やれることはやるさ
休憩室
「……」
高月に話した出来事を改めて振り返ってみても、大きな問題などではなかった。
簡潔に言ってしまえば、異能者と一般人が言い合いをしていたところに、見て見ぬふりが出来なかったお人好しが割って入っただけの話だ。
だが単純にお人好しというわけではない。
様子を見ていたからよく分かる。
迷いも恐れもあった。
事が発展しなければ傍観者で終わっていたはずだ。
あの不安げな表情が何よりの証拠だ。
結果としてああなってしまったが。
それでもその瞳は、相手を捉え続け怯むことは決して無かった。
「…確かに、大それたことをする」
無理を押して間に入ったわけだが、当然ながら誰にでも出来ることではない。
控えめな言動をする少女から為された行動は、実に大胆のもので。
本来ならすぐに助けに入るべきところを、彼女がどんな行動をするのか、様子見に徹してしまうほど興味があった。
一連の流れを見るに、彼女は熟考する性格なのだろう。
初めの印象から控えめな性格と判断していたが、それは表面的のものだったと言わざる負えない。
今日行動を共にして、思いのほか感情が表情に出やすいことが分かった。
自発的に動くことも出来る。
対して自分なりに考えを持っていても、すぐに口に出すことがないことも。
――ある意味、厄介なタイプだ。
こちらが察しなければ、自分の思いを口にしない。
そのうえ一度これだと決めたものを見つけてしまえば、たった一人でも躊躇なく進んでしまう。
何をしでかすか分からない。そういう部類だ。
「……」
――だからこそ、彼女なのか。
――アイツの言うことを信じているわけじゃない。
――でもあの言葉は恐らく。
「考え事か。らしくないんじゃないか」
背後から聞こえた声が、思考を裂く。
どうやらいつの間に、後ろを取られていたらしい。
聞き覚えのある声に振り返ることもせず、夜霧は口を開いた。
「俺にも、考え事の一つくらいありますよ」
「…お前の親友が言ってたっていうあれか?」
「個人的には、嘘であって欲しいところですが」
――嘘でも質が悪いが、まぁ鼻で笑って許せる範囲だろう。
「ん。俺としてもそうであって欲しいけど…外したことがないんだろ?なら、その……これから起こる事実として、受け止めるべきじゃないのか」
至極真っ当な意見に、返す言葉が見つからない。
そもそも返すどころか、見つける気も夜霧にはない。
「お前ならなんとかなるんじゃないか。そのためにこうして、色々と考えてもがいてるわけだし……俺なんかに言われても、気休め程度にしかならないだろうけど」
「まさか。貴方はいつも自分を過小評価し過ぎです。俺達はいつも頼りにしてました。あの人だって、誉めてましたよ」
「あそこにいた自体、奇跡に近いんだ。今じゃお払い箱だけど」
「調停部は調停局の花形。貴方ほど器用な人でなければ、務まるはずがない」
「…俺の話はいいさ。本題に入るぞ」
逃げるように話題を変える相手に、何か言うこともせず耳を傾ける。
「結論。お前の考えで合ってる…と思う。遠巻きからの意見だけど、なんというか、その……感覚が似てる」
「そうですか……こちらから仕掛けた方がいいですかね」
「いや、何もしない方が良い。多分だけど。余計に刺激して何かされても困る。あの人も、そうだったろ」
「そうですね。すみません。忙しいなか来ていただいて」
「大したことじゃないさ。こんな俺でも、役に立つなら光栄だ。それにお前は、自分のことを考えた方がいい。協力出来ることあったら、言ってくれ」
「ありがとうございます。また近々、呑みに行きましょう」
「ああ…生きてたらな。それとあの件だが」
「調べはついたので、後程データを送ります」
「さんきゅ。助かるよ。お互い頑張ろうな」
それだけ言い残して、男は踵を返した。
遠退く足音が、小さくなりながらも響いている。
「生きてたら……か」
果たしてそれはどちらの意味か。
「やれることはやるさ。だが……他人を犠牲にしてまで、生きようとは思わない」
誰に言うわけでもない、意思を紡いだ確かな言葉は、雑踏に紛れることなく、静寂の中へと消えた。
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