第11話 高く掲げた勝利の拳

 堀田三津子は、他人からの愛という物が分からなかった。

 厳格な親は彼女に勉強を押し付けるのみで、学校の成績にしか興味がなかった。たとえ良い成績を取っても、他のところのミスを貶され、褒められたことがなかった。そんな彼女が十三歳になったある日、魔法少女協会からスカウトを受ける。初めは断った。彼女には塾に行かなくてはならないので時間がなく、自由がなかった。だが、その誘惑にいつまでも耐えられなかった。それほど、彼女は自由を欲していた。魔法少女としての活動は、彼女に今までに無かったスリルと自由を与えてくれた。傍目から見れば夜遊びにしか見えなかったであろう深夜徘徊も、両親は諦めたかのように何も言わなかった。

『僕と結婚してくれないか』

 そう言われたのは、二十二歳の時だった。魔法少女としての活動は続けていたが、親の言うとおり学校は出ていた。親が紹介してくれた良家の子息。結婚生活は順調だった。だが、堀田には子供が出来なかった。不妊症と断定するには早すぎたが、夫の親から一方的かついわれなき暴言を吐かれた。子供も産めないのか、役立たずめ。夫は我慢してくれ、と言うばかりで、何もしてくれなかった。堀田は、家を出た。親の顔に泥を塗った以上、実家にも帰れない。ならば一人で生きよう。自由になろう。そう思った。だからこそ、自由でないものなんて彼女にとって馬鹿らしく、忌諱の対象そのものだった。彼女は、目の前に対峙する少女、原野を見て思う。この少女は昔の自分のように不自由な存在なのだと。そんな不自由な人間に、自分が負けるわけがない。それは、自信というより確信に近いものだった。

「もう一度聞きます、堀田三津子。あなたがこれ以上私に楯突くというのなら、あなたも処分しなくてはならない」

「くっだらない御託を並べてないで、さっさとかかってきなさいよ」

「ほざきましたね、堀田三津子! 簡単には死なせませんよ」

 原野の手の甲が淡く発光すると、勢い良く鋼線が回りを囲む。理屈は分からないが、原野の鋼線は自由自在に張り巡らせることが可能なようだった。

「私は魔法少女ミッチー様。この地球で最も自由な女! あんたみたいなガチガチのガキンチョなんかにやられるもんですか! 出なさい、ロードナイトッ!」

 右手に握ったステッキをかざすと、地面から轟音が鳴り、巨大な泥人形が再び姿を現す。それを見計らったかのように、鋼線が一気に巻きつき、ロードナイトを細切れにしてしまった。

「無駄無駄!」

 ステッキを原野に向けると、地面から再構成されたロードナイトがカリバーンを振りかぶる。原野は顔色ひとつ変えず、鋼線を格子状に編みあげるとカリバーンを受けた。原野の鋼線はただの鋼線ではない。その張力は魔力を込めることで一トンを超え、重戦車の突進並みの威力を持つカリバーンですら見事に受け止めることができるのである。

「なるほど、ロードナイトを破るのは簡単ではないようですね」

「そういうこと。さっさとぶっ潰れなさい、ちびっ子!」

 原野は意にも介さず、右手首を弾き上げた。鋼線が弛んだかと思うと、カリバーンを逆に弾き返す。格子を象っていた鋼線は一気に解けると、一直線に堀田の周囲を囲む。

「細切れになれ、『イレギュラー』め!」

 堀田は鋼線に包まれると、まるでモッツァレラチーズを糸で裂くようにあっと言う間に細切れになってしまった。実にあっけない最期だ。──いや、あっけなさすぎる。原野は冷静だった。あれほどの大言を吐いた堀田が、この程度でやられてくれるわけがない。

「ざあんねん。いい女になるコツは、視野を広げて見ることよ。ちびっ子」

 細切れになった堀田は、どろりと溶けて砂に返った。かと思えば、隣に堀田がいる。その隣にも堀田。向こう側にも堀田。森の中の暗さで気づかなかったが、堀田が十人ほどいるのである。

「ば、バカな……。こんなことが」

「こんなこととは何よ。もっと年長者を敬うことね、このヒネチビが!」

 分身となった堀田が一斉に原野に襲いかかる。鋼線はムチのように堀田の一人に襲いかかり、下半身を両断して仕留めるも、他の九人がそれで歩みを止めるはずもない。ステッキを振り下ろし、原野の脇腹・右腕・太ももに容赦なくめり込ます。

「……その程度か、堀田!」

 原野は余裕の笑みを浮かべ、右手を握りこむ。張り巡らせた鋼線が一気に戻り、堀田の分身を全て細切れにしてしまった。案の定全て泥から作った泥人形だったようで、断面から泥は砂に変わり、地面に還っていった。原野はわかっていた。堀田の攻撃では、何百回殴られようと自分を倒せるわけがない。それほど、原野と堀田の間には大きな魔力の差があるのだ。

「……もうやめなさい、堀田。あなたがどれほど私を倒そうとしても、無駄なのですよ。はっきり言って、実力の差ははっきりしています」

「……だから何? あんた、ガキのくせに大人にぐちぐち意見たれてんじゃないわよ」

 たった一人残った堀田は、息を荒らげながら減らず口を叩く。口だけの強がりで倒せるほど、原野があまくはないことくらい分かっている。それでも、堀田にはプライドがあった。くだらないと言われれば、否定のしようもないだろう。だが、それでも貫きたい意思が堀田の中で強く燃えていた。

「もう一度言います」

 風を切り裂く小さく短い音が鳴ったかと思うと、堀田の左足は溶けかけのバターをすくったように削げ、そこから血が噴き出していた。

「もうやめなさい。あなたはよく戦いました。今なら、その左足で許します。それでもまだ私に楯突こうと言うのなら……左足まるごと無いものと思いなさい」

 ステッキを握る手に改めて力を送るように、堀田は強く拳を握った。屈しないことこそ、彼女の自由の証だった。いまここで原野に屈し、命を長らえさせること事態は簡単なことだ。だが、それが何になるというのだろう。自由でなくなることとは、それこそ堀田が死ぬよりも恐ろしいことだと考えていることだ。屈することなど絶対にできない。

「……それに、もう一つ。あなたの体はもうボロボロなのでしょう? 本来なら発狂してもおかしくないほどに」

「何の話かしらね?」

「とぼけるのならそれもいいでしょう。本来あなたは処女を失った時点で魔法少女ではいられなくなっているはずです。それでもなお魔法少女として最低限の魔力を維持している。……こうしたイレギュラー化の事例はいくつか報告されていますが、ここまでの実力を保ち続けたのは奇跡に近い」

「……だから?」

「魔力は知っての通り、感情から発生するエネルギーです。イレギュラー化して、魔力の最大容量が大きく減った魔法少女が、減る以前の魔力をだそうとすれば……。それこそ、発狂してしまうでしょう、ね」

 気づかれていた。何もかも、原野の言うとおりだった。つまらない意地で続けてきた魔法少女も、もはや限界に近かった。だが、それがなんだと言うのだ? 発狂する? 死ぬ? 左足が無くなる? そんなことは今の堀田にとっては、取るに足らない瑣末なことだった。あの泣き虫でむっつりでスカした態度の魔法少女のピンチを救って、おめおめとやられていくだけなど、性には合わない。こんなガキなどに、魔法少女ミッチー様がやられてやることなどできない。思わず、口から笑みがこぼれてしまう。自分はこんなにおせっかいで、意地っ張りだったか。

「何がおかしいのです」

「いや、何。別にアンタのことじゃないわ。でも、限界ってのはマジね。それは認めるわ」

「では、降伏しなさい」

「それは嫌。無理。絶対にノウよ。何度でも聞かせてあげる。私は魔法少女ミッチー様。この銀河系で、最も自由な女! はいそうですかって聞いちゃいられないのよ!」

 ステッキを杖のように地面に突き立てる。本来なら、倒れこんでしまいたいほどの激痛だ。左足をそぎ落とされているのだ。だが、堀田は倒れるわけには行かなかった。自分の意思を曲げてやるほど、堀田は器用ではない。全ての魔力を地面に注ぎ、ロードナイトを再び生み出す。その姿は、今までのような硫酸を被った人間のような泥の塊ではなく、西洋の騎士そのものの意匠を持った剣士だった。

「なんて強大な魔力……! 死ぬ気ですか堀田三津子!」

「まだよ!」

 堀田のくすんだ金髪が、黄金色に輝き始める。封印していた魔力が、漏れ始めているのだった。騎士が泥に手を突っ込む。かつて、騎士王アーサーは聖剣カリバーンを伴ってヨーロッパに一大勢力を築いた。しかしとある戦いにおいて、アーサー王は騎士道に背き、背中から相手を斬りつけてしまう。聖剣カリバーンはとたんに真っ二つに折れてしまい、アーサー王はその剣を、魔術師マーリンの助言に基づき湖に沈めた。すると、そこから現れた女神が新たな剣を授けた。その剣の名は、カリバーンの名を完璧な物とする意味の「EX」を付けることで、こう呼んだ。

「これぞ私の全開よ。アンタと実力はトントンでしょう?」

 聖剣エクスカリバーと!


 その時、江藤は大きな力の変化を感じた。彼女の魔力の感知力は実は相当高い。それを赤羽にしか使わないだけで、誰がどのような形でどれくらいの魔力を使ったかも正確に判断することができる。

「堀田……」

 呟いた戦友の名前も、緋色の生み出した風の壁によってかき消されていた。同時に、江藤は大きな魔力がこちらに向かいつつあることにも気づいていた。間違いなく、花井が来ている。だいぶ体力は戻ったが、赤羽は依然として動けそうもない。戦うなどもっての外だった。

「緋色さん、頼みがあるッス」

「なんだ? 出来れば、あまり喋るな。傷に触るぞ」

 緋色の顔つきも、どことなくこわばっていた。彼女も花井が来ることに気づいているのだ。油断などしていられない。

「これを、桜井さんに渡してほしいッス」

 フライトジャケットの内ポケットを探ると、そこから黒い塊を取り出す。どうやら銃のようだった。暗い森の中では、一体何の銃なのかわかりづらい。

「分かった。……桜井秀子一人だけではどうなるか分からないな。壁を解除するぞ」

 緋色が地面につき立てていた刀を納めると、風の壁は四散し、一気に消えた。それを見計らっていたかのように、雨が降り始めた。強い雨ではないが、髪に絡みつくような、じとじとした雨だ。

「……来る」

 秀子にも分かるくらい、空気に含まれる魔力の濃度が上がり、肌を刺す。漆黒の闇の中から、小さな影が現れる。非常に小柄で、秀子より二回りも小さいその影は、黄色いレインコートを羽織っていた。その人物が小柄なのか、レインコートが大きいのかは分からない。ただ一つだけ分かっているのは、魔物や、今までの魔法少女達と比べ物にならないほど強大な魔力を有していること。それだけだった。

「ようこそ、と言ったほうが良いんですの? こういう場合」

 どこから取り出したのやら、自分の背丈ほどもある杖をぐるぐる回転させると、構えた。その杖の先には砲塔がついている。恐らく、ここから魔力をエネルギーに変えて、全てを焼き尽くすのだろう。金剛地も、そういうやられ方をしたはずだ。秀子は直感的にそう感じた。恨みが無い、と言えば嘘になる。金剛地は秀子より一回り年下ではあったが、人生のなんたるかを教えてくれた。もしかしたら、友人になってくれたかもしれないのだ。もちろんそれは勝手な妄想だと言われてしまえば返す言葉もない。だが、彼女を渦巻いていた可能性を奪ってしまったのは、間違いなく目の前の少女なのだ。

「私の名前は桜井秀子です」

「自己紹介恐れ入りますの。私の名前は花井華乃。……短い間になるでしょうが、どうぞよろしくお願いしますの」

 秀子は再び戦闘態勢を取る。魔法銃術基本の構え、『X』。花井もレインコートを脱ぎ捨て、変身を完了していた。秀子たち通常の魔法少女のコスチュームはそれぞれある程度の改造は施されているものの、ベースとなるコスチュームはほとんど同じである。オーダーメイドも可能ではあるが、戦闘服にはかわりないため、デザインによっては大きく戦闘能力が落ちることもあり、協会は基本的に同じ物を推奨しているのだ。しかし、花井が着ているものは明らかに秀子たちのものとは異なるものだった。白い鎧とでも呼ぶべき頑強なイメージのものだった。ただ、身体を拘束するように、頑強なベルトでそのコスチュームは覆われている。秀子の知るコスチュームとは全く異なるイメージだ。

「先に言っておきましょう。……せいぜい、私を楽しませてくださいの」

 雨が秀子の体を流れていく。ある種の不安が無いかと問われれば、嘘になる。だが、もうこの戦いを避けることなど出来はしない。それは、目の前の花井がやったように、誰かの可能性を自分が奪うことを意味していた。




 今までになく芸術的で、神々しい装飾に包まれたそれは、魔法少女として多くの修羅場をくぐってきたはずの原野ですら恐怖を感じるに値するものだった。堀田の命を削って繰り出された、全盛期のロードナイトと聖剣エクスカリバー。もちろん、九歳の原野に堀田の全盛期など知りようはない。いままで格下に扱っていた魔法少女の隠された実力に圧倒されていることに、原野は一種の嫉妬すら覚えていた。

「なぜなんです……。あなたは半ば人生を諦めているかのような落伍者そのもののはず……。この私が簡単に凌駕されるはずがないのに……」

「いいことを教えてやるわ、ヒネチビ。自由ってことは、誰にもとらわれないこと。屈しないこと。そして、ブレないことよ。あんた、何一つできてないじゃない」

 ぴくり、と原野のこめかみが動いたのを、堀田は見逃さなかった。

「……私は誰にも屈していない……!」

「いーえ、あんたはどう見たって花井に屈してるじゃない。同い年でいっつも二人で行動してるみたいだけど、要は自分より強い花井にハブられたくないだけじゃない。違う?」

「黙れええッ!」

 魔鋼線が今までに無い勢いで放出される。魔力を感知できなければ、おそらくは認識することも難しい鋼線が、空間そのものに網をかけたように堀田に襲いかかった。

「するだけ無駄ってもんよ、ヒネチビ!」

 エクスカリバーを、ロードナイトが振るう。蜘蛛の巣を蹂躙するように鋼線を軽々と切断する様を、原野は絶望の表情を浮かべながら見つめていた。急激に魔力が落ちて行くのを、彼女たちは確認していた。限界が近づきつつあった。

「黙れ、黙れ! 私は、お前みたいな、負け犬じゃ、ない!」

 間欠泉が吹き出すように、原野の喉から悲しみが漏れ出していた。わずか九歳の少女がどれだけ冷静になろうとしても、経験が足りない以上それは難しいのである。感情の変化は、魔力の変化に直結する。迷いや恐れが、自分の信念と覚悟を曇らせてしまう。それは、感情を阻害し、魔力を淀ませる原因となるのだ。同時に、堀田の魔力もだんだんと淀んだものになりつつあった。古くなった水に不純物が混じり始めるように、堀田の魔力は純粋さを失い始めていたのだ。



 原野奈々は、彼女が通っている小学校の女王だった。子供だけという、現代社会においても特異なコミュニティの中で、彼女は早くも頂点と栄華を極めていた。彼女が一度指を動かすだけで、彼女より下の人間の運命は変わっていった。耐え切れずに転校するものもいたし、跪いて彼女に忠誠を誓うものもいた。大人から見れば、そこまで苛烈なものでもない。ただ少女がちょっとわがままを言い、彼女を慕うものがそれを叶える。それだけのことだ。だが、学校という閉鎖的なコミュニティにおいて、それは大きな意味を持つのだ。原野はそれを誰よりもわかっていた。ただそれだけのことなのである。魔法少女として金を掴むようになってから、彼女は何よりもそう思うようになっていた。

 所詮、世の中には立場が上か下か、それだけしか無いのだ。

 三年生になったある日、原野のクラスに転校生がやってきた。彼女は今でもよく覚えている。その日は、四月なのにじめじめした雨の日だった。

「花井華乃です。よろしくお願いしますの」

 少女は栗色の髪を前髪だけ上げて、大きな黒いピンでそれを止めていた。そこだけがなぜか金髪に近いカラーになっていた。後から聞いたことだが、生まれつきのものらしかった。原野はそんな彼女の容姿自体より、彼女の眼が気になった。夜に見る水たまりのような、どす暗い黒い瞳は、見つめたものの全てを見越しているような寒々しさを湛えていた。それが原野には心底恐ろしい物に思えたのだ。女王とは言っても、自分は一介の人間で、たまたま学校というコミュニティの頂点に立ったに過ぎない。それに比べて、この花井という少女の眼は、まるで人間すら超越したような、静かな威圧感すら感じられる。頂点に達した故に抱える、原野のコンプレックスなど、簡単に見透かしてしまうのではないか。あるいは、もうお見通しなのかもしれない。眼を合わせただけだというのに、原野は一種の恐怖すら感じていた。

 たまたま空いていた原野のとなりの机に、彼女は座るよう指示される。小柄な彼女の足は、ぷらぷらとブランコのように前後に揺れていた。

「私、原野って言います。よろしくね」

「……あなたと私は、同じ匂いがしますの」

「どんな?」

 授業などそっちのけで、原野は花井の言葉に食いついた。恐怖を感じるほどの彼女に自分とどんな共通点があるというのだろう、という、好奇心からくるものだった。

「私も、あなたも、いつか戦わなくてはいけませんの。だって、魔法少女なのですから」

 その時彼女が浮かべた笑みは、原野を縛るに十分なものだった。畏怖と憧れと嫉妬がミキサーでかき混ぜられて、脳内にぶち込まれたような気分を味わうなど、九歳の少女には到底考えられないものだ。彼女が長い人生において他人に心から屈することなど、二度とないことだろう。原野にとってみれば、花井に屈したことすら消し切れないほど大きな屈辱なのだ。だからこそ、堀田などに屈することなど、それこそ死ぬより恐ろしいことだ。認めることなど絶対にできるはずもなかった。


「決着は……ついた」

 魔鋼線に、ねっとりとした液体がへばりつき、雫となって地面に落ちて行く。月に照らされたそれは、赤黒い血液だと分かるのに少しだけ時間がかかった。

「左足……貰いましたよ」

 突っ伏した堀田の髪からは先程の輝きは消え、元の色に戻っていった。限界を超えた魔法少女が行き着く先がどうなるかなど、原野には分からなかったが、堀田にとって良くない方向に進むことだけは確実だろうと思われた。

「ふ、ふふ……ふふふ……」

 堀田の手が動き、大地につき、上半身だけでも立ち上がろうとする。魔法少女のコスチュームは魔力を込めることにより、高い防御能力を施すことが可能となっているが、痛みを遮断することはできない。魔法少女は素質ある者を装備によって補っているだけであり、中身は至極普通の人間なのだ。本来ならば痛みで絶命してもおかしくないというのに。

「バカ言ってんじゃ……無いわ。死なすわよ、あんた。私が、ミッチー様が、この程度で死んでたまるもんですか……」

「もう悪あがきはやめなさい、堀田三津子。あなたはもう限界なんです。そして、私に勝つ方法はもう残されていない。良く喰らい付いたほうですよ。私をここまで手こずらせるのは簡単なことではありませんから」

 ステッキを杖代わりに、堀田は立ち上がろうとするが、力が抜けてしまうためか、それ以上立ち上がれない。なおも失くした左足の切り口からは、血が流れている。常人なら何度死んでもおかしくない重症なのに、堀田はなおも戦おうとしている。原野が恐怖を感じないわけがない。彼女は、自分の言葉が震えていることに気づいていなかった。

「最後の力を頂戴、私のロードナイト……!」

 ステッキを最後の力を振り絞り突き刺すと、泥が堀田の足に絡みつき、彼女の足となった。ロードナイトの装飾が施されているそれは、堀田の体を力強く支え、大地を踏みしめた。同時に、突き刺したステッキにも泥がまとわりつくと、小さなエクスカリバーとなった。本来であれば、堀田の能力は泥を媒介にしたロードナイトの召喚以外何も無い。堀田の最後の力が、執念が、奇跡を引き起こしたのだ。

「……まだ戦うつもりなのですか」

「こうなったら……私も意地があんのよ。自分の体よ? 自分が一番良く分かってるに決まってるじゃない……。大人の身勝手、傲慢……なんとでも言うが良いわ。でも、あんたの好き勝手にはさせない。好き勝手になってなんかやらない。だって……」

 エクスカリバーを堀田が構える。恐怖に駆られていた原野も、慌てて迎撃態勢をとり、鋼線に魔力を込めはじめた。

「自由じゃないもの!」

 魔鋼線が蛇のように、上下左右から迫る。それを堀田はエクスカリバーを振るい、切り飛ばしてゆく。原野は堀田の鬼気迫る眼に、花井とはまた違ったものを感じた。そして、恐らく自分は負けるだろうとも感じた。こんなにまっすぐな眼を、原野は見たことがなかった。切り飛ばされてゆく魔鋼線、堀田の左手、右足首。優位はこちらにあるはずなのに、堀田の眼に宿る炎はなおも勝負を諦めずに燃えていた。それは、狂気と言っても良かったかもしれない。

「いい加減にしなさい、堀田ァ!」

「だまんなさい、ヒネチビィーッ!」

 血まみれになった自分など一切省みず、堀田は前に倒れ込みながらエクスカリバーを投げた。原野は魔鋼線を戻し、格子状に編みあげるが、エクスカリバーは難なくそれを突破し、原野の胸に突き刺さった。息を詰まらせ、獣のような断末魔をあげると、原野は背中から倒れ、そのまま動かなくなった。

「ふ、ふふ……ざまぁ見なさいってのよ……」

 堀田はそのまま前のめりに倒れこみ、笑みを浮かべた。自分がやったことは絶対に許されないことだろう。自分の子供と言ってもおかしくないくらいの少女を殺したのだ。本来ならば死刑になっても不思議ではない。勝ったという充足感より、とうとうやってしまったという後悔のほうが、堀田の脳内では勝っていた。だが同時に、それは自分らしくないとも思った。自分は自由なのだ。気に入らなかった同士がぶつかり合った結果自体には満足しているし、いい引き際だろう。

「わた……しは……魔法……少…女……ミッ……チー…さ…ま」

 エクスカリバーと左足は土に還り、もはや堀田には右手しか残っていなかったが、最後の力で体をひっくり返すことはできた。先ほどの雨は通り雨だったようで、曇天の隙間から星が見えている。星さえつかんでしまえそうな気がして、堀田は右手を伸ばし、拳を握りこんだ。

「銀……河で…一……番……」

 堀田の右手は地に落ちた後、再び動くことはなかった。

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