第8話 受け継がれる魂

 魔法少女協会スカウト部門本部長である遠野は、暑い季節にも関わらず、そのひょろりと高い痩せ気味の体をダークグレイのスーツに身を包みつつ、戦場に数えきれないほど設置されたライブカメラからの映像を見ていた。魔法少女協会本部ビルの一室は、まるでモニターで構成されたかのような様相を呈していた。

「”魔法係長”ですか。言い得て妙ですね? 酒木原さん」

 酒木原はその巨体をソファーに沈めながら遠野を睨みつけた。その顔先には、協会員によって銃が付きつけられていた。動くことは難しそうだった、

「だが、『イレギュラー』の堀田は協力しないようです。貴方の希望は早くも潰えたわけです」

「遠野君。私はそうは思いませんよ」

 薄い笑みを貼りつけた遠野の顔が、少し歪んだ。

「桜井さんは、強い人です。ここまで来たのですから、彼女なりの決意を持って来たということでしょう。自分一人で何かを為そうとするのでしょう。遠野くん、覚えておいたほうがいい。君が思う以上にあの人は簡単な人間ではない」

「全く、どいつもこいつもなぜ私の思うとおりに動いてくれないのか分かりませんよ。この国のためを思うなら、黙っておいてくれればいいというのに」

 遠野はパイプ椅子に腰掛け、ライブカメラ用のコンソールをいじる。せわしなくモニターの映像は変わる。秀子の顔、赤羽の顔、江藤の顔、緋色の顔、顔、顔、顔……。遠野はとても落ち着いているとは言いがたい状態らしかった。

「遠野君、君は間違っている。確かに、今この国は魔法少女協会に巨額の年棒を支払い続ける余裕などないでしょう。だからと言って、気に入らない魔法少女を間引くことなどあってはならないのです」

「分かっていないのはそっちじゃないですかね。私はそのような目的でこの戦争を始めたわけではありません。もっと建設的な提案をしているのです」

 コンソールのスイッチを切り替えると、壁一面のモニターが一斉に同じ文字を表示した。『神罰計画』。それが表示された文字だった。

「神罰計画……?」

「そのとおり。我々魔法少女協会は、人工的に魔法少女という名の戦士たちを産み出してきた。だが、魔法少女はあくまで独立した戦士であり、あくまで個々人が社会というシステム上発生するバグである魔物を狩りとっているだけに過ぎません。なら、それらを統率する人物がいていいはず」

「それが『七人集』であったと私は考えていましたが」

「彼女たちはあまりに身勝手が過ぎました。統率者が優秀でなければ、人間である以上、絶対に兵器とは成り得ない。ならば、たった一人でも兵器となりうる魔法少女がいるとすれば、他の魔法少女など必要ないのではありませんか」

 この男は、魔法少女でなく兵士が欲しいのか。それで満足せず、兵器まで欲しいという。過ぎた考えだ。酒木原は遠野に憤慨した。彼のどす黒く浅はかな考えに呆れ返った。そんなことが、誰かの命を奪うこととイコールになってはいけない。

「もちろん、こんなやり方は本意ではありませんが、これも国のため。我が国は戦車やミサイル、戦闘機がめったに持てない不思議な国です。自国を守るための手段がないのです。なら、それに代わるものを持って何が悪いのですか? 低コストで大きな効果が生まれるこのやり方なら、誰も損をしないではないですか」

「私たちがそのような身勝手を止めないでどうするんですか? 君はもう少し思慮深い人間だと考えていましたが、私の認識違いだったようですね」

 黒服が遠野の意思を汲んだように、手に持った銃を構え直した。撃ちはしないことはよく分かっている。だが、それは酒木原に対して十分な脅しになり得た。丸腰の人間が銃を持った大人二人に敵うと考えるほど、酒木原は愚かではなかった。

「勝手なのはあんたでしょう、酒木原さん。あんたも言ったように、もう協会はボロボロだ。資金も足りない。今みたいに手厚い資金援助が受けられてるのはスタッフ部門が国に対して身を削ってるからっていうのは分かるでしょう。スカウト部門がスカウトした魔法少女を、無駄遣いしたくないことくらい、あんたにも分かるはずだ!」

「それがエゴなんですよ、遠野君。君が魔法少女をただの物としか見ていないことがよく分かります。結局は自分の利益を考えているのではないんですか」

「黙っていろ、あんたは現場の叩き上げだろうが! 偉そうに……キャリアの僕に指図するんじゃない!」

 愚かな考えだ。彼の回りの人間がどれだけ賛同しているかは、酒木原にも知る由はない。スカウト部門の人間は、あくまで個々人で動く。酒木原すらこうして拘束されているというのなら、それだけ根回しが終っていないということになる。まだ賛同者は少ないと考えていいだろう。……あくまで、酒木原の部下にはという前提ではあるが。

「遠野君。考え直すなら今のうちです。こんなことは長く続かない。君は、魔法少女を……いや、人間を舐めすぎている」

「黙れ! あんたなら、僕の計画を理解してくれると思ったのに……失望しましたよ。顔も見たくない。……連れていけ!」




 もう何時なのか分からない。暗いことだけは分かる。赤羽はボロ小屋で息を潜めながら外を伺っていた。ちらほらと小屋の周りに魔力の反応がある。恐らく今日も査定をあげるために腕利きの魔法少女達がやってきたのだろう。もう三日目になる。感情が希薄になると、魔力は薄くなる。つまり、発生するエネルギーも少なくなってしまう。魔法少女にとって、ストレスは魔力が淀む大きな原因になる。今の赤羽には、この二つの事柄が同時に襲いかかっている状態だった。だが、今日は江藤がいる。普段なら煙たがっている彼女も、今日は頼もしい。温かい。人は、一人では生きられないのだ。どんなに一人でいようとしても、一人では行き詰まってしまう。だが、もう一人いるだけでこんなにも温かいのだ。もう一人いるだけで、こんなにも嬉しい。赤羽は心の底からそう思ったが、口には出さなかった。

「春ちゃん、大丈夫?」

「問題ないッス。……はっきり言っておくッスが、今自分は他人のお守りをするほど余裕はないんス。だから、自分の身は自分で守ってほしいッス」

「愚問ね……。私は、春ちゃんのために全力を尽くすわ……。自分は二の次のつもりよ」

「上出来ッス。……それじゃ、行くッスよ」

 江藤を下がらせ、赤羽はドアノブに触れた。魔力の反応が近づく。なんとか引きつけて、少しでも多く仕留めなければならない。心臓が波打つ。静かに『変身』と呟く。黄色いドレスに身を包み、フライトジャケットを羽織った『ブラステッド』赤羽春子が姿を現す。それを合図に、江藤も変身を済ませた。漆黒のドレスの中に、白いリボンで装飾された、正直なところ普段とあまり変化のないものだった。

「今ッス!」

 赤羽が叫ぶ。ドアノブに向かって指を鳴らす。すると、一瞬ドア全体が大きく膨張し、そのまま爆発を起こした。魔力の反応が二つほど消える。手加減できなかった。もしかしたら死んでしまったかもしれない。だが、今は生きなくてはならない。同僚にやられて死ぬなんて、理不尽な死に方だけはゴメンだった。そう、金剛地と同じ死に方だけは。

「春ちゃん……!」

 蚊の鳴くような小さな叫びが聞こえたような気がした。江藤だ。光線が四方八方から飛んでくる。だが、気づいたときには避けるすべはほぼ残っていなかった。しかし、赤羽を狙った幾条もの光線は全て彼女を逸れていった。避けるすべは残っていない。だが、防ぐ術を江藤は持っていた。魔法少女が光線として打ち出しているのは、魔力を膨大な熱エネルギーに変換したものである。江藤はその熱を自在に操ることができる。『ブラック・イフリート』の異名を取る彼女にとってすれば、魔法少女の光線をそらすことなど朝飯前なのである。

「さすが!」

 赤羽はフライトジャケットの胸ポケットを開き、単四電池を取り出す。電池はその構造上、エネルギーに変換した魔力をチャージしやすい。指の先から一気に魔力をチャージすると、周囲にありったけの力で放り投げて指を鳴らす。すると、電池が次々と炸裂し、爆発を起こした。赤羽は魔力をチャージしたものを爆発させることができるのである。

「春ちゃん、一回撤退しましょう……。囲まれているわ。このままでは危険よ」

 江藤は意外にも現実的な提案をしてきたので、赤羽はそれに乗ることにした。魔力の反応はまだ増えてきている。数名ほど、強大な反応もある。一箇所に留まるのは危険だ。






 酒木原は黒服によって、いつも自分が詰めている事務室に連れてこられた。しかし、どうも様子がおかしい。酒木原の質問に答えようとしない、それは分かる。だが、小突いても何もしてこないばかりか、力だけ強くまるで『そうすることを忘れてしまったかのような』雰囲気だった。

「……一体どうしたというのです?」

 何も答えない。酒木原は巨体をゆすり、勢いをつけて黒服をはじき飛ばす。たったこれだけのことだが、酒木原の一番の武器ともなるのだ。

「反撃してこない……」

 転がってどこかをぶつけたのなら、少しはそこをさするような動きを見せてもいいはずだった。黒服たちはそれこそ転がったままで、起き上がろうともしない。ただただ、這いつくばったまま同じく転がった銃を拾おうとしている姿がただただ奇妙だった。

 酒木原たちスカウト・スタッフの多くは、魔力を行使することはできない。ただ、酒木原は元魔法使いであり、資格を失った現在でも魔力の感知のみを行える。

 秀子たちのように魔力を行使して戦うことはできないが、魔物の位置の特定や魔法少女達が魔力を使ったことが分かったりするのである。

「もしや」

 虫のようにうごめいている黒服に、酒木原は僅かな魔力の反応を感じたのである。もちろん、魔法少女協会のスタッフといえども、魔力で人を操るようなことはとうてい不可能である。よって、この黒服を操っているのは、遠野ではない。

「……これは、きな臭くなって来ましたね」

 酒木原は素早く各所へ連絡を取り始める。こうしている間にも、魔法少女達は危機に陥り続けているかもしれないのだ。ただひたすらに、酒木原はそれが心配でならなかった。それは、スカウト部門チーフとしての責任感でもあり、魔法少女達に対する愛、親子の情に近い感じ方でもあった。





 星が瞬き、空が遠くなる。風を切り裂きながら、秀子の体は弾丸のように夜の森へ向かっていた。ただ、このままでは地面に激突してしまいかねない。ブーツの裏から宝玉を通して推進力を調整し、森に降り立つ。森の中は暗く、淀んだ空気が漂っている。腐葉土から香る匂いと、魔力が渦巻いているためか肌がざわつく感覚が、なんとも言えない不快感を催す。この広い森から、赤羽を見つけ出さなければならない。

「こんばんは。君も参加者か?」

 凛とした通る声が響いた。陰鬱としたこの森には随分と似つかわしくないように思える。もしかしたらいきなり幻聴でも聞いているのではないかという感覚に陥るが、どうやら秀子の感覚はまだ狂ってはいないようだった。

 秀子が振り向くと、そこには背の高い切れ長の目をした女が立っていた。魔法少女のコスチュームである青いドレスの上からでも分かる体つきは非常に女性っぽいのに、月明かりに照らされた顔つきは中性的で涼やかな印象をあたえる美女だった。

「そういう貴女もそのようですね」

 女は腕組みをすると、腰に下げた刀に触れた。

「ああ。……自己紹介が遅れてしまったな。私の名前は緋色だ」

 暗い森では、相手の表情は伺いづらかった。ただでさえ彼女は切れ長の目をしていて表情がわかりづらいのだ。秀子の対人コミュニケーション能力の低さでは、なおさらそれはわかりづらいようにも思えた。

「私の名前は……」

 秀子が自分の名前を名乗ろうとしたとき、女の目がかっと見開かれた。鯉口を切り、下段から上段に向け抜刀。恐ろしい勢いで周囲の木が舞い上がり、腐葉土は混ぜ返される。秀子はそれをほぼ勘で危険であると察知し、バックステップで飛び退いた。スカートのフリルが刀に触れていないはずなのに、ズタズタになっている。

 トカレフを構えてトリガーを引くが、文字通り疾風のようなスピードで接近、柄でトカレフの射線をずらす。ただごとではないスピードだった。

「並の魔法少女ではないな……。これなら堀田がやられるのも得心がいくというものだ」

「お褒めに預かり光栄ですね。……貴女は恐らく、七人集の一人ですね?」

「ご明察。君が桜井秀子だな。私の斬撃を受けきるとは大したものだな」

 まるで釣り糸を渾身の力で引っ張り合っているような、張り詰め切った緊迫感がその場を支配した。お互いを実力者と認め合っている以上、迂闊に動き出すことは死を意味する。頭の中でキーボードを叩くように、秀子はこの状況を冷静に分析していた。同時に、自分にこんな冷静な側面があるものなのだろうか、と若干自分に恐怖を覚える。戦い続けていることが、自分にこんな変化を及ぼすなんて、考えもつかなかったことだった。

「……私を見逃してはくれないようですね」

「当然だ」

「どうしてもやるというのですね」

「当然だ。さあ、君もどうするのか言え。君がこの私と戦うのなら『戦う、そして貴女に勝つ』と返すのがルールだ。……他の連中は君から手を引いたようだが、協会に仇なすと言うのなら容赦はしない」

 秀子は魔銃トカレフを緋色の眉間に寸分違わず向けた。そんな秀子が気に入らないのか、緋色は柄に手を置き戦闘態勢を崩さなかった。

「無駄だ、桜井秀子。君は戦い方をよく知らないようだな。はっきり言って、『ウィール・ウィンド』の異名を取る私が、君を細切れにすることはたやすい。諦めて降伏すれば命までは取らないぞ」

「ご高説ありがとうございます。ですが、今は魔法少女同士で争っている場合ではないのです」

 緋色は中段に刀を構える。その構えからは優雅さすら感じられたが、突き刺すような殺気は消えないままだった。

「……死んだ金剛地もそう言っていた。だが、私は私の正義を貫く。私のエゴを貫く。……君を倒す!」

 宣言が終わるか終わらないうちに、緋色の刀は振るわれた。秀子もトリガーを引く。だが、二メートルも離れていないはずの緋色には全く当たらない。逆にこちらのコスチュームが裂け、血が滲んだ。魔力でコーティングしてあるというこのコスチュームでなければ、おそらく文字通り秀子の体はまっぷたつになるだろう。

「私を殺す気ですね」

「そうだ! 私は自分の正義の為に君を殺さざるをえない。協会に立てつくのなら君は悪だ!」

 振り下ろされた刀を魔銃トカレフで防ぐ。基本的に、魔力でコーティングされたアイテムは通常の物体の何倍もの硬度を持つようになる。だが、緋色の嵐のような攻撃を防ぎ続ければ持たなくなるだろう。秀子は早速切り札を切ることにした。自分は、大きな決意を持ってこの森に降りてきた。ならば、こんなところでやられてはいられない。スカートの裏に仕込んだモノを取り出し、構える。右手には魔銃トカレフ。左手にはグロッグ17。かつて敵対し、友として酒を飲み、死んだ、金剛地と同じ型。

「バカにしているのか、桜井秀子!」

「いえ、私は勝つ気でいます」

 腕をクロスさせ、魔法銃術基本の型である『X』の構えを取ると、秀子はにやりと不敵な笑みを浮かべた。上段から迫る刀を、交差させた銃で受け、グロッグで払いトカレフで撃つ。足に命中し、緋色は態勢を崩した。グロッグは正確に緋色の眉間を捉え、勝負は決した。

「……なぜ撃たない。この態勢からなら、いくら魔法少女とはいえ確実に死に至るぞ」

「私は元より戦う気はありません。…先程は成り行きで戦いましたがね。もう私に剣を向けないで頂けますか?」

「……甘っちょろいぞ、桜井秀子。私がそんな約束を反故にして、君を真っ二つにしようとしたらどうする気だ」

 秀子はスカートの内側にあるベルトにグロッグとトカレフをしまうと、下がってきていたメガネのフレームをくいっと上げた。

「考えるまでもない質問ですね。それが貴女の正義とは、先程の発言からは到底考えられませんから」

 刀を杖がわりに態勢を直すと、コスチュームの埃を払い、そのまま緋色は納刀した。彼女も納得したようだった。

「君は不思議な女だな。協会に仇なす魔法少女と言うから私も本気をだしたつもりだったが……。君は一体なんなんだ? 何が目的なんだ」

 秀子は空を見上げる。月と星の僅かな光のみが、この森を照らしている。

「私は、この戦争を終わらせに来ました」

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