第10話 発起

「……失礼します」


 デンゾウが部屋に戻った時、部屋の中はまるで葬式会場のようだった。


 アルピレーナ学院は全寮制の学院である。生徒たちはそれぞれ三人ずつ部屋にわかれて共同生活をするのだ。


 数少ない男子生徒のためにも男子寮は用意されているのだが、いかんせん女子寮と比べると男子寮は、まるで馬小屋のようで、とてつもなく見劣りするものであった。


 その男子寮の部屋にデンゾウが戻った時、彼の同居人の様子もおかしかった。


 机に向かい、ジレットは延々と小ビンに話しかけていたのだ。


「……ジレット殿、何かありましたか」


 その発言でようやくデンゾウが部屋に入ってきたことを認識したのか、気だるそうにジレットがこちらを向く。


「おお……デンゾウ。どうした。そんな浮かない顔して」


「ジレット殿こそ。どうしたのです? 最愛の人が死んだような顔ですよ」


「……ああ。家族を……焼き殺されたよ」


「え……ま、まさか、ワーム達を?」


「……ワームではない。家族だ!」


 イラついたようにジレットはデンゾウに言い放つ。デンゾウはつい地雷を踏んでしまったことを悔いて俯く。


 ジレットは残った最後の小ビンの中の最後の家族を見つめながら、こちらに振り向いた。


「……かつて、この世界は勇者ノクターンと女神アルピレーナが、邪悪なる魔物を打ち破ったことで創生された。しかし、ノクターンは魔物討伐の際に魔力を失い、以来、この世界では男性というものは劣った種として女性に仕える存在になった……」


 ジレットは誰に語りかけるでもなくそう呟いた。デンゾウはただその話を聞いている


 それは魔法世界の創生神話だった。


 もちろん、あくまで神話なのだから、真偽の程はさだかではないが、この世界で男性よりも女性のほうが魔力が強いとされる由来の説明に用いられることは多い。


 デンゾウもアンナもその神話は知っていた。


「……しかし、ノクターンはきっと、自分達の子孫が手を取り合って男性と女性の区別なく平和に暮せることを信じて、全ての魔力を使い果たしたんだろうな……なのに、この世界はどうだ? 今の世界を見たらノクターンは嘆くだろう」


 悲しそうにジレットはそう言った。デンゾウも何も言えずただ黙っているだけだった。


 しばらく沈黙の時間が続く。と、ふいに部屋の時計が夕食の時刻を示すように鳴り響いた。


「む、夕食か……デンゾウ、とりあえず食堂に行こうか」


 ある程度、ジレットはもう仕方のないことと割り切っているらしい。


 デンゾウも、こういうことは初めてというわけではなかった。こと、男性の自分が、女性の前で誤解を招くことも致し方ないことと思っていた。


「それにしても……男性であるというだけで不便な世の中ですな」


 と、デンゾウは悲しげにそう言った。


「デンゾウ……仕方のないことだ。ノクターンをうらんでも仕方ない。この世界は、そういう世界なのだ」


 ジレットが聞き分けのない子供を宥めるかのようにそう言い聞かす。しかし、それでもデンゾウは大きくため息をついてしまった。


「……それで納得できるのですか? ジレット殿は」


「納得出来るも何も、納得するしか方法がないのだ」


「……そんなもの……ですかねぇ」


 デンゾウはそこまでで話を終えることにしようと思った。どう頑張ってもこれ以上話をしたところで事態が好転するわけでもない。


 もし、仮に自分たちが弱者ではないことを証明できることができれば別であるが……そんなことが出来る場さえ、彼らには用意されていなかったのだ。


「……食堂、行くぞ」


 ジレットがそう言って、扉を開けた。


 すると、その先には何者かが立っていた。


「え……誰だ? アンタ」


 ジレットとデンゾウが驚いてその先にいた人物を見る。


「……突然すいません。私はアンナ・アディントン……少し、アナタ達とお話したいのですが……よろしいでしょうか?」


 ジレットとデンゾウは顔を見合わせる。思いがけない来訪者は、彼らの頭から一瞬怒りの感情を吹き飛ばしてしまった。


「え……あ、ああ。別にいいが……俺達なんかに何の話だ?」


「ええ。我々男性に何か話すことなど、あるのですか?」


 ジレットとダンゾウが正直、この時アンナに対して疑いの目を向けていた。コイツは誰かの差金で、自分達のことをからかっているのではないか、と。



「……魔術競技大会のことで、お話があります」



 アンナの目は真剣だった。


 その切れ味の良い刃物のような黒い瞳は、まっすぐに2人の少年を見つめていた。


 その視線に見つめられ、さすがのジレットとデンゾウもこれが冗談ではないことを察することができた。


「……分かった。では、食堂で、話そうか」


「待たれよ、ジレット殿。さすがに、そこで、魔術競技大会の話を我らが話すのは不味いのでは?」


 デンゾウの指摘に、ジレットも最もだと感じた。


「……そうだな。というわけだ。アンタも、なんか欲しいもの、あるか?」


「え……わ、私は……」


「ああ、いいよ。適当に買ってくるから。じゃあ、この部屋で待っていてくれ」


 そういって、ジレットとデンゾウは部屋から出て行ってしまった。


 わけもわからぬままに、アンナは1人、男子寮の一室に取り残されてしまったのである。

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