分かりやすいだけだ
その後も、咲耶は夜霧と共にプラティア一区を歩き回った。
人通りのある大通りや薄暗い細道など、時には通りがかりの人に話しかけながら。
彼が赴くところへ付き従いつつ、その様子を観察しながら見つめていた。
「今日のところは問題ないな。まぁ一区なら当然か」
「…そうなんですか?」
「プラティアが六つの区に分かれているのは、知っているか?」
「えっと……確か一区と三区はお店が多くて、二区と四区が住宅街って」
「大方その通りだが、一区には椿と橘がいる」
「椿と橘?」
「純血の一族だ」
純血。
詳しくは知らないが、強い力を持つ異能者と聞いたことはある。
「俺達のような一介の異能者なんざ足元にも及ばないヤツらばかりだ。純血サマのお膝元で事を起こすヤツは、相当な馬鹿だろう」
「…そんなに強いんですか?」
「強いと言うには語弊がある。それぞれの持つ異能にもよるからな。むしろ質が高いという方が当てはまる。まぁ……圧倒的な力で捻じ伏せる化物も、いるにはいるが」
夜霧は踵を返し、咲耶の方へ振り向く。
「1区はもういいだろう。次はA地区に行く」
「A地区…」
「戸松周辺の異能者が比較的多い場所の一つだ」
そんな地名の場所などあっただろうか。
咲耶は思案する。
「……俺たちの間で勝手に付けているだけで、特にそういった呼称があるわけじゃない」
間を置いて呟かれた言葉に、思わず目を瞬かせる。
「えっと……もしかして、声に」
「いや。ただ、そんな顔をしていた。アンタは表情が変わらないように見えるが、よく見ると分かりやすいな」
「…そう、ですか」
いつも同じ顔をしていると、周囲の人に何度か言われたことがある。
だから表情が乏しいことに自覚はあった。
それゆえに、分かりやすいと言われたことはあまりに意外過ぎてどう答えていいのか分からず、辛うじて相槌を打つことしかできなかった。
そんなやり取りをしてから数十分後。
二人はA地区とされる目的地へ辿り着く。
プラティアを離れ、駅からおよそ北側に位置する住宅が建ち並ぶ地域で、自分の住む学生寮からそう離れていない場所だった。
「この辺りも、異能者が多いんですね」
「近頃な。黎明館があるからだろうが」
「黎明館?」
「チーム・オルディネの拠点だ。チームはプラティアに拠点を置くのが基本だが、オルディネは珍しく一般社会に身を置いている。チームについては知ってるか?」
「いえ。あまり詳しくなくて…すみません」
異能者のあれこれ聞いていたが、チームのことは耳にしたことはなかった気がした。
――帰ったら、知流に聞いてみようかな。
「局員の中で、調停部がチーム連中の相手をするが、俺達も稀に関わることがある。どういったものであるのか、把握しておいて損はない。帰ったら高月さんあたりに聞くといい」
「高月さん…?」
「高月さんは1ヵ月前まで、調停部の副部長だった。チームのことなら俺達よりも遥かに知っている」
その言葉に、一昨日の高月との会話で、この部署に来たばかりだと言っていたことを思い出す。
「さて」
夜霧は辺りを見回す。
「大分歩いてきたが、疲れてないか」
「…大丈夫です」
歩き疲れてはいないものの、喉がやや乾いた気がしなくもなかった。
「飲み物を買ってくる。ここで待っていてくれ」
夜霧はそう言い残して、近くのコンビニへと歩いていく。
「………」
その背中を見送りながら、咲耶は頬に手を当て思案する。
――また顔に出てたのかな?
――もしかしたら、黒猫さんも喉乾いていたのかも?
「―――、―――」
「……」
――気のせい?何か聞こえたような。
何故だか気になって、声がした方へ歩いていくと、自分と同じ学校の制服を着た少女とそれを囲むように同じ年頃の少女達がいた。
「今の見た?ウケるんですけど!」
「ハトに話しかけるとかどんだけぼっちだよ」
「この前スズメに話しかけてたよー」
「えー!!キモ過ぎ!!」
囲まれている少女は困惑した表情を浮かべ、今にも泣きそうだった。
「あ、もしかして異能者だったり?」
「!」
「え、図星?うわーまじかー」
「写真撮って拡散しちゃお」
「や、やめてください…っ」
少女はか細い声で制止するものの、相手は躊躇なくスマホのカメラを起動する。
「駄目」
咲耶は直ぐ様駆け寄り、素早い手つきでカメラ部分を手で覆い、少女を庇う様にして背に隠して対峙する。
「は?アンタ誰?」
「てか離せよ」
――思わず出てきちゃった。
――ここは冷静に対応しなくちゃ。
咲耶はスマホから手を離し、静かに息を呑む。
「――あの、……何か言い合ってたみたいですが、どうかしましたか?」
「アンタには関係ないんですけど」
「もしかしてこっちも異能者だったりしてー?」
「同じ制服着てるしね」
見たことのあるような、薄気味悪い好奇な視線を向けられる。
「事情は知りませんが……その、人の嫌がることは控えた方が、良いと思います…」
「は?」
「その、困ってそうに見えたから」
「何言ってんの?うちら何もしてないんだけど」
「ってかソイツ、異能者だったら危ないじゃん?」
「そんな事は…」
異能者は危険なんて考えは極端過ぎるうえ、彼女達の会話を振り返るに、他者に危険が及ぶ能力ではないはずだ。
「異能者なんて、何しでかすか分からないヤバい奴らでしょ。そんなのがここにいるとかありえないし!」
「…―――」
あまりに勝手な言い分に、咲耶は言葉を失う。
――異能者の中にも、危険な人は確かにいる。
――でもそれは、私達のような一般人でも変わりはない。
――それなのに。
「――仮に……異能者に対して、そういう認識があったとしても」
咲耶は俯きがちな顔をあげて、静かに呟く。
「彼女が、あなた達に何かしましたか。何もしてないのに、そんなこと言うのは、その……良くないかと」
「は?説教なんて聞いてないんだけど」
少女達の一人が苛立ちを隠すことなく、立ちはだかるように目前に立つ。
「気持ち悪いって言ってたけど、どうしてそう思ったんですか。分からないから教えてください」
咲耶は怯むことなく、目の前の少女から視線を逸らさず言い放つ。
「なにこいつ?」
「答えられないなら……自分の言葉にすら責任を持てないなら、そんなこと言うべきではないんです」
当人からすれば何気ない言葉だったとしても、時に他者を躊躇なく傷付ける凶器になる。
「あなた達のしていることは……弱い者いじめです。やめて下さい」
「偉そうにしやがって……!」
対峙していた少女が、咲耶の胸ぐらを掴んだ瞬間。
「何をしている」
淡々とした低い声が響く。
振り向けば、コンビニから出てきたであろう夜霧の姿があった。
「――黒猫さん」
「どうした。喧嘩か」
「やばっ」
見知らぬ大人の登場により、少女達は逃げるように去って行った。
「…ありがとうございます」
「この辺りは事件が少ないといったが、異能者が増えつつある。特に若年の、未成年の異能者が。目立った事件はあまりないが異能者同士、もしくは一般人との小競り合いが発生しているとの情報もある。俺は待っていろと言ったはずだが」
「すみません…」
紡がれる言葉に圧はないが、意図を理解するに責められているのは明白で、咲耶は静かに謝罪する。
「あ、あの……」
か細い声で控えめに声を掛けてきたのは、先ほどは庇った大人しげな面持ちの少女だった。
「大丈夫…?何もされてない?」
「はい。ありがとうございます…………不破先輩、ですよね?」
「知ってるの?」
「知流先輩と一緒にいるの、よく見掛けます」
そう答えて不安げな表情を浮かべながら、夜霧の方へと向き直る。
「あ、あの……不破先輩は悪くないです。絡まれた私が悪くて」
「それは違うな」
夜霧は切り捨てるように言い放つ。
「絡まれたアンタが悪いんじゃない。ああいった連中はどこにでもいる。そうじゃない奴らも。そしてそれぞれに捉え方がある。タイミングが悪かっただけだ」
分かりにくい言い方だが、自分を責めるなと言いたいのだろう。
「ところで、不破の後輩なら大徳生徒だな。学校はどうした?」
「今日は用事があって早退していて」
「そうか。なら早く帰ることだな」
「大丈夫…?家の近くまで送る?」
「この近くなので大丈夫です。ありがとうございます」
少女は小さく首を振って頭を下げると、背を向けて離れていく。
――大丈夫かな。私が言うのも変だけど、大人しそうな子だった。
咲耶は静かに、その背中を見つめる。
「――たとえそうでなくても、本人がああ言うのだから仕方ない。深く考えるな」
「……黒猫さんって、テレパシーの異能を持ってるんですか」
「さっきも言っただろう。アンタが分かりやすいだけだ」
「……」
「不服そうだな」
不服なんだろうか。いや、それは少し違うような気がした。
ただ聞き慣れない言葉にどう応えればいいのか分からないは事実で。
でもそれ以上に明確な答えは出ず、咲耶は口を噤んだ。
「そろそろ移動する。さっきみたいに、俺がいない間に勝手に動くなよ」
「はい」
「それとだ」
続く言葉を待ちながら、咲耶は顔を上げる。
「俺は黒猫じゃなくて、夜霧だ」
自分の名前を強調するように告げる夜霧の眼は、いつもより鋭さが増していた。
――不服なのは私じゃなくて、黒猫さんだった。
そう結論付けて、咲耶は黒猫もとい夜霧の後に続いた。
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