第7話 ジレット・ベルレアンとその家族

 物語を始める前に触れておくべきことがある。なぜ、三人は下克上を決意したのか。


 それは今から一カ月程前にさかのぼる。


「……ない」


 青ざめた顔でジレット・ベルレアンはそう呟いた。


「どうしたの? ジレット」


 興味なさげな顔でそう言ったのは、アルピレーナ魔法学院生徒会長、クラリス・ベルクールは尋ねた。


「ない……ないぞ……」


 しかし、ジレットは聞いている感じでもなくひたすら自身の机の中身とその周辺をキョロキョロと見回しながら何かを探し回っていた。


「だから、何がないのよ? ジレット」


「……うるさい。お前には関係のないものだ」


「関係ないって……大事なものなの?」


 ジレットはそう訊かれると睨みつけるようにクラリスを見た。さすがのアルピレーナ学院の理事長の一人娘であり、生徒会長でもあるクラリスもその目付きには少し寒気を覚える。


「……当たり前だ。俺の家族だからな」


「家族? 家族が見付からないってどういうこと?」


 ジレットは大きく溜息をついてポケットから何かを取り出した。


「これだ」


「これって……ワーム?」


 ジレットが取り出しのは小さな小ビンで、その中には小さな虫が入っていた。


「ワームじゃない。ドミニクだ」


「ど、ドミニク?」


「そうだ。俺の一番新しい家族だ」


 そういって先ほどの冷たい目つきとは正反対に、ジレットは小ビンの中の虫に優しく微笑みかける。


「いるじゃない。家族が」


「違う。ドミニク以外の家族だ。さっきまで俺の机の上においておいたのに、なくなっている。クラリス、お前何か知らないか?」


 ジレットは疑わしい目付きをクラリスに向ける。


「ああ。そこにあった小ビンなら処分したぞ」


 と、代わりに答える声。やってきたのは凛とした雰囲気の黒髪の少女だった。


「ああ、エルナ」


 クラリスはやってきたエルナ・デュフレーヌに微笑みかける。


 対してジレットは呆然としてその言葉を聞き返した。


「しょ、処分した?」


「ああ。全く……ジレット。お前、いい加減にしろよ。お前の飼っている気色悪いワームは女子生徒に大不評だ。アルピレーナの男子生徒としてもっと女性の心をだな……」


「誰の許しを得て処分しやがった! このクソアマ!」


 と、ジレットはあまりの怒りに顔を真っ赤にしてエルナの首根っこを掴む。エルナは一瞬動揺したが、すぐに落ち着き払った冷たい目つきでジレットを見る。


「アルピレーナ生徒会書記、兼風紀委員長である私の判断で処分したのだ。誰の許しを得ての行動ではない」


「お、お前……ど、どこだ!? 俺の家族はどこにいる!?」


「……さぁ? さきほどゴミ箱に入れたが……」


 それを聞いてジレットはゴミ箱に一目散に駆け寄る。それを見ていた数人の女子生徒が軽蔑と嘲笑の視線を浮かべた。


「……ない。ないぞ! おい、エルナ!」


「さぁな。さっき用務員の人が片付けていたからな……もう焼却炉かもな」


 ジレットは驚いてゴミ箱の分類を見る。「燃えるゴミ」だ。


 そのままジレットは教室を飛び出した。向かうは校舎の裏の焼却場。


 ジレットにとって、小ビンの中の虫、ワーム達は親愛なる家族そのものだった。


 物心ついた頃からワーム好きだった彼は、アルピレーナ学院に入学してからは小ビンの中でワームを育てるのを趣味としていた。


 ジレットが育てているワームはグールワームという種類で、繁殖の方法がよくわかっていない昆虫である。


 彼はそのグールワームを六年かけて六つの小ビンに一匹というところまでに増やした。


 最近生まれた新しいドミニクが記念すべき七人目の家族。これからさらにワームを増やしていこうと、意気込んでいた矢先の出来事だったのである。


「……はぁ……はぁ」


 焼却場について彼は呆然とした。


 既にゴミの焼却は完了していた。目の前にあったのは黒焦げになった炭の山である。


「そ、そんな……う、嘘だ」


 ジレットは震えながら炭の中に手を突っ込む。いまだ冷め遣らぬ温度であるのも気にせずに彼は探した。


 そして、見つけてしまった。


「あ……」


 それは溶けかかった小ビンの破片だった。しかし、運良くその小ビンにはシールが張ってあった。シールの素材が不燃性であったのも幸いしたのであろうそのシールには――


「……アルナルド」


 それは彼が一年生の時に、アルピレーナ学院の裏山でたまたま見つけた最初の家族であった。言うなれば彼にとって無二の親友であり、兄弟。


「そ、そんな……アルナルド、トム、シェリー、ポチ、ハヤテ、タロウ……」


 その溶けかかったガラスの破片は、まぎれもなく彼の家族が全員生きながらに妬き殺された何よりの証拠なのであった。


「あら、ジレット」


 と、ガラスの破片を握り締めていたジレットにかかる声。


「大丈夫だった……って、どうしたの?」


「……クラリス」


 ジレットは涙でぐしゃぐしゃになった顔をクラリスに向けた。


「……ぷっ。どうしたの? そんなに泣きじゃくって」


「……お、俺の……俺の家族が……」


 しかし、クラリスはおかしくて仕方がないと言う風に腹を抱えて笑い出してしまった。


 ジレットは最初こそ意味がわからずポカーンとしていたが、すぐに怒りを露にして立ち上がる。


「な、何がおかしい!?」


「だ、だって……ふふっ……たかが虫けらを殺されちゃったくらいで、なんでそんなに泣いているのよ……あははっ……」


 クラリスは本気で意味がわからないという感じで笑っているようだった。


 たかが虫けら? 俺にとっては彼らは家族そのものだった。俺は家族を生きながらにして焼き殺されたのだ。なのに、どうしてこの女は嬉しそうに笑っていられる。

「お、お前……それ以上笑うと許さんぞ……」


「あら? 男性のアナタが私に何偉そうにいっているのかしら? そもそも、アナタこそ気色の悪い虫を学校に持ち込んでいたことを反省するべきなんじゃない? エルナには感謝すべきよね」


 と、その言葉で即座にジレットは理解した。


 コイツだ。コイツが俺の家族を焼き殺したんだ。


 そもそも、エルナはクラリスの腰巾着だ。エルナが自身で判断して何かをするなんて到底想像できない。


 となると、エルナに指示を出して俺の家族を焼き殺したのは、こいつ……!


 今すぐにでもジレットは目の前で明らかに馬鹿にした視線を送ってくるクラリスをボコボコにしてやりたかったが、それは無理である。


 魔法世界で女性が現在大多数を占めている割合が多いのは魔術の進歩により、男性との性交を介さなくても子孫繁栄ができることに由来する。


 そもそもとして、この世界では女性の方が男性よりも生まれながらに保有する魔力が多いのである。おまけにその魔力を運用する素質も、基本的に女性のほうが優れている。


 よって、男性というものはそもそも劣った種であり、世界全体が古来から女性を主体にして動いてきたのだった。


 しかし、かといって男性を絶滅させてしまうのも問題だということで、常に一定数の人間が男性を増やす努力をしてきた。


 最も努力といっても、たまたま男性が生まれてしまった場合、それを育てる了承をするということ自体が努力という、なんともお粗末な話なのであるが。


 つまり、ここでジレットがクラリスと本気で遣り合おうと思ったら、普通に考えれば、おそらく一瞬でクラリスの魔法によって、今自分の背後にある炭の山と同化してしまうのである。


 そして、ジレットは黙ってその場を立ち去ることにした。


「あら? 逃げるの? ホント、男って情けない生き物よね? あはははははっ!」


 嬉しそうにそういうクラリス。


 ……おかしい。こんなのは間違っている。家族を殺されてなぜ俺は我慢しなければならないのか。


 きっと、逆襲してやる。


 大切な「家族」を焼き殺された。これが、ジレット・ベルレアンが逆襲を誓った原因であった。

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