また明日
異能犯罪対策部
「……」
仕事に一区切りが付き、机に置かれていたノートを手に取り静かに開く。
小さくも丁寧に書かれた文字は、花のように控え目ながらも美しい彼女らしさを感じる。
「――つまりこのエリアは、しばらく様子見で良いのかしら?」
「ああ。先月の一件で、大分大人しくなっているからな。動くのはまだ先だろう」
「それもそうね。あとは拠点を変えられないように、要所で抑え込みね」
「何かあれば三課と連携してくれ。そういえば、レガーメの連中はどうだ?」
ノートに目を通しながら、夜霧と水沢の会話に耳を傾ける。
――やはり一課は、上手いこと連携が取れている。特に二人は同期ということもあるかも知れないが。
この部に所属してから約一月。高月は考えることが多くなったと感じている。
課長である一般人と、課員である異能者にある溝。厳密にいえば、越えてはいけない境界。
当然、個人の尊厳は守られるべきである。だがそれも過剰なほどに行き過ぎれば、身も蓋もない。
「相変わらず音沙汰無し。元々期待していたわけじゃないけど、こうも無反応だと、さすがにね」
「となると、やはりオルディネの方か…」
「そうね。調停部担当者経由で依頼してくれたのが大きかったわね。でもあそこもう解散寸前でしょう。所属者もろくにいないし。大丈夫かしら」
「解散の要因はあくまで人員不足によるものだろう。他チームのような内乱といったものではないことから、改善の余地はある」
「そうは言っても、オルディネほどのチームが人員不足なんて、よほど魅力に欠けるとしか。リーダーさんもいないみたいだし」
「案外逆かも知れないぞ。チームの基盤となったオルディネだからこそ、本来のあるべき姿を損なう行いはせず。見る限り現所属者も、選別されてる節があるしな」
――夜霧君の鋭さには驚くほかない。
チームと緻密な関わりを持つ調停部に所属した事がないはずなのに、その特質を言い当てるのは、もはや感嘆するしかない。
「そうかしら…」
「確かにリーデルが空座なのは痛手だが、大人しく終わりはしないさ。なんとかなるだろ」
「そうだといいけど。まぁとりあえずは、引き継いでおくわ」
「ああ。頼む」
「――夜霧君、少しいいかい?」
「不破の事ですか?」
水沢に引継ぎを終えたであろうタイミングを見て声を掛ければ、鋭い眼差しと共に意図とする言葉を投げられる。
機転が利くのもエースとして資質だろう。
「ああ。不破さんのノートを読ませてもらったんだけど、少し気になることが。何か揉め事でもあった?」
「揉め事というほどでは。言い合いで済みました。大したことではないですよ」
「念のため、詳細を聞いても?」
「はい」
夜霧の口から淡々と述べられた言葉は、抽象的に記されたノートよりも明確だった。
巡回した折に、異能を使用しているところを見られた彼女の後輩である異能者の学生が、一般人に絡まれている場面に出くわし、後半を守るために単身で自ら割って入っていったと。
「そうだったのか。不破さんは見かけによらず、大胆なことをするね」
「そうですね。でも本人は相手を刺激しないよう慎重に言葉選びをしていましたし、本来は諍い事を好まないかと。性格も控えめな印象でしたので」
「俺もそう思うよ。異能者にも理解のある、優しい子で良かった」
「………」
途端に訝しむ表情を浮かべる夜霧に、高月は声を掛ける。
「どうかした?」
「――理解がある…というのは、少し違うと思います」
そう言い切ると、夜霧は言葉を続ける。
「一般人に囲まれ困惑していた異能者を庇った時、不破はそうされるにあたる行為をしたのかと相手に問い質していました。起きた事象に対して、その成り立ち。つまりは当事者達の行いの善悪を見極めようとしていた。そこに異能者、一般人という分別はしていないように思いました」
「……」
「異能者に対して理解がある。その言葉も間違ってはないかと。ただ厳密に言うならば、異能者だろうが一般人だろうが関係ない。無私無偏なヤツなんでしょう」
――参ったな。
『そんなに違いますか』
一昨日、初めて会ったときの彼女の言葉を思い出す。
『異能者と一般人って。異能があるかないかだけで、分けてしまうほどに』
――そうか。彼女は異能者だからとかではなく。
『人はそれだけで分かるほど、単純なものではないのに』
――ただ純粋に、どちらも今そこに在る人間として捉えていたのか。
「あくまで俺の見解ですが」
「――いや。そうでもないよ」
――正直、人より異能者に理解のある子供と思っていた。だがそうではなく、当たり前であるが故に、見落としてしまう真実を捉えていたのか。
「そういうことか……彼女は凄いな」
何故だか自分のことのように、無性に嬉しい。
「そうですか?まだ子供ですよ」
「だからこそ、今後が凄く楽しみだよ。いずれにせよ、大した問題でなくて良かった。終業間際にすまないね」
「いえ。高月さんも無理は禁物ですよ。最近残業が多いと聞きます。ご自愛を」
「ありがとう。お疲れ様」
――――――――――――
――――――――
――――……
某所
ほどなくして。
荷物を持ってやってきた九条と共に、帰路に着いたものの。
「………」
「………」
互いに無言のまま、ただ寮へと歩みを進めるだけで、言葉を交わすことは無かった。
――何か話した方がいいのかな。
――でも話題なんてないし、そもそも男の子と二人きりになったの初めて。
――けど一応、私が年上だから何か話題を振って――。
「ねぇ」
声を掛けられ、咲耶は顔を上げる。
「もしかして、緊張してる?」
見透かされたのかと思い、肩が跳ねそうになる。
「え…と、その……九条くんは……こ、この近くに住んでるの?」
誤魔化そうと必死に言葉を探して口に出た問いかけは、実に脈絡のないもので、瞬時に発言を訂正したくなる。
「…近くではないかな。でも電車乗って4駅くらいのところだから、遠くはないよ」
「そっか」
――え、電車?
安堵するのも束の間。
九条の言葉を反復していると、再び上から声を掛けられる。
「僕から言ったことだし、気にしないでいいよ」
「いや、でも……遠回りさせて」
「不破さん一人で帰らせて、何かあっても困るから」
「いつも帰ってる道だし、何もない気が…」
「いつもこの時間まで外にいたりする?」
その言葉に携帯を開いて時間を見る。
もうすぐ19時となり、半刻ほどで門限を迎えようとしていた。
普段見慣れている帰り道は、いつものような人通りも無いうえに暗く、その静寂がどことなく落ち着かなかった。
「……あんまり、ないかも」
「でしょ。不破さんは年頃だし気を付けないと。非日常なことは唐突に来るものなんだから」
「はい…」
思わず言いくるめられるが。
――年頃って、九条くんもそうじゃないかな。
口に出すことない疑問を内心吐露していると、不意に九条の足が止まった。
気になって顔を上げれば視線の先には、普段生活する寮が見えた。
「ここで合ってる?」
「合ってるよ。ありがとう」
「明日も学校から来る?」
「うん。午前の授業受けて、お昼食べてからになるけど」
「なら…迎えに行ってもいい?」
「え」
「……明日回るとこ、不破さんの高校から近いんだ。そのまま行っちゃおうと思って。嫌だったらいいけど」
――確かに近いところの方がいいよね。
唐突な発言の意図を聞き、咲耶は密かに安堵して首を振る。
「ううん。大丈夫。じゃあ、校門付近で待ち合わせしよっか」
了承すれば、九条は控えめながら嬉しそうに笑みを浮かべる。
「了解。LIMEやってる?」
「うん。コード出すね」
二人はスマホを取り出して、連絡先を交換する。
「ありがとう。連絡するね」
「うん。送ってくれて、ありがとう」
「こちらこそ。また明日」
「また明日」
そう言い残して、咲耶は寮へと足を進める。
玄関へと着き、気になって振り返れば、歩いてきた道を引き返す九条の後ろ姿が目に写る。
暗いその帰路の中、彼の薄い青を纏った白い髪が、まるで夜空を照らす星のように、光を帯びているように見えた気がした。
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