参 ‐サン‐

 強烈な視線を感じて、玲花は振り向いた。

 数メートル先の坂の上。

 がつん、と視線がぶつかる。

 浅葱色のネクタイがえるチャコールグレーの細身のジャケットを着た男子が、大きな木の下にたたずんでいた。玲花と同じデザインの制服で、九条学園の生徒だと認識できる。

 彼の力強いから、全てを燃やす炎を想起そうきした。

 何をもゆずらない意思の強さと、自信。

 ドクリ。

 玲花の心臓が一度強く響き、一気に全身を血がけ巡るような感覚におそわれた。


 ――まだ……駄目だめよ……。


 そう言われた気がした直後、凄絶せいぜつな笑みをあらわにした口許が、脳裏に浮かぶ。

 ざわざわざわざわ――

 急に叩き起った風が、玲花の視界を邪魔だてした。

 あまりの激しさに、玲花は目を閉じる。まとめていない髪が風にあおられるのを両手で押さえながら少し待つと、あばれて気が済んだのか穏やかな風が吹き通り、玲花はそろそろとまぶたを上げる。

 突風で運ばれてきた小さく白い花びらが、舞い落ちる。

 ひらりひらり、と誘うように。

 玲花はそっと右手を伸ばすと花片かへんが一枚吸い寄せられるみたいに、彼女の手の中におさまった。花びらが飛ばないようにそっと腕を身体からだに寄せると、もう一片ひとひら花びらが舞い降りて、即座に風がさらっていく。

 戯れに喜び、空気がキラキラと輝く。

「キレイね」

 背後から声をかけられ、玲花は驚いて振り返る。

 とてもんだ声。

 艶やかな黒髪を肩にかかる長さで切りそろえた少女。もとの涼やかな彼女は桜色の唇を楽しげにほころばせて笑みを浮かべている。


 誰だろう……? 綺麗な子。


 数日前にこちらに移り住んだ玲花に親しく話しかける同年代はいない。

「初めてお会いする顔ね。わたし、楠原くすはら夏月なつき。ここの高等部の一年生」

 学園を指差しながら人好きする笑みを見せて、夏月が先に名乗った。

「今日、転入したばかりなんです。一年の、藤杜玲花です」

「フジモリ、レイカさんね。何組?」

 玲花の名前を確認するように繰り返した夏月は、すぐさま次の質問をする。

「えっと……一年Z組」

 玲花は、前日の学園の説明を受けた時のことを思い返して答える。

「あらっ、同じクラス。これから、よろしくね」

「本当?! こちらこそ、お願いします」

 にこやかな夏月の表情に、玲花の心が少し軽くなる。

 校内へとうながす夏月と並んで、玲花は開け放った鉄柵てっさく製の門を抜ける。

 ピリッと、わずかに肌を刺す感触に、玲花は眉をしかめる。

「どうしたの?」

 平然と通り抜けた夏月が不思議そうに玲花を見つめていた。

「ううん。何でもない」

 チクチクと肌を刺激する感覚が残ったまま、玲花は首を横に振る。ふわり、と茶色い長い髪が頬にかかる。

 焦げ茶色のバッグからヘアクリップを取り出して、玲花は自分の腰まである髪を手早くまとめ上げた。

「キレイな髪なのに、まとめちゃうの? 勿体もったいない。その色って地毛?」

「うん、そう。赤すぎるから」

 本気で残念がる夏月の声に、玲花は小さく笑う。

「そうね。うちの学園、髪を染めるのは禁止なんだよね。校風は自由なのに、そういう所は厳しいんだよねぇ」

 正門からびる緩いスロープの舗装道路を進むと、ベージュ色の壁の建物群が見えてきた。学生が登校するにはまだ早いせいか、校内はひっそりとしている。

「あれが管理棟。その隣が教室棟で、昇降口は、あそこ。藤杜さんは、これから職員室に行くの?」

 建物を指し示しながら校内を案内していた夏月が、玲花に問いかける。

「うん」

「じゃあ、一旦いったんここでお別れね。また教室で」

「楠原さん、ありがとう」

 職員室の入る管理棟のガラスドアの前で立ち止まった夏月に、玲花はお礼を伝えてから建物の中に入った。

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