第5話 五十二年まえのひみつ
五十二年まえの、その年の残暑は厳しかった。どういうわけだか、わたしはそれをよくおぼえている。そのほかの記憶はあいまいだ。
その暑い夕日を背中に浴びて、すこし早めの夕飯を食べているときに何か予感がしてわたしはふと思いついたことをお父さんに聞いた。
「お父さん、どうして世の中にはお金があるの」
来年の春に小学校に通うようになるわたしから子供らしからぬことを聞かれたけれどお父さんはトランジスタラジオの七時のニュースを聞き入っていて答えなかった。それはお父さんにとって、毎日の習慣以上に大事なことだった。一日中からだを酷使した電話の工事をやっと終えて、夜の七時のニュースを聞きながら夕飯を食べるのが一日の締めくくりになっていた。誰にもじゃまをされずに一日の終わりを実感することでその日その日の働きを噛みしめて何とか明日につなげようと、いまにしてみれば、お父さんは思っていたのにちがいない。
わたしはその日の昼間にお母さんから五円をもらって駄菓子屋にお菓子を買いに行った。五円のお菓子は売り切れていて、十円のお菓子しかなかった。駄菓子屋のおばあさんに「もうあと五円ないとお菓子は買えないよ」と言われ、そのときにどうしてこの世に五円とか十円とかがあるのがどうにも不思議だった。それにお菓子にも五円とか十円とかの値段がある理由もよくわからなかった。お菓子はお菓子だ。
お母さんからもらうのはいつも五円だったから五円以上の値段のお菓子があることが信じられなかった。すこし年上でわたしよりも先に小学校に通っている近所のおにいさんはわたしの四日分のお金でいつも2B弾を買っていた。2B弾は危ないから買っちゃだめといつも言われていたし、実際に近所にすんでいる別のおにいさんは耳の近くで2B弾が爆発して耳が聞こえなくなったこともあった。わたしは2B弾が欲しいわけではなかった。けれど、五円以上の駄菓子をねだるとお母さんはいつも「お金がない、お金がない」と言うから、それが不思議だった。おお父さんさんが毎日働きに行っているのにどうしてお金がないって言うのか知りたかったけれど、でもお母さんの顔を見ていると聞いてはいけないような気がした。だからお母さんと二人きりではないときにお父さんに聞いた。
お父さんは子供が何か言っているな、くらいのうわの空だった。じぶんの時間を取られたくはなかったので聞こえていても聞こえていないふりをしていたのかもしれない。そもそも子供のしつけはじぶんの仕事ではないと思っていたようだ。子供は妻がしつければいい。じぶんは外に出て金を稼いでくるのだから、仕事から疲れて帰ってくるのだから、家に帰ってきてまで俺を疲れさせるな、と常々思っていたにちがいない。子供の言うことよりもトランジスタラジオのニュースを聞くのと夕飯のおかずに出された目の前にある鯵の開きを食うのが大事だった。ニュースを聞きながら気の済むように夕飯を食べる。そして風呂が沸くのを待つ。薪で沸かす風呂なんだから加減をうまく調整しろ。九時からはテレビで洋画を放送するからそれを観る。一日中働いてきたのだから夜をそうやって過ごしても文句はあるまい。お父さんは冷めた味噌汁に口をつけてそう考えていたにちがいない。味噌汁には生玉子が落としてあり半熟になっていた。それはお父さんの好物だった。味噌汁の中で半熟になった玉子の黄身を箸でしずかに割ると中身がゆっくりと流れ出るのをじっと見つめる。それを食べ終わると一日が終わったと本当に実感することができたのだ。そういうときに話しかけても返事をしてもらえないということをわたしは知っていた。以前に味噌汁の椀の中をじっと見つめているお父さんにしつこく話しかけたときにまるで野良犬を追い払うように怒鳴られたことがあり、それからはお父さんが「入っている」ときには話しかけなくなった。
開けたままの硝子戸の玄関から昼間の熱気が残る風がしずかに入ってきた。四畳半の板の間に卓袱台を置くとわたしたち四人家族は卓袱台の周りに座ったまま動けなくなる。風はわたしの背後から入ってきていて、その風がすこし強くなるとざわざわと外の草むらがざわめいた。わたしはそのたびにふりかえって玄関の向こうの闇を上目遣いに透かして見たけれど、見えるものは何もなかった。卓袱台に目を戻すとお母さん子が三歳になる弟をじぶんの横に座らせて鯵の開きをほぐして食べさせていた。お父さんは味噌汁の椀の中に箸を入れてぐるぐるとかき回していた。
翌朝、わたしは突然熱を出した。ぼんやりと朝飯の茶碗を持っていると手から茶碗が落ちた。お母さんが叱ろうとしたら、わたしはそのまま横に倒れこんで動けなくなった。お母さんは慌ててわたしを抱き起こすと、わたしの体が熱くなっているのに気がついた。お父さんはちょうど靴を履いて三和土に立ち上がるところだった。わたしを抱き起こすお母さん子の背中をちらっと見てから、頼んだぞ、と一言だけ言って仕事場の電話局に向かうために出て行った。しばらくするとわたしは食べた朝飯をそっくり吐いた。その嘔吐の声にお母さんの脇にいた弟がおどろいて泣き出した。お母さんはぐずる弟を紐で背中に背負い、わたしを脇に抱えて駅前のW小児科まで走った。W医師はわたしの診察が終わると
「夏風邪です。大丈夫です。子供にありがちな風邪ですよ。このシロップを飲ませてください」
と言った。お母さんは、じぶんがこどもの頃に幼い弟を肺炎で亡くしていたからそうならないかどうかが心配だ、とW医師に言うと
「大丈夫です。肺炎ではありません。さっき吐いたからもう治りかけています。お子さんの好きなものを食べさせてやってください。きっともう普通に何でも食べられます。また吐いたらもう一度来てください」
W医師は穏やかな口調でお母さんに言った。その帰り道にお母さんはわたしに
「もう治っているって。良かったね。何か食べたいものある?」
「え?」
「お医者さんがね、好きなものを食べさせてあげてくれって。駄菓子屋さんのお菓子じゃなくてもいいんだよ」
お母さんからそんなことを言われたのははじめてだったので掴んでいたお母さんの人差し指を思わずぎゅっと握りしめた。わたしはお母さんを見上げて
「何でもいいの?」
「いいよ」
「じゃあ、プリン。ボク、まだ食べたことないからプリンが食べたい」
わたしの言葉を聞いてお母さんがどう思ったのかはわからない。もっと高価な食べ物をねだられると思っていたので聞いてみたらちいさな洋菓子だったからすこしは安心したかもしれないし、もしかしたら子供なりに気を遣っていると思ったのかもしれなかった。子供だからそれくらいしか知らないと思ったのかもしれない。それでもすぐに「プリン」とわたしが答えたのは、どこかで見ていつも食べたいのを親にも言えずに我慢していたのに違いないと思ったかもしれない。
洋菓子店はまだ店を開けていない時刻だったので、お母さんは一度家に帰ってからシロップを飲ませてわたしを寝かせた。寝ているわたしのそばに座りこみ、弟を背負ったまま卓袱台の上の朝飯の残りを首をつきだして食べているお母さんをわたしは見た。食べているうちにお母さんの目から涙がひとすじ流れ落ちていった。お母さんは、朝飯を済ますと洗濯機を回した。以前は洗濯板で洗っていたけれど、弟が生まれてから洗濯機を買ってもらった。洗濯機が回りはじめるとモーターと洗濯槽の唸る音がしたがわたしはうつらうつらしていた。洗濯物を干してから弟を背負ったまま、お母さんはプリンを買いにでかけた。
家の中は突然しずかになった。家の近くにある高架線路の上を走るわたし鉄電車の線路の継ぎ目を叩く音が聞こえ、空からはプロペラ機のエンジンがのんびりと唸っているのが聞こえてきた。わたしは目を閉じたまま、もしかしたら熱を出したからお母さんはもう帰ってこなくてじぶんは捨てられたのかもしれないとぼんやり思って悲しくなった。でも、そんなことはあるはずがないと思いなおしてまどろんでいた。すると玄関から何かが入ってくる気配がした。
それは人間ではなくちいさな動物のようだった。けれどわたしは眠くて目が開けられなかった。見えないけれど、それは猫のような気がした。枕から頭をすこし上げただけで目眩がしてまた吐きそうになったので起きあがることができなかった。熱がまだ残っていた。わたしは手を伸ばしたがそれに触ることはできなかった。わたし鉄電車の線路の継ぎ目を叩く音がまた聞こえてきた。
「薬は飲んだの?」
聞こえてきた声は優しい声だった。声のする方に頭の向きを変えた。その声は優しい声だったけれど、はじめて聞く声だった。
「薬は飲んだの?」
また声がした。わたしは
「飲んだ」と答え、「誰?」と聞いた。
「猫だって話すことはできるんだよ」
その声はそう言った。やっぱり猫だ、わたしは手を伸ばして触ろうとしたけれど何も触ることはできなかった。外からお母さんの弟をあやす声が聞こえてくると不意に気配が消えて、すぐそばでお母さんが「あ」と言うのが聞こえた。「いつのまに猫が入ってきたのかね。足跡があるよ」と言って雑巾で畳を拭いた。
「昼間、猫が入ってきたみたいなの」
仕事から帰ってきたお父さんにお母さんは言った。
「ああ」
お父さんはトランジスタラジオのニュースを聞いていて、生返事しかしなかった。味噌汁に浮いている玉子の黄身を割りながら昼間の電話工事の段取りの悪さを思い出して箸を持つ手に力が入った。電話回線の増加に伴い増設工事の現場で人手が足りなくなり大学生のアルバイトを雇ったが思った以上に飲み込みが悪くて使いものにならなかった。いくら配線の手順を説明しても同じような間違いばかりをしていてその修正に手間取り結局は工期の短縮にはなっていなかった。その大学生を使うのは明日で最後にしようと考えている、とお母さんに話している最中に、お母さんが猫のことを話したのだ。それから、お父さんは電話局の工事のほかにすでに開設したテレビ局の内線電話の工事のやり直しもやらなければならないと言った。突貫工事で仕上げたので内線番号が一部混乱していたのだ。その工事の打ち合わせのために明日は東京に行くから帰りは遅くなる、と言った。
しかし、お父さんはお母さんに仕事で疲れた、と言うことはなかった。三十五歳の体力が疲れを充実感に変えていた。じぶんの仕事が目に見える形で組みあがっていき、それが日本の社会の将来に役立っていると思うと体の芯が熱くなっていた。終戦のころに青年期をむかえたお父さんは、明日の仕事場がある、明日に行く場所があるというだけも有難い、と機嫌のいいときにはわたしに言ったことがある。将来がすこしでも見渡せることはじぶんが社会に深く組み込まれていることを実感させた。だから全精力を仕事にふりむけて、その反動で家では魂が抜けたみたいになるのだ、とも言った。
お母さんの話すことはすべてくだらないと思っていた。子供のこともお母さんにまかせっきりでいいと思っていた。
「ねえ、猫が入ってきたのよ」
「そうかい」
「そうよ。猫が入ってきたの」
「あいつの具合はどうだ?」
「プリンを食べたわ。夏風邪だって」
「そうか」
「そうよ」
お父さんは、その大学生を、明日で最後にしようと思ったけれど、その大学生だって一生懸命仕事をしようとしている。ただ呑みこみが悪いだけで人間は悪いヤツじゃない、もうしばらく使ってみようと、味噌汁の中の玉子を箸でもてあそびながらお母さんに言った。
「そうよ。プリンを食べて、夏風邪は治ったのよ」
味噌汁の椀を箸でさぐりはじめると何を言っても聞いていないのがわかっているからお母さんは立ち上がって卓袱台の上をさっさと片付けはじめた。
わたしの通う幼稚園はW小児科近くの小高い丘の上に園舎があり、丘の下に教会があった。
園舎までのゆるい坂道を登って行くと園舎の屋根に据えられた白い十字架がすこしずつその姿を空に現してくるのが面白く、いつも空を見上げてその坂道を登った。
お父さんが仕事に出かけたあと、黄色い幼稚園の帽子をかぶり袖がゴムで締まる青い上着を着て外に出ると隣に住んでいるHくんも同じ格好で出てくる。ふたりでそこに立っていると通りの向こうの方から妙子先生と白鳥先生に連れられた園児の列がやって来て、妙子先生がふたりに声をかけてその列の最後尾につかせる。 Hくんと手をつないで列に入る。そうしてDONDON商店街を横切って幼稚園まで歩いて行くのがわたしは楽しかった。お父さん親やお母さん親ではない誰かとDONDON商店街の先まで咎められることなく歩いていけることがうれしかったのだ。坂道で白い十字架を見たあと園舎の中で妙子先生の弾くオルガンにあわせて賛美歌を歌った。歌うのは嫌じゃなかったけれど妙子先生の前で歌うのは気恥ずかしくてちいさな声しか出せなかった。賛美歌の歌詞にはわたしの好きな「君恋し」や「知りたくないの」とはまったく違う普段は使わない言葉がたくさん出てきたので白鳥先生にその言葉の意味をたずねたことがあった。すると白鳥先生は怒った口調で「こういう歌詞なんだからそのまま歌えばいいの」と頭ごなしに言われた。それきり白鳥先生に何かをたずねるのはやめた。讃美歌の言葉の意味をたずねたけれど、じゃあ歌謡曲の歌詞の意味はわかっていたかというと耳に馴染んでいるという程度でまったく理解していなかった。ただその歌を歌うと大人がおどろくのが面白いから歌っていただけだった。家では賛美歌は絶対に歌わなかった。あるとき「歌なんて女こどものやることだ」とお父さんが吐き捨てるようにお母さんに言っていたのを聞いた。それが妙に耳に残っていて、いいのか悪いのかもわからずにそう思い込んだ。だからお父さんの前では賛美歌も歌謡曲も、わたしは決して歌わなかった。
帰り道の楽しみは坂道をくだるときに道の脇にある植木の葉を裏返して見ることだった。じぶんの目の高さくらいの植木の葉の裏にゾウムシがいることがあった。わたしはゾウムシを見つけると指でつまんで葉の表にのせた。ゾウムシがあわてて葉の裏に隠れるしぐさが面白かった。そうやっているといつも妙子先生から「ちゃんと歩かなきゃだめよ」と叱られた。でも、ゾウムシを探す本当の理由は、妙子先生にかまってもらいたいからだった。だからいつもゾウムシを探していた。
家に帰ると蟻を見た。硝子戸の玄関の敷居には二本の細い鉄のレールが打ってあり、その敷居の下のすこし土がえぐれているところから蟻がぞろぞろと出入りしていた。そこは蟻の巣穴だった。巣穴から続く蟻の列は蛇がうねるように近くの草むらまで伸びていた。わたしは蟻を一匹つまみあげると列から離れたところにそっと置いた。その蟻はあたりをうろうろしていたがやがて列に戻った。何回やっても蟻はそのたびに列に戻った。草むらから灰色の小石が蟻の列の上をたどってきた。それは巣穴に向かって動いていた。わたしの目の前まできたときに、それは死んだシジミ蝶だとわかった。蟻に運ばれているシジミ蝶はまるで生きているようにぴくぴくと痙攣していたけれどその痙攣は生きているときには決して見せることのない不自然な痙攣だった。シジミ蝶は巣穴の近くに迫ると痙攣をいったん止めてしばらく巣穴の前で動かなくなった。と、不意に向きを変えると灰色の羽をくしゃくしゃにしながら巣穴に入っていった。家にいるときはそうやって巣穴をいつも見ていた。
十字路の斜向かいのウノさんというおじいさんが亡くなったのはわたしが夏風邪を引く一週間前のことだった。春からおじいさんの姿を見かけなくなったからお母さんが心配になって訪ねていくと、おじいさんは布団の上で寝ていた。何日も寝たままだったらしくヒゲが伸びたままで家の中はカビ臭くなっていた。窓を開けてからおじいさんに話しかけても返事はなかった。お母さんはわたしにここで待っているように言いつけてから朝炊いた飯の残りとひじきの煮つけを持ってきた。
「これ、食べられる?」とおじいさんの体を抱き起こして箸を手に持たせた。箸を持とうとした手はすぐに布団の上に投げ出された。スプーンで口元に持っていくとようやく食べはじめた。おじいさんは大工をしていたけれど怪我をして仕事を休むようになってから急に体がきつくなり、ひとりで起き上がるのも億劫になったと言った。そのうち一日中布団にいるようになった。お母さんは、もしもじぶんのお父さん親が生きていたら、ウノさんのおじいさんと同じくらいの年だったに違いないと、深い皺の入ったその額を見て言った。それから毎日おじいさんの家に行くようになった。おじいさんには娘がひとりいるらしいけれど、結婚してからはほとんど寄りつかなくなっていた。娘がいたことをお母さんはそのときまで知らなかった。寄りつかなくなった理由もおじいさんはいつまでたっても話してはくれなかった。それでもようやく娘の住所を聞き出して、お母さんはやっとその娘に葉書を出すことができた。二週間くらいすると娘らしき女がおじいさんの家に入るのが見えた。しかし、その女を見かけたのは一度だけだった。
お母さんはそれから朝晩毎日おじいさんの家に行った。子供の頃にお父さん親を亡くしていたのでまるでじぶんのお父さん親のように世話をした。どうしてそんなにおじいさんの世話をしたいのかお母さんじしんでもわからないようだった。わかっていたのはこのままおじいさんをほうっておくことはできないということだった。
わたしはお母さんがおじいさんの家に通いはじめた最初の頃、いつもいっしょについていった。そのうちつまらなくなってじぶんの家の玄関先からお母さんの後ろ姿を目で追うようになった。わたしは、夕方、あたりが暗くなってからおじいさんの家から出てくるお母さんの姿を見ると悲しくなった。おじいさんの家の脇に立っている細い木の電信柱に取り付けられた裸電球からは薄暗く黄ばんだ弱い光が地面を明るくしていて、その黄ばんだ弱い光の輪のなかにぼんやり浮かび上がるお母さんの姿が繁華街の裏路地にある映画館で観た古い日本映画の一コマのようで、それは今にも不意に上映が中断されて真っ黒になってしまう気がして、悲しくなった。おじいさんの家の玄関がしまっているときはそんな気はしなかった。家の中でお母さんが何をしているのかはわたしは知っていたので心配はしていなかった。お母さんが薄暗く黄ばんだ弱い光の中に姿を現すと早くこっちの家に戻ってきて、といつも心配になった。
おじいさんが亡くなったその日、警察官がふたり訪ねてきてお母さんに事情を聞いた。「形式的なもので、いちおうかかわりのあった人に事情を聞いて回っているから協力してほしい」と警察官はお母さんに告げた。お母さんは春過ぎからの経過を話した。「奥さんがウノさんの面倒を見ることができないときはどうしていたんですか」と警察官が言うので、「Sさんと交代で見ていました」と答えてSさんの家を指差した。警察官は礼を言ってSさんの家に歩いて行った。
いまから思えば、じぶんがどんな夢を持っていたのか、お父さんはもう忘れてしまっていたのだろう。絵を観てもどこが良いのだかわからないし、レコードを聴いても聴くそばからメロディは忘れてしまうし、本を読むのも億劫だった。お母さんが近頃やたらとじぶんの家の血筋がいい血筋だと言うようになってお父さんにはそれが面白くなかった。わたしの家では兄弟はみんな勉強が好きだった、絵を観たり本が好きで、それに比べたらあなたの兄弟は粗野で乱暴で仕方がない、子供たちはわたしの兄弟のように勉強好きに育てますから、とことあるごとに言うようになった。お父さんは面倒になり答えずにいた。どうしていまさらそんなことを言うのかお母さんの気持ちがわからなかった。そんなことは結婚したときにすでにわかっていたことじゃないか、じぶんの言っていることがわかっているのか、そのくせ困ったことがあるとこちらの都合におかまいなしに泣きついてくるのはどうしてだ。猫が家に上がりこんできたけれどそれがどうしたというのだ。猫が上がりこまないようにするのがおまえの役目じゃないのか。お父さんはふらっとどこかに行きたくなることが多くなったなと気がついた。仕事は仕事としてやりがいはあるし何よりも楽しかった。じぶんの工事した電話局が日本の通信事情に役に立っていることはその最新式の設備に触れて実感した。終戦から十年以上たってようやく本格的に復興してきた日本を下から支えているという満足感があった。だから毎朝現場に行くのが楽しかった。一方で一日の疲れが家で癒されるかというとそんな気はしていなかった。一晩眠れば肉体的な疲労は回復した。しかし帰りついた家の中で萎えてしまった気持ちを奮い立たせるのにはその家ではないほかの場所に見つけるしかないと考えるようになった。お父さんは忘れてしまった夢を思い出そうとして毎晩味噌汁の椀の中を探った。お母さんがくだらない猫のことやウノさんの具合をしつこく話しかけるから、椀をさぐっているときにもうすこしで沼の底に沈んでいたじぶんの体が浮き上がりそうになっているのを邪魔された気持ちになりつい大声を出しそうになる。一度長男を怒鳴ってしまったことがあったけれど、出してしまった声はもう取り消しができないから、怒鳴るよりは黙っていることに決めた。返事も生返事にすることにした。味噌汁の椀の中を探りながらお父さんは戦死した一番上のじぶんの兄を思い出した。兄に召集令状が来たとき、床に座り込んだお父さんのお母さんは背中を丸めて手に取った紙を長い間じっと見ていた。お父さんのお母さんはその一枚の紙を兄に手渡した。兄は黙って受け取るとそれを仏壇に供えて手をあわせた。お父さんのお母さんは夕飯の支度をはじめた。お父さんのお父さんはまだ仕事から帰ってはいなかった。西の窓から夕日が差し込んで畳の上に長く伸びていた。ほこりがたくさん浮いていた。お父さんのお父さんが帰ってきてもお父さんのお母さんは何も言わなかった。おたがいに何も聞かなかった。卓袱台の上には大皿に盛られた赤飯だけが置かれた。お父さんのお父さんはそれを見て「そうか」と言った。お父さんのお母さんは「そうです」と答えた。兄は赤飯を長い間見つめていた。そのときにほかの兄弟がいたかどうかお父さんは覚えてはいなかった。赤飯が出された理由もよくわからなかった。兄が赤飯を食べ、お父さんのお父さんが食べ、お父さんのお母さんが食べ、お父さんも食べた。お父さんのお母さんは赤飯を食べながらちいさい声で兄の名前を呼び茶碗を抱えるようにうつむいて涙ぐんだ。
「母ちゃん」と兄は言った。
お父さんのお父さんは何も言わなかった。お父さんは赤飯の味がわからなかった。その兄の年齢を越えてからもう何年たったのかぼんやり数えてみたがすぐにやめた。そうして残った味噌汁をすすった。そう言えば、戦争が終わって何年かたった頃、身投げした三十歳半ばの作家がいたことを思い出した。むりやりに戦争に行かされて命を落とした人が大勢いたというのに、どうして無事に終戦を迎えてから身投げなんぞしたのかお父さんにはその理由がわからなかった。じぶんにだって苦しいときが何度もあったけれど、そのたびに兄のことを思い浮かべて何とか踏ん張ってきたのだ。それを、相手をかえて何度も何度も心中未遂事件を起こしたあげく、これから日本もやっとまともになるだろうという矢先に女と身投げしてしまうなんて馬鹿だ。馬鹿で悪ければ気取り屋だ。誰でも死ぬのは決まっている。あの戦争で生き延びたのだからそのあとに何かやるべきことがあったはずだ。それは女と身投げすることじゃあなかったはずだ。赤飯を黙って見つめている兄の顔を思い浮かべるとお父さんは取り戻せない過去が本当の過去なのかどうか信じられなくなってきた。
ウノさんが亡くなったのがわかったその朝、すぐに町内会長が町内会に号令をかけてお通夜の用意をはじめた。近所の主婦を町内会館に集めて蓄えていた町会費からお通夜で必要になる料理やお酒のお金を出すことにした。もしも遠方の知り合いが来たら寝泊りができるように町内会館に布団もそろえた。同じ敷地内の別棟に住んでいる年老いたお父さんのお母さんにわたしと弟をあずけてお母さんも町内会館に手伝いに行った。お父さんのお母さんは腰が曲がってはいたが呆けてはいなかった。立ち振る舞いは億劫そうに見えたが、ときおりお母さんにじぶんでこしらえた煮物を持ってきてくれることもあった。わたしは夜になってひとりでじぶんの家に戻った。家の中は真っ暗だった。六畳と四畳半の電灯を両方とも点けて硝子戸の玄関も開けたままにした。もしかしたら灯りを求めてカブトムシやクワガタが飛んでくるかもしれないから、いつも玄関から虫が入るからきちんと閉めるようにいわれていたけれど、わざと開けたままにしておいた。カブトムシやクワガタは関東学院の裏山や清水丘の山の上の国大まで行かないと捕れないけれど、もしかしたら家の中に迷って飛んでくるかもしれないとわくわくして電灯を見上げた。しかし電灯に集まってくるのはちいさな蛾や羽蟻しかいなかった。それらが電灯の周りを飛び回りときどきチン、チン、と蛍光灯にあたる音がするだけでカブトムシやクワガタが飛んでくる気配はまったくしなかった。玄関先で何かが動いたのでふりかえるとそこに猫がいた。猫はひと鳴きするとさっと姿を消した。
わたしのためにプリンを買ってきたお母さんはしきりに「猫、猫」とうなされているわたしを見た。布団の近くに猫の足跡が残っていて猫がわたしの近くまで来たことがわかった。猫の足跡を雑巾でふき取ってから今晩このことをお父さんに伝えようかどうか迷った。言ったところでどうせ生返事しか返ってこないのはわかっていた。でも言わないとじぶんの気持ちがおさまらないような気がしてやはり伝えることに決めた。生返事しか返ってこなくてもそれでも言おうと決めたのはもしかしたらと思ったからだった。もしかしたらわたしは夢を見ているのかもしれない、これは兄弟に囲まれている幼いじぶんが見ている夢なのかもしれない、もしかしたらお父さんの返事で夢の中にいるんだとわかるかもしれない。買ってもらったばかりの絵本を読んでいるうちに眠くなってうとうとしている本当のじぶんがいるのかもしれないと思った。しかし、そんなことがあるはずはなかった。目の前でじぶんの産んだ男の子がうわごとを言っていて寝床の周りには猫の足跡があり背中でもちいさいこどもが眠っているのはまぎれもない事実だった。お母さんはわたしの額にしぼった濡れタオルをのせた。わたしが「猫、猫」とうわごとを言っているのにはお母さんは思い当たることがあった。ウノさんが亡くなるすこしまえにお母さんはわたしに鍋島の化け猫騒動の絵本を見せたことがあった。戸部で印刷会社を経営しているお母さんの兄がこどものためにと言って絵本を数冊くれたのだけれど、その中に鍋島の化け猫騒動の絵本がまじっていた。その絵本をめくっていくとはじめの頃はかわいい顔の猫がだんだんと恐ろしい目つきに変わっていって、最後には猫の親玉としてたくさんの猫を呼び集めておおきな猫の顔をつくり真っ赤な口を開けて宙に浮いている絵になった。わたしはその絵を見たとたんに体がぷるぷるとふるえだし目をおおきく見開いて泣いた。おとなが見ても気色悪い絵だったからこどもに見せるべき絵ではなかった。本を閉じると泣いているわたしを膝の上に抱き上げて「ラバウル小唄」を歌ってあやした。するとわたしはお母さんを見上げて
「その歌は歌わないで」と言った。
「どうして?」と聞かれても
「悲しくなるから」としか、わたしは言えなかった。
それに、と、お母さんはわたしの額のタオルをとりかえながらわたしに言った。それに、もしかしたらウノさんが寂しがっているのかもしれない。窓の桟に土埃がたまり玄関に入ると狭い土間と六畳間しかない家で出て行った娘も寄りつかなくなり近所の情けですこしは生きながらえたけれども、あの朝、人知れず息を引き取ったウノさんが最期に思ったことは何だったのかを想像すると、お母さんは汗をかいているはずなのに背筋がぞくぞくすると言った。たしかにウノさんには親切にしてあげた。でもその親切はウノさんのための親切ではなくてじぶんの気がすむための親切だったのではないかという気がしたとも言った。じぶんのお父さん親が生きていたらしてあげたかったことをたまたまウノさんがいたから代わりにしてあげただけのことだという気がした。ウノさんは最初からそのことに気がついていて、でもそんなことを言うともう面倒を見てもらえなくなるから黙っていただけなのかもしれない。本当は自己満足の親切心だと最初から見抜かれていたのかもしれない。それはウノさんの家にいっしょに連れて行ったわたしが「ねえ、おお母さんさん、そんなこと家じゃしないのに、どうしてここでするの?」と言ったときウノさんが薄く笑ったように見えた。そのときにもうわかっていたのではないか。だけどもうウノさんは亡くなってしまった。だから本当のところはわからない。お母さんにとって気がかりなのは亡くなったいまでもウノさんは寂しがっているのではないかということだった。寂しさは本人が亡くなったあとにも残っていて、その寂しさはウノさんの質素な家からじわじわと沁みだして十字路をゆっくりと伝いわたしに触れたのではないか。熱にうなされて眠っているわたしを見ながら、ウノさんの家から沁みだした何か寂しいものがわたしの体に触れてわたしはウノさんに引っ張られているんじゃないか。まだ五歳だ。五歳のこどもがウノさんに連れて行かれてしまうのはじぶんの体を引き裂かれるよりもお母さんにとっては辛いことだ。ウノさんのところに連れて行かなければよかった、化け猫の絵なんか見せなければよかった、だけど、それはもうウノさんの亡くなったことと同じように取り返しのつかないことだということも知っていた。お母さんは何回となくタオルをとりかえて団扇でわたしの顔に風を送った。それからわたしは眠ってしまった。
九月の中頃、ようやく幼稚園が再開した。夏前の規則正しい生活が戻ってきて、お母さんは安心した。ウノさんの葬式の後、わたしの夏風邪がなかなか抜けなかったのはウノさんが呼んでいるのではないかと気にしていたが、元気に幼稚園に通う姿を見てお母さんは安心した。毎朝決まった時刻に目を覚まし、あわただしく朝飯をすませ、それぞれが行くべきところへ出かけ、それをとどこおりなく送り出せることが平凡ではあるけれどとても有り難いことだとお母さんは身に沁みた。そしてすこしでもウノさんを疑ったことを恥ずかしく思った。亡くなった人のことを悪く言うつもりはなかったけれど、あまりにわたしの夏風邪が長引いたのでもしかしたらウノさんが、と思ってしまったことが恥ずかしくなり、また同時に気味が悪くなった。
ウノさんが亡くなっていたその朝、ウノさんの玄関を開けようとしたお母さんは明け方の身が締まる心地よく冷たい空気を肌に感じて何気なくふりかえって東の空の異様な朝焼けを見た。家並みのむこう側の低い空がオレンジ色から黄金色に移りゆきやがて夏の朝の青く強い日差しに変わっていくのを呆けたように見た。朝からからだを動かしている。こうやって動かして三十五年がもう過ぎた。その朝焼けの中の黒い影がわたしだとわかると手招きをして呼んだ。
「どうしたの?ずいぶん早起きだね」
「起きちゃった」
「そうかい」
「うん」
お母さんはわたしとウノさんの家の玄関を開けて中に入った。いつものようにウノさんに朝の挨拶をした。いつものように土間でサンダルを脱いで六畳間に上がった。以前は土間のあちこちを歩き回っていたわたしもお母さんに続いてすぐに六畳間に上がった。
「今日も暑くなりそうですね」
お母さんがウノさんの足元の布団を掛けなおしているとわたしが部屋の中をぐるぐると走り回っていたから
「こら、おとなしくしていなさい」とお母さんが言った。すると
「まあ、いいよ」
と言う声が聞こえた。お母さんは
「すみませんね」
と言って枕元に膝をつきウノさんの顔を見たとき、お母さんは息を呑んだ。目はおおきく見開いたまま天井を見つめていて顎が落ちて何かを叫んでいるようにだらしなく口が開いていた。一匹の蝿がかさかさに乾いた口の周りにたかってもウノさんの表情はまったくかわる気配はなかった。ウノさんは人間だったけれどもう人間ではなくなった、ウノさんはウノさんでも昨夜までのウノさんと同じではなかった。え。するといま聞こえた声は誰の声だったのか、わたしにはたしかに聞こえた。だから返事をしたのだ。でもウノさんはもう死んでいる。お母さんは体中の毛穴という毛穴がすべて広がるのがわかった。窓から差し込む朝日の細い光が舞い立つ埃を浮かび上がらせウノさんの顔の上を落ちていた。あの声は誰の声だったのか。お母さんは息を止めていきなりわたしを脇に抱えるとウノさんの家を飛び出した。そして交代で世話をしているSさんの家の玄関先に立って何度も何度も呼び鈴を押した。
「Sさん、大変だよ。Sさん」
普段と違うお母さんの声にあわてて出てきたSさんはわたしを脇に抱えて裸足で立っているお母さんを見ておどろいて
「どうしたのさ、あんた、裸足だよ」と言った。お母さんはがたがたと体をふるわせて
「ウノさんが。ウノさんが」
それだけを言うのが精一杯だった。
「ウノさんがどうかしたのかい」
お母さんはSさんの言葉に何度も頷いて開けっ放しのウノさんの家の玄関をおびえたように見た。
「あんたはここにいな。あたしが見てくるから」
Sさんがウノさんの家の玄関から奥に入っていくと一瞬間だけ朝の静寂が戻った。スズメの鳴く声が聞こえた。と、Sさんを呼び出したお母さんの声と脇に抱えられたわたしの泣き出した声におどろいた近所の人たちがぞろぞろと外に出てきて、お母さんのおびえた視線の先にあるウノさんの家の玄関を覗き込んだ。その玄関の中からSさんが出てきて
「誰か救急車を呼んでおくれ。ウノさんが息をしていないんだよ。誰か、早く」
あたりがいっせいにざわめいた。Sさんはお母さんのそばに来て
「あんた、びっくりしたろうね。ウノさん、亡くなっているよ。あ、子供はもう下に降ろしてあげたほうがいいよ」
お母さんはわたしをずっと脇に抱えていたけれど、Sさんの奥さんの言葉でようやく我にかえりわたしを地面に立たせた。
「ウノさんの目、閉じられないんだよ」Sさんがちいさい声でお母さんに言った。
「あんたも見たろう。ウノさんの目があきっぱなしだったろ」
「ええ」
「だから目を閉じてやろうと手で撫でたんだけれどさ、いくらやっても閉じないんだよ」
「触ったの?」
「でも、いくらやっても閉じないんだよ。閉じたと思ったらすぐに開いちゃうんだよ」
「気味悪くなかった?」
「平気だよ」
いつ救急車が来たのかお母さんはおぼえてはいなかった。警察が来た時刻もおぼえてはいなかった。警察から事情を聞かれたときも何を答えたのかおぼえてはいなかった。照りつける夏の日差しの中にずっと立ったままウノさんが救急車に乗せられていくのをずっと見ていた。警察がウノさんの家の玄関に鍵をかけて引き揚げるまでずっと立ってみていた。気がつくと午後二時を過ぎていた。
お母さんは、わたしが幼稚園に行けるようになりウノさんのことをすこしでも疑ったじぶんが恥ずかしくなった。そして亡くなったウノさんには悪いけれどじぶんの生活が元のように戻ってきたことをうれしく思った。幼稚園の迎えの列に加わって元気よく歩いていくわたしのうしろ姿を見ながら、それにしても、あの声は誰の声だったのか、お母さんにはどうしてもわからなかった。あのときは死んだ人をはじめて見たからおどろいたけれど、死んでいるウノさんの顔を見る前にたしかに声を聞いた。声を聞いたからこそウノさんの顔色を見ようと思って枕元まで行ったのだ。警察の調べでは死後六時間以上たっているから普通に考えればウノさんの声ではない。ウノさんの家の外を歩いている人の声だったのかもしれない。でももう今ではどうでもいいことだった。じぶんの子供の夏風邪は治り、元気に幼稚園に行けるようになったし、弟も背中でおとなしく眠っている。そんな声のことをお父さんに言ったって生返事しか返ってこないだろうなと思いながらお母さんは両手を空につきあげておおきく伸びをして家に入った。
教会から幼稚園につながるゆるい坂道を登りながらわたしは脇の植木の葉を覗き込んで
「この木はもう枯れちゃったの?」
と言った。園児の列の一番うしろを歩いていた妙子先生は「枯れてはいないわよ。どうしてそう思うの?」と言った。
「だってゾウムシがいないよ」
「植木は枯れてはいないわよ。まだ葉っぱが残っているでしょ」
「だからソウムシがいなくなっているって言っているじゃん」
「ゾウムシがどうかしたの?」
「ソウムシがいなくなったのは木が枯れたからだよ。前にはたくさんいたのに」
「そんなこと、誰から聞いたの?」
「園長先生だよ」
空は高くなっていた。妙子先生は「もう秋なのよ」と言った。
「秋だからいなくなったの?」
「そう。秋だからいなくなったのよ」
妙子先生は空を見上げた。わたしも真似をして空を見上げた。青い空の高いところには白い雲が浮かんでいた。
「きれいな青空でしょ」
「うん。青い」
「でもね。青空をきれいと感じるのは人間だけかもしれないのよ」
「どうして?」
「ゾウムシはね、冬を越せないの。春に生まれて夏をいっしょうけんめい生きて冬には死んでしまうのよ」
「冬にくたばっちゃうの?」
「まあ、くたばるなんて誰に教わったの?」
「おお父さんさんがおお母さんさんに言っていた。くたばった人間がしゃべるわけはないだろうって言っていたよ。くたばるって死んじゃうってことなの?」
「そうよ。死んでしまうこと。でも、そんな言い方はもうしないでね。わかった?」
「うん」
「ゾウムシは、だから、もしも人間のように目が見えて秋の高い空を見ることができたとしたら、こうやって見ている青空をきれいと思うかしら?」
「どうして?」
「だって、冬が来れば死んでしまうのよ。秋の空はゾウムシにとってはお知らせなの。もうすぐ冬が来ますって。冬がきたらもう命はおわりですっていうお知らせなのよ」
「どうして?どうしてゾウムシは冬になると死んじゃうの?」
「そういうふうに神様がおつくりになったからよ」
「どうしてそういうふうにおつくりになったの?」
「先生にはわからないわ」
「人間もそうなの?」
「人間は違うわ。冬が来たからってゾウムシのようにすぐには死なないのよ。でもね、いつかは死んでしまうの。先生もそうなの」
「妙子先生、死んじゃうの?」
寝ているウノさんの顔が不意にわたしの脳裏に思い浮かんだ。お母さんに抱えられてウノさんの家を飛び出すときウノさんの顔を真上から見下ろす格好になって空中を凝視したままのウノさんと目があった。窓から差し込む朝の光が一本のすじになってウノさんの顔の上をえぐるようにななめに走り一匹のおおきな蝿が顔の上を歩き回っていた。ウノさんの顔は天井よりももっと先を睨んでいるようで、怒っているのか泣いているのかわからない表情だったからわたしは手を伸ばしてその顔に触ろうとした。と、お母さんが一目散に走り出したのでウノさんの顔が遠くなり、布団が離れてちいさくなり、六畳間の様子が見えて左の窓から差しこんでいる朝日も見えた。土間の土が見えて、家の中の全体が見渡せると、この家に入ってきたときには感じなかった何かがぺたっと顔に貼りついた気がした。そのとき、わたしは突然尿意を催して切なくなりお母さんに抱えられたまま泣き出したのを思い出した。
「妙子先生もウノさんみたいになっちゃうの?」
そうして泣き出したのを思い出してから、尿意を催した。
「ウノさんて誰かしら?」妙子先生は優しくわたしに話しかけた。
「誰なの?」
「先生、おしっこ出そう」
「え、本当なの?」
「うん。早く、早く」
妙子先生はわたしを両手で抱きかかえるとゆるい坂道を駆け上がって園児の列の先頭にいる白鳥先生を追い抜いた。
「我慢できる?」
「うん」
妙子先生の体に抱きつくと乳房が顔にあたり、お母さんとは違ういい匂いがした。背中に回している両手からも柔らかい体の感触が伝わってきた。体全体が生命力にあふれ、両手を回した体よりももっと柔らかい乳房からそれがあふれ出てわたしの顔に伝わってきた。妙子先生の体に抱きついてふりかえると坂の上の園舎の屋根に据えつけられた白い十字架がぐんぐん迫ってくるのが見えた。頭の上からは妙子先生の唇からもれる弾む息遣いが聞こえた。わたしは妙子先生の胸にぎゅっと耳を押しあてて心臓の鼓動を聞こうとしたけれど何だか急に切なくなって、うっ、うっ、とべそをかきはじめた。
「どうしたの?おなかが痛くなったの?」
妙子先生は坂を駆け上がるのをやめて歩きはじめた。
「なんでもない。おしっこ、出そう」
「ああ、そうね」
妙子先生はふたたび走り出してわたしをトイレに連れていった。
「ひとりでできるから妙子先生はそこで待っていて」
わたしはひとりでトイレに入っていった。見慣れたトイレでいつものように小便をしようとしていつもと同じ姿勢をした。しかし、いくら待っても小便は出てこなかった。さっきまであれほど切迫していた尿意が嘘のように消えてしまった。しばらくしてトイレから出てきたわたしは心配そうに外で待っていた妙子先生に「間に合ったよ」と言って、手を洗った。尿意が消えてしまったことは妙子先生には言わなかった。
幼稚園から帰ってきたある夕方、玄関の敷居の下の蟻の巣穴を見ているときに猫がわたしの前に姿を現した。ゆっくりと草むらから出てきてわたしからすこし離れたところに行儀良く座るとそのまま動かなくなった。蟻は夏よりも少なくなっていた。それでも蟻の細い列を目でたどっていったときわたしは猫を見つけた。鍋島の化け猫の絵は恐ろしい顔をしていたけれど、目の前にいる猫は優しそうな顔つきをしていた。そしてその猫は熱を出して寝ていたときに枕元まで来た猫だとわかった。遠くの方から豆腐屋のラッパの音が聞こえた。
「こんにちは」
猫が言った。
「良かったね」
「ボクが?」
「そうだよ。あ、動かないで。蟻を踏んじゃうよ」
「うん」
「良かったよね。あぶないところだったんだよ」
「ボクが?」
「そうだよ」
夕焼けの中で猫はオレンジ色になっていた。わたしも蟻も猫のうしろの草むらもオレンジ色になっていた。
「もうすこしで死んじゃうところだったんだよ」
「ボクが死んじゃうの?」
「そう」
「どうして?」
「ウノさんが寂しがっていたんだよ」
「ウノさん?」
「ウノさんが寂しい、寂しいって言っていて、きみがかわいいから呼んでいたんだ」
「どうしてウノさんがボクを呼ぶとボクが死んじゃうの?」
「ウノさん、寂しいんだ。きみもウノさんの顔を見たろう」
「見たよ」
「触らなくて良かったよ。触っていたらわたしでも助けられなかったよ」
「助けてくれたの?」
「あの顔はね、寂しくて寂しくてたまらない人の顔なんだよ」
「貧乏だから?」
「むずかしい言葉を知っているんだね」
「貧乏だとお金がないの?」
「お金がないことを貧乏って言うんだよ」
オレンジ色はますます濃くなってきた。蟻はいつのまにか一匹もいなくなっていた。
「どうしてお金ってあるの?」
「なんでそんなことを聞くの?」
「だってお金がなければお金持ちとか貧乏だとかっていうのもなくなるんでしょ?そしたらウノさんのおじいさんだって寂しくなかったんでしょ?」
「猫にはわからないよ。猫にはお金なんか必要じゃないからね。でも助けることができてうれしいよ」
猫はぺろっと舌を出した。
「ボクのこと?」
「そうだよ」
「どうして助けてくれたの?」
「きみのことが好きだからさ。赤ちゃんのころからずっと見ていた。優しい子に育ってよかった」
「ボク、ぜんぜん知らなかったよ」
「それでいいんだよ。じゃあね」
猫は草むらにむかって歩きはじめた。
「どうしてボクを助けてくれたの?」
わたしは猫のうしろ姿に話しかけた。
「好きだからさ」と猫は言った。
「どうしてボクに話しかけたの?」
わたしはなぜだかわからないけれど胸がどきどきして切なくなった。猫のあとを追いかけようとしたけれど足がしびれて立ち上がれなかった。
「お別れを言いに来たんだよ」猫はふりかって言った。
「本当は人間に話しかけちゃいけないんだ。でも、わたしはきみのことが好きだから一度だけ話しがしたかったんだ。だけど、それももう終わった」
「もう会えないの?」
「猫の寿命は人間よりもずっと短いんだ。わたしももう長くは生きられない。きみの身代わりになったからね」
「ボクの身代わり」
「そうだよ。これでお別れだ」
「もう会えないの?」
「ああ。もう会えないよ」
猫はさっと身をひるがえして草むらに飛び込んだ。ようやく足のしびれが取れたので立ち上がって草むらに駆けよったけれど猫がどこに行ったのかはもうわからなかった。わたしは風にゆれる草むらの蒸れたにおいを嗅いだ。そのにおいに体がとけて混ざっていく気分がした。何かを言おうとしたけれど何も言えなかった。お母さんのわたしを呼ぶ声がした。草むらはもうオレンジ色ではなくなっていた。
猫と話したことはお父さんにもお母さんにも言わないことにわたしは決めた。誰かに話すとすべてが嘘になるような気がして、それなら誰にも言わずにおこうと決めた。猫が助けてくれたのが本当かどうかはわからなかった。でも猫と話したのは本当だった。あの猫の名前を聞き忘れた。名前のない猫が助けてくれたなんて誰も信じてはくれないと思った。お父さんにもお母さんにも話さないと決めたけれど妙子先生には話してみるつもりだった。そのときに名前のない猫じゃ困るから勝手に「猫のせんせい」と名付けた。
「猫のせんせいがボクを助けてくれたんだ」
わたしは早く妙子先生に「猫のせんせい」のことを話したくなった。わたしが家に入ったあと風が吹いて草むらがすこしゆれていた。
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