貴方次第です

「ここで待ってて。先輩達はちょっかい出さないで下さいね」

「はーい」

「へいへいほー」


そんなやり取りがあったのが数分前。


「なぁプリン食う?先輩が買ってきたやつだけど、今日休みだからやる。美味いぜ」

「ふわたん部活とかやってるの?彼氏は?」

「え…っと……」


九条がその場を後にした途端、咲耶を取り囲み話し出していた。

興味津々と言わんばかりに質問攻めしてくる二人に、どう対応していいかわからず口ごもる。


――どうしよう。違う意味で気まずい。

――名前も聞いてないし。


「二人とも。不破さん困ってるよ。九条くんにも言われたばかりでしょ」

「「えー」」


黒川が間に入るものの、二人は不服そうに意義を唱える。


「ごめんね。彼等いつもああだから」

「いえ…」

「紹介してなかったよね。興奮気味なのが齋藤で、道路に横たわってそうなのが恩田だよ」

「紹介の仕方おかしくね?」


恩田がすかさず指摘する。


「そう?この前給料全部摩った上に身ぐる剥がされて、下着一枚になったって聞いたよ」

「パンイチとかキツ。露出狂かよ。ふわたん気を付けて」

「ちげーよ!いけ好かねー金髪に、勝負吹っ掛けられて受けただけだっての」

「んで負けちゃったんでしょ?ダサ」

「うるせぇ」

「何でそんなことになったの」

「あ?チームに所属してるダチと飲んでて、話してくうちに他チームの話になって。次の対戦チームのボスがまだガキだってことで笑ってたら、その金髪が急に話しかけてきてよ。ダチのチームを遠回しにヘボって言ってきたんだよ。腹立ったから、ポーカーで勝負したってわけ」

「…その金髪さんはどんな人だったの?名前は?」


事の経緯を聞き、黒川は尋ねる。


「知らね。うさんくせー作り笑いで、すかした感じ。腹立つほど面はよかったけどな」

「ふーん?色々あったんだねぇ」

「でも良かったね。身ぐるみ剥がされ危機一髪のところで、調停部の人に助けて貰って」

「ほんそれ。佐倉さんと…誰だっけ。高月さんの後任で来た人らしーけど」

「ああ、新しい副部長さんね」

「それだわ。マジ神だわ。まぁ給料は、金髪曰く賠償金で全部持ってかれたけどな」

「草不可避」

「今月の給料も費やしそうだね」

「ふざけんなし」


――恩田さんって根は優しい人なのかな。

――友達のために勝負に乗ったわけだし。ちょっと単純そうだけど。

――あと金髪の人、もしかして対戦チームの人だったんじゃ。

――リーダーを馬鹿にされたように感じて挑発したのかも。


笑い合っている三人を他所に、咲耶はそう考える。


「おはようございます」


落ち着いた低い声が響いて振り向くと、スーツをしっかりと着こなした、黒縁の眼鏡をかけた男性の姿があった。


「和久さんだ。おはようございます」

「おや齋藤君。今日は早いですね」

「ちょっとやることあって」

「無理はしないでくださいね。ところで恩田君」

「ひっ!」


和久と呼ばれた男は、情けない声をあげながら、いつの間にかファイルで顔を半分隠していた恩田に歩み寄る。


「お、はよ……ご…い…ます」

「よく聞こえません。挨拶ははっきりと。その様子では報告書は終わっていないとお見受けしますが、よろしいですか?」

「高月さんにはご内密に…!!」

「それは貴方次第です」


二人のやり取りをまじまじと見つめていると、ふと目が合う。


「そちらの方は――」

「体験生の不破さんです」


黒川が代わりに答えると、合点がいったと言わんばかりに和久は笑みを浮かべる。


「なるほど。初めまして。四課所属の和久と申します。昨日は一課が大変お世話になりました」

「い、いえ!こちらこそご迷惑おかけしました。不破咲耶と申します」


立ち上がって挨拶を交わす。


「本日は何故こちらに。体験生は明日からと聞いておりますが」

「あ、確かに。九条に連れられてきたのは知ってるけど」

「えっと…高月さんに、部の様子だけでも見ていったらどうかと言われて」

「様子かぁ…」

「様子ね…」


何か言いたげな齋藤と黒川に、咲耶は首を傾げる。


「本日は休暇を取っている局員が多いのです。ですから部の雰囲気を知るには、少しイメージしづらいところもあるかも知れません」

「別にいいんじゃね?今日はまともなメンツが揃ってるし」


補うように和久が説明すると、書類と対峙していた恩田が追随して答える。


「君ってまともだったっけ?」

「え」

「給料日当日に全額摩るヤツがまとも?ん?」

「ごめんなさいやめて俺のライフも財布もゼロだやめて」


黒川と斎藤の容赦ない言葉に、恩田は耳を塞いで机に突っ伏す。

その様子を眺めていると、次第に足音が聞こえてくる。


「遅くなってすまないね」

「あ、高月さん。おかえりなさい」

「ただいま」

「おはようございます」

「和久さん。おはようございます。もういらしてたんですね」

「ええ。少し気になることがありまして。ね、恩田君」

「エッ、ア、ハイ。ソウデスネ…」


和久に相槌を促されるが、高月の登場により俯いたまま片言になる恩田。


「ん?どうした頼人。具合でも悪いのか」

「イ、イエ…ゲンキデスヨ?」

「それならいいが……あまり無理するなよ。後で報告書見るから、俺の机に置いといて」

「ウッス…」

「不破さんはこちらに来てもらっても大丈夫かい」


端にある広めの円型のテーブルへと促され、荷物を持って移動する。

咲耶が座ったのを確認すると、高月も資料を机に広げながら、向かいの席に座る。


「忙しくて申し訳ないね。黒川くん達と話していたようだけど、大丈夫だったかい?」

「…楽しかったです。三人とも気を遣って下さって」

「それなら良かった。さっき部長と君のことを話してきたよ。明日改めて話すと思うけど、喜んでいたよ」

「そ、そうですか…」


ひとまず歓迎はされているようで、咲耶は安堵する。


「明日からの始まる職業体験だけれど、とりあえず日替わりで、1課から順に回ってもらうことになる」

「日替わり……」

「うちの部は4課あってね。課長は四人いて、1課は朝霧君。2課が新城くん。昨日言い合いしてた二人だね。3課は中原さんって人だけど、明々後日には会えると思う。そして4課が俺だね」

「……」

「日々それぞれの課についていって学んだことや感じたことを、配布されてるノートに記してもらって、帰りに俺に渡してもらう感じになるかな」

「……あの」


一通り説明を受けて、咲耶は間を置いて静かに口を開く。


「どういったお仕事を、されるのでしょうか」


異能犯罪対策部が対峙するのは異能者。

厳密に言ってしまえば、他者に危害を加えかねない異能者だ。

知流の言った通り、学生である自分に行わせるものが書類整理などの雑務であるならば、危険からは遠ざかる。


「そうだね。基本的には、各勤務帯にいる各課員を内勤と外勤に分ける。内勤は先程の黒川くん達みたいな書類作成が主な業務で、外勤は割り当てられた地区を巡回していく。そこでトラブルがあったら状況に応じて判断する。といったところかな」

「内勤と外勤…」

「各課長達の判断によるところもあるだろうけど、不破さんは体験生で未成年だから、内勤が主な業務になると思うよ」

「……分かりました」


危険から遠ざける意向ではあるようで、咲耶は密かに安堵する。


「慣れないことばかりで大変だと思うけど、分からないことや不安なことがあったら、すぐに言うんだよ。出来る限りこちらで対処するから。それじゃあ、明日からよろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


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