
「別にいらないわ。人の噂も七十五日というし、放っておいても問題ないと思う」
「え、志帆さん本当にいいの?」
その発言に、思わず聞き返してしまった。
「他の男子なら根も葉もない噂けど、一郎くんとデートしたのは事実だし」
「そ、そっすか」
なんだろう、すごく嬉しいぞ。嬉しいけど、男女からの視線がめちゃくちゃ痛いんだよな。きっとあの中には志帆さんのファンもたくさんいるに違いない。
「イチロー顔赤いぞ。赤い上に苦い顔をしている」
「ナナちゃん、顔をのぞき込むのはやめてくれ」
急いで顔を隠した。いろんな意味で誰にも見せたくない。
「じゃあ今回の件はそのままにして、瑠璃先輩をなんとかする方向でいいのかな」
「正直なんとかなるのか微妙だけどな」
「大丈夫だ。私に考えがある」
ナナちゃん、ホワイトボード用意すんの早いな。
「はいばばん!」
「口での効果音もだいぶ慣れたわな」
「文化祭での校内ナンバーワン決定戦ね。これで勝負すると」
「そういうこと! ルリには勝負を仕掛けて、そして勝つ!」
ホワイトボード、ほとんど使ってねーじゃん。
『校内ナンバーワン決定戦』とは。
チーム戦か個人戦かはその年によってまちまちだが、確定しているのはトーナメントだということ。ランダムで決定される競技で勝負し、一位を目指すというなんともよくわからない大会だ。一位になった者はよくわからない名誉と恥を手に入れる。完全によくわからない行事なのだが、もう十年以上続いているので、やめるにやめられないのだろう。
「私とシホをどれだけ追いかけても咎めない権利を賭けて勝負する」
「ちょっと、私も含めるの?」
「そうでもなきゃ止めないでしょ? だからこれでいいのだ!」
そりゃ鋼の月でも溜め息くらい吐くってもんだ。
「そういや気になってたんだけど」
俺は壁掛け時計を指差す。
「ホームルームの時間終わってね?」
部室内の空気が一瞬にして固まった。
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