第4話

 放課後になり、部室に向かう途中だった。

「お兄ちゃんどこ行くのー?」

「最近帰りが遅いと思っていましたけど、なにか部活でも?」

 妹たちと遭遇した。二人とも、俺の主人公思想は知っているから隠すことではない。が、詳細を話すのはやはり少し気恥ずかしい。

「まあ、ちょっとな」

「これからなんでも解消部に行くんだよ」

 いつも通り爽やかに笑う光啓。

「キラキラオーラ出しながら俺の妹たちに話しかけるな!」

「ははっ黙れよシスコン」

「お前、たまにキャラ壊れるからこえーよ。たのむからブレないでくれ」

 こいつなりの気遣いだってのは、わかってるんだけどな。俺のことを考えて、こうやって俺が扱いやすいキャラクターになっている。

 素の性格の一部だが、それは光啓のため胸に仕舞おう。

「お兄ちゃんの相談ってもしかして、あの主人公になりたいってやつの相談?」

「お兄さまの主人公思想は特殊ですからね」

 合わせ鏡のように、二人は腕を組んでため息をついた。

「光啓に勧められてな、解消部に頼んだんだ」

「そんな! 私たちに言ってくれれば主人公にしてあげたのに!」

 と久遠が頬を膨らませる。

「お前らなんなの? そんな特殊能力持ってんの?」

「お兄ちゃんの中では主人公ってハーレムなんでしょ? ラノベ系主人公っていうか」

「それでいてなにか特殊な能力を持っていたりと、完全に趣味趣向が出ていますよね」

 美世は残念そうに眉根を寄せた。

「そ、そうだな」

 妹たちは可愛い。だからいろいろ話してしまう。それがここで胸を締め付けるとは思わなかった。

「私たちがそのハーレムの!」

「一員となって」

「「完全サポート!」」

 綺麗にハモるなよ。

「さあついたぞ、お前たちは帰れ」

 背景にバラが咲きそうなほど笑顔が眩しい二人。しかし両手を広げる二人を無理矢理帰した。俺が望むハーレムに妹たちはいらないのだ。いや、可愛いんだけどね。

「お、来たな飢えた野獣ども! プラス妹たち!」

「おい、入ってくるなよ」

 帰ってくれませんでした。

「まあまあいいじゃないか。その代わり、二人はおとなしくしてるんだよ?」

「「はーい」」

 光啓に言われて素直に返事をする二人。イケメンオーラにやられているわけではないと思うが、コイツの言うことは素直に聞く。俺の言うこともちゃんと聞いてくれると嬉しいんだけどな。

 ナナちゃん以外がイスに座り、会議らしきものが始まった。志帆さんは本を読んでいる。

「さて、会議始めるよー!」

 ホワイトボードの前で、片手にマジックを持つナナちゃん。ホワイトボードに『イチロー主人公化計画(仮)』と大きく書いた。無駄に字が綺麗なのがギャップだ。

「まず昨日の通り、女子に慣れてもらうことから始めよう」

「脇汗王子の名を返上できるくらいにはなってもらわないとな」

 長い付き合いのため、光啓はいろんなことを知っている。

「やめろ、恥ずかしい」

「とりあえず、シホと付き合う方向で考えたんだけどどうだろうか」

「ナナ先輩ちょーっとまったー!」

 そこで、妹たちが飛び出してきた。

「お兄さまと恋人になるなんて、お天道様が許しても私たちが許しません!」

「お兄ちゃんは久遠のお兄ちゃんだもん!」

「なにを言ってるの? お兄さまは美世のものです」

 最初の矛先はナナちゃんだったのに、いつの間にか姉妹喧嘩を始めてしまった。こうなるとしばらくはこのままだろうし、部屋の隅にでも追いやっておこう。

 二人を端っこに押し込んで、俺はテーブルに戻った。

「いやでもさすがに急すぎるって。しかも志帆さんとだなんて……」

 志帆さんは優雅に本を読んでいた。動じなさすぎだろ。

「ホントに付き合うわけじゃなくて、疑似恋人って感じでデートでもしてみたらってこと。イチローみたく冴えないヤツに自慢の友達をあげるとか! ありえないから!」

「直球すぎてひでーな」

「いくらナナちゃんでも、俺のイチローに対してそれはあんまりだ!」

「お前は黙ってろ。というか志帆さんはそれでいいの? そんな勝手に決められて」

「本当の恋人になるわけではないんでしょう? それはそれで楽しそうだな、とは思うわ」

「俺は玩具か」

「よくわかったわね。撫でてあげるわ」

 撫でられた。

 細くて柔らかい志帆さんの手は、とても気持ちが――。

「おーよしよし」

「ってお前かよ!」

 光啓だった。

「じゃあそれで決まりだ!」

 天に向かって拳を突き上げるナナちゃん。この人は本当に昔からブレない。

「すげーテキトーに決まったけど、とりあえずなにしたらいいの?」

「早速明日デートをしてもらう!」

「急だな……」

 俺がそう言うと、志帆さんは思い付いたかのように口を開いた。

「私、サカヅキパークに行きたい」

 サカヅキパークとは、坂月市にある大型アミューズメントパークだ。俺も何回か行ったことがある。休日には家族連れやカップルで溢れかえる。死屍累々の光景は、非リア充には毒以外のなにものでもない。

「なぜサカヅキパーク? 行ったことがないとか?」

「両親ともナナとも何回か行ってる。けど、たまには別の人と行ってみればと、ナナが前に言っていたわ」

 先輩方は目配せしあう。本当に仲がいいんだな、この二人は。

「ということで、明日はサカヅキパークへゴーだ!」

「安心しろイチロー、俺たちはちゃんと隠れて見てるからさ」

 ナナちゃんと光啓が、弾けるような笑顔でそう言った。

「ああ、もういいよ勝手にしてくれ」

「それじゃあ、私と一郎くんは明日十時にサカヅキパーク前で」

「ちょっと待って」

 俺と志帆さんの会話に、光啓が割り込んできた。

「志帆先輩って最寄り駅はどこ?」

「雪尾駅だけど」

「じゃあ、そこまで迎えに行かせよう。いいよな、イチロー」

「お、おう、特に問題ないぞ」

 俺たちの家やこの高校があるのは華岡市。雪尾町は、華岡市と坂月市の間にあった。

「ちなみに、一度降りてからあのくだりをやるんだぞ。わかってるよな?」

「あのくだりって、あれか?」

 光啓が言うあのくだりとは「待った?」と言われたら「ううん、今来たところだから」っていうやりとりだろう。

「お前が待ってる役だ。後から志帆先輩が来て始まるストーリー」

「いいね、ヒロはさすがにわかってる!」

 堅い握手を交わすナナちゃんと光啓は置いておく。これで脱落者は四人だ。

「俺が十時に雪尾駅に行くから、ちょっと遅れて来てよ」

「わかった。エスコートに期待しておくわね」

 淡々としたやりとりに反し、志帆さんは微笑んだ。

 解消部に初めて来たとき、教室には綺麗な花が咲いていた。しかし、その花が蕾だったのだと今気がついた。その笑顔は見惚れてしまうほどに美しかったのだ。これが、誉坂志帆の魅力の一つか。

 無表情な彼女は綺麗だし、凛とした姿には瞳も奪われる。ガラス細工のように繊細で、憂うような面持ちは儚げだ。守ってあげたいと、そう本能を刺激される

 しかし、笑った顔も素敵だ。その自然な微笑みは、普段の冷たい印象を払拭する。見慣れていないせいもあるが、胸の内側が熱を持つ。

「イチローが見惚れていいのは俺だけだぜ?」

 光啓が俺と志帆さんの間に割り込んでくる。

 それと同時に妹たちが俺の頬をつねった。もう散々だな。

「痛い、痛いからやめてくれ。まあ、決まったんなら帰ろう」

「志帆先輩みたいな美人とデートするんだ。そりゃ用意も必要だよなあ?」

「言ってろ」

 軽口を叩く光啓にチョップ。先輩たち二人を残し、俺たち四人は部室を出た。

 そしてなぜか、腕の自由を奪われた。両腕に妹たちが抱きついている。

「え? なに? なにが始まるの?」

「たしかに、あの超絶美人の誉坂先輩とのデートなんてお断りだよ」

「いや久遠、お前が断るなよ」

「しかし、だからこそ、誉坂先輩に恥をかかせるなんてできません」

「おい、それ結構酷い言い方だぞ」

「今から服を買いにいきます。いいですねお兄さま」

「家にあるのでも……」

「絶対ダメ! お兄ちゃんの感覚って面白いから!」

「その表現すげーコメントに困るわ」

「まだデパートならやってるだろ。兄妹水入らずで買い物でもしてくるといい」

「財布にあんま入ってないんだけど」

 一応財布を取り出し、中身を確認。

「お兄さま、お財布の中身は?」

「三百円」

 我ながら情けないと思うが、ない袖は振れない。

「明日返してくれればいいよ」

 サッと、光啓は俺に三万を手渡してきた。

「待て待て、すぐには返せないぞ」

「いいよ? そうだな、高校卒業までに返してくれればいい」

「さすが、ヒロ兄はイケメンだな!」

「ヒロさん、ありがとうございます」

「どういたしまして、プリンセスたち」

「キラキラすんなつってんだろ!」

 それから俺は、妹たちと一緒に買い物へ出向いた。引きずられて行った、が正確かもしれない。

 一つ買い物をするだけでも妹たちに叱られる。センスがどうのとか、見た目がどうのとか。少し面倒だけど、そこそこいい時間を過ごさせてもらったか。俺ってMだったんだな。

 帰ってから、美世はたくさんの料理を作ってくれた。明日への活力だと言うが、食べきれる量にして欲しかった。

 部屋に戻ってベッドに寝ころぶ。

 強制とはいえ、志帆さんとデートするなんて夢みたい。楽しいかどうかはさておき、胸が高鳴るのは事実だ。

 それと同時に不安もやってきた。俺はちゃんとやれるのか、上手く喋って、粗相のないようにエスコートできるのか。緊張で、顔も身体もこわばったりしないだろうか。

「いかん、いかんぞ俺」

 ダメだ、考えるんじゃない。目標を達成するための試練なんだから。

それにこのデートが楽しいかどうかじゃない。楽しめるか、楽しませられるかだろう。

 俺ちょっと男前かもしれないぞ。なんて思いながら、志帆さんの顔を思い浮かべる。

 しかし、志帆さんの顔と同時に双葉の顔も浮かんでくる。

「なんでアイツの顔が……」

 首を横に振った。

 アイツのことなんてどうとも思ってない。なのに、なんで。

とりあえずは目先のことに集中。「頑張れ俺」と鼓舞した。

 明日は、主人公になるための第一歩なんだから。慎重かつ男前に振る舞うんだ。

 目覚ましのアラームを八時にセットし、俺は眠りについた。

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