本当の事だろ?


「お客様!おやめください!」


突然聞こえた悲痛な叫び声に、思わず店内に意識が傾く。


「テメェもういっぺん言ってみろ!」

「不躾な奴め。何度でも言ってやる。迷惑であることも気付かない馬鹿者」

「なんだと!?」


何か揉めていることが分かり、小走りでその場へ向かうと、見知った顔を見つける。


「小泉さん…!」


声を掛ければ、年上の同僚である小泉こいずみが振り向く。

短く切り揃えられた金髪を少し揺らして、一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。


「!…九条か」

「どうしたんです?」

「馬鹿の相手をしているだけだ。大したことじゃない」

「なんだとクソアマ!!」


どうやら目の前にいる男が原因らしい。

煽るような口ぶりの同僚と対峙している相手は、誰が見ても分かるほどに逆上していた。


「マナーも守れんどころか、口も悪いとは救いもない」

「この店の店主が率いるチームは、俺達のチームに負けた!デカい顔して何が悪い!!」

「悪いだろ。チームの本質を理解しておらん貴様ら新興部類は、三下も良いところ。オルディネやケイオスにやられるのがオチだ」


――なんだ、ただのチンピラか。


チームは攻撃的な異能を持つ者達の保護を名目として、協会が管轄することによって存在している。

チームには序列があり、定期的に実力を測るために協会によってチーム同士が競い合うランキング戦が行われている。

それゆえに小競り合いを起こすことはただあり、その対応に追われることも少なくはない。


「ふざけるなよ!!」

「ッ……」

「小泉さん…!」


小泉は腕を強く掴まれ捻られる。

九条は咄嗟に異能を使って、反撃に出ようとするがその瞬間、首に鈍い痛みが走る。


――最悪。こういうところで異能が使えないなんて。


己の状況を恨みながら、何か手立ては無いかと模索し始めた時。


「ちょい待ち」


後ろから声が聞こえた。


「店内で暴れるどころか、女に手を出すのはまずいんじゃねーの?」


振り返る間もなく目の前に現れたのは、やや癖のある目にかかりそうな黒髪と、気だるそうな雰囲気を醸し出す長身の男。

割って入ってきたと思えば男の腕を掴み、小泉から手を離させる。


「あ?俺?ただの通りすがりだよ」


それは嘘である。

――桜空薊おおぞら あざみ。遠巻きで見かけたことはある。

部署は違うが自分と同じく調停局員で、功績は挙げているものの、それ以上にトラブルを起こすと局内でも有名である。

純血の出身であるがゆえに上も対処しにくく、まさしく目の上のたん瘤といった人物だ。


「まぁ俺なんかより、アンタはこっちを気に掛けた方がいいぜ?」


親指を指したところを指すと、焦げ茶色の短髪の男性がいた。


「こんにちは。うちの羽鳥が、いつもお世話になっております」

「お前ッ、調停部の…」


男の顔色が変わっていく。それもそのはずだ。

続けて現れたのは同じ局員であり、チームを第三者視点から監視する調停部所属者だ。


――確か名前は、佐倉とかいう人。高月さんの元部下だったはず。あとなんか、ちょっと前に女子高生の彼女がいるとか騒がれてなかったっけ。


「どうされましたか。チーム同士のいざこざ、及び私闘は厳禁のはずですが」

「な、何言って…」

「違いますか?暴れていたようなので、てっきりそうかと。チームの優劣はあれど、それを盾に弱者に危害を加えることなど、チーム所属者として恥ずべき行為です。事と次第によっては協会の耳に入るかもしれませんね」


その言葉に男は掴まれていた手を慌てて振りほどき、店を出ていった。


「顔色変え過ぎだろ。調停部さん脅し過ぎたんじゃねーの?」

「明らかに調停部より協会だと思うが」

「そりゃそうか。で、アイツどこのヤツ?」

「ソンブルだ」

「弱小かよ」

「店員に事情を聴いてくる」

「へーい」


佐倉が店員の方へ赴くと、桜空がこちらを振り向く。


「なんとか収まって良かったな。リサちゃん」

「貴様に助けてくれと頼んだ覚えはない」

「強がっちゃって。首輪付きのお宅らじゃ厳しいだろ。な、少年?」


わざとらしく首元を指す桜空に、何とも言えない感情を抱きかけるが、助けられたのは事実で、睨みを効かせる小泉を余所に、九条は軽く頭を下げる。


「…ありがとうございました」

「おお、少年は素直だね。それに比べてリサちゃんは。可愛い顔して勿体ない」

「黙れ」


小泉の手厳しい物言いに、桜空はどこか愉しげに肩を竦める。


「で、あの子はほっといていいの?」

「?…あ」


桜空の視線を辿れば咲耶の姿があり、一連の出来事のせいで彼女を放置していたことを思い出し、即座に駆け寄る。


「不破さん、ごめん。大丈夫?」

「平気…大事にならなくて良かったね」


少しだけ微笑む彼女に、僅かに安堵する。


「なになに少年。ガールフレンド?仕事中なのにやるねー」


まるで面白いことを見つけたと言わんばかりに、桜空は咲耶をまじまじと見つめる。

それを見た小泉は嫌悪を露にしたまま一瞥すると、呆れたような表情を浮かべた。


「馬鹿か。彼女はうちの体験生だ」

「体験生?そういやうちにもいたな……あ?でもお宅らのとこ、未成年除外じゃなかったか」

「今回は例外で選出されただけだ」

「例外?へー…」


桜空は何を思ったのか、含み笑いを浮かべる。


「何か言いたげだな」

「いや?切羽詰まってんなぁって。例外で選ばれたのが未成年ってことは、子供の手まで借りないとやってけないってことだろ」

「何だとっ…」

「やめろ」


小泉が桜空に向かって反論しようとした瞬間。

鋭い制止の声が響く。

視線を向ければ、店員に話を聞いていた佐倉の姿があった。


「薊。お前はどこでも喧嘩を売らないと済まない質なのか」

「本当のことだろ?」

「状況を把握しろ。調停局までいざこざを起こしたと言われかねない。お前一人の行動で、他の局員まで非難されるのは許しがたい」

「相変わらず司郎ちゃんは真面目だねぇ……外で待ってるわ」


佐倉にそう伝えて、桜空は反省する素振りを欠片も見せずに、店から出ていく。


「申し訳ありません。桜空の代わりにお詫びします。彼の言う事は、気にしないで下さい」

「……」


言葉と共に深く頭を下げる佐倉に、小泉は不満な表情を浮かべたまま無言を貫く。


「九条くんも、ご迷惑おかけしてすみません」

「いえ……こちらこそ、助けていただきありがとうございました」

「お互い様です。それでは、失礼いたします」


店を出る佐倉を見送り、九条は小泉の方へ向き直る。


「小泉さん、大丈夫でしたか?」

「問題ない。九条も大事無いな」

「はい」


相槌を打ちながら、固い表情のままの小泉の見る。

見たところ怪我をしている様子はないが、腕を強く捕まれていたが、大丈夫だろうか。


「ならいい。私はともかく、お前に何かあれば面倒なだけだ」

「……」


面倒なだけ。それは自分がまだ子供だからだろうか。

様々な思いが頭の中を巡るが、九条はただ口をつぐむ。


「このあとの予定は?」

「ここでお昼を取った後、不破さんと一緒に一旦戻ります」

「了解した。問題ないと思うが、遅れるようなら連絡を」

「分かりました」


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