伍 ‐ゴ‐

「ねぇ、藤杜さん。『使つかびと』って、ご存知?」

 ケータリングの食事を終えて、学生会長がれたコーヒーを恐縮きょうしゅくしながら飲んでいた玲花は、とつとして楓に話題を振られた。

「……使い、人?」

 聞いたことのない単語に、玲花は首を横に振る。

古来こらいから、この世界には八百万やおろずの神々が存在するわ。山に、川に、風に。木にも、岩にも。自然のもの全てに神が宿っている。その神々の能力ちからを使う者を、わたしたちは『使い人』と呼んでいるわ」

「神々のチカラ……」


 ――神威しんいを、者や。


 楓の言葉を復唱した玲花の頭の中に、楓の説明を匡正きょうせいする声が割り込む。

 やや甲高かんだかい幼児のような声。

 降って湧いた言葉に驚いて辺りを見回すが、その声の主はいない。あまりにも明示的な言葉に引っ掛かりを感じた玲花は、それを見過みすごしてはいけないと強く思った。

 その声に、座視ざしできない力を感じ、玲花は周囲の些細ささいな変化も見逃さないように気を配る。

「そう。火の神の能力を使う『使つかい』は、火納かのう。土の神の能力を使うのは、『つち使つかい』の沙頭さとう家。そして……」

 玲花の呟きに頷いてから、楓が隆弥と雅紘を指し示しながら説明をしている最中さいちゅう


 ――聞いたら、あかんよ。


 そう止められた瞬間、耳をつんざく鋭い雷鳴がとどろく。

 ぞくり、と玲花の背筋が震えた。

「うわっ! こんな時間に、雷かよ」

「この時期にめずらしいね。この上で鳴っているみたいだね」

 隆弥の迷惑そうな声に、雅紘が窓の外を見ながら状況を説明する。

『自然のもの全てに神が宿っている』

 楓の言葉を思い起こし、玲花はサッシに切り取られた空へと目を移す。

 れ込める暗い灰色の雲の中から、一条のまばゆいすじが落ち、半拍後に引きちぎるような荒々しい音が鳴り響いた。


 ……八百万の神々。これは、雷の神様。


「そして、水神すいじんの能力を使う『みず使つかい』の水無月みなづき家。もうひとつが、風の神の能力を使う『風使い』が、朝凪あさなぎ家」

 雷鳴を気にする素振そぶりも見せずに楓が続けたふたつの名に、玲花の胸懐きょうかいがざわめく。

 水無月は、一緒に住んでいる藤のせい

 藤の名字みょうじが出るということは、彼らの仲間ということだろうか。

 知り合って十年。

 自分は藤のことを何も知らない。そのことに今気づいた。

 稲妻がまた落ちて、風がいかり狂ったように音を立てて窓を叩く。そこに「聞くな」という強い意思を玲花は感じた。――聞くなというより、楓たちに話すなと警告しているよう。


 ……この気配けはいに、何も気づかないのかな。


 き出しの、はっきりとした意思。

 激流に引き込まれるような、太刀たちちできない圧倒的な力。おそれが足下あしもとからい上がる。

 阻止そししようとしている。

 そう認識した玲花の耳に、谷のみずのようにんだ声音が玲瓏れいろうと届く。


 ――まだ、時期じき尚早しょうそう


 ばさり、と玲花の思考にしゃがかかった。

「藤杜さんは、朝凪家とゆかりのあるかた?」

 楓の問いかける声を聞きながら、玲花は振動するスマートフォンを手に持ち、操作をする。

「……」

 ディスプレイに表示された藤の名前を見て、玲花はくちびるの端を細く引く。

「藤杜さん?」

 気配の変化を敏感びんかんさとり、楓が玲花の名を呼ぶ。

 学生会室の空気が、森厳しんげんなものにり替えられていく。

「これは……?」

 室内の空気が変わったことにようやく気づいた雅紘が室内を見回して、楓が凝視ぎょうししている玲花に目を向けた。

 この部屋に来た時の心細げな顔色は消え、高潔こうけつりんとしたおもちで立ち上がる玲花は、別人のように流れる動作で歩き出す。

「藤杜さん?!」

 雅紘の呼びかけに玲花は優美ゆうびに振り返る。

大事だいじな用ができたので、これで失礼します」

 楓たちに見せるように、左手に持つスマートフォンをかかげて表明すると、玲花はさっと部屋を出た。

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