第9話 デンゾウ・ハットリとその名誉
「はーい、ちょっとみんな聞いてー」
アルピレーナ学院六年三組。
それは早朝の出来事であった。
「みんなにちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
壇上に立っているのはショートカットの元気そうな少女。ユリア・アーべラインだった。
席についている生徒達はみなザワザワと騒ぎ立てる。
「えっと、ちょっと言いにくい話なんだけど……昨日、ブリジットの下着が無くなりました!」
デカイ声でユリアはそう言った。
「ちょ、ちょっと……ユリア……!」
隣に縮こまって立っていたブリジットは慌ててユリアを宥めようとする。
「何? わかりやすく言ったつもりだったんだけど?」
「だ、だからって、もっと言い方ってものが……」
「……はぁ。まぁ、それはいいとして……で! このクラスにブリジットの下着を盗ったヤツ、いるだろ? いたら手挙げろ!」
その瞬間、一斉にクラス中の女子の視線がクラスの中央に注がれる。
「……何か?」
クラスの中央にいた人物、それこそ、デンゾウ・ハットリであった。
「デンゾウ、お前しかいないだろ? 大体このクラスの他に、誰が好き好んでブリジットの下着なんて盗むんだ?」
ユリアはそれこそ、デンゾウが犯人以外考えられないといった感じでデンゾウを見ている。
確かに、デンゾウ以外はクラスメイトは全員女子生徒。
おそらく、十中八九、ブリジットの下着を盗むであろう人物は思い当たらなかった。
「決め付けられるのは心外です。拙者はブリジット殿の下着を盗むなどと不埒な真似はいたしません」
「ふぅん。どうだか……お前、みんな気付いてんだぜ? お前がチラチラ私達の太ももとか、胸元とか見ているの」
デンゾウはあくまでいつもとおりの冷静な殿子でユリアを見る。内心、彼は焦っていた。
デンゾウは、見た目こそ冷静沈着で、クールな男子生徒であるが、その実、女の子に対する関心が人一倍強い。
そんな彼がクラスメイトが彼以外女子生徒という空間に放り込まれてしまったのはもはや悲劇、いや、喜劇としか言いようがない。
「見ていません。拙者はそのようなことは致しておりません」
「あのなぁ……みんな迷惑してるんだぞ。お前のそのいやらしい目線に晒されるのに。少しは自重したらどうなんだ?」
デンゾウは何も言わずに黙った。突き刺さるのは女子生徒の冷たい視線である。
ちょっと、酷すぎやしないか。確かに自分は言うなればムッツリスケベの部類に入るのだろう。
だが、断じて、女性の下着を盗むなどという蛮行を働くわけもない。
となると、これはどう考えても、自分を落としいれようとする罠とし考えられない……デンゾウはそう確信していた。
「……わかりました。百歩譲って拙者がみなさんの肢体をいやらしい視線で眺め回していることは認めましょう。ですが、拙者は決して、女神アルピレーナに誓って、そのようなことは致しておりません」
デンゾウははっきりと凛とした声でそう言った。さすがにそういわれてはユリアも何も言い返せない。
「ふぅん……そんなにはっきり言うのなら、今も持ってないのね?」
「はい。もちろんです。今もこの場で拙者はブリジット殿の下着など持ち合わせておりませんよ」
「へぇ。だったら、お前、ポケットの中身出してみなよ」
「ええ。いいでしょう」
デンゾウは冷静の表情ながらも余裕を持ってポケットの中身を取り出した。
ポケットからは、ピンク色のパンツが取り出された。
「え」
思わず表情を崩してしまうデンゾウ。
「あーっ! やっぱりお前じゃないか!」
わざとらしく大きな声をユリアは勝ち誇った声をあげた。
そんな、馬鹿な。確かに、この身は潔白だ。私は断じて下着泥棒など……
デンゾウの耳には女子生徒の「最低」や「変態」の大合唱が聞こえてくる。
それはある意味彼にとっては興奮を沸き立てるものであったが、いかんせん、やはり自身の立場は最悪だとは認識できた。
「ち、違う! せ、拙者は、こんな……!」
「お、ついに本性表したな。いつもはクールはフリして、やっぱりお前はスケベなんだな。あははっ!」
ユリアが可笑しくて仕方ないという風に笑う。さすがのデンゾウも、この仕打ちは我慢ができなかった。
おそらく、あるはずのないピンク色のパンツがあるのは、ユリアの仕業だろう。
こんなことをするとは、ホトホト魔法使いの誇りもあったものではない。
しかし、それに気付かず、デンゾウはまんまと罠に嵌ってしまった。この代償は小さなものではなかった。
「ほら。謝れよ。ブリジットに」
ブリジットは悲しそうな顔でデンゾウを見つめている。ウルウルした瞳はそれこそ、デンゾウの罪を苛んでいるようだった。
デンゾウは思いっきり下唇を噛んだ。なぜ、濡れ衣でこんな思いしなければならないのか。
自分とて、男だ。どんなに冷静と保っていても、女の子から変態扱いされては、それなりに傷つくのだ。
しかし、ここは――
「……す、すいませんでした。ブリジット殿」
デンゾウは深く頭を下げた。女子生徒全員の怒りの視線が降り注いでいるのが痛いほどわかる。
「……う、ううん。いいよ……もう」
ブリジットは涙声になりながらそう言った。
「全く……いいのか? ブリジット、先生に言わなくて」
「うん……デンゾウ君も謝っているし……」
「そうか? 優しいなぁ、ブリジットは」
そういうとユリアは頭を下げたままのデンゾウの元へゆっくりと歩いてきた。
そして、耳元に口を近づけたこう言ったのだ。
「……ひっかかりやがって。ばーか♪」
嬉しそうな声でユリアはそう言った。デンゾウは血が滲むほどに唇をかみ締める。
コイツは……遊び感覚で私の社会的地位を弄んだというのか……
許せない。なんとしてでも、コイツを……いや。コイツのようなものを生み出した環境を改革しなければ。
「じゃ、そういうことだから。みんな、迷惑かけたな!」
そういうとクラスの興味はデンゾウから薄れた。ユリアもブリジットもクラスの喧騒にまぎれていく。
デンゾウだけが遊びで自分の尊厳を踏みにじられたことに深く憤りを覚えていた。
その瞬間こそが、デンゾウ・ハットリという冷静な少年の心に怒りという名の炎がついた瞬間なのであった。
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