それは残念

異能犯罪対策部 会議室



「――このエリアに関しては、引き続き一課の方で問題ないか」

「ええ。ただD区の方は二課にお願いしたいと思うのですが」

「構いません。ちょうどこちらからも打診しようと考えていましたので」

「ありがとうございます。あ、そうだ。高月さん、新しい局員の採用の方はどうなってます?」

「候補者は大体上がっているよ。あとは中原さんに見てもらって、最終的に判断してもらう」

「分かりました。今回は可愛い子がいるといいなー」

「また貴方は」


一区切りついたと言わんばかりの軽口を叩く朝霧に、新城はあからさまに呆れてみせる。


「新城さんだってそう思いません?異犯部の女の子達って、みんな気の強い子ばかりじゃないですか。たまには守りたくなるような可愛い女の子が来て欲しいって」

「貴方の好みは関係ありません。加えて業務の遂行能力が肝です。そのような女性には、この部は不向きです」

「相変わらず堅いなぁ」

「貴方が軽いだけです」

「えー?ナンパくらい普通じゃないですか?新城さんには無理でしょうけど。可愛い彼女さん、いますもんね。最近どうなんですか?」

「なっ…!貴方には関係ないでしょう!」

「えー?高月さんも気になりますよね?」


話を振られるが、もはや会議の体裁すらなしてないこの状況に、高月は言葉を返さず苦笑するばかりであった。


「随分盛り上がってること。相変わらず元気だねぇ」


第三者の声に振り向けば、予想にもしていなかった人物の登場に、高月は目を瞬かせる。

課長会議に現れた男――中原尊なかはら たけるはそれなりに背丈のある自分よりも長身で、男性にしては長い赤髪を横に束ねた派手な風貌であるが、異能犯罪対策部三課課長であり、また自分を含め課長達の中でも最年長で経歴も長い経験豊富な人物でもある。


「中原さん…」

「あれ、今日夜勤でしたっけ?」

「いーや。出勤は明日からだねぇ。ちょっと近くを通ったから顔を見に来ただけ。で、何の話?」

「新城さんの彼女の話でーす。順調なのか聞き込み中」

「上手くいってるんじゃないの。同棲してんでしょ」

「え!そうなんですか!」

「中原さんッ!」

「怒らない怒らない」


宥める中原は、近くにあった椅子に腰かける。


「仲良き事は美しき事。さて、俺が休みの間に色々と面白いことがあったみたいだけど、各課きちんと統率取れてる?」

「問題なしですよー」

「それは上々。念願の体験生が、花の女子高生だからって、浮かれてもらっちゃ困るんで」


休みの間に起きた出来事さえ、既に把握している辺りはさすがとしか言えず、最もな言い分でもあるのだが、実際のところ恩田や齋藤をはじめとする若年部員のはしゃぎようは、まさに浮かれていると言わんばかりの有り様だ。

中原から叱咤を受けそうな気がしなくもないと、高月はひとりでに思う。


「でも実際のところはどうなの?朝霧ちゃん」

「何がですか?」

「遠慮しないでいいよ?ここには気を遣わなきゃいけない部長も、目を光らせておかなきゃいけない部下もいないんだから」


中原は変わらず笑みを浮かべてはいるものの、纏う空気はどこか張りつめている。


「遠慮なんてしてないですよ」

「じゃあ言い方変えようか。白状しなさいなって」


自分に言われているわけではないはずなのに、じわりじわりと追い詰められいるような感覚が走る。

中原は相変わらず笑みを浮かべてままだが、その目はしっかりと朝霧を捉えている。


「高月くんも弘孝も優しいから、決まったことに口を出しすることはないだろうけど、俺は違うよ。知ってるでしょ?」


暗に逃がす気はない。と言うことだろう。

新城や自分さえ、朝霧の言動に違和感を覚えたのだ。

ならば当然、彼もその違和感を見逃すはずはない。

あくまで追求する中原に対して、朝霧も負けじと笑みを浮かべて口を開く。


「白状することなんて――」

「ああ、言うつもりがないなら、俺が代わりに言ったげよう。課長だけが知り得る解除番号を、確かに教えただろうね。でもそれは噂の体験生ちゃんじゃない。佐野でしょ」


朝霧の言葉を遮ってまで断定的に言い放つ。

よほど自信があるのか、確証が取れているのか。中原は話を続ける。


「さらっと見せてもらった報告書に、彼は一切出てきてないけど、状況からして妥当でしょ。史菜はそういうの断るだろうし、朝霧ちゃん的に夜霧には絶対教えない。ましてや体験生ちゃんや黒川くんなんて論外。それは弘孝辺りが、諮問したんじゃない?」

「ええ…」


視線を向けられ、やや戸惑いを見せたまま、新城は肯定する。


「でもはぐらかさらたわけだ。一課はそういうの異様に長けてるからね。水面下で事を運ぶの大好きでしょ?それにほら、佐野はボサッとしているように見えて、抜け目のない男だから。自分経由より、縁も所縁もない小娘から知らされたって方が都合がいいなんてこと、余裕で思い付くよ。もし俺がその立場でも、彼女を利用して責任回避したいし」

「……」

「朝霧ちゃんも、体験生からってことなら、最悪でも厳重注意程度だろうって思ってたでしょ。事実そうだろうねぇ?ところが体験生ちゃんは上手い事立ち回って、部長の太鼓判を押され見事体験生になったと。すごいねー。同時に恥ずかしいねぇ。大の大人が子供に尻拭いされて、情けないったらありゃしない」


決して笑顔を絶やすことなく、されど出てくるものは辛辣な言葉で。

高月は中原の言動を気にしつつも、彼を止めることなく、口を閉ざして様子を伺う。


「でも朝霧ちゃんには、嬉しい誤算だったんじゃないの?」

「まさか。驚きですよ」

「そう?でも俺って欲張りなもんで知ってたりして。朝霧ちゃんが就業時間とうに過ぎた誰もいない休憩室で、体験生の資料にしっかり目を通してたこと。あんだけ熱心に見ていたこと」


その言葉に、朝霧から笑みがほんの一瞬だけ消える。

自分に見えていたのだ。おそらく中原は自分以上に見逃さなかっただろう。

まるでそうだと言わんばかりに、彼はにっこりと笑みを深めていく。


「二人とも見間違えるはずないくらい、顔も違ってるのに連れて来たんなら、わざとでしょ。未成年をここに入れるには正攻法では無理だもんね。だったらその対象に適正があることを見せつけるしかない。うちの部長は、実力主義だし、そういう点ではやりやすいのも明白」

「中原さんは随分と想像力豊かですね」

「そうでもないよ。でも無想へ至るより、夢想に耽る方が人らしいでしょ」


皮肉にも取れる言い回しさえ物ともせず、ああ言えばこう言うとは、まさにこういうことであるということを知らしめる。


「まぁ敢えて理屈を語るならこんなもん。ご丁寧に休日出勤まがいまでした俺に教えてよ。不破咲耶を引き込んだ理由は?いたいけな少女を巻き込んで何がしたいの?」

「ご苦労様です。でも残念なことに答えられるものがないんです。それにもし仮にあったとしても、ご理解いただけるとも思いませんよ」

「それは残念」


執拗とも取れる追求であったはずなのに、中原は思いのほかあっさりと引いて、唐突に席を立つ。


「俺は面倒ごとは嫌いだし、しばらくは様子見ってことで。あと夏樹達には渡したけど、差し入れ買ってきたから、会議終わった後にでも食べてちょうだい。お疲れさん」

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