私はそう思うから


養成所 図書室


「わざわざごめんね」

「ううん。二人で運んだ方が早いから」


教室を出た名前と菜緒は話しながら、返却する本を両手に抱えながら歩いていた。


「図書室は一階にあるんだけど、階段降りてすぐだから。あ、足元気を付けてね」


菜緒の後に続くように歩き、一階へ続く階段を降りていく。

彼女の言う通り、階段を降りてすぐ先には図書室があった。

幸い扉は空いており、そのまま入ると数冊の本を傍らにおいて、静かに読書をしている少女の姿があった。

短髪でグレーのパーカーを身に着けており、葛城と教室へ向かう際に会った女生徒だと思い出す。


「おー奈々子じゃん」


菜緒は顔見知りのようなのか、親しげに話しかけてる。


「見ないなって思ってたけど、ここにいたのか。異犯部の人来てるけど、いいの?」

「うん。その本借りてたっけ?」

「千佳の代わりに返しに来たの。返却ってどうすればいいの?」

「受付のところに置いてくれればいいよ。私やっておくから」

「ラッキー!」


咲耶と菜緒は指定された机に本を置いていく。


「あ」

「どした?」

「一冊足りないかも」

「え?」

「千佳ちゃん10冊丁度借りてたはずだから。多分だけど」


奈々子と呼ばれた少女は、持ってきた本を見てそう答えた。


「まじかぁ。ちょっと取りに行ってくる」


菜緒は小走りでかけていき、唐突に二人だけの空間となる。


「ちょっと意外」


ほどなくして、奈々子がつぶやく。


「あなたみたいな人も異犯部なんて」

「え、っと……私は体験生で」

「どっちの?」


どっち?その疑問は口にする間もなく、奈々子が先に言葉を紡ぐ。


「あなた異能者?」

「違う…」

「一般枠か。異能者じゃないのに、異能者の傍にいれるの?」


それはどういう意味だろうか。

期待と不安が入り混じったような面持ちの彼女を見ても、答えは分からない。


「別に一般人が嫌というわけではないけど、いわれのない事を言ってくる人達はきっといるから。そう思うと怖くて。でもどうしてもそっち側に行かなきゃいけなくて」


まともに答えられていないはずなのに、奈々子は独りでに話し始める。


「まだ時間はあるんだけど、今まであったものが無くなってしまうのは、どうしようもなく不安で。変わってしまった私にもきっと、新しい出会いはあるとは思うけど。けど………変わってしまったら、仲良かった友達とかもいなくなっちゃうんだろうなって思うと……今までのように過ごせるか分からなくて」「……」


彼女の言動は抽象的で掴めない。

話の流れからして、彼女は何かを失っても何かを得ることはできるけど、それ以外にも失うこものがあることを恐れているということだろうか。彼女の意思とは関係なく。


「参考になるか分からないけど…」


咲耶は少し俯きながら言葉を紡ぐ。


「話もいい?ある女の子の話」

「うん」

「その女の子はね、お父さんとお母さんと仲良く暮らしてたの。でもある日お父さんがいなくなって……それから少し経って、お母さんもいなくなった。女の子はひとりぼっちになっちゃったの」

「どうして?」

「お父さんは交通事故で、お母さんは――」

「お母さんは?」

「異能者じゃなかったから」

「え?」

「お父さんとお母さんは異能者だったけど、女の子は違った。異能を持ってなかった。ただの普通の人だったの。それでも一緒に生きていくものだと思ってた。でも本当はそうじゃなかった」


静かな水面に投じられた石は、沈みゆくと同時に波紋を生じさせる。

やがてそれは大きく広がり、もはや静謐な水面とは程遠くなっていく。

変化というのはそうして唐突に訪れるものなのだ。


「女の子は、自分がお母さんにとって、簡単に切り捨てられる存在だったことは……その時はとても悲しかった。でも今となってはね。残念だけど、そういうこともあるよねって。親子だからって無条件に何でも受け入れられるわけではないって思ってる」


当たり前のことは、当たり前じゃない。

それを知ったのは恐らくこの時だ。


「人は自分と違うところがあるだけで仲間外れにしたり、排除しようとする。誰だってその可能性を持ってる。けれどそれと同じくらい、同じものを共有して楽しいことも辛いことも分かり合えることだってある」


母とは分かり合えなくても、些細な事でも理解してくれる存在がいたのは確かな事実だ。


「女の子とお母さんは分かり合うことはできなかったけど、それが全てではなくて。だからこそ、きっとどこかに自分をありのまま認めてくれる人がいるって信じてた」

「女の子は出会えたの?」


問いに静かに頷く。


「出会えたよ。異能者だから、普通の人だからって枠組みに囚われそうになるけど、そこにはそんな垣根はないよ。異能者だから、普通の人だからって、余計な諦めをするのは違うと思う」

「私にも現れるかな。そういう人…」

「今は分からない。でもきっと、あなた次第でどうにでもなるはずだから。不安でも、怖くても、諦めちゃうのは勿体ない……少なくとも、私はそう思うから」


奈々子は言葉もなく、俯いてその表情は分からない。

自分自身で決めなければならないことであるなら、もしかしたら自分の言葉は、彼女の決意を鈍らせるものだったかもしれない。

そうであれば罪悪感が沸き上がってくるが、叶うなら彼女の選択の助けとなればいいとは思う。


「―――」


どことなく気配を感じて振り返ると、そこには音村の姿があった。


「本の返却はここで合ってるか」


目があった瞬間にそう問われる。

こちらが問い掛ける前に。

見れば彼の左手には一冊の本があった。


「代わりに持ってきたから、確認して欲しい」

「合ってます。ありがとうございます」


奈々子は静かに本を受け取る。


「不破。中原さん見なかったか?」

「見てないです」

「そうか…ならいい。俺は教室に戻る」

「私も戻ります」

「あ、あのっ」


用は済んでいるため、音村の後に続こうとすると呼び止められる。


「ありがとうございました。まだ不安はあるけれど……諦めるのは、もう少し先にします」


ほんの少し笑顔を浮かべた少女に、咲耶もまた笑みを返した。



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