第9話

 ホームルームで文化祭の出し物が決定し、俺たち二年五組は『お化け屋敷』をやることになった。お化け屋敷になったのは光啓が原因だ。

光啓の容姿は学校でも一、二を争う。だからこそ、外に出さなければもったいないという女子たち。喫茶店などでもよかったのだが、どうやら双葉がいる二組に取られたらしい。

「ふぁ……うちのクラス委員長は優秀で助かるねえ」

 イスに座りあくびをするイッちゃんは、担任とは思えないほどにテキトーだった。

「イッちゃんのそういうところ、俺は好きだよ」

「おい光啓、担任口説いてんじゃねーぞ」

 外野は「光啓くんって年増趣味が……」なんて言ってるし。光啓本人はキャラとして言ってるんだろうけど、周りがうるさくなるから勘弁して欲しい。

 クラス委員長の仕切りは手際が良く、準備の段取りや文化祭当日の個人スケジュールまで決めてしまった。しかも無駄に女子がやる気を出しているため、俺たちは特にやることがなさそうである。

「しかし光啓も大変だな」

「なに言ってるの? イチローもお化け役やるんだよ?」

「は? お前のお化け姿は得するやついるけど、俺のは誰得なんだよ」

「得はしないけどネタにはなるよね?」

「疑問符付けんなよめんどくせーな、ツッコミ入れるこっちの身にもなれよ」

「男の子なんだから突っ込むのは当然だろう!」

「ホントめんどくせーなお前のキャラ」

 黒板を見れば、俺の名前がお化け役に入ってる。逆に言うと、接客に回る人は準備をしなくてもいい。これはこれで役得なのかな。

 たぶんこのまま気付いたら文化祭パターンだし、別段気にしなくていいだろう。

 ホームルームが終わり、俺たちはいつものように部室に向かった。

「よく来たな! 性欲を持て余した野獣ども!」

「別に持て余してねーよ」

 俺たちが来たときにはすでに、ホワイトボードには今日の課題が書いてあった。

「こういうとき主人公ならどうするクイズ、か」

「光啓なら得意かもしれんが、俺割と苦手なんだよな」

「イチローはへたれだから仕方ないんだよね?」

 小さくジャンプして、光啓の頭を叩いた。

「席に着いて、ゲームの説明をするから」

「ごめん志帆さん、ゲームって言い方マジでやめて」

「一郎くんで遊ぶのは楽しいから、つい」

「こういうときこそ笑ってください、真顔怖いんで」

 キリッとしてるのはいいんだが、話している内容とのギャップがヒドイ。

「さあ席に着いたな! 今日はタイトル通り! そして、イチローが選んだ行動を私たちで採点する!」

「前回も思ったけど、これかなりさらし者じゃねーか」

「カッコイイわよ、一郎くん」

「あ、ありがとうございます」

「美人に弱いってのは、扱いが楽でいいですよね」

 もう一度光啓の頭を叩いた。

「さあ双子と録輔も到着したことだし、さっさと始めましょうか!」

「んで俺まで。こんなことのために招集すんなっつーの」

「このまま帰ったりなんかしたら、家に帰ってドラゴンスープレックスだぞー!」

 めっちゃ笑顔だこの人、マジでやるんだろうな。録輔もすげー苦い顔してやがる。

 審査員は左からナナちゃん、志帆さん、光啓、録輔、美世、久遠だ。俺も含めて、ナナちゃんから小さなホワイトボードが配られる。俺は解答を書き、審査員は点数を書くみたいだ。

「ちなみに最高得点は九点だからね! よーし第一問だー! ばばん!」

 効果音を口で表現しつつ、ホワイトボードに大きなマグネットを貼り付けた。問題が書いてあるマグネットとか、こんな小道具まで用意してあったのか。

【問一:登校時、遅刻しそうになって走るアナタ。とある曲がり角で女の子とぶつかってしまいました。さて、アナタならどうする?】

「ボーイミーツガールのテンプレか」

「イチローは答えを書くがいい!」

 俺は思い付いた解答を書いていく。これはきっと考えちゃいけないんだ。

「俺の答えはこれだ」

【解答:「大丈夫?」といって手を差し出して仲良くなる】

「審査員の評価は!」

 ナナちゃんの掛け声とともに、一斉にホワイトボードがこちらを向く。

【奈々緒3、志帆3、光啓8、録輔2、美世9、久遠9】

 光啓と妹たちはなにを言っても割といい点数が出る仕様に違いない。しかし――。

「おいちょっと待て! これは王道だろ!」

「一郎くん、こうやって仲良くなれるのはイケメンだけよ」

「私も同意かなー」

 先輩たち二人は本当に容赦がない。

「面と向かって言われるとヘコむわ」

「それじゃあヒロの解答を聞いてみようか!」

「俺も全く同じ答えなんだけどな……」

【奈々緒9、志帆9、録輔9、美世9、久遠9】

「おいどういうことだよ?」

「光啓くんは学校内でも最高水準のイケメン。こんなことを言われて嬉しくない女子はいないでしょう」

「ヒロだからな、しゃーねぇわ」

「お兄ちゃんは好きだから最高点だけど、光啓さんは普通にイケメンだからなぁ」

「お兄さまの良さはちゃんとわかってますよ。けれど光啓さんは普通にイケメンですので」

 顔も中身もイケメンだから光啓は仕方がない。俺もそう思うよ。泣いてないよ。

「じゃあ俺はどうしたらいいんだよ」

「身の丈をわきまえろってことだね!」

 元気よく言い放つのはいいんだが、ナナちゃんはもっと人の気持ちを考えた方がいい。

「主旨ちげーんだが!」

「主旨は変わりました」

「志帆さんまで……」

「はい! 第二問ばばん!」

 俺の発言は無視され、ゲームは進んでいく。

 身の丈に見合った答え。つまり俺の行動として自然なものをチョイスしろってことだな。いや別に納得したわけじゃないんだけども。

【問二、ヒロインがライバルとの勝負に負けてしまった。打ちひしがれ、落ち込んでしまったヒロイン。さて、アナタならどうする?】

 これは難しいぞ。確かに主人公としての気質が問われる……いや違うわ。ルール変わったんだわ。この人たち、依頼こなす気があるのか心配になる。

「よし、俺の解答はこれだ!」

【解答:「それでいいのかよ、お前はその程度なのかよ!」と言ってげきを飛ばす】

「はい点数は!」

【奈々緒1、志帆1、光啓9、録輔7、美世3、久遠3】

「最低点が三つ……」

「そんなこと言ったら、女の子は立ち直れなくなるわ」

「俺はこういう方がいいけどね」

「俺もヒロと同感だ」

「妹でも……」

「さすがに……」

 妹たちからも嫌な顔されてしまった。

「はい三問目ばばん!」

「展開はえぇな」

【問三:ゾンビがひしめく町の中。「俺はあとで追いつくから」と、友人が自分を守るために盾になってしまった。さて、アナタならどうする?】

 これは完璧だ。

【解答:「お前を置いて行けるかよ!」と言って一緒に戦う】

【奈々緒3、志帆3、光啓8、録輔2、美世9、久遠9】

「使い回しじゃねーかふざけてんのか!」

 一番最初の点数とまるっきり同じなんですがそれは。

「はい、最後の問四!」

「ナナちゃん飽きてきてんだろ……」

 誰一人として意見を言わないなんて悲しすぎるじゃないですか。

【問四:大切な人と大きなケンカをしてしまった。さて、アナタならどうする?】

 おい、これって……。

 ナナちゃんはいつも通り、強気な笑顔を浮かべていた。

 最初からこれが狙いだったのかと、そんな風に考えてしまう。光啓が笑ってるのも気になった。

 きっとナナちゃんは気付いてるんだ。俺たち四人が今、どういう状況かを。

 まあ今更知られたってどうってことはない。それに、選択肢なんて一つしかないだろ。

【解答:少しずつでもいいから、歩み寄る。わずかでもいいから、会話をする】

 俺はアイツみたいに、カッコよく「俺が全部なんとかする」だなんて言えない。

【奈々緒8、志帆7、光啓9、録輔6、美世9、久遠9】

「おーっとこれは高得点だぞー!」

「もう少し男気を見せて欲しかったけど、一郎くんにしては頑張った方ね」

「俺はいつでもイチローの味方だよ」

「甘っちょろいとは思うが、がんばり次第じゃねぇの」

「お兄ちゃんらしくていいと思う!」

「お兄さまらしいです。素敵だと思いますよ」

「よし、綺麗に締まったところで、今日の部活は終了!」

 今日もまた、なんやかんやで遊ばれて終わった気がする。遊ばれた、とはちょっと違うと感じるのは、最後の問題のせいだろう。

「んじゃ、俺は先に帰るわ」

「待ってよロック、一緒に帰ろうよ」

 光啓が録輔を引き留めた。録輔と帰るのなんて久しぶりだな。

 と思ったのだけど、俺は録輔と会話することなく帰宅してしまった。俺は双子の相手だったし、録輔は光啓としゃべっていた。

 スウェットに着替えた俺は「べ、別に残念じゃないんだからね!」なんて言いながら、珍しく教科書を開いた。そのとき、俺の携帯が鳴った。

 名前を確認すると、思いがけない人物からの電話だ。

 震える手で受話ボタンを押しつつ、どう対応するかを考えた。

「はい、宅急便です」

「可及的速やかに荷物を取りに来て欲しいのだけど。はい、五、四――」

「ボケ返すのやめて欲しいんだけど。しかも時間短すぎでしょ。んで、志帆さんはどうしたの?」

 そう、志帆さんからの電話だった。

「大した用事ではないのだけど、明日休みでしょう? ちょっと付き合ってもらいたいの」

「なんで俺?」

「自分の意見を言わなそうだから」

「それって連れて行く意味があるのかどうか」

「魔除けみたいなものよ。一人で出歩くといろいろと面倒なの」

「じゃあナナちゃんを連れてけばいいのに」

「私と出かけるのは嫌なの?」

「そんなことあるわけない!」

 これは本心だ。美人だというのもあるけど、こうやって喋れる女の子もいないし。

「で、どこへなにをしに行くの?」

「一郎くんを落とせそうな下着を買いに」

「うん嘘だよね? 本当は?」

 この人は顔を見ても見なくても、なにを考えて発言してるのか謎だ。

「ナナの誕生日が近いのよ。それでプレゼントを買いに」

 だからナナちゃんは連れていかれない、と。

「そういえば忘れてた。俺もなにか買わないといけないし、一緒に行こうか」

「ありがとう。それじゃあ明日十時に、華岡駅で」

「了解。志帆さん、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい。一郎くん」

 通話を終了させるのと同時に、なんとも言えない感覚がこみ上げる。なんだ、なんだ今の恋人っぽいやりとりは。

 いやいや、志帆さんはそういうの気にしない感じだし、たまたまこうなっただけだ。俺じゃなくても、近くにいるやつなら誰でもよかったに違いない。

 そう考えると、高まりが一気に萎えてくる。どう捉えるのがいいのか、正直わからない。でも志帆さんと一緒にいる時間は楽しい。サカヅキパークで、俺は心からそう思った。

「うし、ちょこっと勉強して、明日に備えて寝るぞー」

 明日のことで頭がいっぱい。勉強は二の次になりそうだ。

「へー、お兄ちゃんはまた誉坂先輩とデートなんだ」

「誉坂先輩とお兄さまは釣り合わないから二度とないだろうと思って前回は許しました。けれど、二度目はありません」

「おい、盗み聞きとは趣味が悪いぞ。そんな妹たちは嫌いだ」

 俺の言葉にビクリと反応し、二人の背筋が伸びた。

「き、嫌いになるの……?」

「そんなご無体な……」

「じゃあ今聞いたことは忘れること。それと妨害しないこと。ナナちゃんの誕生日プレゼントを買いに行くだけなんだ。それ以上はなにもないさ」

「でもお兄さま、その要求を私たちが呑んで、得はあるのでしょうか?」

「好きになるよ。今よりもずっと」

「お兄ちゃん!」

「俺の言うこと、聞いてくれるよな?」

「もちろんです!」

「わ、私も!」

「そうかそうか、可愛いなお前たちは」

 ふふふ、たやすいのう妹たちよ。

「それじゃあお風呂入ろうか!」

「いや、それとこれとは……」

「嫌なんですか?」

 潤んだ瞳で見つめないでくれ。控えめな美世がそういう顔をすると、自分が悪人になった気分だ。破壊力がありすぎて、俺には耐えられない。

「嫌、じゃないよ?」

「よーしそれじゃあレッツゴー!」

「さあさ、お着替えしましょうねー」

「やめてっ! 自分でっ! 自分でやるからー!」

 妹たちとお風呂に入ることになってしまった。

なんというか複雑な気分だ。好いてくれるのは嬉しいのだけれど極度のブラコンも困るな。将来的な意味も含めて、妹たちへの接し方を考えさせられた。

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