幸せだね

教室


「で?まじで何があったわけ?」

「……何でもない」

「誤魔化すなら、もうちょいマシな反応しな。ほらほら、親友兼従姉のあたしに話してみなさいよ」


今日はどこに行っても逃げ場など無いのだろうか。

ホームルームがあると無理矢理、教室に戻ってきたはいいものの、続く一限が自習となってしまった。

クラスメート達はあくまで学習という名目を忘れることなく、好きなように過ごしている。

それゆえに朝から引き下がることなく追求を緩めない知流に、咲耶は観念したかのように仕方なく口を開いた。


「…昨日から職業体験だったじゃない」

「総務部でしょ確か」

「うん。でもね、違ったっていうか間違ったというか」

「どういうこと?」

「あのね…」


咲耶は知流の耳元に口を近付け、昨日の出来事を伝えた。


「異能犯罪!?」

「知流…!こ、声大きい」


そう言えば、知流はバツが悪そうに周りの様子を伺う。


「ごめんごめん。でも何でそんなとこにお世話になってんのよ。あそこってほら…

よく死ぬじゃん」

「…やっぱりそうなの?」

「そうだよ。結構ヤバいっしょ。つい三年前にもそこの奴ら半分くらい死んでんよ」

「うそ…」


驚きのあまり、咲耶は思わず口を抑える。


「知らなかったの?異能者ならうちら世代でも有名な話じゃん?」

「私、異能者じゃないもの」

「あーね」


知流は自分のスマホを手に取り、何かを調べ始める。


「んーと確か…………ああ、これこれ」


手渡されたスマートフォンに書かれていたのは、ネットニュースだった。当時、異能犯罪対策部に所属していた局員が、取り締まっていた事件の犯人による逆恨みによって、襲撃され死傷したという内容だった。


「本当なんだ……」

「まぁ調停局設立以来の不祥事ってことで、色々規制されて一般に知られることはなかったけど、異能者限定ネットサイトではよく挙がってたよ。情報系の異能者達が勝手に挙げてただけだけど。噂じゃあ、被害が大き過ぎて、異犯部の局員ほとんど入れ替えられたとか言われてたし」


そう言いながら、知流はスマホをしまう。


「これからどうすんの?」

「分かんない。先生が昨日のことで、体験生を辞退したらしいんだけど、さっき異犯部の人が来てて」

「へーなにゆえ?」

「なんか部長さんが、私のこと気に入ってくれたみたい。それで異犯部の体験生をやらないかって」

「まじ!?超ラッキーじゃん!」


知流はそう叫びながら、席から飛び上がる。


「うちの学校は異能者教育に力入れてるからユルいけど、もともと調停局の体験生選抜だってハードなの。入局試験はもっと鬼ハードだけど。しかも一般対策、異能対策、異能犯罪対策は通称三対って呼ばれてて、その中でも特に選ばれたエリート集団ってわけ」

「……よく知ってるね」


咲耶は引き気味で相槌をうつが、知流はやや興奮気味で話を続ける。


「その中でも異犯部一般人枠って最難関なのよ。ってのもあそこの一般人枠は課長確定だからさ。欠員が出ないと募集だってないわけ」

「欠員でも出たの?」

「それは聞いたことはないけど。でも体験生だって色々制約あって、未成年はダメだったはず。なのに咲耶、アンタが選ばれたってことは厚遇もいいとこよ!」


まるで自分のことのように話す知流に、咲耶は苦笑を浮かべる。


「で、でも。そんな危ない部署はちょっと……」

「分かってないね。うちらまだ未成年。しかも女子高校生っていうパワーワード持ち。せいぜい書類整理が関の山っしょ」

「そうかな…」


昨日の出来事を振り返る限り、その程度で収まるか甚だ疑問である。


「それに死ぬ奴は多いけど、エリート集団じゃん?運良ければ彼氏ゲットできるかもよ」

「鬼籍入りの彼氏?」

「まだ死んでないがな。とりま貴重な体験であること間違いなしっしょ!誘われてんなら、やってみなよ」

「うーん……」


親友の勧めを受けても、未だ決断出来ずにいると、一限終了のチャイムが鳴る。


「もう終わり?はやっ」

「二限は体育だよね。更衣室行かなきゃ」

「いやいやいやいや」


手にしていた体操着の入った袋を取られる。


「アンタは職員室行って、返事しなきゃでしょ」

「でも…」

「先生にはあたしから適当に言っとくから。これは間違いなくチャンス。逃がしちゃダメよ」

「あっ知流……!」


風のように素早く教室から出て行く知流に、反応できず咲耶は呆気に取られる。

少しして俯きながら肩を落として、静かに席を立った。




「どうしよう…」


教室を後にし、知流に言われた通り職員室へ向かおうとするものの、その足取りは重い。


――私どうしたいんだろう。

――全然分からない。


あまりに多くの出来事があり過ぎて、自分の気持ちはおろか、どうすべきなのかさえ検討もつかず、咲耶は歩くことさえついには止める。


「はぁ……」

「ねぇ」


ふと声が掛けられ、振り返る。


「職員室ってどこ?」


そう尋ねてきたのは、薄く青みの帯びた癖のある銀髪の少年だった。


――誰だろう。

――髪の毛ふわふわしてる。ウサギさんみたい。


年齢的にはそう変わらないようだが、制服を着ていないことに気付き、咲耶は思わず少年を凝視する。


「…聞いてる?」

「あ、ごめんなさい……えっと、あの角を曲がって真っ直ぐ」

「ありがと」


指した方へ歩き出した少年だが、何故だか不意に立ち止まる。

不思議に思って見つめていると、こちらへ向き直り、目が合う。


「さっき溜め息吐いてたけど、どうしたの?」

「えっ……その………ちょっと色々あって」


見ず知らずの他人からの唐突に問いに、悩みを答えられずはずもなく、咲耶は言葉を濁す。


「ふぅん。悩めるって幸せだね」

「え?」

「悩めるほど選択肢があるってことでしょ?選択肢のない人は悩まないし、悩めないから」


そう言いながら、どこか挑発的な笑みを浮かべる少年。


「だからあなたは、幸せだね」


それだけ言い残して、少年は背を向けて去って行く。

しばらく立ち尽くしていたが、既に二限が始まっているからか、生徒や教師に遭遇することなく静かだ。


「悩めるのは……幸せ」


咲耶は一人でに呟くと、職員室とは反対の方向に足を進めた。





――――――――――――

――――――――

――――……



「確かこの辺り…」


咲耶が軽い足取りで向かった先は図書室だった。

親友の知流が図書委員であるせいか、勝手は分かるため、慣れた動作で探し始める。


「この棚のはず………あっ」


図書室の最奥とも言える端の棚に並ぶ本を、順に探して数分。

ようやく見つけた色褪せた本を手に取ると、咲耶はその場で本を読み始める。


「調停局は確かこの辺りに……」


朧げな記憶を頼りに頁をめくっていく。


「あった。異能犯罪対策部…………対策部は本来、一般対策部と異能対策部の二部署による構成であったが、異能者による犯罪件数が年々、増加傾向にあると見られたため、その対策として異能対策部より派生する形で発足された異能対策部犯罪対策班が原形」


――調停局設立時には無かった部署なんだ。


咲耶は再び記述を追っていく。


「後年に渡り、異能犯罪に対応していくうちに規模が大きくなり、異能者の犯罪行為を取り締まる部署として発足。これが現在の異能犯罪対策部である………ということは」


――やっぱり異犯部って危ないところなんじゃ。犯罪者に関わるなんて怖い。


「私が行く意味あるのかな……」


異能者に関われる仕事に就きたいと言ったのも、その場しのぎで言ったことで、強く希望したものではない。

答えを出せず悩んでいると、二限の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「授業サボっちゃった………まずいよね」


誰もいない図書室で一人でに呟いていると、不意に上から雑音が聞こえる。


【えー……あ、もう繋がってる?はーい。ここで生徒の呼び出しをしますねー。一年二組の瀬々悠くん。九日連続遅刻で先生とても困ってます。すぐに会議室に来るように。それから香住くん、木下くん。次の授業資料を取りに職員室までお願いします】


放送による呼び出しのようで、咲耶は耳をすませる。


――直江先生かな。

――そういえば、一年の担任になったんだっけ。


大らかでいつも笑顔を絶やさない人物で、生徒からの人気は高い。

また異能者にも理解があるという事もあり、知流の話にもよく出ていたことを思い出す。


――呼び出された子の名前、確か知流が言ってた異能者の子だったかな。

――九日連続で遅刻ってすごい。


そんなことを思いながら、再び本に視線を戻そうとしたその時。


【それと最後に……三年三組不破咲耶さん。新城先生が探しているので、急いで職員室に来てくださいね。お願いしまーす】


ブチッと途切れた音の後に訪れた静寂。

放送は終わったはずだが、再び本の記述を追うこともなく、咲耶は固まったまま動けないでいた。


――最後なんて……

――三年三組不破咲耶って言ってた?


聞き間違いだと思いたいものの、明らかに名指しされており、頭を抱えそうになる。


「………もう帰りたい……」

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