第11話 条件

「……つまり、アンタは俺達と一緒に魔術競技大会に出場したい、と」


 帰ってきたジレットデンゾウは、買ってきたパンとミルクを部屋で飲み食いしながら、アンナの話……アンナの自己紹介と、魔術競技大会に出場しようとする経緯を聞いていた。


「……はい。私はもう……我慢の限界なのです」


 アンナは思いつめた表情でそう言った。


 アリシアの仕打ち、そして、自分をクビにするという言葉……生真面目なアンナをそれらは既に追い詰めていたのだ。


「なるほどねぇ……デンゾウ、お前、魔術競技大会に出たいか?」


「え? ああ、そうですねぇ……拙者としても女子を見返すいい機会だと思いますが……」


「が、なんだ?」


 デンゾウはアンナのことをチラリと見る。アンナもデンゾウと同じ気持ちのようであった。


「……確かに、男性のあなた方2人、そして、私が使う魔術は……黒魔術です」


「え? アンタ、女なのに黒魔術を使うのか?」


 ジレットは驚いた様子でアンナにそう言う。アンナは恥ずかしそうに顔をうつむかせる。


 この魔法世界では男性の方が女性よりも保有する魔力、魔力の運用の能力も劣っているだけでなく、世界そのものが男性に厳しく作られている。


つまり、男性に生まれた時点でこの世界ではどう頑張っても女生徒には魔術面で張り合うことができないのだ。


そんな状況で、女が使う魔術は「白魔術」、男が使う魔術は別称を込めた意味合いで「黒魔術」と呼ばれるのである。


「はい……ですから……私は汚れた存在でして……」


「汚れた存在? なんだそりゃ? それじゃ、俺達も汚れた存在ってことか?」


 ジレットがいらだち気味にそう言うと、アンナは申し訳無さそうに俯いてしまった。


「あー……ジレット殿。とにかく、アンナ殿は我等と共闘したいと申し上げているわけです。勝てる勝てないの問題を話すのは後にして……とにかく、協力するのですか?」


 デンゾウがそう訊ねると、ジレットは腕組みをしてうーんと唸る。


 デンゾウとしては、実際、アンナの申し出は天啓にも等しいものであった。


 自分の家族を焼き殺した女子生徒共に復讐するには、どう考えても、魔術競技大会という、決定的に勝敗が着く場しかあり得ない。


 問題はアンナとデンゾウの言う通り、確かに勝てるかどうかであった。


 黒魔術は確かに女性が使う魔術……白魔術より全体的に弱い。


 しかし、ジレットは自分が使う黒魔術が特殊であると自覚しているし、デンゾウも同様であると認識している。


 問題は、このアンナであった。アンナがどれほど強いのかわからなかったし、自分達の足手まといになるとすれば、共闘する意味はない。


 だが、3人一組でなければ魔術競技大会には出場することさえできない。そうなると、アンナの申し出を受け入れる以外に選択肢はない。


「そうだなぁ……アンナ、って言ったよな。アンタがどれほど強いかわからないが……心意気だけは知っておきたい。アンタと共闘するに際して、一つ、条件がある」


「……条件、ですか?」


 アンナは予想外の申し出に目を丸くする。アンナとしては男子2人としては、おそらく自分と同じように激しいストレス環境にいると思っていたし、自分の申し出を無条件に受け入れると思っていたのだ。


 しかし、ジレットはあくまで挑戦的な様子でアンナにそう言ってきた。


「ああ、その条件さえ考慮してくれるなら、俺達はアンタに協力する……悪くない話だと思うが?」


 ジレットの方はジレットの方で、自分がこの協力体制において主導権を握りたいという気持ちがあった。だからこそ、こんなことを言い出したという側面もあったのである。


「……わかりました。まずは、条件を聞かせて下さい」


 アンナが真剣そうな顔でそう言うと、ジレットニンマリと微笑んだ。


「この魔術競技大会で優勝したら、俺をアンタの夫にしてもらう」


「……へ?」


 その瞬間、部屋の空気が完全に停止してしまった。ジレットだけが不敵に笑みを湛えたままで、アンナとデンゾウはポカーンとしてジレットを見ている。


「え……えっと、ジレット殿。それは……本気で言っておるのですか?」


 デンゾウが遠慮がちにそう訊ねる。しかし、ジレットはもちろんだと言わんばかりに首を大きく縦に振った。


「ああ。当たり前だ。いいか、デンゾウ。俺達は孤児だぞ? 魔術学院の規程で、一定数の男子をいれなきゃいけないってんで、学院長が渋々俺達を入学させたんだ。卒業したらどうするつもりだ?」


「え……そ、それは……どこかに就職するとか、魔術大学に進むとか……」


「アホか。この世界で男を入学許可する大学がどこにある。就職だってまともな職なんかにはつけねぇ。そうなると、どこかの名家の婿養子に入る……そうすれば、多少今よりはマシな状況になるはずだ」


 そういうと、ジレットは身を乗り出してアンナを見る。アンナは思わず体を引いてしまった。


「アンタ、さっき言ってたよな。アディントン家は数百年前から続く名家だって」


「あ……そ、それは、言いましたが……ですが、アナタのような方を私の夫に迎えるのは……」


 さすがのアンナも予想外の提案に反射的にそう言ってしまった。しかし、言ってしまった後で慌ててアンナは口を塞ぐ。


「ふーん……それじゃあ、この話はなしだな」


 ジレットはさも不機嫌そうにそう言った。そして、そのままそっぽを向いてしまう。


 アンナは困ったように思わずデンゾウを見る。デンゾウもどうすればいいかわからなかったが、とりあえず作り笑いを浮かべておいた。


「あー……ジレット殿が嫌なら拙者でも夫になりますぞ?」


 デンゾウは取り繕うようにそう言う。しかし、それが帰って生真面目な性格のアンナを追い詰めてしまった。


 男子を自分の夫にする……それは、アディントン家としてもかなりの問題であった。


 基本的にこの世界では、女性が優位の社会であるということから、出産も魔術によって女性のみで行うことになっていた。


 生まれる子も魔術によって女子に調整するようにされていた。そして、人口もそのほとんどが女性となっている。


 男性が生まれるのは、魔術が時たま失敗してしまった場合であり、家に男子が生まれるのは不名誉なこととなっていた。


 よって、世の女性の大半は独身であり、男と結ばれることは汚らわしいこと、と言われていたのである。


 よって、アンナもそれには抵抗があった。だが、魔術競技大会に出られなければ、いずれにせよアリシアに自分はクビにされ、アディントン家の名誉は損なわれる……しかし、男を夫にするというのはさすがにこの場では決められないことであった。


「……わかりました」


 アンナは静かにそう言った。ジレットはニンマリと微笑む。


「そうか。じゃあ、ここは一つ夫としてこれからも末永く――」


「……大会まで、考えさせて下さい」


 そういってアンナはそのまま部屋を出て行ってしまった。残された2人はポカーンとしてアンナの後ろ姿を見送っていた。


「あ……ど、どうするのですか!? せっかく拙者たちの不名誉を挽回する機会でしたのに!」


 デンゾウは完全に策が失敗してしまったと考え、ジレットに詰め寄った。


 しかし、ジレットはまるでショックを受けていなかったようで、ニンマリと微笑む。


「いや、アイツは必ず戻ってくる……そして、俺達に協力するはずだ」


 ジレットにはわかっていた。アンナが必ず自分が出した無理難題な条件を飲み、共闘の道を選ぶということを。


 そして、それは、自分の部屋に戻っていくアンナも同じだった。


 男を夫とするという行為、確かにそれは一族の家名を怪我しかねない行為だったがアリシアにクビにされる方が、一族が数百年かけて築いてきたオーレンドルフ家との関係を破壊することに比べればまだマシなことであると。


 しかし、決断にはまだ少し、後押しが必要だったのである。


「……私は、どうするべきなのでしょうか」


 部屋に戻る道中、腰元の魔剣の柄に手をかけながら、アンナは1人つぶやいたのだった。


 そして、結局アンナは前日には、主人のひょんな一言から、男たちと共闘することを決断する。


 こうして、3人の世界に嫌われた魔術師達は、共同戦線を結成することになるのであった。

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