あくまで原因は君にある



「不破さん!」


高月とともに別室から出てくると、自身を呼ぶ声が聞こえ、咲耶は静かに顔を上げる。

その瞬間、異能犯罪対策部の課員であろう複数人と目が合ったような気がするが、敢えて気付かないフリをする。


「朝霧さん…」

「良かったー。どこに行っちゃたかと心配してたんだよ。変な輩に連れてかれたんじゃないかって」


特徴的な灰色の髪を僅かに揺らしながら、安堵したような笑みを見せる朝霧に、高月は少し眉根を下げて困ったような笑みを浮かべた。


「状況把握のため、不破さんと話させてもらうと伝えただろう。忘れたのかい?」

「今思い出しました」

「全く君は……気を付けないと、また新城くんから小言を貰うよ」

「ご忠告ありがとうございます。もう目を付けられてますけどね」


あくまで飄々として答える朝霧に、高月は一息吐いて穏やかな表情を浮かべる。


「拗ねないで。新城くんもああ見えて、君に期待しているんだ」

「まさか。ただのやっかみですよ」


笑顔のまま高月の言葉をかわすと、朝霧は咲耶に視線を移した。


「高月課長と一緒だったんだね」

「はい。色々と良くしていただきました」

「いや本当良かった良かった。高月さんは話のわかる人だからね。他の人だと…おっと」


唐突に会話が途切れる。

自分達の間に割り込むように現れた男が原因であると理解するのに、時間はかからなかった。


「初めまして。私は異能犯罪対部二課課長の新城弘孝です。貴女が容疑者の不破咲耶さんですか?」


――よ、容疑者?


「ちょっと新城さん!いたいけな女の子になんてこと言うんですか!」


あまりの物言いに抗議する朝霧に、新城と名乗った男は騒ぐ事なく、ただ静かに一瞥する。その視線は黒猫ほど鋭くはないが、それなりに険しいものであった。

加えて周囲の刺さるような視線に、咲耶は後ろめたさを感じ、僅かではあるが顔を背ける。


「強ち間違ってはいないでしょう。事前に教えられていたとはいえ、体験生の分際で指示を待たず、無断で課員の解除番号の乱用。たとえ無知な学生であっても、立派な規則違反です」


規則違反。新城のその言葉に、咲耶は全身が強張るのを感じた。


「違反って言いますけど、彼女の状況に応じた判断により、標的を捕まることができたんですよ」

「それは結果論です。本来、解除番号を知ることが許されているのは、異能犯罪対策部部長と副部長。そして各課長達だけ。同じ課長でさえ、他課の番号を知る事は原則として許されていない。いくら非常な事態であったとしても、それを教えること自体が危険な行為であるのです」


咲耶は何も言わず、ただ静かに耳を傾ける。

佐野からただ流れるように教えられ、口にした解除番号というものは、自分が思っていた以上に重要なものであったと思い知らさせる。


「そもそも。貴方は彼女に、解除番号を事前に教えていたと言いましたが、私はその行為自体を怪しいと感じています」


立て続けに発せられた言葉に、咲耶は脈打つ鼓動をより鮮明に感じる。


「それは心外ですね。あの現場で、僕以外に一課の解除番号を知ってる人はいないはずですが」

「そうですね。副部長は長期出張で不在。部長は丁度会議に出ていましたから。ですが貴方は、普段の腑抜けな態度からは想像できないほど抜かりのない人でもあります。そんな貴方が、顔さえろくに把握していない小娘なんぞに、命綱ともなりえる解除番号を易々と教えますかね」


あまりにも的を得た新城の推測に、全く反論の余地がないと咲耶は思う。

事実、解除番号は佐野から知らされたもの。

朝霧からは番号どころか、その存在すら一言も伝えられていない。


――この人、ちゃんと分かってるんだ。朝霧さんの事。


それはある種の信頼なのかも知れない。

だからこそ、一連の流れに違和感を覚え、異議を唱えているのだ。


「確かに知り得ていたのは、貴方一人でしょう。ですが奇遇なことに、一課には相手の思惑でさえも、勝手に暴いて読み取る輩がいましたね」

「佐野くんのことですか。彼は優秀な課員ですよ」

「どうですかね。普段から冴えない顔で、何を考えているか分からない男ですから。何をしていてもおかしくはない」


その言葉に、朝霧から貼り付たような笑みが少しだけ消え、灰色がかった瞳で新城を捉える。


「……その言い方ですと、彼を疑っているように聞こえるのですが」

「可能性としてはあり得るでしょう。事実であれば、彼にはそれ相応の――」

「新城課長」


口論を繰り広げる二人に、冷や水を浴びせるように響く声。

それは高月から発せられたものであった。

その声色や彼の表情に、怒りや非難といった感情は見受けられないが、その眼差しは揺らぐことなく、ただ静かに向けられていた。


「君の言い分も分かる。だが不破さんや佐野くんを責めるような言動は適切ではない。加えて、多くの課員が見ているこの場所で、言い合う必要はないはずだ」

「それは……」


ばつが悪そうに新城は顔を背ける。


「朝霧課長も。君の報告には、些か不自然な点が見受けられる。何か隠していることがあるなら、今のうちに報告しておくのが懸命だよ」

「ご忠告、痛み入ります」


朝霧もまた、高月の言葉にただ頭を下げる。

その様子を見て、高月は咲耶へと視線を移す。


「不破さん、大丈夫かい」


静かに頷くと、咲耶に高月は優しく微笑みかける。


「君のことは責めてはいないから安心して。何も心配しなくていいから」



――――――――――――

――――――――

――――…



高月と共に、部長室に赴いた咲耶。


「君が不破咲耶くんか」

「は、はい…」


辛うじて返事はしたものの、咲耶は今すぐ立ち去りたい一心であった。

呼ばれた時点で分かってはいたものの、いざ対面となると竦んでしまう。


「初めまして。異能犯罪対策部部長の大久保だ。こちらの手違いとは言え、君のような娘を巻き込んでしまったのは、大きな失態だ。まずは謝罪を」

「い、いえ……本当にお気になさらないで下さい」


先ほどの高月と同様に深く頭を下げる大久保に、咲耶は控えめに言葉を返す。

ゆっくりと頭をあげた大久保は、視界に咲耶を捉えると、静かに口を開いた。


「朝霧君から話は聞いているが、君からも話を聞きたい」


敢えて何をと言わない大久保に、咲耶は少しだけ口を噤む。


――落ち着いて話さなきゃ。

――朝霧さんとあまりお話しできなかったからよく分からないけど、多分合わせておいた方が良いと思う。

――新城さんの話を聞く限り、解除番号は本来課長以外は知り得ないものだから、佐野さんから聞いたことは絶対言ってはいけなくて。

――でも朝霧さんから単に教えられただけって言うのも、朝霧さんが責められちゃうから……。


「――不破さん?」


高月は顔を覗き込むように、沈黙する咲耶を覗き込む。


「大丈夫かい?深く考えなくていいんだよ。そのまま話せばいいから」

「……ありがとうございます。」


気遣う高月へ一瞥すると、咲耶は意を決して大久保へと向き直る。


「解除番号について……お聞きしている通りです」


答えを端的に告げてから、咲耶は言葉を続ける。


「でも私は……それがどういったものなのか、全く理解してませんでした。朝霧さんをはじめとする皆様に、ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」


そう言い終わると、咲耶が静かに頭を下げる。その様子を大久保は静かに捉える。


「成程。あくまで原因は君にある。ということかね」

「……はい」


頭を下げたまま、咲耶は肯定する。


「そうか。分かった」

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