第3話
「おい、なんでお前までついて来るんだよ」
「勧めたのは俺なんだし別によくない? 相談した内容だって知ってるんだしさ」
なんでも解消部に向うところだが、なぜか光啓も一緒だ。金魚の糞発動中。
そんなこんなで部室に到着し、ドアを開けた。
「失礼します」
「来たな! 山田一郎!」
部室に入ってすぐにそう言われた。赤いマントをなびかせて偉そうに腕を組む、そんな生徒会長の姿が目に飛び込んできた。
「扇風機使ってまでやることかよ……」
マントがなびいてるのは扇風機の仕業だった。
「ナナ、寒いから電源切って」
「んあー悪い悪い」
明るい笑顔と緩い態度で、那波先輩は扇風機の電源を切った。そしてマントを扇風機に被せる。割と素直だな。
志帆さんは昨日と寸分違わぬまま、イスに座って読書をしていた。同じ位置で同じ姿勢で、ずっとここにいたんじゃないかと錯覚してしまう。
「それでだ、昨日の件で来たのだろう?」
やりとげたという表情の那波先輩が、イスに座りながらそう言った。
「え、まあそうですけど」
「敬語やめてよー! 昔みたいに呼んでよー! それとタメ語でしゃべって!」
そう、俺はこの人と面識がある。高校に入ってからはまともに顔も合わせてなかった。
「それでいいのならそうするけど」
「そうしてそうして。最近は録輔とも遊んでないみたいだし、どうしたのかなーと思ってたんだー」
その名前を聞いて、俺の胸がちくりと痛む。
「それは、いろいろありまして……」
ナナちゃんは昔から察しが良い。俺の顔色を見て、察知してくれたみたいだ。
「そっか、じゃあ本題に入ろうかね。座ってくれ!」
また丸いテーブルに案内された。
それにしても、デカイ。
「ナナの胸が大きいのはわかるけど、凝視するのはいただけないわ」
図星を指されて、背筋が伸びる。
「いやあ、男はやっぱり惹かれるものがあるんですよ」
光啓はやはり男だった。いや、漢だった。
「そんなこといったらシホが可哀想じゃないかー!」
「私は別に胸の大きさは気にしてないわ」
「志帆先輩は大きくなくても素敵な女性ですよ」
光啓の白い歯が光る。さり気なく下の名前で呼ぶのも、結構ポイント高そうだな。
「一郎くんはどうやっても歯が光る人種じゃないわ。やめておいた方が良い」
すいませんでした。二度と真似しません。
「結論から言うと、イチローの依頼を受けようということになった!」
胸を張りながら、ナナちゃんはそう言った。決して、決して胸が張っているのではない。
「本当にいいの? こんなバカみたいな内容なのに?」
「てめーが言ってんじゃねーよ! 俺のことだろうが!」
光啓に言われると非常に腹立たしい。俺にないものをたくさん持っているというのもあるが、単純に気に食わないのだ。本気でムカついているわけではいのだが、なんともこの心境は形容し難い。
「こんなバカな依頼、きっと楽しいと思ってね! 特にイチローとヒロが一緒なんだし絶対面白いことになる!」
「ガッツポーズとってるとこ悪いけど、俺に対してかなり不謹慎だからね? というかそんなんでいいの?」
「いいのいいの! 基本的に楽しければなんでもいいんだって!」
「志帆さんもそれでいいんですか? イチローのお願い聞いちゃっても」
光啓が志帆さんの顔色を伺った。
「二人とも敬語じゃなくていい。気にしない人種だから。依頼に関しては一任してるし、ナナがいいと言うなら私はそれでいい」
「さいですか……」
なんというか「俺のために」ってわけじゃないのは当然だけど、少し悲しい。
「それで、俺のイチローになにをさせるつもりなの?」
「俺のとかいらねーから黙って聞いてろよ金魚の糞。って言われて恍惚の笑みを浮かべるな」
「懐かしいなーこの感じ! ヒロも全然変わってないみたいで安心したよ!」
「俺は変わったんですかね」
「うーん、イチローは結構変わったよね。昔はもっと無邪気というか、もっと無鉄砲みたいなイメージだったけど。だいぶ落ち着いたね」
「ア、アリガトウゴザイマス」
それにしても自由な空間だ。志帆さんなんてまた本読み始めちゃってるし。
「概要は聞いてる。それを踏まえた上で、具体的な内容を話し合わないとね!」
「まず外見は無理よ。だから、内面とか立ち回りを強化する方向でいくわ」
本読みながら意見とかマジですげーなこの人。
「俺の個人的な意見ですけどイチローは悪いやつじゃないんですよ。ちょっとひねくれ者だけど」
「そこが問題なんじゃないかなー?」
と陽気な感じでナナちゃんに言われてしまった。
「オー、ノー」
「
光啓の頭をグーで殴った。こいつに突っ込まれると若干腹立つ。
「じゃあまずひねくれている部分を矯正しよう!」
「自分で言うのもなんだけど、性格を直すのって簡単にいくもんかねえ……」
「放置じゃ直らないものだから矯正って言葉を使うんだよ? キミには試練を与えてひねくれ者から正直者にする!」
「いや、その前にやって欲しいことがあるんです、俺」
方向が決定しそうなところで、光啓が堂々と手を挙げた。
「ほう、ヒロがして欲しいこととは?」
「イチローを女性と上手くしゃべれるようにして欲しい」
「でも今普通にしゃべってるじゃん? これじゃダメなの?」
「ナナちゃんはいいとしても、志帆先輩に対してはかなり気を遣ってるよ、イチローは。いつもの感じでいくと冷や汗も尋常じゃないはずです」
「おい光啓、なにを根拠に言ってんだよ」
「脇汗隠せよ」
俺は両脇を手で覆い隠した。
「QED。証明、終了」
再び光啓の頭を殴った。
「ドヤ顔でなに言ってんだよ」
「うーん。じゃあ、女の子と上手く接触できるようにするのと、性格を矯正するの。この二つを重点的に攻める方向でいいかな?」
「私は問題ないわ」
「俺も賛成。いい女性と出会ってちゃんと接することさえできれば、あとはイチロー次第だと思ってるから」
「俺もまあ
相談しにきた時点で、俺は決定権を破棄したようなもんだと思ってるし。
「それじゃあ、明日から放課後はここで会議だ! ちゃんと来るように!」
「もしかして毎日……?」
「もちのろん! この部活の規則でね、案件に携わる人間は全員仮部員になること。それが条件だからね! キミたち二人は今日から仮部員だ!」
「聞いてねえよ! 最初に伝えるべきだろ! なんか部活入ってただどうすんだ!」
「伝え忘れたんだよー。それに、うちは部活掛け持ちオッケーだしね、大丈夫大丈夫!」
ホント昔からテキトーだなこの人。全然変わってねえ……。
「チーッス」
やいのやいのやってる最中、部室のドアが開いた。そして誰かが入ってくる。
「一応部員だから顔は出すけど、すぐ帰る……ぞ……」
それは俺があまり会いたくない人物。那波(ななみ)録輔(ろくすけ)だった。
目が合った途端、そいつは嫌そうな顔をした。嫌そうというか、憤っているというか。
俺や光啓、双葉と同学年で幼なじみ。なによりもナナちゃんの弟だ。
それは、俺が壊してしまった関係の一欠片だった。
「やあロック、お前ここの部員だったんだな。知らなかったよ」
録輔とは反対に、光啓は笑顔で話しかけた。
「は? てめーには一年のときに言っただろうがよ」
「いやー、全然忘れてたよはっはっはっ」
「なに笑ってんだよ。ヒロてめぇ、なに考えてやがる」
「すとーっぷ!」
突如、ナナちゃんのチョップが全員に炸裂した。いや、志帆さんは関係ないだろ。ほら、ちょっと涙浮かべてるし。
「まあまあ、ここは落ち着いて。録輔はそのまま帰ってね」
「ちっ、わあったよ。おつかれーっす」
最後に俺を睨んで帰っていった。
俺はなにも言えなかった。録輔に睨まれて、怯えていることしかできなかった。
録輔は身長も百九十近くで、俺との身長差は二十センチもある。それに強面だ。アイツに本気で睨まれたら、だいたいのヤツは怯むだろう。
そんなことを考えていると、大きな手が俺の頭を撫でた。
「光啓……」
「これから、頑張ればいいさ」
「ありがとう……」
の、グーパンチ。
「お前このこと知ってて謀ったろうが!」
「仕方ないだろ? イチローもロックも、お互いをずっと避けてんだから」
「俺はこんなことして欲しいだなんて頼んで――」
「悩んでたのは事実じゃないか。昔みたいにはできなくても、顔合わせられるくらいにはなれよ」
本当は気付いてた。言われなくても、自分が逃げていることくらい。逃げていることからも、きっと俺は逃げていたんだ。
「ふむ、じゃあそれはヒロの依頼っていうことにしよう! これは提案ではない! 命令だ!」
ナナちゃんの変なスイッチが入ったのか、急にそんなことを言い出す。
「私はどうでもいいわ」
「その言い方やめてっ」
志保さん、俺の扱い雑過ぎです。
「俺からの依頼ってことに関して異論はないよ」
「録輔とイチローの間になにがあったかは聞かない。けど、だからこそ、きっと主人公云々よりも、イチローががんばらないといけない。それでも大丈夫?」
「が、がんばります」
「よーし、明日からがんばるぞー! おー!」
こうして、明日からの方針が決まった。
果たして上手くいくのだろうか。
たぶんだけど、光啓は双葉との関係も修復しようとしている。いや、たぶんじゃない。アイツなら絶対やる。
あのときだって、話を聞いても俺から離れなかった。真面目な顔で、真摯に受け止めてくれた。だから、アイツがなにをやっても本気で怒れない。
ああ、そうだ。だからコイツの周りには人がたくさん集まってくるんだ。
それから、いつもの場所で別れ、いつもの帰り道を歩いた。
「今日は双葉の顔、見たくねぇなぁ……」
録輔の顔を見たら、いろいろ思い出してしまった。
一人で突っ走って、イジメられてる奴を助けたことがある。複数人で一人を囲んでいたのを見過ごせなかった。でも俺は背も低いし、ケンカが強いわけじゃない。結局、光啓と録輔と双葉がやってきて、俺は助けてもらう立場でしかなかった。
弱い弱い、そんな自分。だけど、コイツらがいれば、俺も主人公になれるかもしれないって、本気で思っていたんだ。
そんなの、自分の力じゃないのに。
頭を振って考えるのをやめた。今日は少し遠回りして帰ろう。
ゲームでもして気持ちを落ち着けようそうしよう。
「ただいまー」
大回りをし、公園を避けて家に帰った。特に今日は双葉の顔もあまり見たい気分じゃなかった。
「お兄ちゃんおかえりー!」
家に入った瞬間、妹の久遠が俺に飛びかかってきた。
「ただいま久遠。いきなりタックルしてきちゃだめだぞ?」
咄嗟に抱きしめてしまった。避けたら顔面から着地しちゃうし。
「お兄さま、お帰りなさい」
「ただいま美世」
リビングから出てきた美世に、手を挙げて挨拶をした。その間も、久遠は俺の胸に頬ずりしている。
これはよくある日常の光景だ。
しかし、なんで俺みたいな兄がこんなにもいいのか。年も一つしか離れてないってのに。思春期なら年の近い兄妹は嫌い合うもんだって聞くけど、うちは順風満帆だ。
ちなみに俺たち三人は同じ学校だ。
久遠を剥ぎ、階段を上って自室に入った。
「なんで俺が一郎なのに、妹二人があんなすげー名前なんだよ」
物心ついたときから、ちょっとジェラシーを覚えていたりする。俺ももうちょっとカッコイイ名前がよかった。まあ変なキラキラネームよりはいいんだろうが。
部屋着に着替えて階下へ。
リビングではお茶とおやつを用意して、二人が待っていた。
「今日は新しいお茶っ葉が入ったので淹れてみました。どうぞ」
双子の姉である美世は大人しくおしとやかだ。若干消極的なのが玉にきず。
「ほれほれ! このお菓子は駅前で有名な進撃堂のシュークリームなんだよ!」
双子の妹である久遠は明るく活発。ハキハキして積極的。美世とは正反対だ。
「ありがとうな。もらうことにするわ」
うん、両方美味い。甘すぎず俺好みだ。
ふと、録郎と双葉のことを思い出して溜め息をついてしまった。昔はよく、一緒にお菓子も食べたものだ。
「お兄ちゃん、学校でなにかあった?」
「溜め息は茶飯事ですが、こういうときはいつも落ち込んでいるときですからね」
「まあ、いろいろとな」
「お兄さま、ゆっくり休んでくださいね」
「私たちなら、いつでも話聞くから!」
「ホント、ありがとうな」
美世の頭を左手で、久遠の頭を右手で撫でた。二人はくすぐったそうに、でも嬉しそうにしている。
いい妹を持って、本当に幸せだよ俺は。前にヘコんだときも、二人の優しさに助けられた。なにも聞かず、俺を抱きしめて頭を撫でてくれた。不肖な兄ですまないと思いながらも、たくさん甘えさせてもらったんだ。
でもなにがあったのかは言いたくない。いつかちゃんと話すから、今は我慢して欲しい。
ご馳走様をして、俺は自室に戻った。
たまには自発的に勉強でもするかな。
高校受験のときは光啓につきっきりで教えてもらった。それでもあの高校では下の方だけど。俺もできるところを見せないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます