待ちぼうけの女の子に懐かれた不運な男

 大学からの帰り道、もうすぐ日が沈んで暗くなりかけてるっていうのに、公園の近くでぽつんとひとりで座ってる女の子を見かけた。


 こんな遅い時間に、それも一人でいるなんて大丈夫なのか? そもそも親は? とか思ったけど、迷子に声かけしただけで不審者あつかいされるこのご時世なので、ちらっと見ただけでそばを通り過ぎた。


 それから、同じ時間に同じ場所を通る時はいつも、その子を見るようになった。

 おかっぱ頭のその子は幼稚園児ぐらいかな。まだ小学校には行ってない感じの子で、着てる物が古ぼけた甚平なのが気になる。

 もう十月も半ばになろうかっていうのに甚平だけじゃ寒いんじゃないかな。それも着古した感じのだし。

 そう言えば足はぞうりだ。まだ暑い日もあるからって、さすがに薄着すぎるだろう。


 そんなことを思ってたら、女の子がこっちを見た。

 じぃっとこっちを見てくる目が、一昔前に流行ったコマーシャルのチワワみたいで放っておけない感じがする。


 どうしようか、不審者扱いは困るけど、この子も困ってるみたいだし……。

 そのまま見つめあってると、女の子の方から話しかけてきた。


「おかあさん、まだこないの」


 来ないの? って聞かれたわけじゃないみたいだ。来ないって報告っぽい。そう言われても困るんだけど。


「ちよちゃん、ずっとまってるのに」


 ちょっと不満顔だけど、それ以上に寂しそうだ。


「ここで待ってるように言われたの?」


 聞いてみたら、こくんとうなずいた。

 周りはもう街灯なしじゃ暗くて見えにくいぐらいだ。話してしまったからには、放っておくわけにもいかないな。

 おれは公園のベンチに座って、女の子、ちよちゃんを手招きした。

 隣に座ったちよちゃんと、ちよちゃんのお母さんを待つ。


「ちよちゃんはこの近くに住んでるの?」

「うん」

「よくこの公園に来てるよね」

「うん、おかあさんがここでまってて、って言ったから」


 周りはどんどん暗くなっていく中で、そんな話をしながらぼーっと座ってる。

 時々、そばを通る人がちらちらっとこっち見てるのが判る。

 あぁ、不審者だって通報されちゃうのかなぁ。


 二十分ぐらい待ったけど、お母さんらしい人は来ない。

「ちょっとあっちみにいってくる」

 ちよちゃんはいきなり立ち上がって、たたたっと走り出した。


 おれは驚いてぽかんとしたけど、数秒遅れでちよちゃんの後を追っかけた。

 こんな暗い中で走っちゃ危ない……、って、あれ?

 見失った。


 確かにこっちに向かってったはずなのに。

 隠れられるようなところもないし……。


「ちよちゃん……?」


 ちょっと遠慮がちに声をかけてみるけど、しんとしてて誰もいない。

 帰っちゃった、のかな? それならそれでいいんだけど。なんか不思議な感じだ。

 おれは首をかしげながら、すっかり暗くなっちゃった道を家へと急いだ。




 家に帰って夕食食べた後、母親が携帯片手に「ちょっとちょっとぉ」って手をぶらぶらさせながら話しかけてきた。そのしぐさがすっかり大阪のおばちゃんだぞと思ったけど言ったら百倍返ってくるから黙っとく。


「幸治、あんた、角の公園のとこ通って帰ってくるよね」

 あ、イヤな予感。

「うん。なんかあった?」

 想像つくけど。

「不審者出たんだって。あんたの帰ってくる時間辺りにいたらしいよ。見なかった?」

 はい、ビンゴ。

「見なかったよ」

 多分それおれのことだから、自分のことは見てないし、な。嘘じゃないだろ。


「はぁー、よかったよ。ただの不審者ならまだいいけど、ナイフとか持ってるアブナイのだったら殺されちゃうかもしれないし!」


 ただの不審者、ってどういうんだ。半笑いになった。


「えぇっと? 不審者は二十代ぐらいの男で? 公園のベンチに座ってぶつぶつ独り言を言ってた。だって」

 母が携帯の画面を見て不審者情報を読みあげてから、まさか、って顔になった。


「あんた、公園に寄ったりした?」

「疑ってんのかよ」

「あ? う、ううん? 冗談に決まってるじゃない。やぁねぇ」


 作り笑いでオーバーに手を振って、あからさますぎるだろ。でもそれおれだから当たってるけど。


 ……ん? ちょっと待てよ?


「その不審者、一人だったのか?」

 ちよちゃんは?

「え? 他に誰かいたなんて書いてないから、そうじゃない?」


 えぇ……、っと……。

 触ったりしなかったから、判らなかったけど、また見えちまったんだな。しかもより生きてる人らしく。




 次の日の夕方、角の公園を見たら、やっぱりいた。昨日と同じ格好だし、多分間違いない。


「あ、おにいちゃん、こんにちは」


 おれを見つけたちよちゃんは、ぺこんと頭を下げた。礼儀正しい子だ。


「こんにちは。ちよちゃんは、今日もお母さんを待ってるの?」

「うん」

「ずっと、待ってるんだね」

「うん。いまはおそらがきれいだけど、まっくらのなかで、ごぉぉーっててすごいおとがして、どかーんっていったらまわりがきゅうにあかくなって、あつくなっちゃったときから」


 空が真っ暗で、すごい音がして?

 交通事故か何かで亡くなっちゃった女の子の霊だと思ってたけど、違うんだな。

 赤くて熱くなったってことは、火事か?


「そっか、お母さん、早く来るといいね」

「うん、ありがとう。……きょうはもういっちゃうの?」


 ちよちゃんが、チワワな目でじぃっと見てくる。一緒にお母さん待つ連れ合いとしてタゲられたか。いや、子供相手に言い方悪いな。懐かれた、と思っておこう。


「ごめんね。今日は帰るよ」


 おれは手を振って、ちよちゃんを置いて帰った。

 うるうる目で見られたのもあって、本当の子供じゃないけど、放っておくのはなんとなく罪悪感覚えるなぁ。




「昔この辺りでさ、火事とかあった?」

 夕食の片付けをしてる母に聞いてみた。

「火事ぃ? なんでまた」

「いや、なんとなくそんな話を前に聞いたか聞かなかったか、って思ったら気になっちゃって」


 頭をかきながら半笑いして見せると、母はうーんと首をかしげた。


「この辺で火事は、なかったんじゃない? それこそ、戦争中の空襲が最後じゃないかねぇ」

「空襲、あったんだ」

「終戦間近はまさに負け戦だからね、規模の小さいのを入れるとあちこちあったんだよ。……あ、判ってると思うけどわたしは戦後生まれだからね? 体験はしてないよ」

「はいはい、若い若い」

「ちょっとぉ、何よその投げやりな言い方はぁ」


 ぶーぶー言ってる母は置いといて、おれは自分の部屋に引き揚げた。


 ちよちゃんは戦争の時の子で、お母さんとあの場所で待ち合わせていたけれど空襲にあって死んじゃった、ってことなんだろうなぁ、やっぱ。

 あの場所で待ち続けてるってことは、お母さんもちよちゃんがあそこで死んでしまったことは知らないんだろうか。

 いや、そもそも、空襲だったんだとしたら、お母さんもその時無事だったかも判らないな。


 ……でもちよちゃんに関することが判ったところで、おれに何ができるわけでもないよな。

 毎回あそこ通るたびに付き合うわけにもいかないし、帰る道、変えようかな。




 それから一週間ぐらいは、あの公園を避けて通学した。でもあそこを迂回するとなると結構遠回りになって不便なんだよな。


 さすがにしばらく会わなかったらもう見えなくなってるんじゃないかな、とか考えて、久しぶりにこっそりと見に行ってみた。


 ……いた。いてしまった。

 あれからもっと気温が下がって寒くなったのに、ちよちゃんは、前と変わらずの格好だ。


 おれを見つけると目を輝かせて「おにいちゃん!」と駆け寄ってきた。


「よかった。ちよちゃん、またひとりぼっちになっちゃったかとおもったよ」


 おれのシャツをきゅっと掴んで――実際に掴まれたわけじゃないけど、ちよちゃんは安心したふうに笑った。けど、目からは涙がぽろぽろっとこぼれた。


 こんな小さい子が、こんな泣き方をするなんて、よっぽど不安だったんだ。寂しかったんだ。

 ごめん、面倒だからってほうったらかしにして。


 でも、おれができることって限られてる。どうしたらいいんだろう。

 この子が、成仏できればいいんだよな。

 この近くに住んでたんこの子の母親も、この近くで亡くなってる可能性は高い。ダメもとで、行ってみるか。


「ここで待っててもなかなかお母さん来ないし、探しに行こうか。おれの次の休みまで、待っててくれるか?」

「おにいちゃん、いっしょにいってくれるの?」

「うん」

「ありがとう!」


 ちよちゃんが、あふれんばかりの笑顔で抱きついてきた。実際には霊体だから物質的な感覚ってないけど、すごく力いっぱいハグされてるのが、なんとなく判った。




 日曜日、おれは公園に寄ってちよちゃんと一緒に一番近くのお墓まで歩いた。

 大体一キロぐらいかな。わりと大きな墓だ。ここにお母さんいるといいのにな。


「ねぇ、ここって、しんじゃったひとがいるところでしょ?」

 ちよちゃんが不安そうにおれを見上げてる。

「そうだよ」

「おかあさん、しんじゃったの?」

「多分ね」


 ちよちゃんは、くしゃっと顔をゆがめたかと思うと泣きだした。前の静かな泣き方とは違う。号泣だ。


 墓の方から、ざわつく気配がする。

 そういや、前にあった霊のおっちゃんが、眠ってるところ起こされたら誰だって怒るって言ってたよな。

 まずったかな。


 すると。


「千代!」

 女の人の声がした。

「……おかあさん?」

 おれと一緒に、千代ちゃんが声の方を見た。


 防空頭巾を頭にかぶって、もんぺ姿の若い女の人が駆け寄ってくる。って、足動いてないっ。滑り寄ってくる! 正直、むっちゃ怖っ!


 二人はひしっと抱きしめあって、やっぱり号泣だ。


 周りの墓からは「まぁしょうがない」みたいな雰囲気が伝わってくる。よかった、怒られなくて。

 何はともあれ、一件落着だ。これでおれもお役御免だな。なんかほっとしたらどっと疲れが来た。


「ありがとうございました」

 千代ちゃんを連れてお墓に向かうお母さんが、こっちを見てペコっと頭を下げた。千代ちゃんもすっごい笑顔で手を振ってくれた。

 ……うん、ごめん、むっちゃ怖がって。


 よかったね、千代ちゃん。


 ……でも、正直言って、見えちまうのはもう勘弁だ。

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