何でもいいから食っとけ
某所
保健室で仮眠を取った咲耶は、昼休みが終わる学校をあとにした。
その折に奥村から連絡があり、そう遠くもない指定された場所へ向かう。
――駅近の喫茶店だから5分もかからないかな。
疲労は残っているが、そう考えられるくらいの余裕はまだあるようで、店の扉に手を掛ける。
「咲耶ちゃん…!」
店内に足を踏み入れると、自分を呼ぶ声が聞こえて歩み寄る。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。悪いわね、来てもらっちゃって。ここ座って」
「ありがとうございます」
優しげな笑みで朗らかに出迎える奥村は、日々振り回されがちの咲耶に対して、とても親切だった。
業務内容はもちろん、部の対人関係なども、こと丁寧に教えてくれるほか、三課唯一の同性ということもあって話しやすく、頼れる人物であった。
「せっかくだし、咲耶ちゃんも頼みましょう。何食べたい??」
「え…」
「あ、もしかして食べてきちゃった?」
「いえ、まだです」
空腹ではないといえば嘘ではあるし、むしろ何かしら口にしたい気分ではある。
――でもこれから業務だし、食べたらまた眠くなっちゃいそう。中原さん怖いし。
「ああ、大丈夫。中原さんにはお昼食べてから向かうって言ってあるから」
咲耶の心情を察してか知らずか、奥村の言葉はいくらか気持ちが軽くなるのを感じる。
「……中原さんは苦手?」
「はい、少し…」
不意の問い掛けに間を置かず答えると、奥村は軽く笑った。
「ふふっ。咲耶ちゃんは正直ね」
「え?あ…!す、すみません…!」
躊躇いなく答えてしまったが、奥村にとっては直属の上司であって、今のは軽率な発言だったのではと焦る。
「いいのいいの。うちの部署も含め、好意的な人なんてあんまりいないわよ。夜霧くんだってそうだし」
「黒猫さんも?」
「ええ。彼って単独行動が好きっていうか、自分で何でもするのが好きなタイプじゃない?でも中原さんは、ああ見えて突っ込んでくるタイプだから、若手がいないところで、よく言い合いになったりするのよ」
「そうなんですね…」
――ちょっと意外。黒猫さんに苦手なものがあるなんて。
最近は勤務帯が異なるのか、あまり会うことはないが、黒川や恩田の話を聞く限り、業務は基本的に単独で行うことが多いらしい。
――確かに誰かといるイメージはないけど、本当にそうなのかな。
「お疲れ様です」
不意に聞こえた声に顔をあげる。
――えっと、確か。
銀髪の長身の男性。名前は音村だっただろうか。
奥村曰く、子供と女性が苦手な黒猫より少しマシな一匹狼。それから女性にモテるとかなんとか、咲耶は聞いた気がした。
「お疲れ様。何か頼む?」
「いえ」
「これからお昼だからしばらくここにいるわよ」「……」
「ここのコーヒー美味しいわよ?」
「じゃあそれで」
「咲耶ちゃんは?」
「あ…」
再び聞かれ、咲耶は口をつぐむ。
昼食を取るべきとはいえ、やはり気が引ける。
「わ、私は大丈夫で――」
「何でもいいから食っとけ」
断ろうとすると、音村に遮られる。
「子供には酷な仕事場とはいえ、日に日に顔色を悪くされるのは迷惑だ」
「す、すみません…」
咄嗟に謝ると、奥村は少し笑った。
「咲耶ちゃん、謝らないで。音村くんは心配してるだけよ」
「え?」
「別に。業務に支障が出たら困るからです」
「そうなの?でも、よく見てるのね」
奥村の言葉に、音村は視線を下に逸らす。
「なんだかんだ言って、咲耶ちゃんのこと気になるんじゃない?」
「そんなわけ……そもそも心配してるのは、俺じゃなくて、夜霧さんの方です。不破は大丈夫かとか、あまり無理はさせるなだの言ってきますし」
「夜霧くんが?珍しいわね。どうして?」
「さぁ。どうせ俺達には関係ないですよ」
「えーでも気になるじゃない?夜霧くん、咲耶ちゃんみたいのが好みなのかしら?」
「どうでもいいですよ」
繰り広げられる二人の会話を他所に、咲耶は夜霧を思い浮かべる。
――黒猫さん、あれから話してないけど。
――ちゃんと見ててくれてたんだ。心配かけちゃうのは悪いな。
咲耶は夜霧のことを思いながら、机に広げられたままのメニューを見る。
「あの……サンドイッチ、食べてもいいですか?」
「ええ。もちろん」
控えめながらそう伝えれば、奥村は顔を綻ばせて店員を呼ぶ。
それとなく音村を見たが、変わらず視線を逸らしたままだった。
――――――――――
――――――――
―――――
「あっ!いたいた!こっちでーす!」
昼食を食べ終え、奥村達と目的の場所へ赴くと、既に中原と葉山の姿があった。
「お待たせしました」
「しっかり食べれた?」
「ええ。とても美味しかったです」
「それは何より。そんじゃあ、行きますか」
中原の言葉と共に三課の面々は、目の前の建物へと足を進める。
咲耶はそこから動かず、初めてみるその光景を目に映す。
「どうした?」
気付いた音村に問われて、慌てて駆け寄る。
「ここって――」
「養成所だ。知らないか?」
「いえ…聞いたことあります」
異能をコントロールできない未成年の異能者を中心とした教育機関だと、誰かしらに聞いたことがある。
まさか自分がそのようなところに足を踏み入れるとは思わなかったが、もしかしたら貴重な機会ではないだろうか。
咲耶は周囲を見渡しながら歩く。
階段に差し掛かったところで、中原は振り向いた。
「じゃあいつも通りにね。俺は後で行くから」
「了解でーす!」
「いつも楽しそうね」
「もちろん!こーみえて子供好きですし!」
「あんまりはしゃぐなよ」
「わかってますってー!」
楽しげな様子で階段を昇る葉山達を眺めていると。
「コハナちゃんは俺とおいで」
中原に手招きされ、戸惑いながらも彼の元へ歩み寄る。
「養成所は初めて?」
「はい。未成年の……私と歳の近い異能者がいるんですよね?」
「大体そうだね。コハナちゃんの学校みたいに、異能者を公然と受け入れてくれる普通の学校ってのは、極端に少ないから、こうして専門の教育機関があるって感じだね」
確かに知る範囲でも、異能者が通える一般的な学校といえば通っている大徳高校か、都内にある一貫校くらいだ。
「特にここの子達は、一般社会に馴染みづらい能力持ちや異能のコントロールがまだ不完全な子が多くてね。コハナちゃんの学校にいる異能者達は、若年ながらコントロールが出来ている子達でしょ」
言われてみれば、異能の暴走などは聞いたことない。
馴染みづらい異能持ちはいるかも知れないが。
「それから卒業と同時に、就職する子が一定数いるのも特徴だね」
「就職……調停局に行く人も?」
「もちろん。でも大体は一般対策か異能対策希望だから難関なもんで。希望者はいても、実際行ける人は少ないね。うちなんかは応募者がそもそもいないんだけども」
調停局の中でも所属が難しいとされているのは、三対だと知流から聞いてはいる。
そのなかで応募者がいないということは、どういうことだろう。
――仕事が結構ハードだから?
――就業条件が悪いとか。
――でも今のところは、命の危機を感じるほど危なくはないし。
――それとも。
「やっぱり鬼籍入り…」
「何か言った?」
「ッ――いいえ」
「そう?…ああ、丁度良いところに」
慌てる咲耶を余所に、中原が何かに気付いたように足を早める。
「奇遇ですね。葛城先生」
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