弐 ‐ニ‐

 なだらかな坂道をのぼり切ると、九条学園高等部の正門があらわれる。登校する生徒のために開放してある門を通った。

「おいっ!」

 強い語調に驚いて、玲花は立ち止まる。視線を少し上に向けると、前方から近寄る男子のせいに玲花は一歩後ずさる。

「ちょっと付き合え」

 言うなり玲花の右腕をつかみ、校舎に向かう道を隆弥は足早に進む。

「ねぇ……どこ行くの?」

「行けばわかる」

 近くのドアから管理棟に入ると、あわただしく階段を上がる。

 引っ張る隆弥の手は逃がさないためか痛いくらい強く、振りほどくのは難しそうだ。不機嫌な空気をまとう同級生に、玲花はあらがうことを断念した。


 ……何で、こんなことになっているんだろう。


 眼前がんぜんの背中に尋ねることができなくて、玲花は連行されながら自問する。

 この学園に来て初めて会った人物に無理矢理引っ張られる理由はないはず。


 ここに来てから、何かが変わり始めている。

 玲花はそう感じた。


 四階まで上り、廊下の突き当たりの部屋の扉を隆弥は勝手に開けた。

「見つけたぞ!」

 玲花を連れたまま学生会室に入った隆弥は、室内に向かって宣言した。

「見つけたって、何を?」

 中から返ってきた声は、優しげな男子のもの。

 落ち着いた声。

化生けしょうが現れた時にいた女子」

 隆弥は言うなり、玲花の手を思いきり引き、部屋の中央に突き出す。

 理由もわからないまま、玲花は室内を見回す。

 部屋の奥、窓辺の机に座る男子生徒。その机上には、『学生会会長』のプレートが目立つ位置にある。右側の応接セットには、昨日教室で見た楓が腕を組んで座っていた。

「彼女が?」

「ああ」

 確認する雅紘に隆弥は即答する。

「クラスと、お名前は?」

 音もなく立ち上がり歩み寄った楓が、玲花にそっと問いかける。

「……一年Z組、藤杜玲花です」

 一瞬躊躇ちゅうちょしたが、玲花は素直に答える。

 隠しても、調べればすぐわかってしまうだろう。それなら、無駄なことはしない方がいい。

 眼前の楓は少し驚いた表情をし、隆弥は「はっ?!」と間の抜けた言葉を発した。

「確かに、昨日一年Z組に転入生がいたけど、気づかなかったの?」

 椅子から立ち上がった雅紘は、楓の隣に歩いてきた。

「……えぇ。全く」

 楓の決まりが悪そうな言葉に、雅紘は昨日の隆弥の話を思い出す。


 ――摑もうとするとスルっと逃げられる……。


「ふぅん、フジモリレイカねぇ」

 玲花の名前を繰り返しながら、彼女をじろじろと見る隆弥。その視線を受けて戸惑う玲花。

 スマートフォンで何かを調べ始めた楓から、雅紘は玲花たちに目を向ける。

「ところで、昨日の闇のような男は、何者?」

 隆弥の質問に、昨日の放課後の出来事を思い出した。

「知らない」

「じゃあ、別の質問。昨日一緒に帰ったヤツは?」

「……柾矢のこと?」

「そう、ソイツ。何者だ? アンタとどんな関係だ?」

 隆弥の詰問きつもんに、玲花は思い悩む。


 ……柾矢は、わたしにとって何?

 血縁者ではない。

 保護者代わり? 兄的な存在?


 今まで気に留めていなかったことを、隆弥に投げかけられた疑問で浮き彫りにされた。

「柾矢は……」

 玲花は何て答えればいいのか言いよどむ。

 あやふやな関係。

「会社員」

 本人がいない所で柾矢のことを話すのに抵抗を感じた玲花は、はっきりとわかっていることを伝えた。

「はっ?! そんなことが聞きたいんじゃない」

 隆弥ががなると同時に、予鈴が校内に響き渡る。

「予鈴が鳴ったので失礼します」

 一気いっき呵成かせい。言い切った玲花は、逃げるうさぎ素早すばやさで学生会室を後にした。

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