第3話 最大戦力

 暗い部屋だった。かすかに洩れる光が、ブラインドの隙間からのぞいている他はひたすらに暗い部屋だった。魔法少女協会所属の魔法少女、『ダブルトリガー』の金剛地は、季節に変わりなく身につける長いトレンチコートの襟を立て直し、自分の席に着いた。丸い形のテーブルの中心には穴が開いていて、外側には七の椅子があった。内ポケットからラッキーストライクの箱を出してタバコを咥え、火をつけようとすると、まるで夜明けのように部屋が明るくなった。

「コンさん。ここは禁煙スよ」

 同僚の魔法少女の赤羽春子が、頭を掻きながら部屋の入り口に立っていた。女子高生の癖に、相も変わらず制服にフライトジャケットというミスマッチ極まりない服装だった。

「ケチケチいわないで欲しいね。私は来たくもない会議に一番乗りしてるんだ。タバコぐらい、いいだろ」

「それは間違いだ」

 女性にしては大柄な緋色が、赤羽の肩を押しのけて会議室に入ってきた。こちらも相変わらず巨女だ。しばらく会ってなかったから、多少は縮んでいたのではないかと金剛地は期待していたのだが、それはかなわぬ願いだったようだった。

「ルールだ。公共の場でタバコはご法度だ。喫煙所は会議室を出て右を突き当たりにいったところにある。そこで吸うといい」

 緋色の慇懃無礼な物言いにイライラしたので、タバコに魔力を詰めて燃え上がらせることにした。汚い花火だ。魔法は感情を別のエネルギーにするものだ。感情がよどんだら、魔力も淀むのだ。イライラしていなければ、タバコは綺麗な花火になったことだろう。

「それでいい」

 初めに注意した赤羽より満足げに、緋色は腕を組んだ。巨女は例外なく巨乳だとでもいいたそうだった。スーツの上からでも分かるその脂肪の塊をもいでやろうか。二人が席についているのを観察しながら、金剛地裕子はタバコの代わりのスティック付のアメを取り出した。喫煙を始めて四年ほど経つが、ここ数年タバコは値上がりし通しで、禁煙も上手くいかないばかりだった。

「今日の議題ってなんスかね」

 赤羽がかわいらしいクマのマスコットの付いた携帯をかちかちやりながら呟いた。金剛地は、『会議をするので集合してくれ』としか言われていなかった。段取りが悪いのはいつものことだが、いい加減学習してくれ、と言いたくなる。

「おそらく、先日やられた堀田のことじゃないかしら……」

 蚊が鳴くような声がしたかと思うと、巷でゴスロリ服と呼ばれている黒いフリルがシーザーサラダの上のチーズのようにまぶされているコスチュームに身を包んだ女が、赤羽のショートボブから覗くうなじをなぞっていた。幽霊みたいな青白い細腕には黒いリストバンドがしてあり、左手には、赤羽のストラップと同じクマのぬいぐるみがあった。赤羽のと違うところといえば、必要以上に包帯でぐるぐる巻きにされていて、血がにじんでいるというところだが。

「な、なんスか! いい加減にして下さいよ、江藤さん!」

「私たちの仲なのに、ひどいのね春ちゃん……」

 江藤は赤羽を個人的な『趣味』でストーキングしている。最後に全員で顔を突き合わせたのは半年前だから、まだ懲りていないらしい。一度親も交えて金剛地が説教をしたことがあったのだが、江藤と赤羽は前世で心は結ばれながら、死別してしまった王子とお姫様だそうで、この世で出会ったのは間違いなく運命なのだそうだ。金剛地はどちらがお姫様でどちらが王子様なのか聞きたくなったが、江藤の目は淀んでいて、聞けば三日は開放してくれなさそうなので止めた。

「大体、自分は江藤さんとそんな仲になった覚えはないっス!」

「江藤さん、なんて他人行儀よ。本当にひどいわ……。私の事は祥子姉さまって呼んでっていったじゃない……」

 江藤の冷たい指先が赤羽の顎に触れたとき、会議室の扉が必要以上に大きな音を立てて開いた。入ってきたのは三人だった。一人は魔法少女協会スカウト部門本部長の遠野命で、小脇にA4サイズの鞄を携えていた。ひょろりとした背の高いメガネをかけた男で、ちょうど緋色と同じくらいの背丈だ。もう二人は、そろいの小学校のものと思われる制服を着た少女二人で、こちらを省みることもせず、自分の席に座っていった。

「お待たせいたしました、皆さん。これから、七人集会議を始めたいと思います。資料はお配りしますので、目を通していただけますか」

 ぺらぺらと紙が空気を押し出す音をたてながら、A4サイズの紙はドーナツを回っていった。紙には『協会規則違反魔法少女討伐任務のお知らせ』とプリントされており、ホチキスで右上が止めてあった。

「では、私が概要を説明させていただきます。先日、魔法少女協会七人集に数え上げられる堀田美津子女史がやられました」

「死んだのか?」

 にやにやと口の端を歪める金剛地を尻目に、遠野は気まずそうに紙に目を落とした。こちらも相変わらず煮え切らない野郎だ、と口にくわえたスティックを上下させる。金剛地の回りはむかつく奴しかいなかった。

「いえ、復帰はもうしてます。大事をとって安静にしているように指示していますがね。堀田さんは知ってのとおり、七人集の中でも格下です。が、このままでは示しが付きません。よって、七人集の皆さんで、ターゲットの始末をお願いします」

「ちょっと待ちたまえ」

 相変わらず腕組みしたままの緋色が口を開いた。

「相手が魔物というなら本部長の言うことも理解できる。……が、どう見てもこの資料にのっているのは人間。我々は人間に仇なす魔物を退治するのが仕事であり至上命題のはず。われわれは人間を相手にする気はない」

 なるほど、巨女にしてはまともな論理だった。それに、人間相手にどうしたら勝ちになるかなどあまり考えたくない。最悪、殺さなければならないだろう。

「そうっスよ。まるで自分たちがヤクザかなんかみたいっス」

 すかさず赤羽も文句を挟んだ。実に不機嫌そうだ。尤も、その怒りの原因は自分の髪をくるくる指でこねくり回している江藤のせいかもしれないが。

「納得いただけないというなら、別に強制はしませんの」

 甲高く、それでいて澄んだ声が会議室に響いた。七人集最強にして、魔法少女協会の帝王の異名をとる“ホワイト・デビル”花井華乃その人であった。魔法少女としてのキャリアはまだわずか三ヶ月でありながら、魔物の討伐スコアや年棒もすでに歴代一位であるのだから恐れ入る。

「私と原野の二人がいれば、貴女方の手は借りませんの。もっと言えば足手まといですの」

「あ? 喧嘩売ってんのか、クソガキ」

 思わず金剛地の声が荒くなる。元々血の気が多いたちなのだ。

「喧嘩だなんてとんでもありませんの。七人集だなんて大層な名前をつけておきながら、なんの役にも立とうとしない貴女方に小言をいっておりますの」

 金剛地の飴のスティックが天を衝き、右手を軽く上に上げたかと思うと、軽くゆれた。その瞬間、愛用の魔銃ベレッタ92Fが飛び出し、手に収まっていた。銃口は花井の眉間に寸分違わず向けられている。

「おもしれえ、ぶっ殺してやるぜクソガキ」

「ストップっスよ、コンさん!」

 赤羽が慌てて身を乗り出すが、昆布が絡みつくように江藤がそれを制した。

「あらあ、いいじゃないの……。やりたいようにやらせてあげれば? 私は春ちゃんさえいればなんだって良いもの」

 赤羽はそんな江藤を振り払おうとするが、遅かった。金剛地のトリガーは二回も引かれ、赤い光線が銃口から飛び出す。轟音が鳴り響き、コンクリートの壁が崩れる音がした。『事故』では済まなそうだった。

「三流」

 花井の声がする。

「私が本気でなくてよかった、と感謝したほうがいいですの。貴女、三回は死んでいますの」

 金剛地が一筋汗を流した。もちろん、冷や汗だった。手ごたえはあった。だが、なぜ自分は花井の獲物を後頭部に突きつけられているのか?

「魔砲エクセリオン。ぶっ殺してやる、なんてレディが使う言葉ではありませんの。月まで吹っ飛ぶ衝撃をうけてみますの? 私は躊躇も後悔もしませんの」

 何が月まで吹っ飛ぶ、だ。冷や汗を流しながら、金剛地は心の中で毒づいた。魔砲エクセリオンの射程距離は恒星間レベルである。撃たれて防御しても、体が残るかどうか分からないのだ。

「やってくれるぜ……。だが、三流ってのは気に入らんね。私はまがりなりにも一流を名乗るつもりなんだ」

「では、例の魔法少女を始末できるのですね」

 原野が初めて喋った。その言葉は重かった。受ければ、自分は人殺しにならなくてはならない。金剛地にとってみれば、それはとても重い事実だった。

「もちろんだ。私は一流だからな」

 その重い事実より勝るプライドを守るために、金剛地は首を縦に振った。

「魔法係長。早速大きな事をやったようだな、酒木原君」

 魔法少女協会は、『東京都地下水道パイプ管理事務局』という、実際には部屋一つで事足りる組織のビルをカモフラージュし、その大半を『協会』として使っている。ビルは五階建てで、最上階には協会を統括している『会長』の部屋が存在している。酒木原は七人集に下された命令書を握りつぶしながら、会長の巨大なデスクの目の前に立ち尽くしていた。

「そんなことより、七人集です。一体何故です? 何故彼女らを動かす必要があったのです。あれは事故のようなもの……」

「事故かね」

 くるり、と椅子を回転させる。背もたれより二回りも小さな体を収めた彼女こそ、魔法少女協会の会長であり、日本で初めて魔法少女として戦った『最初の魔法少女』である。

「そう、事故です。元々堀田さんは七人集……いや、協会でも指折りの問題児。加えて、桜井さんは正式に言えば初陣も終わっていません」

「規則は規則だよ、酒木原君。魔法少女同士の理由なき私闘は禁じられている。魔法少女はその力を魔物を倒すために使うべきだからだ。それ以外に使うことはまかりならん。協会職員として大ベテランの君なら言われるまでも無いことだろう」

「おっしゃることは十分承知の上です。しかし、あの命令書は一体何なのです。あれでは、処刑と違わないではありませんか!」

 巨大な身体で、酒木原はデスクに詰め寄る。だが、会長は動じる気配すら無く、石像のように椅子にかけたままだった。

「現場の事は遠野君の判断に任せている。ましてや、七人集ともなれば我々が口を出すことは出来ない。さらに言えば、遠野君や七人集が処分を求めたのなら私はそれを精査する立場にある。もちろん精査した結果であの命令書を認めているのだ。君の物言いは極めて的外れという他無いな」

「ならば、我々が魔法少女同士の私闘を誘発してどうするのです。会長、貴女が言っているのは矛盾そのものですよ!」

「七人集は矛盾を事実として執行できる存在だ。何度も言うようだが、彼女らが必要だと思ったのであれば、私は認める立場にある。……君はスカウト部門のチーフだろう。スタッフも兼任しているからといって、あまり大声を出さんことだ」

 協会内での酒木原の立場は特殊なものだ。会長との付き合いも長い彼は、スカウト部門のチーフも務めつつ、豊富な経験を買われて、現場での魔法少女のバックアップ要員──これを協会ではスタッフと呼称している──を兼任している。本来であれば、協会での幹部職すら手が届くのだが、現場に固執するあまり、今の地位にとどまっている。会長は酒木原に対しても、その他の人物に対しても、常に『会長』として接している。手心を加えるような人間ではない。彼女にとっては、魔物を倒し人間社会の安寧秩序を守ることこそ、絶対的な使命であるのだから、それは酒木原にとって理解は難しいことではない。酒木原は会長に背を向け、退室することに決めた。らちが開かないのなら、他の方法をとるしかない。

「そうそう、酒木原君。協会の訓練場の準備をしておいてくれ。遠野君が今後そちらを大規模に使うそうだ。ここ数ヶ月で魔法少女は増えたからな。きちんとした訓練を行うとのことだ。君も覚えておいてくれ」



 酒木原はコーヒーを一人すすっていた。秀子との待ち合わせに使う、さびれた喫茶店は、彼自身も気に入っていた。本来なら、秀子に対しての謝罪のみで済むはずだった。それだけで済めばよかった。

「一体何なんですか。緊急にお知らせしたいことって」

 何時の間にやら、いつものグレーのパンツスーツ姿の秀子が立っていた。死にそうな店主にコーヒーを頼むと、席に着いた。

「まずは謝らなくてはなりません」

「だから」

 若干いらいらしていた。秀子はプライベートでも関係なく、回りくどいのは嫌いなのだ。

「一体何なんです」

「七人集が動き始めました。このままでは大変なことになります」

「その七人集というのは?」

 かちかちとコーヒーカップが鳴る。中で満ちている黒い水がゆれていた。

「端的に言えば、魔法少女協会の上位七人を指します。本来なら、協会本部からの依頼と我々サポートスタッフの補助によって魔法少女の業務は滞りなく行われていきます──が、七人集は自分の判断で魔法少女として活動できるのです」

 コーヒーはのどを燃やし尽くしながら通っていった。相変わらず話がまわりくどいし説明くさい。秀子としては、もっとコンパクトに要点をまとめて欲しい。そんな想いも、コーヒーは胃の底まで流していってくれた。

「その七人集が、私とどんな関係があるんです」

「桜井さんが倒した堀田という魔法少女は、七人集の一人『ナイトオブラウンド』だったのです。彼女を倒した桜井さんは、七人集を敵に回してしまった」

 事態が良く飲み込めない、というのが秀子の第一の感想だった。次に出てきたのが、だからなんだというのだ、というものだった。追突された車に、相手が悪いはずなのに『訴えてやる』と叫ばれた気分だ。そもそも、倒してやろうと堀田を倒したわけではない。完全に逆恨みもいいところだ。

「じゃあ、残りの六人が私を狙ってくると? バカなんじゃないですか? 私は何も悪くないじゃないですか」

 酒木原は流れ出る汗をハンカチで拭いた。言葉に詰まっているのだろう、と秀子は思った。

「何も悪くなくても、彼女たちが悪いと思ったから桜井さんを狙うのです。七人集はメンツと名誉を何よりも大切にしている、という『スタンス』をとっていますから」

 ひどい話だった。払ったら何とも言えない匂いをだすはた迷惑なカメムシに襲われたようなものだ。秀子自身は何も悪くないのに、よりによってこんな目に遭うとは。

「大体、酒木原さんのほうでなんとかならなかったんですか?」

「私はスカウト部門のチーフです。スタッフも兼任してはいますが、チーフレベルでは話になりません。七人集に命令を下せるとすれば、スタッフ部門本部長の遠野氏くらいなものですからね……。とても私が口を挟めるようなものではありませんでした」

 酒木原は申し訳なさそうに、再び汗をハンカチで拭った。すでにハンカチはぐっしょりと濡れていた。あせっているのだろうか。

「幸いなことに、魔法少女の活動は通常任務以外に活動する場合は一時間と制限が決まっています。四六時中狙われ続けるわけではありません。彼女らにとってみれば、誰が上なのかを示す示威行為としての側面が強いでしょう。殺されることはないはずです」

 酒木原の言葉は何の慰めにもなりはしなかった。当事者でないのだから、いい気なものだ。秀子自身は、この考えこそが身勝手にすぎるということも十分に理解していた。だが、それだけ何かに当り散らさないとやっていられない。秀子にとって不幸だったのは、そんなことをしても誰も得をしないという事実だった。

「それで、私はどうすればいいって言うんです? まさかそれだけ伝えにきたって言うんじゃないですよね」

 哀願に近い言葉だった。うつむいてしまった酒木原には、死刑宣告のように聞こえたかもしれない。

「すいません……私も何度も抗議しましたが、こればかりは何もできそうにありませんでした……。出る杭は打たれる、などとは言いますがここまでとは思いませんでしたよ。自分が情けなくて……失礼」

 酒木原にとっても、秀子と同じくらい頭にきている出来事らしかった。だが、いくら酒木原が怒ろうと、愚痴を吐こうと、当事者でないことは決まりきっているのだ。ここまで来てしまえば、秀子自身がなんとかするしかないという決まりは変わりそうになかった。

「こんな時で申し訳ありませんが、昼間送られたメールはもうチェック済みですね? 今度は間違いなく魔物が出てきます。退治のほうよろしくお願いします。……うまく退治できてから一時間。それだけ生き残ってください。正直言って、七人集が何をしてくるか、私では及びがつきませんから……」

 それだけいうと、酒木原はいつもよりゆっくりとその巨体を椅子から起こし、伝票をとった。

「おごりです。また会いましょう、桜井さん」

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