優しいから好きです
調停局 異能犯罪対策部 部内
「あーお腹空いた。夜霧遅過ぎじゃない?不破さんは?お腹空かない?」
「食べてきたので、大丈夫です」
「えーそうなの?今度一緒に食べよう。7階の食堂美味しいから。はい飴ちゃんあげる」
「あ、ありがとうございます…」
おずおずと受け取る咲耶。
今は賑わいが落ち着き始めた昼下がり。
本来なら授業の真っ只中のはずだが、体験生は期間中午前のみ授業を受け、午後からそれぞれの体験場所に赴くことになっている。
初日である今日は高月から伝えられた通り、1課の業務に付き添うことになっている。
そのはずなのだが着いて早々、何故か朝霧と雑談相手になってしまっていた。
「あの、私は何をすれば…」
「僕とお喋り」
「え」
「うそだよー。驚いた顔も可愛いね不破さん」
「はぁ…」
「えっとね。夜霧が昼から戻ってきたら、巡回をお願いしようかなって」
「巡回…」
思わず息を呑む。
初日のようになってしまわないか、不安が過る。
「あぁ、深く考えなくていいよ。犬の散歩みたいなものだし」
「散歩…?」
「でも夜霧は黒猫か。散歩って言うより徘徊になりそうだね。ははっ」
どことなく噛み合っていない会話に、咲耶はどうしていいかわからず口を閉ざす。
「大丈夫だよ、不破さん。朝霧さんが人の話を聞かないのはいつものことだから」
隣のデスクで書類作成をしていた黒川が、和やかにフォローする。
「黒川くん酷いな。ちょっと水沢さんに似てきたんじゃない?」
「僕も水沢さんも優しいですよ」
「水沢さんは鬼だよ。ああ見えて容赦ないから。だから彼氏出来ないんだよ」
「そうなんですか?水沢さんに言っときますね」
「やだな~。冗談だよ?」
言い終わると同時に、夜霧が戻ってくる。
「やっと来た。どこいってたのさ」
「食堂。さっきも言ったろ」
「遅くない?」
「仕方ないだろ。この時間は混んでる」
「えー」
駄々をこねる朝霧に、夜霧は溜息を零しながら視線を逸らすと、その先にいた咲耶と目が合う。
「……来てたのか」
その言葉に、咲耶は無言で頭を下げる。
「ほら夜霧。ちゃんと自己紹介しないと、また黒猫さんって言われちゃうよ」
「黙れ」
からかう朝霧を一瞥して、頭を軽く掻きながら咲耶に向き直る。
「――異能犯罪対策部一課、夜霧榛也だ。アンタのお守りをすることになってる」
「不破咲耶です。よろしくお願いします…夜霧さん」
互いに名乗るが、夜霧の目から鋭さが消えることなく、観察するように咲耶を捉えていた。
――やっぱり黒猫に似てる。
――でも怒ってる訳じゃないみたい。
――元々こういう目付きなのかも。
「じゃあ夜霧も来たし、早速だけどお仕事頼んじゃおっかな」
デスクに置かれた菓子を掴みながら、朝霧は揚々と告げる。
「場所は?」
「んー?どこでもいいよ」
「ダメですよ、朝霧さん。四区は2課、B地区は3課がいます」
「あ、そうだった」
「お前な……」
黒川に指摘され、夜霧は呆れた表情を見せる。
「まぁまぁ。不破さん連れて行ってくれればいいからさ」
「…ったく。しっかりしろよ。不破、行けるか?」
「あ、はい」
いきなり話し掛けられ、咲耶は急いで立ち上がる。
「1区とA地区を行ってくる」
「いってらっしゃい。お気をつけて」
「いってらー。ちゃんと巡回するんだよ」
「うるせぇ。行くぞ」
「はい…」
――――――――――――
――――――――
――――……
夜霧に続いて部をあとにした咲耶は、彼の跡をつけるように付いて歩く。
歩いていくうちに、いつの間にか街並みが変わっており、町の外観の一致しない建物が次第に増えていく。
――プラティアに入ったのかな。
何処にあるかは分からぬ、異能者だけが足を踏み入れることの許される、異能者の為だけ場所。
もっとも自分は異能者ではないが、従姉や友人に連れられているせいか、何度か足を踏み入れている。
「驚かないのか」
「え?」
「……」
それだけ呟いて、夜霧は口を閉ざした。
驚かないとは何を指しているのか。
先程と変わったのは、せいぜい景色くらい。と至ったところで、咲耶は言葉の意味を理解する。
「……プラティアなら、学校帰りに寄ることが多くて。友達と」
「この辺りもか?」
夜霧の言葉に辺りを見渡す。
自分達の歩く大通りに以外に道はなく、その道の両端には多くの店が立ち並ぶ。
――あんまり見慣れないけど、飲食店が多いから1区かな。
「オルテンシアには、たまに行きます」
「そうか」
そこで会話は途切れる。
夜霧からしてみれば、目に映る光景は一般人に馴染みのないものと判断したのだろう。
親身とは言い難いが、彼なりの気遣いが見えた気がした。
「あの、ありがとうございます。気遣っていただいて」
「この程度で不安になられても困るからな。不破……お前にとって異能者は近しい存在か」
「えっと……どうなんでしょう。親戚が異能者なので、遠くはないかと思います。友人にも何人か、います」
「友人か。大徳高校は異能者の学生を受け入れていると聞いている。一般枠の学生も、ある程度理解のある者を選抜しているらしいが」
「そう、ですね。みんなとは言えないですけど……私が知っている限りでは、異能者だからって何か言われたりはないです」
知流をはじめに、自分の学年にも異能者はいる。
5年ほど前に出来た新設校であるので、下の学年であればあるほどその人数は多くなるが、一般生徒に比べれば微々たるもので、クラスは異能者と一般人を分けることなく混合の編成をしている。
他学年には詳しくないが、自分の学年で異能者と一般人の対立話は聞いたことがない。
あったとしても文化祭の出し物などで、意見が対立したことくらいだ。
だから学校生活においては、共存は出来ていると認識している。
「良い学校だな」
「はい……そう思います」
「ここでは、逆に苦労すると思うが」
「え――」
「あれ?咲耶ちゃん?」
呼ぶ声が聞こえ、振り返る。
「どうしたの?こんなところで」
「沙那さん…」
声を掛けてきたのは、クラスメイト達と行きつけの食堂の店主である
「まだ授業中じゃない?何かあったの?」
「い、いえ……」
「本当?あまり見掛けない方と一緒だから…」
そう言いながら、沙那は夜霧の方をチラリと見る。
その眼差しには僅かに疑心が垣間見える。
「本当に、大丈夫ですよ。ちょっと用事があって。それに黒猫……夜霧さんは怪しい人じゃないです」
「それならいいんだけど……見馴れない人と一緒にいるから、てっきり。ごめんなさいね」
控えめながらもそう伝えれば、沙那は納得してくれたようで、咲耶は安堵する。
「ありがとうございます。またお店に行きますね」
「ええ、知流ちゃんも連れてきてね。うんとサービスしてあげる。またね」
沙那は夜霧にも軽く会釈をして、笑顔で去っていく。
「店には行くと聞いていたが、紫陽花の女主人とも知り合いか」
「沙那さんは、昔お世話になって…」
夜霧にはそう言うが、昔といっても中学生の頃だ。
今の学校のように異能者に対する理解が乏しかったせいか、居場所を見付けられず、馴染むことができなかった知流と共に、学校に登校していなかった時期があった。
知り合いに見付かるのが嫌で、逃げ込むようにプラティアの路地裏でひっそりと過ごしていたが、その様子を見かねたのか、不意に声をかけてきたのが彼女だった。
特に理由も聞くことなく、ただ新作の料理の味見をして欲しいと彼女の店に連れてかれ、作った料理の感想を言いながら食べていただけであったが、何故か胸の辺りが温かくなったのを覚えている。
「沙那さんの料理は美味しくて、優しいから好きです」
「そうか…」
相槌を打ち、夜霧は背を向けて歩き出す。
そのあとに続きながら、過去が混じる景色を眺める。
あの時の自分達のような存在はなく、路地裏には誰もいない。
「次は大通りに行くぞ」
「はい」
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