第8話 --1章 仲秋 Ⅱ--
さんざん食べて飲んでお店を出たのが閉店間際の0時くらいになった。
急げば終電に間にあう時刻だったが、誰もが名残惜しくてぐずぐずとしていた。
家に帰って寝てしまえば、また辛い明日が始まってしまう。
みんなそれが怖いのだ。
気づけば現実から逃れるように行きつけのバーに流れ着いていた。
「今日は空いてるね」
銀座では古くからある老舗で、客は平日の夜中だからなのか私たちだけだった。
店内にはかすかにジャズの調べと、豪奢な雰囲気が漂っている。
薄暗い照明の下で重厚で真っ赤なソファに身を埋めると、得もしれぬ満足感が体を支配する。
着いて早々にこの中でもっとも酒の弱い孝則がうつらうつらと船を漕ぎはじめた。
ここからが本番だというのに。
「ねえ、マコちゃんとたーくんはうまくいっているの?」
香山さんが訊いた。
進藤真琴のことを私たちはマコちゃんと呼ぶ。
一番年下だったせいもあり、可愛がっているうちに自然とその呼び名なった。
また、伊藤孝則のことも"たーくん"と呼んだ。
職場に伊藤姓が3人もいるからだ。
最初は孝則くんと呼んでいたが、いつしか省略されてたーくんになった。
マコちゃんとたーくんは付き合っている。
もう半年近く続いているだろうか。
それまではずっと3人で集まって飲んでいたのに、マコちゃんがたーくんと付き合うようになってからは4人でいることが多くなった。
いま彼氏がいるのはマコちゃんだけだ。
「ええ、まあ。ぼとぼちと」
すっかり酔って寝ぼけ眼のたーくんに代わってマコちゃんが答えた。
背丈の大きい私と香山さんに挟まれると、小柄な彼女は子供みたいにみえる。
この2人はいちゃつくところを見せないので、ぱっと見では付き合っているのかどうかも疑わしい。
「いつ結婚するのさ?」
「そんなぁ、先輩たちより先を越せませんよぉ」
マコちゃんが24歳で、たーくんと香山さんは3つ上の27歳だ。
みんなまだまだ若い。
私だけが、もうすぐ三十路を迎えようとしている。
「そんなこと言ってると一生お嫁に行けないよ?」
私が茶々を入れると、香山さんがむきになって否定した。
「いやいや、嫁ぎますよ。嫁ぎますとも」
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