肆 ‐シ‐

 四時限目の授業が終わると同時に、一人の女子生徒が玲花に近づいてきた。

 その生徒の動きで、にぎやかになり出した室内が、数分前の授業中に舞い戻ったかのように静まる。クラス中が玲花に歩み寄る楓の言行げんこうを、固唾かたずんで注視ちゅうししていた。

「ねぇ、藤杜さん。ゆっくりお話をしたいの。一緒にお昼、食べましょう」

 楓はにっこりと笑いながら、否応いやおうなしに告げて、玲花の腕を摑む。

「……え?!」

「さぁ、行きましょう」

 楓は宣言すると、状況が飲み込めていない玲花の手を引っ張って立ち上がらせて、そのまま教室を出た。


 ……ちょっと待って。


 引き留める一言ひとことを発するタイミングをのがしたと認識した玲花は、あきらめに似た境地で楓の誘導についていく。

「どこ行くの? 九条さん」

 したがうが、困惑は消えない。途方とほうれる心を納得させるために尋ねると、楓は屈託くったくのない笑みを見せて答える。

「学生会室よ。あそこなら気兼きがねなく話せるから」

 玲花の隣にくっついて歩く――逃さないという意思の表れか――楓は、ジャケットのポケットのスマートフォンを取り出して、何か操作を始めた。


 どうして、関わりを持とうとするのだろう。


 楓の意図いとがわからず、玲花は覚束おぼつかない感覚にとらわれていた。

 引っ越してきたばかりの、ゆかりのない土地で、少しずつこの環境とここの人たちに慣れていけたら――その思いと径庭けいていしている現状に玲花は戸惑いを感じた。


 四階の渡り廊下を通り、管理棟内に入って廊下を右に曲がった。楓に先導されるまま、玲花は四階の突き当たりまで歩を進める。

 朝、隆弥に引っ張られて来た場所だ。

「さぁ、どうぞ」

 げ茶色の扉を押し開けた楓が笑顔で玲花を室内にまねいた。

「失礼します」

 入室の断りを入れて、玲花は学生会室に足を踏み入れる。

「いらっしゃい、藤杜さん」

 学生会室の奥から歓迎の言葉で出迎えたのは、雅紘のソフトな声風こわぶり

「ナイスタイミングですね、楓さん。今さっきデリが届きましたよ」

「それは、よかった。藤杜さん、そこのソファーに座って」

 楓にすすめられたソファーに座りながら、雅紘と楓の会話を聞いていた玲花は違和感を覚えた。

 年下の楓に対して、丁重ていちょうな態度で接する雅紘。そこに、同じ学校の先輩後輩の関係とは別のものを、玲花は感じ取っていた。

 例えば、年下の主に仕える従者じゅうしゃのような。

 玲花は楓と雅紘の間柄あいだがらに興味を持った。


 ……この二人は、どんな関係なんだろう。


 力任せに扉が開き、隆弥が姿を見せたことで、玲花の思考が中断した。

「何だよ、オレが最後かよ」

 隆弥は不満げに呟きながら室内に入ると、玲花の対角線に位置するソファーを陣取った。

「全員そろったわね。食事が冷めないうちに頂きましょう」

 玲花の横に腰かけた楓がそう告げると、雅紘が応接セットのテーブルの上に人数分のプレートと、パンの乗った皿を置いていく。

「あの……どうして、わたしを誘ったんですか?」

 せっせと給仕きゅうじをする雅紘をながめながら、玲花は朝から思っていたことを楓に投げかけた。

「藤杜さんに興味があったからよ」

 はっきりと告げられて、玲花は視線を隣へ移すと、長い睫毛まつげふちられたべっこうあめみたいな目と合った。

「詳しい話は、のちほど。先に食べましょう」

「そうね。藤杜さん、召し上がって」

 雅紘の言葉に頷いた楓に勧められて、玲花はテーブルに視線を戻すと、楓の前に座る隆弥がすでにパンをかじっていた。

いただきます」

 たっぷりのサラダにハムとパテが乗ったプレートに、玲花はそっとフォーク持った手を伸ばして、目に入ったキャベツのザワークラウトを口に運ぶ。

「……おいしい」

「お口に合ってよかった。ゆっくり召し上がって」

 ぽつりとれた玲花の感想を、横で見守っていた楓が拾い上げて満足そうに頷くと、楓と雅紘もサラダを食べ始めた。

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