陸 ‐ロク‐

「慣れなさそうね」

 知らないうちに溜め息を吐いた玲花に、横から苦笑くしょうめいた声が届く。目線を上げると、目の前に座る夏月がづかわしげに見つめていた。


 昼休みの時間。

 夏月に誘われて、玲花は一緒に敷地の中央辺りにある学生食堂に来ていた。

 南一面ガラス張りで、燦々さんさんとした春の光が入る建物は、木目調もくめちょうでシックな内装の室内は学生であふれている。


「――うん。まだ初日だし……」

 玲花は笑みを浮かべて、うそぶく。

 夏月以外の生徒は、玲花をイレギュラーな存在と認識したのか、近寄ろうともしない。それなのに、玲花の行動を注意深く観察していることを彼女は察していた。

 手に取れるような、拒絶の感情。

 だから、無理にこちらから話しかけることはしなかった。

「そうだよねぇ」

 サラダのブロッコリーをフォークで刺しながら、夏月は玲花の言葉に同調する。

「藤杜さんって、引っ越してきたのよね?!」

「そう。群馬から」

「珍しい時期に転校したのね。家の都合つごう?」

「うん。こっちに知り合いがいて……」

「九条学園に転入したのって、その人の紹介?」

 好奇心こうきしんを刺激されたのか、夏月が続けざまに質問を投げてくる。

 四月から高校生になって、一ヶ月。

 大事おおごとがなければ引っ越しもしないだろう時期の転校が気になるのだろう。

「うん……そう」

 玲花は当惑とうわくする。悪意を感じない夏月に嘘をつきたくないが、だからといって事実を話すのははばかれる。


 ――東京へ行きなさい。あなたの運命が待っているわ。


 丸みのある優しい女性の声が、玲花の脳裏のうりにパッと咲く。

「……遠緒子とおこさん」

「えっ?」

 聞き直す夏月の口ぶりで、玲花は声に出していたことに気づいて、甦った記憶を胸臆きょうおくたたむ。

「何でもない」と、玲花は首を横に振って話題を変えた。

「東京の高校ってすごいんだね。こんなに立派りっぱな学校だとは知らなくて」

「ここは、特別。九条グループが運営している学園だから」

「九条グループ?」

「財閥の流れを汲む大企業。この学園の理事長でもある九条家の当主は、政財界に太いパイプがあるのか、色んな所から寄付が来るらしいわよ」

「詳しいね」

 学生らしからぬ内容をさらさらと告げる夏月に、玲花は驚嘆きょうたんに近い感情を持つ。

「ふふ。有名な話だから」

 あっけらかんと呟くと、トマトクリームのスパゲッティをフォークに巻きつける。

「……そういえば、朝遅れて教室に来た人たちって――」

 何てこうか、と玲花が思案していると、

「九条楓さんと、火納隆弥くん。九条さんはこの九条学園の理事長の娘で、火納くんは旧家きゅうかあとり。彼らとよく一緒にいるのが、学生会会長の沙頭雅紘先輩。沙頭先輩は、火納くんの従兄なの」

 夏月が気さくに答えた。玲花は、その三人の名前を頭にインプットした。

「気になる?」

 ふと感じる。

 周囲の学生たちが、玲花たちの会話に聞き耳を立てていることに。

 視界の隅に入る生徒たちは、会話もしないで玲花の方を見ている。

「ううん。先生からも、クラスからも、一目いちもく置かれている、って言うか……」

 玲花は周りの同級生を気にして、言葉を変える。

「それは、そうよ。彼らは、とても有名だから」

「そんなに有名な人たちなんだね」

 正直しょうじき、あまり関わり合いたくない、と玲花は思う。


 波風なみかぜ立てずに、平穏へいおんに暮らしたい。

 それが、望み。

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