迎えに来ました

全てが夢だったのではないかと思うほど、普段と何ら変わりのない日常を迎えられればと願ったところで、それは叶わぬ幻想であるということは理解していた。


「おはよ、咲耶」

「……おはよう」


知流に声をかけられ、間を置きながらも言葉を返す。


「どうしたの?元気ないじゃん」

「ちょっとね」

「もしかして職業体験でやらかした?」

「……」

「え、まじ?何があったん」


知流が興味ありげに聞き返すが、どこから話すべきなのか迷い、咲耶は口を噤む。


「不破」


そんな中、後ろから声をかけられて振り向けば、クラスメートの男子生徒が立っていた。


「先生から伝言。今すぐ職員室に来いってさ」


男子生徒はそれだけ言うと、自分の席に戻って行った。


「まさか呼び出し?咲耶ホントに何したの」

「………行ってくるね」


知流の問いに答えず、咲耶は足早に教室を後にした。




――――――――――――

――――――――

――――……



「不破。何があった」

「私にもよく……」


登校して早々、職員室に呼ばれた咲耶。

昨日と変わらない仏頂面の担任の顔を見て、早朝から憂鬱な気分になる。


「何がどうあって、異能犯罪対策部と行動することになるんだ」

「…成り行き?」


その言葉に、更に深く眉間に皺が刻まれる。


「話を聞いた限りでは、局員が間違えた挙句、現場にお前を連れて行ったらしいな」

「そうです」

「間違える局員は当然ながら阿呆だが、お前も気付かなかったのか」

「そう…ですね…」


気付いていなかったわけではない。

むしろ気付いてはいた。あくまで途中でだが。

だがこれ以上話をややこしくするのは

賢明ではないと思い、咲耶は目線を下げる。


「まぁまぁ。いいじゃないですか先生」


その声に顔を上げると、見知らぬスーツを着た男女二人組の姿があった。


「やばっ!薫さん見てください!めっちゃ似てる!」

「そうね。目元の辺りが特に」


見知らぬ二人は担任の方へ視線を向けては、

各々好き勝手に感想を呟いた。


「…失礼ですが、あなた方は?」

「あ、申し訳ありません。紹介が遅れました。私、異能犯罪対策部の沖本薫おきもと かおると申します」

葉山夏樹はやま なつきです!よろしくお願いしまーす」


緩い紹介に視線が鋭くなる担任だが、平静を装い言葉を続ける。


「どういったご用件でしょうか?あなた方の来訪は伺っておりませんが」

「咲耶ちゃんを迎えに来ました」

「え」


咲耶は驚いて、思わず声を漏らす。


「昨日、高月さんに連れられて、部長と話したでしょ?あ、俺は遠巻きに見てたんだけど。その時の様子を見て気に入ったらしくてさ。部長が是非うちの部の体験生にしたいってことなんだよね」

「それで急遽、近くにいた我々が彼女を迎えにきたということです」

「しかも夜勤明け。いわゆるサビ残でーす」


軽やかに経緯を説明する葉山と和かに話す沖本に、咲耶は表情には出さないものの唖然とする。

昨日話したなかで、体験生に推される理由など思いつかなかったのだ。


「申し訳ありませんが、不破は昨日の一件から辞退を申し入れたはずです」

「え」


咲耶は驚いて、担任の顔を思わず見る。

自分のあずかり知らぬところで、事は動いていたらしく驚きを隠せなかった。


「そうなんですか?」

「こちらは特に聞いておりませんが」


沖本と葉山は互いに顔を見合わせる。

その様子に構うことなく、担任は話を続ける。


「第一、不破はまだ学生かつ未成年です。異能犯罪対策部の体験生の条件を満たしていないはずです」

「それはそうなのですが……」

「そちらの部長の指示とはいえ、不破はこの大徳高校の、ひいては私が受け持つ生徒です。彼女を守る義務があります。私は一般人ではありますが、異能犯罪対策部がどういったところかも理解してるつもりです。彼女をみすみす危険にさらすつもりはありません」



担任の思わぬ発言に、咲耶は目を丸くする。


――この前も思ったけど、ちゃんと先生してる。


「そう言わてしまうと、こちらは何も言えないと言いますか……困りました」


沖本は困った様な表情を浮かべ、ひとりでに悩みはじめる。

一方で葉山はおもむろに携帯を取り出して、どこかにかけ始めた。


「――あ、もしもし。高月さん?今、大丈夫です?実はオレら不破ちゃん迎えに行ってるんですけど………はい?なにしてるんだって?え、だって迎えに行けって言いましたよね?……は?オレらじゃない?うそー」


電話の相手は、昨日会った高月のようで、咲耶は二人のやり取りに耳をすませる。


「というか担任の先生めっちゃハードル高いんですけど……もう既に不破ちゃんの体験生辞退してるとかって………まじか。ヤバイっすよ薫さん。不破ちゃん迎えに行くのオレらじゃなかったみたいですよ」

「え。そうだったの」

「課長に怒られますよねやだ逃げたい」

「大丈夫じゃない?今日は休みで、私達も直近だし」

「いや絶対報告いくっしょ。うわーやらかしたやばい……あ、あーもしもし?」


一方的に告げると、葉山は再び電話に出る。

それから数分やり取りしたあと、電話が切れたのを確認して、葉山は苦笑して咲耶達の方へ顔を向けた。


「すいません。なんかオレ達の早とちりだったみたいで。うちの高月が今すぐ来るらしいので、その際に改めてお話しさせていただいても?あ、辞退の件も含めて」

「……辞退の件は変わらないと思いますよ」


その言葉に、沖津は不思議そうに首を傾げる。


「失礼ながらそれは、学校側の判断ですよね?」

「それが?」

「体験生はあくまで不破さんかと。先程の反応を見る限り、彼女は自分から辞退したい言ったわけではないかと思うのですが」


そう言いながら、沖本は横目で咲耶を捉える。


「未熟な学生とはいえ、不破さんにだって意思はあるはずです。まずは不破さんの意見を聞いてから、ことを決めても遅くはないかと思うのですが……」

「あなた方に言われる義理はありませんが……一理ありますね」


新城はそう言うと、咲耶を見遣る。

沖本と葉山も連なるように彼女を見つめる。

三人の視線が一斉に集まって、咲耶は顔を硬ばらせる。


「えっと……その…」


逃れられない状況に咲耶は焦燥する。


「何も迷うことはない。正直に答えればいいことだ」


担任はそう言って、答えを促す。

チャイムの音が聞こえ、咲耶は直立する。


「あ、の………ホームルーム…始まるので、後にしてください」



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