本当に頼もしいね


プラティア 某所


「部長は以外と真面目で思慮深い人だし、上手くいく保証はなかったんだけどねー」

「…………」

「不破さんが意外にも立ち回ってくれたお陰で、本当ありがたいよ」


本日の業務を終え、行きつけの雑貨店にて。

目の前の親友――朝霧は小物を物色しながら、そう口にする。


「お前は――」


――こうなることを分かっていたのか。

楽しげに物色をしている朝霧に、そう問い質したくなるのを抑える。


「まさか。こんなにも上手く運ぶなんて、思ってもなかったよ」


こちらの考えなどお見通しと言わんばかりな言葉と共に、朝霧は笑みを浮かべる。


「そもそもさ。彼女がどんな子なのかも、これからどんなことをしていくかなんて、僕にはこれっぽっちも分からないさ」


そう答えながら、気に入った小物を手に取る。


「これ買っちゃお。ああ、でもね。僕にも思うことはあるんだよ。夜霧」


名前を呼ばれた黒髪の男――夜霧榛也やぎり しんやは鋭い眼差しのまま顔を上げる。

それに応えるように、濁りのない薄灰色の瞳を向ける朝霧。


「僕がこれからやろうとしてることは、決して正しい行いではない。当然だとも。でもどうしても叶えたいものなんだ。そのためにはきっと彼女が必要で、僕は彼女を利用する。それが罪であるのなら、どんな形であったとしても、その罰を粛々と受け入れるつもりさ」

「…………」

「だけどもし……それは罪ではなく、ある一つの手段として容認される行為であるならば。僕の行いは間違いではなく、赦されたものということになる」

「朝霧――」


飽きるほどに何度も見てきた顔のはずだ。

どうしてだろうか、初めて見たような、どこか戸惑う感覚に陥る。

それと同時に、揺るぎない覚悟が示したその眼差しに、もはや止める術はないのだと悟らざるおえないと知り、夜霧は小さく溜息を零した。


「――お前がどう思うかは自由だ。だが俺は他人を犠牲にしてまで、助かろうとは露にも思わない」

「それでいいよ。本当に頼もしいね。黒猫さん」

「おい」


朝霧の言動に、鋭い目つきで睨みつければ、張り詰めた空気が緩むように、彼は屈託無く笑った。


「あははっ!名前を知らなかったとはいえ、黒猫さんなんて、随分可愛らしいよね」

「ふざけるな。こっちはいい迷惑だ」


名乗っていないのは事実である。事実ではあるのだが。


――もっとマシな呼び方はなかったのか。

――黒猫並みに目つき悪いのか俺は。


子供にもそう思われているのは少し悩ましい。


「仕方ないでしょ。ちゃんと自己紹介しないから、こうなるんだよ」

「黙れ。早く買え。帰るぞ」

「えー。待ってよー」

「全く…」


やや小走りでレジへ向かう朝霧を横目に、夜霧は窓から見える外の景色に目を向ける。


「不破咲耶か……」


朝霧によってここへ導かれた少女。

抑揚のない声色と、変化の乏しい表情。

腰まである揃えられた艶やかな栗色の髪。

幼さが微かに残るものの、他人の容姿はそこまで関心が無いと思われる自分でさえ、美しいと思える顔立ちをしている。

しかしそれ以外は、どこにでもいる少女と大して変わらないと思えた。

そんな彼女に、何かを変えられるほどの大きな力があるとは、どうしても思えない。


「おまたせー……んー?どうかした?」

「さっさと行くぞ」

「はいはい」


会計を終えた朝霧と共に店から出る。


――どちらに転んでも、俺のすべき事は変わらない。


「ねぇ、これからどうする?」

「帰るに決まってるだろ」

「ご飯食べようよ。お腹すいたー」

「一人で食え」

「えー?」


今はただ流れに沿うことにする。

来るかも定かでない、時に備えて。

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