お返事は?

大徳高校 某教室


「咲耶、お昼行こ」

「……」

「咲耶…?」

「え?あ……ごめん、どうしたの?」

「お昼食べようと思って」


弁当箱を見せる知流に、既に授業が終わっていたことを知る。


「アンタ本当に大丈夫?最近ずっとこんな感じじゃん」

「そんなこと」

「あるよ。異犯部そんなに大変なの?敦孝も心配してたよ。提出物とかも出てないし、小テストの点数も軒並み下がってるって」

「そう…」


否定しようもない事実を言われるが、曖昧な受け答えしかできない。

肯定してしまえば、目を逸らせなくなる気がして。

とはいえ、自身の生活リズムが狂い出しているのはどうしようもない事実だった。

事の発端は一週間ほど前だ。



――――――――――

――――――――

―――――



「昨日ぶりだね。コハナちゃん」


午前の授業を終え、いつも通り異犯部へ向かい、宛がわれたデスクについて支度をしていると、声を掛けられた。

顔を上げれば、昨日帰り際に会った男性がおり、愉しげな視線を向けて、こちらを見下ろしていた。


「昨日は急なもんで、名乗り忘れちゃったけど。俺の事、知ってるでしょ?」

「え…っと……」


唐突な物言いに戸惑うものの、高月との会話と、今日は三課と同行予定であることを思い出す。


「中原さん、ですか?」


消去法ではあるが思い当たる人物の名を口にし、控えめに訊ねてみる。

すると男は正解と言わんばかりに、口元に笑みを浮かべた。


「ご名答。君の本日のお目付け当番役である三課課長ね。課長の中では一番古株なもんで。困った事があれば聞くように」

「あ、ありがとうござ――」

「と言っても、ろくでもない質問に答えるつもりはないから」


――なんていうか、新城さんは待ち針だったけど。

――この人は圧力鍋だと思う。笑ってるのに笑ってない感じが。


「それにしても、縁ってのは不思議なものだねぇ……幸か不幸か、体験生の座を射止めた可愛いお姫様」


蛇に睨まれた蛙とはまさしくこのことだろうか。

動くことも逸らすこともできず、そのまま視線が絡まる。


「とはいえ、ここで求められるのは花のような美しさや、愛らしさじゃあないもんで。体験生の意味を再度認識するように。子供だからって優しくしないよ俺は」

「――ッ」

「お返事は?」

「っは、はい…よろしく、お願いします……」

「よろしい。じゃあ早速だけど、お仕事だよ」


それからというもの、予め取り決めていた規則を無視して、連日三課と同行する日々が続いている。

それだけならまだいいが、禁止されてた現場への同行も躊躇なく行われており、予想外のことばかりで心身ともに疲弊していた。


――今のところ怪我はしてないし、それが働くってことなんだろうっていうのは、なんとなく分かってても正直辛い。

――九条くんの話だと、朝霧さんや高月さん。それから新城さんも珍しく諫めてくれてるみたいだけど、まるで聞く耳を持ってないって言ってた。

――古株ってことは一番先輩ってことだから、仕方ないのかもしれないけど…やってける自信ない。


「……保健室行ってくる」

「また?ちゃんと食べないと」

「うん。お腹は空いてるけど、どちらかと言うと眠りたい」


それだけ言って教室を後にする。

疲れていても、食事を取らなければいけないことは分かりきっていることだが、その気力がない。

分かってはいるのだが。


「あー。サボり魔の不破さんだ」


保健室へ向かう途中、どこか含みのある声色に呼び止められる。


「今日もまた保健室?」

「…うん」


呆れと嘲笑が混じったような問い掛けに、間を置きながら答えれば、ついには鼻で嗤われる。


「そんなんで大丈夫?不破さんって体力無さそうだしトロいし、向いてないんじゃない?」


そう言われて顔をあげれば、相対するクラスメートの女子と視線が絡む。

特段仲が良いわけでもなく、話すことすらほとんどなかったはずだが、ここ最近は何かと辛辣な物言いをされている。


――知流が言うには、調停局の体験生希望だったけど、私に取られたとかで当たってるみたいって言ってた。だいたい正論なんだよね。


だから辛辣な言葉を投げられても、どうしようもない。

向いてない。その言葉は否定出来ないと、咲耶は内心ごちる。


「ろくに授業出てなくても、何も言われないなんていいよね。体験生ってだけで良いご身分」

「……」

「不破さんみたいのが、体験生になれるくらいだから、意外と調停局って楽なお仕事?」

「そんなことは…」

「まぁ体験生じゃない私にはどうでもいいけど。せいぜい頑張ってね」


言いたいことだけ言って、立ち去るクラスメート。

その後ろ姿を見送りながら、ため息が溢れそうになるのを抑え、咲耶は保健室へと足を進めた。



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