まとまらないな
休憩室
「ふぅ……」
局内の喧騒も静かになり始めた頃。
高月は誰もいない休憩室で佇みながら、数時間前の出来事を振り返っていた。
――本当に今日は色々あったな。
体験生が来ることから多少のイレギュラーは予想していたものの、今日起きたことは想定外だった。
一つは体験生の誤認。朝霧は部下達の信頼も厚く優秀ではある。しかし抜けているところがあり、普段から部内以外の人の顔を覚えていない節はあったが、課長達には前もって体験生のデータは送られている。
臨時的とはいえ配属される人物の顔を覚えていなかったのは、些か疑問に感じていた。
何故なら、彼が肝心なところで失敗した覚えがないからだ。朝霧は日頃から人の名前を覚えていないどころか、間違え、ほかにも提出書類を汚したり、ろくに見ずに許可するときもあったり、はたまた遅刻することもある。
しかしどうしてだが、絶対に失敗は許されない極めて大きな仕事や重要案件に関しては完璧と言っていいほど失態を犯したことがなかった。
つまり新城が言う通り、普段の腑抜けた態度から打って変わって抜かりない人物ではあるのだ。
また調停局にある部の中で、異能犯罪対策部は異能を用いて罪を犯した者と相対する為、命の危機に晒される。
当然ながら過去には殉職した者もいる。
それもあって体験生でさえ、了承を受けたうえで、予め研修を受けさせている。
だからこそ、体験生の誤認が発生するのは不可解なのであるし、さらには体験生の迎えを進んで申し出たのも、朝霧自身だ。つまりは把握していたはずである。それでも違う体験生を連れてきたということは。
――何か隠しているな。朝霧くん。
本人は自分の不注意と言っていたが、それにしては違和感が拭えない。
――配属予定の体験生に不満があるなら、選定するときに言えば良かったはず。
高月は思考を巡らせる。
――本当に間違えたのか。いや、やはりそれはない。腑に落ちない。
――あるいは……不破さんをうちの部の体験生にさせたかったのか。
それならば、筋は通る。一応。どれほど適していても、原則として未成年は選抜対象外であるからだ。
だがそれだけで断言するには厳しい。
答えが出ないまま、少女の存在が自分の中で大きくなるとともに、もう一つの疑問が浮かび上がり、高月は再び思案する。
解除番号の出処である。
――朝霧くんと不破さんの話に差異はなかった。
だから朝霧が教えたという事実に違和感がない。こちらは筋が通る。
だが解除番号は極めて重要なものであり、課長でさえ他課の番号は知り得ない。
それを体験生である彼女に教えるだろうか。
――俺なら有り得ない。そもそも右も左も分からない彼女と、行動を別にしないだろう。
朝霧は何を思ったのか彼女を自分の部下に任せた。何か意図があるかとも考えたが、任せた面々からして信頼からの行動なのは伺える。だから万が一のことを考え、教えたということであったなら安全面を考慮と一理ある。
しかし部長と対面したときの彼女の様子を見ると、本当にそうなのかと思ってしまう。
別に嘘を付いてるわけではなかったように思う。しかし言葉を選んでいた節はあった。
――何か隠しているというわけでもなかったが、彼女なりに朝霧くんを庇おうとしたのか。
終始人形のような乏しい表情で、何を考えているのか分からなかったが、何かしらの意図があるのは辛うじて感じ取れた。
「はぁ……なかなか、まとまらないな」
疲れた頭では思考でさえ霧散する。
時計を見れば20時を回ったところで、就業時間はとうに過ぎている。
「今日も随分疲れてるな」
「ああ……お前は帰らないのか?」
聞き慣れた声に振り返ることなく、高月は言葉を返した。
「三課の誰かが来たら帰るさ」
そう言いながら、隣に座ったのは四課課員――
四課課長である高月にとっては直属の部下であるのだが、彼は幼少からの幼馴染でもあり、部内でも気を許せる唯一の相手である。
「飯食ってなかったろ。買ってきた」
錫原はコンビニで買ってきたであろう弁当を袋から取り出し、自分と高月の前に置く。
「ありがとう。いくらした?」
「いいさこれくらい。俺のついでで買ってきたし。ってか何で今日残ってんの?残業したって意味ないだろ。報告書とかあった?」
「ないよ。ただ今日のことを中原課長に報告したくてね」
「新城課長に任せればいいんじゃないか。あの人昼番だろ」
「そうしたいけど、彼だと偏った報告になりそうだからね」
「あー」
途端に納得する錫原。
「本当お疲れ。うちの課長達はお前以外まともなヤツいないからな」
「そうかな。確かに個性的ではあるけれど」
「個性的ってか偏屈の塊だろあれ。南雲部長や佐倉くんが心配してたぞ」
「ええ?そうなの?」
元上司と後輩の名前を出され、途端に気の抜けた言葉が漏れる。
「1ヵ月経ったけど、うまくやってるかだの、体調崩してないかだのって。落ち着いたら顔出せよな」
高月は一月ほど前まで、調停部という別の部に所属していた。
――そういえば1ヶ月か。もう随分いる感覚がしてたけど。
調停部は異能者の統率する役目を担う協会と連携して、彼らが編纂している異能者の集団・チームの監督をする役割を担っている。しかし一部を除き、その多くが一般人を敬遠し、常識が逸脱している異能者である。
そんな彼らを相手にするため、精神的に脱落していく者が多い。ゆえに慢性的な人不足に悩まされ、それに加え激務と残業の嵐で、局員達が定期的に行っている配属されたくない部ランキングでは近年連続一位を獲得している。
反面、部内の結束は堅く、問題にぶつかったら全員で取り組んで助け合い、休憩時間ではみんなで菓子を摘みながら様々な話をして、共有したりして円滑な人間関係を築いていた。
互いに支え合い共に進んで行く職場で、高月にとってはとても居心地の良い場所であった。
しかしいつまでもその場所にいられるとは限らない。人事異動により、突如終わりを告げたのである。
――仕事としては、今の方が楽なはずなのに、戻りたくなるな。
そうは思っても叶わない現実。
分かっているとはいえ、社会人として辛いところである。
「心配かけてるのは、申し訳ないな。みんなだって大変なのに」
「ちなみに俺も心配してる。前の方が楽しそうだったしな」
錫原の言葉に高月は苦笑する。
「別に楽しくないわけじゃないさ。ただ少し大変だと思うことが多いだけで」
慣れてないのもあるだろう。
だがそれだけではないことも理解していた。
「俺が勝手に思うことだけど、この部ってコミュニケーション不足なんだよ。仕事ではあるけど、もう少し歩み寄れたらいいんだが」
異能犯罪対策部は部長と副部長、課長は全員一般人であり、部下である課員は全員異能者という構成になっている。
こういった背景には、一般人と異能者の共生という理想が根本にあるだろうが、現在の様子を見る限り共生などは出来ておらず、むしろ双方の隔りを鮮明に表してしまっている。
「難しいことなのは分かっているつもりだが、どうにかしたい。それを体験生にも期待していたわけだが…」
「間違って連れてきちゃったんだろ。朝霧くん」
「そうだね」
現実とは非常である。
「朝霧くんブレないな。齋藤くんから聞いたけど、女子高生ってマジ?」
「本当だよ」
「どんな子?可愛い?」
興味津々に尋ねられ、高月は少女の姿を思い浮かべる。
表情は乏しかったが、人形のように整った顔立ちではあった。
美人に該当するとも思ったが、子供ゆえの幼さも残っていて。
印象的なのは綺麗に整えられた亜麻色の長い髪だろうか。
髪の一部を横で束ね、学生らしい可愛らしい髪飾りを付けていた。
「そうだな……可愛いと美人両方かな」
「え、会いたい。明日も来る?」
「どうだが。もともと総務課の体験生だから」
「ってことは美人の確率100%」
「言い切るな」
「当然だろ。あそこ美男美女しか採らないからな」
ご機嫌な錫原をよそに、彼が差し入れた弁当を手に取る。
見れば自分が贔屓にしている弁当屋のもので、ついでと言っておきながら、わざわざ買ってくれた錫原の優しさに感謝しつつ、取る予定のなかった晩飯を口にする。
「そういえば…」
おかずを口にしながら、高月はあることを思い出す。
「お前のシフト。明日からしばらく夜勤だから、無理じゃないか」
「え」
瞬時に固まる錫原。暫しの沈黙。
「まじかよ!!タイミング悪過ぎだろ!」
「はははっ」
「笑うな!」
楽しい時間はこんなところにある。
それがどんなに些細で一瞬のことでも。
これから先、そんなひと時が少しずつでも増えていけばいい。
――今日はもう考えるのは止めにしよう。
そう心に決めて、高月は笑みをこぼした。
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