第7話

 朝から全力疾走したもんだから身体がだるい。今日の部活はテキトーに流そう。

 そう思って部室にいけば、ナナちゃんと志帆さんがお菓子を食べつつ談笑にいそしんでいた。ナナちゃんが一方的に喋って、志帆さんが相槌を打ってるだけっぽいけど。

「お、来たな飢えた野獣ども!」

「ナナちゃんそれ好きだな」

 俺たち二人もイスに座る。

「バカだなイチローは! キャラクターっていうのはこうやって作るものなんだよ!」

「もうすでにキャラ立ってるからいいじゃん……」

「許してあげてよナナちゃん。イチローはナナちゃんのキャラクターに嫉妬してるのさ」

「してねーよしねーよ死ねよ」

 誰かツッコミ役を変わってはもらえないだろうか。

 俺たちが妙な会話をしていると、志帆さんは本の世界に浸かり始めていた。ここで邪魔するのもどうかなと思ったけど、礼くらいなら許されるか。

「そうだ志帆さん、土曜日はありがとう」

 志帆さんは疑問符を浮かべそうなくらい、頭を傾(かし)げていた。もうちょっと言葉を足した方がいいかもしれない。

「すごく楽しかった。志帆さんと遊べてよかったなって」

「なるほど。だけど、お礼なんていいわ。私も楽しかったし」

 彼女は微かに笑った。またイスの上に花が咲いたような、そんな気がした。バラ、いや牡丹の花かな。

「そうそう! 私たちも楽しかったぞー!」

 もう少し志帆さんの笑顔を見ていたかったけど、周りがそうはさせてくれないらしい。

「最初から隠れる気なかったもんな、そりゃそうだ」

「今度は俺と行こうな、イチロー」

「いかねーよ」

「志帆先輩とは行ったのに! 俺とは行ってくれないのかい!」

「お前と行くと視線が痛いからやなの」

 主に女子の視線が。しかも一人で逆ナンされるもんだから、非常に居心地が悪い。

「そうだ、新しいノートを買いに行きたいんだけど、一緒に行ってくれない?」

「一人でいけよメンドくせぇな」

「なんでだよおおおおおおおおおお」

「あーもうわかったわかった。また今度な」

「わーい」

 誰かコイツのキャラを安定させてやってくれ。不安定が安定しすぎてて怖い。

「シホとのデートで、少しは女の子の扱いがわかったんじゃないかな?」

 ナナちゃんはしたり顔でそう言った。志帆さんは普通の女の子とは少し違うから、あんまり参考にならないような。とは言わなかった。

「傍から見ただけでもずいぶんと仲がよさそうだったよ。志帆先輩もイチローも楽しそうだったし」

「志帆さん楽しそうだったか……?」

「俺は楽しそうに見えたよ?」

「私から見ても楽しそうだったよ。いつも通り表情は変わらないけどね!」

「ナナは失礼ね」

「本当のことだからいいじゃーん!」

 あ、ちょっとむっとした。なるほど、なんとなくわかるぞ。昨日も一日中一緒にいたから、この人の機微が少しだけわかるようになったのかもしれない。

「これが主人公になるために必要だとは思えない……」

「でも、シホの気持ちはわかるようになったでしょ?」

 ナナちゃんはイタズラそうな笑顔で俺にそう言った。

「少し、だけどね」

 表情にでなくても、空気で感じるものもある。これが空気を読むということなんだな。

「正直なところ、シホは大体口に出すから必要ないけどね」

「まあ志帆さん以外にも使えるかもしれないし、いいことなのか」

 そう言いいながら煎餅を食べる。うん、堅くてほどよい塩加減だ。

「それでナナちゃん、次はイチローになにさせるの?」

「私も考えてるんだよね。どうやってイチローで遊ぼうかなーって」

「おい不謹慎だろやめろよ」

「そうだ、いいこと思い付いたぞ! これは名案だ!」

 迷案の間違いだろ。思いつきでいろいろさせるのはホントにやめて欲しい。

「ナナちゃんの名案ってかなりキテるから俺好きだよ」

「どこに対してのフォローだよ」

 光啓は俺よりもナナちゃんの味方だった。ちょっと悲しい。

「それでナナ、名案とは?」

 ナナちゃんは一瞬でホワイトボードを用意し、そこに今回の迷案をでかでかと書いた。

「イチローにカッコイイセリフを言わせてみよう……だと……?」

「これはまた……」

「素晴らしいですね……」

「なんで美世と久遠までいるんだよ……」

 ナナちゃんは紙とペンを一人ずつに渡した。

「これにセリフを書いて、テキトーに混ぜる。誰が書いた物かわからないようにする。そして、一枚ずつ引いてイチローに言わせる。その上で誰が書いたかをイチローが当てる!」

「おい、最後のいらんだろ」

「まあいいからいいから。さあ、イチローで遊ぼーう!」

「だから趣旨がちげーんだよいろいろとよぉ……」

 こうして「イチローに(略」が始まってしまった。

 俺はホワイトボードの後ろで待機させられた。ゲームの性質上、俺は近くにいない方がいいからだろう。

 つか俺も俺でゲームって認めちゃったし。

「よし、イチローこっちこい!」

 意外に早かったな。もっと時間がかかると思ってたけど。

「はい、一郎くん。この中から一枚ずつ選んで」

 いつの間にか箱が用意されている。手が入るだけの穴が空いた箱。当然中身は見えない。

 溜め息を一つ吐いて、箱の中に手を入れた。

「紙を取り出したら、そこに書かれた内容を読むこと。感情を込めて、カッコよくね!」

「醜態を晒さないようにね」

 お前俺の親友じゃないのかと。

「で、誰がそれを書いたかを予想して最後に言うんだぞ!」

「はいはいわかりましたよ」

 ひとしきり引っかき回し、一枚目を選んだ。

「えーとなになに……」

 お前を離さないよ、光啓。

「言うわけねーだろ!」

「ルールに反したら、罰則としてパン一で校内一周だぞー!」

 これを……言うのか……!

「お前を、離さないよ、光啓」

「俺、男から告白されるの初めてだよ……」

「そういうゲームなんだよ! 顔を赤くすんなよ!」

 これを誰が書いたかって? 決まってる、犯人は……。

「美世! お前だ!」

 俺は彼女を指差し、そう言い放った。

「お見事ですお兄さま……!」

巧妙な罠だが、これくらいわかるんだよ。俺は光啓とは付き合いが長い。しかしまあ美世の目が輝いたっていうのが一番大きい。

美世が少し腐ってるのを知っているから導き出せた。

「出だしは好調! 二枚目いくぞ!」

 今夜は眠らせないぜ、光啓。

「二連続とは誰が予想したー!」

「はい、ヒロを思って囁くように!」

 ナナちゃんは本当に楽しそうだな。人の尊厳とかいろいろ考えてないだろ。

「今夜は眠らせないぜ、光啓」

 笑顔で、歯を輝かせるように、光啓に言った。

「あらやだ」

 顔を赤くして身をよじらせる光啓。赤面二回目はいらないです。

「ナナちゃんでしょこれ……」

「なんでわかったの?」

「脳内でシチュエーションができてたみたいだったから……」

 あれだけ張り切って言わせようとしてたんだからバレて当然だ。

「もう光啓ネタはいいから」

 三枚目の紙を引く。

「えっとこれは……」

 手招きし、久遠を俺の前に立たせた。そして、肩に手を置く。

「お前のすべてが欲しい。俺の物になれよ」

「お兄ちゃんったら……」

「つことでこれは久遠な。元々妙に乙女チックなところもあるし、妥当なところか」

「もうちょっと浸っていたいんだけど、もう一回言って?」

「言うわけがない。さっさと席に戻れ」

「ちぇー」なんて言いながら、久遠は頬を膨らませた。家に帰ってからが怖いな。

ゲームも佳境に突入、四枚目を引く。

 これは間違いなく光啓、とわかるようなセリフだ。

「俺は正義の味方だから、誰の味方にもならない。でも一つだけ言える。世界中がお前の敵になっても、お前が正しいのなら、俺はお前を守り続ける」

「カッコイイ……だと……?」

「ナナちゃんはホントに正直だな」

 髪の毛を書き上げ、俺はそう言った。

「いや、イチローじゃなかったらカッコイイんだろうなって!」

「正直は美徳だよチクショウ!」

「それで、一郎くんの答えは?」

「これは光啓。俺がこういうセリフ好きなの一番理解してるからな」

 これが最後の一枚、というところで志帆さんが箱を持ち上げた。

「なら最後の一枚は使わない方向でいいかしら。私のだってわかっちゃってるし」

「それはダメだね! ここまできたら最後までやらなきゃ!」

 一応仮部員だし部長の命令は聞いておくか。

 五枚目を開き、少し驚いた。志帆さんはこんなことを言わせたかったのか。

「優しいことは悪だ。だから俺が悪になろう。それで、笑顔になるならば」

 このダークヒーロー感はなんだ。俺はこういう主人公を求めているわけではないのだが。

「シホはこういう感じが好きなのか!」

「というわけでもない。丁度思い付いたのがこれだっただけ」

 なんとなくだが、志帆さんも楽しく遊べたようなのでよしとしよう。正直遊ばれたことを肯定したくはないけれど。

 すぐに本を読み始める志帆さんだが、一瞬だけ俺を見た。目と目が合うと、ほくそ笑む。含みを感じたが、今のセリフと関係があるのかもしれない。

 無表情な彼女の考えを読むのはまだまだ難しい。

「はい、第一回イチローにカッコイイセリフを吐かせて遊ぼうの会は終了! 解散!」

「最初とタイトルちげーだろ」

 まあいいや、抗議したところで意味はない。

「今日もありがとうございました。それじゃ帰ろうか、イチロー」

 なにに対しての礼だよ。

「おう! 今日も楽しかったぞ! また遊ぼうな!」

「ナナは明日なにやるかを考えておかなくちゃね」

 この二人には温度差があるものの、仲がいいというのはよくわかる。お互いのことを理解している感じだ。

 ふと、中学校のときの記憶がよみがえる。四人で笑いあっていた、あの頃だ。

 俺も光啓とは仲が良い。だけど、本来なら四人だったんだ。いつか、どれだけ時間がかかっても、仲の良い四人にもう一度戻りたい。

 光啓と妹たちを連れて部室を出たが、部室の前には一人の男子生徒が立っていた。

「よ、よう録輔。俺たち帰るから」

 一応昔のよしみだと声を掛けた。

「そうかよ。そりゃよかったな」

 睨まれる。こいつの威嚇は、その辺の不良じゃ相手にならないほどに怖い。高圧的で、足下がすくんでしまうくらい。

「睨むなって。お前は目つき悪いんだから」

「おいてめぇ、ケンカ売ってんのかよ」

 胸ぐらをつかまれ、俺はつま先立ちだ。録郎は光啓よりも少し背が高い。百九十近くある録郎が、二十センチ近く背が低い俺を持ち上げるんだ、つま先立ちでも苦しい。

「はいそこまで」

 光啓が録郎の手を払い、俺は解放された。

「イチローたちは先に帰ってよ。俺はロックと話があるからさ」

「一時限目もそうだったけど、いつもいつも割り込んでくんなよ。俺はイチローに話あんだからよ」

「イチローは忙しいんだ、いろいろとな」

 手で「あっちいけ」と、俺に促した。

 俺は頷き、三人を連れて帰り道を急いだ。

 そして考えてしまった。今考えるべきでないことはわかってるのに「なんだ、俺って超だせぇじゃん」って。

 こうやって、いつも光啓に助けられてる。

 なにが「主人公になりたい」だ。こんなやつが、誰かに好かれるかよ。

 しかし、この気持ちをぶつける場所が見あたらない。

 昇降口まで降りてきても、気持ちの整理がつかないでいる。

「二人は先に帰ってくれ」

 最初は目を見開いた妹たちだったが、すぐに顔を見合わせて「仕方ないなぁ」と笑ってくれた。

 そんな彼女たちに「ありがとう」と言い、踵を返して来た道を戻る。

 このままじゃいけない。俺には主人公になりたいという願いがあるけど、今は他にも願いがあるんだ。それは降ってくるものじゃない。自分で形を保たなきゃ、指の間からこぼれ落ち続けるんだ。

 階段を駆け上がり、もう一度部室へ。

 部室の前には、志帆さんとナナちゃんがいた。

「光啓と録輔、見なかった?」

 少々息が切れているが、元運動部だし問題ない。

「階段の方に行ったよ? 上か下かはわからないけど」

 下ならアウト、探すのは骨だ。だとすれば、屋上から行く。

「ありがと」

 走りだそうとしたとき、志帆さんに声をかけられる。

「一郎くん」

「はい?」

「無理はしなくていいわ。アナタらしく、ね」

「……了解」

 志帆さんがなにを思ってそう言ったか定かではないが、俺は頷いた。そして屋上へ。

 例えば、例えばだ。二人が殴り合いのケンカをしていたとしよう。でも、俺はそれを止めるすべがない。あいつらは二人とも身長百八十センチを超え、しかも俺より筋肉質だ。

 例えば、例えばだ。二人が議論していたとしよう。でも、俺は口を挟む余裕なんてない。あいつらは二人とも口が上手く、元々俺より頭が良い。

 どうしたいんだ。あの二人に会って、俺はどうしたら。

 屋上のドアの前、遠めだが二人の声が聞こえてきた。ドアを少し開け、状況を確認する。

「俺たちがこうなった理由、てめぇも知ってんだろ」

「当然だ」

「なら口を出すな。俺の気持ちも、双葉の気持ちもわかんねぇくせによ」

「それも当然だ。俺にはお前らの気持ちを理解できるほど、人生経験は積んでない」

「じゃあもういいだろ! これは俺たち三人の問題だ! てめぇは蚊帳の外なんだよ! いつまでもガキみてぇに混ざろうとすんな!」

「――気持ちは、わからない。けれどたくさん考えたよ、必死にね。どうするべきなのだろう、どうしたらいいんだろうって」

「今言っただろ。なにもすんな」

「いや、するね。手も口も出すし、お節介も焼く。それで後ろ指を指されてもいい。はぶられたって関係ない。一人で嫌われても、この関係を正そうと思った。ただそれだけだ」

「綺麗ごとばっかり……!」

 その冷静な態度に逆上した録輔は、もの凄い形相で光啓に手をあげた。

「並べてんじゃねーよ! この偽善者が!」

 殴られた光啓の身体は浮き上がり、尻から地面に落ちる。

「本当は、お前も双葉もなんとかしたいんだろう……」

「ああ?」

 立ち上がり、今度は光啓が殴りかかった。録輔よりは明らかに弱い一撃だ。

「いってぇな……てめぇふざけんなよ!」

「ふざけてるのはお前の方だ! イチローを見る度に突っかかってなにがしたいんだよ!」

「てめぇもあいつも! 偽善者っぷりに腹が立つんだよ! 人のこと見下してよぉ!」

 また、録輔が拳を振るう。殴られる用意ができていたのか、光啓は先ほどのように尻もちはつかなかった。

「でも気になってる! 当てこすってばかりいるのが、なによりの証拠じゃないか!」

 光啓も負けじと応戦し、いつしか殴り合いに発展していた。

「てめぇ……!」

「本当に嫌なら無視すればいい! イチローは文句の一つも言わない! それくらいお前だってわかってるはずだ!」

「わかってらぁ」

 録輔は拳を振り上げるも、そこで動きを止めた。

「何年も一緒だったんだ、それくらいわかってる」

 そして、脱力したように腕を下ろした。

「お前は今でもイチローを気に掛けてる。それでもお前はイチローを許せないのか?」

 二人の間を、一陣の風が駆けていった。

「俺は双葉、いやふーたが好きだった。だからあいつは、俺のためにいろいろ動いてた。遊ぶときも俺とふーたをくっつけたがって、余計なお節介ばっかり焼いて。でも、俺はそんなことを気にしてるわけじゃねぇ」

「ふーたがイチローを好きだったからか」

 それは俺も知らない。双葉が俺を好きだなんて、そんな話が信じられるものか。あいつはいつも俺を貶して、バカにして、昔からいじめられてた記憶しかないんだから。

 心臓の鼓動が速い。

困るよ、今そんなこと知っても、俺にはどうすることもできない。

 録輔を見ていて、双葉が好きなんだってことはわかった。何年も一緒にいるからこそだ。だから俺は、録輔が双葉とくっつけばいいなって、ただそう思っただけ。

 四人で遊ぶときは光啓に声をかけて、録輔と双葉を二人にした。個人的な双葉からの誘いも、俺は全部断った。でも、それが今の状況を作った。

全部、俺のせいだ。

「イチローはふーたの気持ちを踏みにじった。二人きりになって悲しそうな顔するあいつを、俺は何度も見てきたんだ。好きな女のそんな顔、見たいやつがいるもんかよ」

「でも全部イチローに押し付けるのは違うだろ? やり方を間違えたのはみんな一緒だ」

「訂正しなかったのも、な」

 二人揃って顔を伏せる。四人で遊んでた時のことでも思い出しているんだろうか。

「つまりふーたの気持ちに整理がつけば、お前の気持ちも変わるのか」

 こんな状況でも光啓は光啓だった。凛々しい顔で、録輔に対してそう言った。

「完全にそういうわけじゃねぇ。でもまぁ、少しは見る目も変わる」

「じゃあ、俺がなんとかする」

「なんとかするって、ふーたをかよ。あの件で相当怒ってたんだぜ? だからイチロー以外の俺たちとだって疎遠になったんじゃねーか」

「大丈夫、俺は今でも定期的にやりとりしてる」

「なるほどな、やっぱお前すげぇわ。イチローが言ってた通りだ」

「イチローが? 俺のことを?」

「ああ、あいつは俺にとっての目標で、思い描く主人公にぴったりだってな。光啓という名前から『ヒロ』を取ったんじゃねぇ。イチローにとってはヒーローから『ヒロ』を取った。あいつ本人から聞いたんだ、間違いじゃねぇよ」

「イチローがそんなことを……」

「あいつがなんでそんなこと言ったのか、わかった気がするわ」

「いやでも、俺最近イチローにはヒロって呼ばれてないんだよね。あのときから、ふーたは双葉だし、ロックは録輔だし。あいつなりに気を遣ってるんだろう」

「アイツバカだな」

「そこもいいところだけどな」

 今までの空気とは反対に、二人の態度は軽く、笑みさえ見せている。

 さっきまで殴り合ってたのに、なんで急に仲良くなってんだよ。よくわかんないけど、ケンカしたときはいつもこんな感じだったっけ。

仲直りできてないのは俺だけ。

強く、強く拳を握った。

 もう一度、こいつらと仲良くすごしたい。もう一度あの頃みたいに笑い合いたい。

 中学三年のとき、俺のせいでバラバラになってしまった。けどやっぱりこいつらはあのときと変わってない。人付き合いが下手な俺と一緒にいてくれた、数少ない仲間なんだ。

 胸を掴んで、俺は屋上から離れた。

 階段を下りて、早足になる。

 昇降口を出て、走り出した。

 このままじゃダメなんだ。光啓は確かにすごいやつだけど、俺には俺のやり方があって、それでしか解決できない問題も、間違いなくあるんだから。

 校舎を、坂道を、商店街を一心不乱に駆け抜けた。目指すのは公園だ。

 息を切らせながら到着した公園では、双葉がブランコに座っていた。わずかに揺らし、物思いに耽っているみたいだ。

 迷わずに双葉の元へ。

 俺を見た瞬間に顔が硬直したけれど、すぐに目尻がつり上がる。元々つり目だから、余計にキツイ顔立ちになった。

「なによ、なんか用事? あいにくだけど、私はイチローに付き合って話を聞くつもりなんてないから」

 二葉はブランコから立ち上がり、そっぽを向いてしまう。逃がすわけにはいかないと口を開いた。

「話はない。ただ、罰ゲームを遂行するのみ」

「ば、罰ゲーム……?」

 俺は、自分の上着に手をかける。

「見ていてくれ! 俺の雄志を……!」

 脱ぎ捨てる。全てを。

 一時限目の体育で俺は録輔に負けた。しかも、四回走って全敗。完敗ってほどじゃなかったけど、負けたのは確かだ。俺はその罰ゲームを甘んじて受けようと思った。

 保育園や小学校、そして中学校に至るまで、録輔とはたくさん勝負した。その度に罰ゲームを設ける。俺の勝率は二割程度だったけど、二人とも罰ゲームは全部行ってきた。だから、俺は罰ゲームを実行する。

 志帆さんが言ってた。アナタにはアナタのやり方があるって。

「い、イチローなにやってるの!」

「見てくれ! 見てくれ!」

 客観的に見たら完全に犯罪者だな、俺。

「おいイチロー! はやまるな!」

「てめぇ、マジでやろうとすんなよ!」

 二人の叫び声に振り向くと、光啓と録輔が駆け寄ってくるのが見えた。

「止めるな! これは正義の脱衣だ!」

 パンツに手をかける。

「正義執行!」

「待て! 待ってって!」

 駆け寄ってきた光啓に羽交い締めにされる。

「悪かったから手を止めろバカヤロー!」

 今度は録輔が俺の腕を掴んだ。

「もうなんなのよあんたらあああああああああああああ!」

 双葉の叫びは、きっと町中に響いたんだろうなと思う。

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