まだ迷ってるの



中原が声をかけたのは、男性にしては少し長めの濃藍色の髪と、カジュアルな服装の男性だった。

生徒らしい若い少女達と話していたことから、彼も教師だろうか。

いかにも堅物の言わんばかりの自分の担任とは、印象が随分異なるが。


「中原さん…!」


男は中原の姿を見るや、やや目を丸くし、軽く頭を下げる。


「相変わらず元気そうだね」

「中原さんもお元気そうで。三課の方がいらっしゃることはお伺いしてましたが、あなたもこちらにいらしてたんですね」

「手が空いてたもので。うちの子達は、先に教室行かせちゃったけどいい?」

「構いません。ところで、そちらは?」


葛城と呼ばれた男は、中原の後ろにいた咲耶へ視線を向ける。


「うちのとこの体験生。コハナちゃん、挨拶」

「不破咲耶です」

「葛城駿だ。この養成所で教師をしている」


促されるまま名乗ると、葛城も名乗り返し、咲耶を一瞥して再び口を開いた。


「その制服、大徳高校の――」

「今年は例外で未成年でね」

「そういうことですか」

「おや?思ったより普通の反応だね。もっと驚くかと」


中原の言葉に、葛城は否定するかのように首を横に振る。


「驚いてはいますよ。ただそういうこともあるかと。周りがどう言うかはさておき、未成年ということが足枷になるとは限りませんから」

「なるほど。そういえば先生は、最近チームに所属したとか」

「ええ。オルディネに所属しました」


――チームって高月さんが言ってた…。


「チーム・オルディネ――現存するチームの中ではケイオスと並ぶ最古のチーム。とはいえ、少し前までは所属者不足から解散寸前のチームだった。しかし土壇場で長年空席だったリーデルが就任したとかで、解散は無くなったとか。うちの部署でも話題でね。何でもリーデルは純血の未成年異能者だとか」


未成年という言葉が何故か響く。

葛城が先ほど放った、未成年であることが足枷にはならないという言葉の意味が、どことなく分かったような気がした。


「――色々と憶測はあるようですが、心配は無用です。確かにリーデルは幼く、まだ未熟な面はありますが、所属者全員が認めた逸材であることは、揺るぎない事実です」

「所属者全員……あのジョエルやアーネストも?」

「自分はそう認識してます。彼女をリーデル候補として選出したのは、その二人でしょうから」

「それはそれは」


中原はそれ以上何も言わず、含んだ笑みを浮かべる。


「きっかけはともあれ、彼女ほどリーデルにふさわしい存在など、いるはずもないので」

「先生も随分と入れ込んでるようで?」

「彼女がいなければ、今の俺は有り得ません」


断言するほどに力強い言葉と、その瞳から感じる明確な意思。

話の流れからして、リーデルとはオルディネというチームにとって大切な存在なのだろう。

オルディネに所属している葛城にとっても、それは揺るぎない事実で、そんな風に思える存在に会えるということは、恐らく幸運なのだろうと、咲耶は頭の片隅でそう思った。


「最近どうなの?子供達は元気?」

「元気は有り余るほどで。正直人手が欲しいところですね」

「育ち盛りだもんねぇ。修了生の進路もだいたい決まった感じ?」

「大方と言ったところですかね。一部は進学希望もいますし、まだこれからですよ」


思案する傍ら、中原達の話は全く違うものに展開しており、咲耶はただ耳を傾ける。


「事情が事情で仕方ないとはいえ、ユノちゃんはウチに欲しかったんだけどねぇ……高月くんもこっちに異動してきたし、南雲課長も納得してくれそうかなって思ったんだけども」

「そうですね。ユノも残念がってましたよ」

「でもまぁ、ロストしたんじゃ仕方ない。切り替えて他を――ん?」


何かに気付いたように、中原ひ上着のポケットに手を入れて何かを取り出す。


「あー……悪いけど、先にこの子連れて行ってもらえる?」

「分かりました」


葛城が了承すると、中原は咲耶を彼の前に突き出して背を向ける。

すぐに会話が聞き取れない程度の距離を置いて、取り出したスマホを耳に当て話し始める。


「初対面で申し訳ないが、案内する」

「先生」


葛城がそう言ったと同時に、彼の背後から呼ぶ声が聞こえた。


「奈々子か。どうした?」

「翼を探してるんだけど、どこに行ったか知らない?見つからなくて」

「見掛けてはいないが、教室に戻ってるんじゃないか。異犯部の人も来ているし、お前も一緒に――」

「平気。聞いたってもう意味ないから。会ったら図書室にいるって伝えて」


奈々子と呼ばれた少女は用件だけ伝えると、その場から去っていく。

もう意味がないとはどういうことなんだろう。


「すまない。彼女は元々活発な生徒ではないんだが、最近は以前にも増して控えめで」


やや困惑したような葛城の表情を浮かべたものの、それ以上の事は言わなかった。

何か事情がありそうだと思いつつも、咲耶は何も言わず、教室へと向かう彼のあとに続いた。







葛城に連れられて教室に向かった咲耶は、無事に奥村達と合流した。

奥村や葉山は生徒達と愉しげに戯れており、特に葉山は人気があるのが低学年の生徒に囲まれていた。

一方で音村は仏頂面を崩すことはなく、口数も少なかったが、生徒達の話になんとか付き合って頑張っているようにも見えた。

咲耶も口数は決して多くはなかったが、同世代が多いこともあり、局員達よりも生徒達とも話が合い、馴染むのにそう時間は掛からなかった。


「咲耶ちゃんって大徳高校でしょ?制服可愛いよねー!毎日これで登校できるとか最高じゃん!」


なかでも菜緒という少女は、同年ということで気が合い、会話に花を咲かせた。


「咲耶ちゃんのとこって、進路とかの話ってもうしてる?」

「うん。まだ決まってない子が多いけど」

「だよねぇ。あたしもめっちゃ悩む。チーム所属か大学進学するとか。咲耶ちゃんは異犯部でしょ。すごいねー!」

「え……私はまだ決めてないよ」


菜緒は目を丸くする。


「…マジ?異犯部確定じゃないの?」

「うん」

「勿体ない!!」


ついには驚いた表情を浮かべながら叫んだ。


「異犯部って、普通の人でも異能者でも超エリートしか入れないし、調停局の中でも難易度めっちゃ高いんだよ!!」


それは知流からも聞いたことがある。


「しかも高給取りだし、イケメン、美女も多いじゃん?あ、あたしの一押しは恩田さんなんだけど!」

「そ、そうなんだ」


――恩田さんってプリンとかお菓子よくくれるし、何かと気遣ってくれる人だよね。

――でも確か、給料日にお金全部使っちゃった人じゃなかったかな。


「体験生に選ばれる時点で、ほぼ内定したようなもんだよ?とりあえず入ればいいのにー!ほかに何か、やりたいことでもあるの?」


菜緒にそう言われて、咲耶は沈黙する。

やりたいこと。そんなことあっただろうか。

担任からの提案で、特に断る理由はなく成り行きで体験生になって。

でも予定していた部署とは異なり、紆余曲折あって異例の異犯部の体験生となった。

そこで黒猫や九条達をはじめとする局員に会って。

彼らの業務や役割、仕事に対する姿勢などを知って。

けど自分もそうなりたいのかって言われると、そうだとは言えなくて。

自分の将来のことを決めるためにここにいるはずなのに、目の前のことにばかりに意識が集中しすぎてた。

彼らの業務を見たり手伝ったりすることは、大切なことだけども、それは本当の目的ではないのだ。


――肝心なことなのに、忘れてた。

――私、将来どうしたいの。どうなりたいの。


「……咲耶ちゃん?」

「――………まだ迷ってるの。自分がどうしたいのか、分からなくて」


今の自分の中にある答えを、口に出してみる。

思いのほかそれは容易であったが、分からないという言葉がやけに重く感じる。


「……そっか。そうだよね。とりあえずで決められるものじゃないよね。なんかごめん」

「ううん。私こそ、ちゃんと答えられなくてごめんね」


答えられないのは彼女のせいではなく、決められていない自分のせいだ。


――ちゃんと考えなきゃ。


「菜緒ー!」


ふと、友人らしき少女が彼女を呼ぶ。


「なにー?」

「話してるところ悪いんだけど、図書室に借りた本返してきてくれない?」

「はぁ?自分で行きなよ」

「返却日過ぎてて返しづらいんだよね」

「自業自得じゃん」

「そうなんだけどさ、お願い!帰りにタピオカおごるから!この通り!」

「えー?んー仕方ないなぁ…って結構あるじゃん!」


渡された本は意外にも厚みがあり、一人で返却するには結構な量だった。


「私も手伝うよ」

「え、でも」

「この量だと一人じゃ大変だよ。それに二人の方が早く片付くから」

「咲耶ちゃん、めっちゃ優しい!助かりますー!」



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