酔っ払い達に絡まれた不運な男

 酔っ払いの突拍子もない思いつきと、勢いに任せた行動力って恐ろしい。


 今夜は、大学のゼミの連中との飲み会だった。ただフツーに飲んで、講義や教授の愚痴なんか言って、カノジョとか好きな子とかの話をつつき合ってからかって、ってな具合の。

 それがなぜか、途中から怪談になりやがった。しかも盛り上がってるし。


「おまえはないのか、幸治」

 隣のヤツにつつかれた。


 おれなんて、夏休みにはリアル幽霊に呪い殺されそうになった挙句に、一緒に花火見たんだぞ、なんて言えるはずもなく。

 怪談って、ホントに体験しちまうと、それがすごく強烈なものだと、そう簡単に話す心境になれないもんなんだな。


「いや、別に何もない」


 そうしようと思ったわけでもないけど、つっけんどんな言い方になってしまったのが自分でも判った。


「なんだよ、シラける言い方しやがって」

 茶髪をぐしゃぐしゃと掴みまわされた。いてぇよ、やめろっての。


「そういえば、知ってるか? こっから一番近い墓地に、出るってウワサ」

 あ、なんか嫌な予感。

「マジかよ。じゃ、行ってみようぜ」

 ほらきた。

 ゼミ仲間が盛り上がり始める。


 実は前に信司や沙希と会ってから、なんかそっち方面に目覚めつつあるらしいんだよ、おれ。霊感ってほどでもないけど、なんかざわざわっと何かを感じる時がある。

 これ以上、霊とかに関わったら絶対見えるようになっちまう。日常的に霊が見えるなんて絶対ごめんこうむる。


「悪い、おれ、帰るわ」


 飲み代をテーブルにおいて立ち上がったが、見逃してくれる連中じゃなかった。


「なんだぁ? 幸治怖いのか?」「情けないなぁ」

 野次が飛んでくる。


 さてこれどう返すべき? 肯定したら余計に面白がられて引っ張られそうだし、否定したら、なら平気だろうと連れてかれそうだし。って、これ詰んでるって言わね?


 答えに詰まってしまったおれを、ゼミ友は肝試し会場となる墓場まで引っ張ってった。


 断れなかったけど、まぁ適当にばっくれるか。相手は酔っ払い集団。なんとかなるだろ。


「それじゃ二組に分かれて行こうぜ。墓場一周して帰ってくること」

 おれ以外の五人はもう最高潮に盛り上がってるし。


 班分けの結果、後発隊になった。よし、トイレとか言って離れよう。

 先発の三人が墓地に入っていく。

 さぁそろそろ――。


「あ、悪い、おれらトイレ行ってくるわ」

 同じグループの二人が言う。ちょっとニヤニヤしてるってことは、おれを置き去りにして反応見ようって腹か。

 どうでもいいやと思って、うなずいて返した。二人が離れて行くのを見て、おれは溜め息をついた。


 墓の入り口の近くにある水場の壁にもたれて、どうでもいいから早く帰りたいと思った。


 夜の墓場って、正直、怖い。入口の近くには道路の街灯の明かりが届くけど、墓の方は月明かりがなけりゃ何も見えないくらい真っ暗で、何かが潜んでいてもおかしくない空気が漂っているように感じる。

 青白い月の光に照らされた、光沢のある墓石がぼうっと光っているように見えて、そこに人じゃないなにかの気配なんかもあったりする。これはおれが霊感めいたものが強くなっちまったからなのかもしれないけど。


 ……かえろ。

 後で何言われるかも知れないけど、知ったことか。おれはもともと墓場に肝試しなんて嫌だし。


「おまえさん、ここで何してるの」


 不意にかけられた中年の男の声におれはびっくりして飛びあがった。大げさでもなんでもなく、マジでぴょんと跳ねた。


「そんなおどろかんでもいいだろ」


 声の方を見ると、五十がらみくらいか、小男がいい感じに出来上がった赤ら顔でおれを見上げてる。


「何、って、友達が肝試ししようっていうから……」

「それで墓場か。ちょいと趣味悪いなぁ」

 おっちゃんは、へらへらと笑った。

「おれもそういうのやめようって言ったんだけどさ。付き合いでここまで来たけど、もう帰ろうかなって」

「そうした方がいい。ここな、本当に出るからな」


 なぜかひそひそ話のように声をひそめるおっちゃんに、おれはごくりと唾を呑んだ。やっぱり出るんだ。


「特におまえさんみたいなのは、霊が寄り付きやすいからな。なんか人の良さそうな感じだし、……見えるんだろ?」

「はっきり見えるわけじゃないけど。でも、なんでそう思うの?」


 このおっちゃんも、退魔師の信司と同じたぐい?


「なんでもなにも、おれがそうだからな」

「……はい?」

「だから、おれ死んでるの。おまえさん、はっきり見えちゃってるな」


 そう言っておっちゃんはゲラゲラと笑った。いや、そこ笑うとこと断じて違うし。


「いやぁ、あんときは飲み過ぎてなぁ。ふらふらーっと車道に出てしまったらしいなぁ。気が付いたら、おれ自分の体がベッドに寝かされるの見下ろして、奥さんが泣きながら文句言ってんの聞いてたんだよね、空中から」

「この世に未練があるから、こうやって残ってる?」

「そうだなぁ、奥さんが心配だったから。けど今日そっと見てきたら立ち直ってきたみたいだし、そろそろ墓で静かに寝ようかなって思ってたところ。で、戻ってきたらおまえさんがいたから声かけたんだよ」


 ふぅん、と相槌を打ちながら、なんでおれは「幽霊」とこんな平和に会話してんだろう、と、ふと冷静に考えて苦笑した。


「おまえさんも飲みすぎには気をつけんとな。それと、墓に肝試しはいかんな。好奇心でそんなことしてたら、取り返しのつかないことになるかもしれん。誰だって寝てるとこ土足で入ってこられてたたき起こされたら怒るからな」


 はい、とうなずいたおれの耳に、墓に入っていったゼミ友の悲鳴が聞こえてきた。


「ほらな。……さ。おれも逝くし、おまえさんも友達と一緒に帰り」


 おっちゃんは、ばいばい、というように手を振って墓地の中へと入って、消えて行った。


「幸治! 幸治! 早く逃げろっ」


 入れ換わるようにゼミ友が半狂乱で叫びながら走ってきた。その後ろからすさまじい怒気を含んだ気配が近づいてくるから、おれはそっちを見ないようにして、すっかり酔いの冷めた様子の友達と一緒にその場を離れた。


『今回は許してやってくれ。あの子らもこれで反省するだろう』


 さっきのおっちゃんの声が聞こえてきた。そしてそれ以上、おれ達を追いかけてくる気配はなくなった。

 ありがとな、おっちゃん。




「で、幸治はあの時、誰と話してたんだ?」


 喫茶店に移動して、さっきの興奮と恐怖が落ち着いてきた頃、おれを置き去りにした連中のひとりが尋ねてきた。


「誰、って……。こんなところで遊んでたら駄目だって、中年のおっちゃんに注意されたから。もう帰りますって言ってたところだったんだよ」


 ゼミ友連中が青ざめて凍りついたのは言うまでもない。

 これで肝試しなんて言い出さなくなるだろう。

 結果良ければすべてよし、ということに、しておこうか。

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