迷惑かけない人っているの?

異能犯罪対策部



「ごめんね、不破さん。巻き込むどころか放置しちゃって」

「大丈夫だよ。気にしないで」


一連の出来事のあと、小泉と別れ、注文していた飲み物を素早く飲んで、咲耶と九条は異犯部へと戻った。

他部署の局員の介入もあり、事なきを得たが、九条は至らぬ自分を責めるように、不破に謝罪をしていた。


「私はただ見ていただけだから。九条くんと小泉さんが、怪我しなくてよかった」


状況もあまり飲み込めていない緊迫した雰囲気で、自分はどうしていいか分からずにいた。

名前も知らない他部署の人には、感謝するばかりである。


「……俺もただ見てただけだよ」

「え…でも九条くんは私と違って、ちゃんと止めようとしてたよね…?」

「結局止められなかったから同じ事だよ」


――九条くん、元気なさそう。

――さっきのこと、すごく気にしてるのかな。


応答は何ら変わりないものの、俯きがちな視線とどこか沈んでいるような表情が見て取れた。

九条の言葉の通り、確かに彼は何かしら行動をしたわけではない。

それでも遠巻きで様子見していた自分とは、明らかに違うのは分かっていた。


「えっと…他の人はどう言うか分からないし、結果はそうなのかもしれないけど…私は違うと思うよ。九条くんはあの時、どうすればいいか必死に考えてたよね?あそこで変なことして色々あっても困るし、でもだからって小泉さんのこと放っておけなくて。私だったらそんなことすら考えられなくて、何もしなかった気がする。さっきの人達に助けられたのは事実だけど、なんとかしようとしてた九条くんがいて、私は良かったと思うよ」

「…何かあると、迷惑な子供でも?」

「?…迷惑かけない人っているの?」


疑問で返せば、九条は目を瞬かせる。

様子を見ていると、不意に口元を抑えて笑いだした。


「ははっ…」

「九条くん?」

「不破さんって斬新だよね」

「ざ、斬新…」


予想だにしない返答が帰ってきて、咲耶は思わず戸惑う。


「大胆というか図太いというか。あと、割りと見た目詐欺」

「えっ…!さ、詐欺なんてしてない…」

「言葉の綾だよ。でもそうだね。迷惑かけない人って見たことないや」


納得したような言動ではあるが、相変わらず九条は笑っている。


「不破さんのおかげで、元気出た」

「そっか…」


――元気になったのは良かったけど、変なこと言ってないよね…。

――詐欺って言われたのは気になるけど。聞かない方がいいかな。


腑に落ちないものもあるが、咲耶はひとりでに納得する。


「俺はこれから小泉さん達と行動するから別行動になるけど、大丈夫?」

「うん。あとは今日のことノートに書いて提出したら、帰るだけだから」

「分かった。今日は送れないけど、気を付けて帰って」

「ありがとう。お疲れ様」

「お疲れ様」


笑顔で挨拶を交わして九条を見送る。

辺りを見渡すとちょうど出払っているのか、部署内には自分しかいなかった。

咲耶は自身に宛がわれたデスクへ向かい、席に座るとノートを開く。


――迷うけど、一応お店での事は書いておいた方がいいよね。

――大事にはならなかったけど、小泉さんは男の人に腕掴まれてたりしてたから。


終始痛がる素振りや、腕を気にする様子は見られなかったが、腕を捻られていたことは目にしていたため、気がかりだった。


「お疲れ様です」

「お疲れ様で……!」


反射的に返した言葉と共に視線をあげると、咲耶は声もなく驚く。

朝霧とは違いスーツをしっかり着こなし、眼鏡越しからでもわかる疑いを含んだ刺さる眼光。

黒猫とはまた違う眼差しに咲耶は内心たじろぐ。


――新城課長……九条くんの直属の上司さん。


初対面で容疑者と言われたのは、それなりに衝撃だったと咲耶はぼんやりと思った。


「あ……お、お疲れ様です」


途中のままの挨拶に気付き、慌てて席を立ち、軽く会釈をするが、新城の表情が変わることはなかった。


「今日は九条と行動していたと記憶しています。何か収穫はありましたか?」


その言葉に店での出来事が再び脳裏に過る。

――九条くんの上司なら、同時に小泉さんの上司になるから、さっきのこと伝えておくべきかな。

――小泉さんのこと気になるし。


先程の小泉を思い浮かべる。自分と言葉を交わすことはなかったが、強めの口調で、九条との会話を聞くに淡々としていて、どこか冷たく一定の距離を保っているようにも見えた。

いざこざのあった男達や局員との対応は辛辣にも取れ、変に気遣うと反感を買われるような気もした。


――外野の私が言うのは良くないかもしれない。揉め事も起こしたくないし…。

――とりあえずノートには書いておこう。高月さんなら、それとなく対応してくれる気がする。


「聞いてますか?」

「あ…す、すみません」

「別に構いませんが。返答もろくに出来ない貴女に期待するほど暇ではありませんし」


新城の問いに答えそびれてしまい、あからさまな呆れと、追い打ちをかけるような冷たい言葉を浴びせられる。


「子供であっても、成り行きであっても、自身で選択したわけですから、責任を持って取り組んでいただきたいものです」


言いたいことだけ言って、去っていく新城の背中が見えなくなると、咲耶は脱力したように座り込む。


――新城さんは正直苦手かも。最初の時の後ろめたさもあるし。


指摘されたその言葉も的を得ているだけあって、言い返すことも出来るわけがなく、咲耶はため息を零す。


――責任なんてよくわからない……どうしたらいいんだろ。


濃くなっていく霧のように、次第に霞んでいく心持ちを抱えたまま、咲耶は再びノートに向き合った。




――――――――――――

―――――――――

――――――

――……




「定時過ぎても帰れる見込みが全くない!せめて20時には帰りたい!だから咲耶も帰りませう!」

「そうだね。あんまり残ってると僕達が課長に怒られちゃう」

「す、すみません」


言動の割には楽しそうな葉山や黒川の傍らで、咲耶は慌てて手荷物をまとめる。

あれから本日の報告を考えように上手くまとまらず、書き上げるまでに時間を有した。

その間に出払っていた局員も戻り、すでに時計は18時を回っていた。

門限まで時間はあるものの、決められた業務時間は過ぎていた。


「課長達が会議してる今がチャンスね」

「ノートは高月さんに渡しておけばいいんだよね?」

「はい。ご迷惑おかけします」

「いいのいいの!直属の上司だし、手っ取り早いから」


あっけからんとそう言う観月に、咲耶はホッとしたように笑みを浮かべて頭を下げる。


「ありがとうございます。お疲れ様です」

「お疲れ様~!明日も頑張ってね!」

「気を付けてね」


軽く会釈をして咲耶は異犯部をあとにする。



小走りで廊下を進み、調停局の出入り口まであとわずかとなった曲がり角で、僅かな衝撃とともに、急に視界が暗くなる。


「っ」


少しずつ視界に広がるのは白、そして微かタバコの匂い。


「大丈夫?」


こちらの様子を伺う低い声に顔を上げれば、印象的な赤色の髪を束ねた男性と目が合う。

視界に映っていた白は、男性の衣服であることと、勢い余ってぶつかった挙げ句、顔を押し付けてしまっていたと理解し、咲耶は慌てて離れる。


「ご、ごめんなさい…」

「こちらこそ。おや?」


不意に男は、何かに気付いたように声をもらす。


「これは予想外」


そして呟きと共に目を細める。

その様子は、どこか愉し気なように見えるのは、気のせいだろうか。


「うーん。やっぱり、深窓のなんやらと言ったところかねぇ」

「え、っと…」

「ああ、こっちの話。今帰り?」

「は、はい……」

「そっか。前を見て、気を付けてお帰り。コハナちゃん」


何事もなかったように、歩いていく男の背を不思議そうに見つめる。


「コハナちゃん…?」


誰かと勘違いしているのだろうか。

僅かな疑問が浮かんだものの、刻々と迫る時間を前に、咲耶は再び帰路へと着いた。


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