そうかも知れないね


次の場所と言っても、それは業務で指定された場所ではない。


「お店…?」

「今日は問題なさそうだから、ちょっと息抜き」

「そっか」


少しだけ笑みを浮かべいる彼女から視線を外す。

そもそも自分が任せられる範囲は、トラブルなんて滅多に起きない安全地域のみだ。

配慮であるのは容易だが、自分は未成年とはいえ学生ではなく、同じ仕事場で働く仲間ではないのだろうか。

明らかに異なる扱いに、あくまで対等であるべきではないのかと、口には決して出さないが疑問は感じている。


「不破さん、疲れてない?」

「うん…少しだけ」


僅かではあるが、困惑した表情で呟くように答えた。

そもそも学生である彼女が、働くことなんて全く考えていないことくらいは、共感はしないが理解は出来る。

通常の規定から外れた、いわば例外で選ばれた彼女だが、控えめ言ってどこにその素質があるのかは疑問だ。

初対面の時から垣間見えた、物事に対するひたむきさは認めるところがあるのかも知れないが、所詮それだけだ。


――部長はどこを見て、彼女を選んだのか。

――特段何かに優れているわけではなさそうだし。確かに顔は…今まで会ったことのある女の人の中で、一番綺麗だと思うけど。


彼女の立ち位置である体験生というのは、他部署ではともかく、この部では非常に重要だ。

異犯部において一般人枠というのは、異能者を取りまとめる課長の募集だ。

それゆえに欠員が出た時のみ募集があり、その選抜も他部署からの異動を除き、その多くは体験生の際に適正を見られて判断するのが一般的だ。

だが元来募集人数も少なく、かつ配属している異能者を取り纏めなければならないこと、そして時には命の危険に晒されることもあるため、その採用は非常に厳しいものになっている。


――採用はもちろんだけど、体験生になるのだっていくつか試験を潜り抜けた中から、とりわけ優秀な人が選ばれる。

――そうして選んだ貴重な人材がいたはずなのに、不破さんを選んだ理由って何だろう。


世間の辛さも苦労も知らないだろう、ただ大事に守られて育ってきた箱入り娘に、一体何が務まるのか。

いくら考えても、九条は答えを出すことは出来なかった。


「折角お店に入ったし、何か飲もう。俺はコーヒーにするけど、不破さんは?」

「え…っと……アイスティーで」


向かい合うように席に座る彼女は、遠慮しがちにそう答えた。

店員を呼び注文を伝え終わると、彼女は不意に口を開いた。


「…お仕事って、大変だよね」

「人によるんじゃない?俺としては学校みたいに細かく時間を決められないし、必要以上の集団行動もあまりないから、嫌いじゃないよ」


対等に扱われない疎外感に不満はあるが。


「そう……でも、学校も…楽しいことあると思うよ」

「例えば?」


聞き返せば、髪を少し揺らしながら思案する。

その仕草に見とれそうになるも、彼女の言葉を待つ。


「例えば……修学旅行とか、文化祭。あと部活、とか。友達と話したり、一緒に帰ったりだって……きっと楽しいよ。あと人によっては……その、彼氏ができたりとか」

「不破さんは彼氏いるの?」

「いないけど……」

「じゃあ好きな人は?」

「そ、それもいない…」


咲耶の言葉はあくまで例え話なのだろう。

まるで肩透かしだが、彼女なりに伝えたいことがあったのだろう勝手に結論付ける。


「なんか意外。不破さんってモテそうなのに」

「そんなこと…」

「友達とかに言われない?」

「どうかな。あまり興味無くて。それに…友達も少ないし」

「そうなの?二つ結びの子とか、仲良さそうにしてたけど」

「知流は従姉。他の子達は知流の友達というか…ついでに仲良くしてくれてるだけだよ。多分」

「どうしてそう思うの?」

「えっと……私と仲良くしてくれる人なんて、珍しいからかな」


後ろ向きな発言に疑問を投げてみたが、彼女は顔色一つ変えず淡々としていた。


「前から物もよく無くすし、トロいって言われるし、グループ作る時いつも余っちゃう。それに知らない女子に呼び出されて、文句言われたりすること多いし。私と仲良くしてくれる人なんて、少ないと思う」

「それっていじめ?」

「知らない。でも改めて自分で言ってみると、そんな感じがするかも…」

「怒らないの?」

「どうして?」


栗色に少し朱みを帯びた瞳を瞬かせ、不思議そうに首を傾げる咲耶。

滑らかなその動作に見とれかけるものの、聞き返されると思わなかった九条は、困惑した表情を浮かべた。


「どうしてって…そんな理不尽なことされたら、嫌でしょ」

「そうかも知れないね」


まるで他人事のような言い様に、九条は更に困惑を重ねる。

だが咲耶は表情を変える素振りすら見せず、変わらず淡々と言葉を続ける。


「ずっと前からそんな感じだから、いつものことのように思えて。あと、そこまで言う必要ないかなって」

「どういうこと?」


不可思議な物言いに、意図が分からず聞き返す。


「そういう人なんだろうなって。それ以上の興味がないというか。私のことを、少しも理解しようとしない、その……どんなことをしても反感しか抱かない他人に、何をされても言われても、大したことには思えなくて」

「……」

「でたらめなこと言われても、そういう事しか言えない可哀そうな人だなって思えちゃって、責める気もなくて。あ、でも……思い当たる節もあったりするから、その辺りは改善できれば…とは思ったりするけど、ちょっと難しいよね」


九条は思わず沈黙する。


――不破さんって……思ったより図太い?

――予想外過ぎる。


花のように可憐で、容易くたおられてしまうような儚なさが印象的だったが、今の話を聞いているとそれはあくまで表面的なもので。

今の話を聞く限りどうもそう思えない。まるで雑草。

要は他人がどう言おうが、知ったことではないということだろう。


――他人に関心があまりに無いのは気掛かりだけど、自分を確立している人ではあるってことか。


「………」

「九条くん?」

「…不破さんは、思ったより強いんだね」

「そう?」

「うん……俺はそう思うよ」

「そっか…」

「でも」

「?」

「どうしてそういうことをするのか、考えてみた方が良いと思う」


そう言えば、彼女は不思議そうに首を傾げる。


「考える?」

「うん。考えてみて、不破さんに原因があるならさっき言ったみたいに直そうと努力すればいい。でもそうじゃなくて、相手の勝手な理由で理不尽な目を遭ってるなら、ちゃんと嫌だって言った方が良いよ。無視するんじゃなくて。それは不破さんのためにもなるし、相手のためにもなるから」


伝わっているかは、分からないにしても言っておくに越したことはないだろう。

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