玖 ‐キュウ‐

「あいつら、何者だ」


 ――餓鬼が。


 捨て台詞に腹が立ち、隆弥は地団駄じたんだを踏む。

「ナニサマだよ、あの野郎やろう。ふざけんなよ!」

 一人盛大に愚痴ぐちを吐き出して、少し気が済んだところで、隆弥はスマートフォンを操作する。

 履歴から呼び出した雅紘の番号に発信する。三コール目で繋がった途端とたん

「今どこっ?」

 単刀直入たんとうちょくにゅうに訊く。

「学生会室だけど、どうした?」

 性急せいきゅうな隆弥の言葉に、雅紘の声がかたくなる。

「楓も、そこにいるのか?」

 雅紘の答えを予想していた隆弥は、学生会室に向かう足をはやめる。

「いるよ」

「わかった。今そっちに向かっているから学生会室で話す」

 一気に伝えると、通話を終了させる。

 驚いて色めく生徒たちの間をり抜けて、隆弥は管理棟のドアを力任せに開けて中に入ると、エントランスの横にある階段を駆け上がった。


 朝も同じことをしていたな。


 ふと思いつき、今朝の光景が鮮明せんめいに甦った。

 歓喜にあふれた、きらめく風。

 その風を身に纏わせた、同じ学校の女子。

 振り向いた時の冴え冴えとした双眸が、金色に煌めいていた。

 ぞくり、とその時のいだいた感情が舞い戻る。彼女がかもし出す冷厳な雰囲気に、隆弥は畏怖の念を抱いた。


 ……何だ、あの雰囲気。


 鳥肌が立つ感覚に一驚いっきょうする隆弥を嘲笑あざわらうかのように、風力が強さを増した。

 突風が吹きやむと同時に、がらりと気配を変えた女子生徒。自己主張をしなさそうな、人畜無害じんちくむがい容貌ようぼう

「あっ!」

 記憶が呼び覚まされて、隆弥は大声を上げた。

 隆弥に嫌みを告げた青年――柾矢が護っていた少女。

「あの女、今朝の――」

 正門の所で見つけた、生徒。

 同じ人物だと思い至った時、闇を纏う男の最後に発した言葉がはっきりと浮かぶ。


 ――風使い。


 あの青年は、女子生徒を見てそう言い放った。

 誰の目をも奪う、風貌ふうぼう

 人ならざる者。


 学生会室の扉を乱暴に開けて、隆弥は声を張り上げる。

化生けしょうが校内に入り込んできたぞ!!」

「どういうこと?」

 隆弥の言葉に先に反応した楓が不審げに彼を見る。

「こっちが聞きたい。風使いは、朝凪一族だけだよな?!」

 ズカズカと楓に歩み寄り、隆弥は憤然ふんぜんと訊き返す。

「隆弥。落ち着こう」

 突っかかる勢いを感じた雅紘が静かに、だがはっきりと告げた。隆弥は言いたいことをぐっとこらえて、大きく息を吐き出す。

 先ほどよりは冷静さを取り戻して、もう一度尋ねる。

「風使いは、朝凪家だけだよな?」

「ええ、そうよ。朝凪家のすじだけよ」

 楓は、はっきりと答える。

「闇のような化生が、今朝の女子生徒に向かって『風使い』とハッキリ言ったんだよ」

「……それは、本当なの? 朝凪以外の者を、風使いと?」

「あぁ、そうだよ」

 隆弥のつっけんどんな言葉に「そう」と呟くと、楓は腕を組んで考え込む素振そぶりを見せた。

「ところで、隆弥は何にブチ切れていたの?」

 そっと楓と隆弥のやり取りを聞いていた雅紘が、横から口をはさむ。

「風使いらしき女を護る奴に、ガキって言われたんだよ。……腹が立つ。アイツ、ナニサマだ?」

 思い返し、怒りがぶり返した隆弥は、眉間みけんしわを寄せる。


 ガキ――確かに。


 その通りだ、と雅紘は心の内で同意した。しかし、これ以上隆弥の怒りに油をそそいだら収拾できなくなるのは明白めいはくだから、何も言わない。

「……それで、その二人は?」

 思考を中断させた楓が、隆弥に問いかける。

「帰った」

「そう。でも、うちの生徒なら、いつでも接触できるわね」

 隆弥の答えを聞くと、楓は熟思じゅくしを始めた。

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