第10話
腕時計を見ると、時刻は九時五十分だ。前回とは違い、かなり余裕がある。
妹たちには家を出る前にいろいろ言われたが、今回は無駄に時間を消費しなかった。そう努めたからなんだけど。
ちょうどそのとき、志帆さんの姿が視界に映った。森ガールというのだろうか、ちょっとふわふわした服装だ。前回の清楚なお嬢様みたいなのも素敵だったが、こういう格好も似合うのか。というかこの人はなんでも似合うんだろうな。
ただしギャル系だけは見たくない。
「ごめんなさい、待った?」
「いや、今来たところ。志帆さんは今日も綺麗だね」
「お世辞でも嬉しいわ。ありがとう」
「いやいや! 全然お世辞じゃないから! 学校でも綺麗だなと思ってるけど、私服を着た姿も素敵だと思うし!」
お? ちょっと赤くなったぞ?
「そうやって見つめられると恥ずかしいから……」
「え? ああごめん!」
なんだか俺も照れてしまう。
こんなところで赤面しているわけにもいかない。本来の目的を果たさないと。
「じゃあ、行こうか」
「そうね。ミオンモールを一通り見回りたいのだけど、いいかしら?」
「もちろん」
こうして、俺と志帆さんはミオンモール、もといデパートに向かった。
ミオンモールは田舎の味方的デパート。駅から歩けば、十時にはミオンモールに着く。
歩いている最中も、やたらと視線を浴びた。男性だけじゃなく、女性からの視線も集めてしまう。志帆さんってすごい人だな。
そしてミオンモールに到着。なにもない田舎だけあって、こういうデパートは人が集まる。普通に通行はできるが、通路にはたくさんの人がいた。
「なにをプレゼントするとか、目安みたいなのはある?」
モールを歩きながら、一応聞いてみる。
「特にないの。なにをあげても喜んでくれるとは思うし」
「去年はなにをあげたの?」
「今ナナがしてるブレスレット、あれは去年あげたやつ」
そういえば、色気のないナナちゃんがアクセサリーをしてるなーなんて思ってた。あれは志帆さんからの贈り物だから、ずっと身に付けてたんだな。
「服とかはちょっと難しいだろうし、帽子とかもなあ」
「アクセサリー系はブレスレットにペンダントをあげてるから、あまり身に付けるものもどうかなと思うの」
隣を歩く志帆さん。人差し指をアゴに当ている彼女は、妙にアンニュイで可愛い。
「どうしたの?」
「い、いやなんでもないですよー」
「おかしな一郎くん」
「ホントになんでもないって。それじゃあいろいろ見て回ろう」
「よきにはからえ」
「久しぶりだね、それ」
最初に言われたときは上手く喋れなかった。それが今ではこんな感じだ。
話すことも一生ないだろうなと、そう思っていた高嶺の花。そんな人とこうやって一緒に歩いているなんて、なんというか運命とは恐ろしい。運命ってのは大仰か。
とりあえず端から見て回る俺たち。
一応だが、却下したはずの洋服や帽子も見た。アクセサリーや雑貨も見て回るが、志帆さんが気になるものはない様子だった。
「他になんかあるかなあ……」
ナナちゃんが喜びそうなものか。まったく思い付かないぞ。
中学校時代はバスケ部だったが今はやってないみたいだし。そうなると、スポーツ用品というのもちょっと違うか。
しかし、バスケットで少しだけ案が浮かんだ。
「靴とかはどうだろ。ナナちゃんが今でも運動好きなら、ランニングシューズとかでもいいだろうし。女の子らしいミュールとかでも」
「そういう選択肢もあるわね。ちょっと見に行きましょうか」
俺たちは女性ものの靴屋に向かった。
その途中、先ほどのアクセサリー屋で、衝撃的なものを目撃してしまう。
「ねえ志帆さん」
「どうしたの一郎くん」
「めちゃくちゃモテ男なんだけど、普段女の子に興味がないみたいなスタンスの男子が、女の子とすげー仲良さそうに買い物してたらどうする?」
「ほっとく」
「待って、待ってよ! 光啓が女の子と仲良くデートしてるんだよ!」
「それは少し面白そうね」
少なからず興味があるようだ。
「あれは三組の斉藤さんかな」
斉藤さんはショートボブでスタイルがいい。快活で誰とでも気さくに話せて、なんというか猫っぽい。友達が多いっていう印象もあるか。
笑いながらアクセサリーを選ぶ二人。その姿を見て、志帆さんは神妙な面持ちになった。
「これは修羅場の予感ね」
「もしかして志帆さんも光啓のこと……」
「光啓くんと斉藤さんと一郎くんの三角関係に決まっているでしょう」
「俺別に斉藤さんと知り合いじゃないんだけど」
「光啓くんは一郎くんのこと好きでしょう? ほら三角関係」
「そういう関係じゃねーから」
ガッカリ美人ってこういう人のこと言うんだろうか。
光啓は髪飾りらしきものを手にし、レジに向かった。なんだろう、遠目だから正確なところはわからないが、翼っぽい見た目だった。
「あ、移動した。行くよ」
「いえっさー」
アイツが女の子と買い物に行く仲になるなんて正直意外だった。これは休み明けに問い詰めてやろう。
光啓は目的の物を買ったようで、別の店に移動するようだ。歩いている最中でさえ楽しそうだ。羨ましいなんて思わないんだからね。
「私と一緒だと楽しくない?」
「いえ、決してそれはありません」
心が読めるのかと思うくらい的確だ。怖いよ志帆さん。
「次は服、しかもレディース。斉藤さん服を選びに来たという方向でいいのかしら」
「そうでもなきゃ一緒には来ないだろうし、たぶんそういうことだろうね」
「光啓くんのセンスが問われる場面ね」
「問われない。あいつ完璧だから。今日着てる服だって似合ってるでしょ?」
「確かに。今日はプレッピー系なのね。スキニーがよく似合ってるわ。筋肉の付き方にバランスが取れてるからかしら」
「運動めちゃくちゃできる割に、無駄な筋肉付かないんだよね」
部活に入ってても筋肉付かない人もいるけどね。俺だけどね。
「それにしても笑顔が絶えない。私もあんな風に洋服を選びたいわ」
「選ぼう? 一緒に選ぼう?」
チラチラこっち見られたら、そう言うしかないじゃないか。
「光啓くんが持ったあのワンピース、あの子に似合いそうね」
なんて言ってるけど、きっと志帆さんにだって似合うんじゃないかって思う。けど恥ずかしいから口には出さない。
「お、試着した。結構可愛いな」
「一郎くんはあんな感じの子が好み? やはり三角関係ね」
「さっきよりはましな方向に行ったけど、それもねーから」
「でも可愛いと思ってるんでしょう?」
「男だったら大体のヤツは可愛いって言うと思うよ。まあ部活の連中もみんな可愛いけど」
「実の妹まで性の対象にするのね。アナタ鬼ね」
「ホント誰かが操縦してないとすげーとこ飛んでくよね」
ナナちゃんと二人のときってどうしてたんだろうな。二人とも自由だもんな。
「でも、そこに私が含まれてるというのは複雑ね」
「含まれてるに決まってるじゃん。当たり前だよ」
「面と向かって言われると、結構恥ずかしいわ」
そんな姿を見ていると、なぜかこっちも恥ずかしくなってしまった。言い出したのは俺なんだし、それも仕方ない。
ワンピースが気に入ったのか、斉藤さんはそれをレジに持っていった。光啓が選んだものだからと、そういう意味もあるんだろう。彼女の顔を見ていれば、気があることくらいわかる。
「移動したわ」
「あ、うん。わかった」
前方の二人についていこうとしたとき、志帆さんは少し寂しそうな顔をした。ような気がする。寂しそうというか、残念そうな感じだ。
「やめよっか」
考えるまでもなく、俺はそう言った。
「光啓くんたち、追わなくていいの?」
「バレたら邪魔しちゃうでしょ? だから、やめよう」
「一郎くんがそれでいいならいいけど」
「いつも光啓には世話になってるしね、これ以上は良心も痛む」
「ダウト」
「ありがとうございます」
志帆さんが店の方に歩いていくので、俺も後を追った。
「遠目からだけど、少し気になった服があったの」
「ほう、どれどれ」
白と灰のストライプ柄のブラウス。ちょっとだけフリフリしてるけど派手じゃない。
「いいかも。それにこっちのと合わせてみたら?」
俺はスカートではなく、コバルトブルーのショートパンツをチョイス。こちらも少量のフリルがついていて、志帆さんに似合いそうだ。ストッキングかタイツ、トレンカなんか履いてくれると素晴らしい。
「こういうのが趣味なの?」
「今までスカートばっかりだったから、こういうのもいいかなーって。キュロットとかでもいいけど」
「これは一郎くんの欲望が現れてると」
「ええ、まあ、否定はしないよ? うん」
「じゃあこれも」
「あ、買うんだ」
「こうやって誰かと買い物するって、やっぱり楽しいでしょう?」
口元に笑みを浮かべる志帆さん。彼女を見ていると俺も嬉しくなる。
「なにしてるの一郎くん。レジに行くわよ」
「はいはい荷物持ち荷物持ち」
これは本格的にデートっぽい。誰かにつけられてるわけでもないし、デートと呼んでもいいんだろうな。
志帆さんから荷物を受け取り、そろそろいい時間だ。
「さあ帰ろうか」
「こらこら、本来の目的を忘れてるわ」
「ああ、ナナちゃんか」
「さすがにナナが可哀想だわ」
志帆さんとのデートに夢中だったなんて、さすがに言えないよな。
靴屋に向かった俺たちは、ナナちゃんに似合いそうな靴を買った。志帆さんはミュールで、俺はランニングシューズ。若干被ったけど、一緒にでかけたことを隠す必要もない。
その後、昼食を手早く済ませた俺たちはモールを出た。
「志帆さんはこれからどうするの?」
「予定はない。帰ってピアノを弾いたり、勉強したり、読書をしたり、その程度ね」
「当初の目的も果たしちゃったし、今日はこれで解散かな」
「こういうところで引っ張らなくてどうするの」
志帆さんからは、少し怒ったような気配が漂ってきていた、
「引っ張るって言っても……俺女の子と出かけたこととかないし……」
「妹がいるでしょう? そうね、運動公園が近かったはず。そこに行きましょうか」
「ラジャ」
「不甲斐ない後輩だわ」
「頼りになる先輩です」
そんなこんなで運動公園へ。しかし、なぜまた運動公園なんだろうか。
自販機でジュースを買った俺たちは、公園内のベンチに座った。
「風が気持ちいいわね」
「そういうところで休日を過ごすの、久しぶりな気がする」
「きっと一郎くんのことだから、暇なときは家にずっといるんでしょうね」
「よくわかりましたね」
「パソコンの前で黙々とネットサーフィンなりゲームをしている姿が浮かぶわ」
「返す言葉もない」
「でも妹さんたちと出かけたりはするんでしょう?」
「たまーにね。せがまれたときは一緒に出かけるけど、基本的にはあいつら二人だけ。姉妹仲いいから」
一緒に出かけたがるときに限って下着とか見ようとするから、正直あまり行きたくない。
「最初見たときからね、録輔くんと確執があるんだなっていうのはわかった」
「そりゃ、あんな態度見ちゃえばね」
この人、結構不器用なんだよな。人から話を聞き出すのが下手というか、基本的にストレートすぎるんだ。逆にナナちゃんの方がナチュラルに人と話をする。
「いつ聞こうか迷ってたけど、少し関係も進展したみたいだし」
「まあ、いろいろありまして」
幼なじみの前で全裸になろうとしたなんて言えるわけがない。
「それでもまだぎこちないあたり、人間関係って難しいわね」
「光啓のおかげで前よりも話はできてるっぽいし、俺も頑張らないとって思う」
「光啓くんはすごいわね」
「ホント、男から見てもカッコイイよ」
「むしろ光啓くんを見て、普通はカッコイイと思うわよ?」
「志帆さんも?」
「言ったでしょう、普通はカッコイイと思うって。相当ひねくれてない限り、彼はカッコイイ。外見も内面もね」
ああ、やっぱりか。俺みたいな平凡以下のヤツよりもずっといいに決まってるよな。
高嶺の花、誉坂志帆さえも惚れる男か……。
「でもカッコイイと思うのと、男性として好意を持つのは別の話」
「えーっと、それってどういうこと?」
「男性から見ても女性から見てもカッコイイ。でもそれは、ラブとしての好意とは限らないということ」
「そういう、もんなのかな」
飲みかけのペットボトルを握りしめた。悔しいのもあるし、納得いかないのもある。
「人の魅力は十人十色。人の好みは千差万別。それが噛み合わなければ、異性としては好きにならない。その魅力をたくさん持ってる人もいるし、少ない人もいるけどね」
「俺は間違いなく少ないな」
「じゃあアナタの魅力って、なに?」
隣を見ると、志帆さんと目が合う。
綺麗な瞳。大きな瞳。今にも吸い込まれそうだ。
「わから、ない。人よりもなにかができるわけじゃないから、俺にはわからないよ」
「人を見る目はあるのに、自分を見る目はないのね」
見つめ合ったまま、志帆さんは言葉を続ける。
「ちゃんとあるわ、アナタの魅力。きっと光啓くんがアナタの側にいるのだって、その魅力があるからじゃないかしら」
その微笑は、本当に微かな動きでしかない。しかし、美しい。そして温かい。
「――ありがとう」
志帆さんは立ち上がり、背伸びを一つ。
「帰りましょうか」
「はい」
俺たちはどこからともなく歩き出した。
帰り道も楽しく世間話をした。うちのクラスでお化け屋敷をすると言ったら、ちょっとビビってたな。志帆さんのこういう一面は割と好きだ。
「それじゃあ、月曜日に学校で」
「ええ、よしなに」
あえて突っ込まないが、こういうキャラでいきたいのだろうか。
家に帰る間も志帆さんのことを考えていた。
それは家に帰っても変わらない。イスに座って教科書に向き合っても、彼女のことが忘れられないのだ。
「キャラクターとして方向性が定まってないからな、あの人」
いろんな意味で、すごい人だ。
「失礼しますお兄さま」
「一緒にお風呂に入って志帆成分を私たちで上書きするぞー!」
「んだよ志帆成分って」
言わんとしていることはわかるけどもだな。
「つか今日も入るの?」
「年頃の可愛い妹からの誘いを断るのか!」
「往生際が悪いですよ」
「なぜうちの両親はなにも言わないのかと」
いや少しは言うけども。言うけど、結局まあいいかで済ませるからなうちの両親は。
「いいからいいから!」
「とりあえず妹とお風呂入っておけばいいみたいなこの流れをなんとかしろよ」
入るんだけどね。
妹と風呂に入って一日が終わっていく。
今日もまた、妹たちの素晴らしい発育を魅せつけられた。
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