そんなに違いますか?
調停局 異能犯罪対策部
「朝霧課長。これはどういうことです」
「すみません。ちょっとした手違いで」
「ちょっとした手違いから、どうしてこうなるんです」
「どうしてでしょうね」
笑みを崩さない朝霧に対し、厳しい表情で問い詰めているのは、異能犯罪対策部二課課長――
「うわ…新城さん、また怒ってるよ」
「どうせまた、一課に手柄取られた八つ当たりでしょ」
「それが違うっぽいよ。なんか一課がやらかしたとか」
「そうなの?ターゲットは捕まえたって聞いたけど」
「話聞く限りじゃ、別件っぽいよーな」
限りなく小さな声で話しているのは、問答を繰り返している課長二人の様子を、業務をこなしながらも、興味ありげに伺っている異能犯罪対策課員。
「上から聞きましたよ。彼女は本来、総務部の職業体験生だとか。しかも未成年」
「仰る通りです」
「え」
二人の課長からすぐ近くの棚。
身を隠しながら聞き耳を立てているのは、黒川と彼の同期で二課課員である青年――
「未成年?マジ?」
「うん。制服着てたしね。水沢さんは大徳高校って言ってたかな」
「JK。学校じゃないのにJK」
「つよぽん、嬉しそうだね」
「今度来る代理の人って、俺達と同い年くらいって聞いてたじゃん。それがまさかの女子高生だったなんて」
「朝霧さんが間違えて連れてきちゃったみたいだけど」
「俺のハマってるアプリのレア評価なら☆5。つまり最高レア」
「ゲームのことは分からないけど、レアではあるね。水沢さんが言ってたように、顔も可愛いし」
「なにそれ見たい。お名前は?」
「不破咲耶ちゃん」
「はぁー名前まで可愛いとか何なの。こんなとこまで一課優遇とかつらい」
「そっちには九条くんがいるじゃん」
「能力的にはぶっ壊れ最高チートレアだけど、可愛くないから。ああ、異動したい」
大げさなまでに嘆く齋藤をよそに、黒川は棚から半分顔を出し、朝霧達の様子を再度伺う。
「だいたいですね。既にデータは送られていたでしょう。貴方が普段から腑抜けているのは周知の事実ですが、顔くらいは認識しているものでは?」
「すみません。人の顔を覚えるのが不得手でして。確かに彼女を現場に連れてきてしまったのは僕の不注意です。しかし驚くことに、彼女のおかげで問題なくターゲットを捕らえることができました。厳密に言えば彼女の手で。つまり原石を見つけたということに――」
「話の論点をすり替えないでいただきたい」
「んー困りましたね」
「困っているのはこちらです。どの口が言うんですか」
「僕の口です」
変わらず笑顔のままの朝霧に対し、新城は深い溜息をつきながら眉間に深い皺を刻む。
――新城さんも懲りないけど、朝霧さんも懲りないな。本当に口が回る。
問い詰めているつもりで、上手く躱されるどころか遊ばれている。
自分の直属の上司は、四人いる課長達の中でも最も若年のはずだが、それをハンデと思わせないほど底知れぬ何かがある。
黒川はこの部に来て日は浅いが、それだけはどことなく察していた。
「新城さんも大変だね。あの様子じゃ今回も長引きそう」
「課長達はどうでも良いよ。それより咲耶ちゃんはいずこ?」
「別室で高月さんと話してる」
――――――――――――
――――――――
――――……
「初日早々、申し訳なかったね」
「私も伝えきれていなかったので……ご迷惑お掛けしました」
咲耶が頭を下げると、目の前の男は慌てたように首を振った。
「いやいや!不破さんは悪くないよ。朝霧くん、ああ見えて強引なところあるから。あ、紅茶は飲める?」
「お、お気になさらず」
「遠慮しないで」
「……ありがとうございます」
差し出された物を無下にはできず、咲耶はおずおずと受け取る。
「…………」
佐野から教えられた解除番号を伝え、黒猫の枷を外した。
そこからの流れはあまりに早過ぎた。
黒猫は異能を駆使して、僅かな反抗すら許さないと言わんばかりに、標的を圧倒した。
それはまるで映画のような絵空事と思わせるほどだったが、鮮明で的確で。一つの欠点すら見つけられないほど完璧だった。
咲耶は声も上げず、顔色も変えることなく。
その光景を焼き付けるように、ただ見つめることしか出来なかった。
黒猫の活躍により、標的を確保した後、合流した朝霧達と共に調停局に戻り、異能犯罪対策部へと案内された。
水沢に連れられ通された別室で、共に待機していた咲耶。
しかし途中で水沢が呼ばれ、入れ替わるように現れたのが、目の前に座る男だった。
「改めて自己紹介しようか。俺は
高月と名乗った男は穏やかな面持ちで、咲耶に話し掛ける。
一見どこにでもいそうな風貌に見えるが、よく見れば優しげで整った顔立ちをしている。
――朝霧さんは少し派手で軽い感じであったけど、高月さんは落ち着いた人みたい。
――働いたことないから、よく分からないけど、学校でもこういう先輩は人気だった気がする。
「不破さん」
名前を呼ばれ視線を上げれば、真剣な眼差しでこちらを見据える高月の姿があった。
「こちらの手違いにより、危険に晒してしまったことは事実。本来、君のような子を巻き込むことは許されない。まずは謝らせて欲しい」
頭を深く下げる高月に、咲耶は驚きながらも慌てて手を横に振る。
「あ、あのっ……本当に大丈夫ですから。巻き込まれたわけじゃありませんし、もちろんその……色々と驚いちゃったりしましたけど……き、貴重な体験をさせていただきましたし……えっと、無事捕まえられて…良かったですね」
途中から間違いであると気付いていたのに、伝えることができなかった自分にも非はある。
そもそも流れに身を任せたのは自分なのだ。
拙い言葉ながらそう伝えれば、高月は僅かながら驚いた表情を浮かべたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう。君は一般人にしては、変わった反応をするね」
「そう…ですか?」
「大抵の人は異能者と聞けば、それだけで顔色を変える。酷ければ罵詈雑言の嵐の時もある」
「……そんなに違いますか?」
「え?」
高月は咲耶の言葉に声を漏らす。
「異能者と一般人って。異能があるかないかだけで、分けてしまうほどに。人はそれだけで分かるほど、単純なものではないのに」
「…………」
何気ない言葉であったが、沈黙する高月を見て、自分の発言が失言だったのではないかと、咲耶は顔を強張らせる。
「ご、ごめんなさい。関係ないお話でした」
「い、いや……すまない。少し考えてしまって……でも、そうか。そうだよね」
何か思うことがあったのか、ひとりでに頷く高月。
それとほぼ同時にノック音が響き、間を置かずドアが開いた。
「失礼致します」
「どうしたんだい?」
声をかける高月に、咲耶も現れた女性をみる。
黒縁の眼鏡をかけ、いかにも仕事が出来そうな雰囲気を醸し出し、短く切り揃えられた黒髪を揺らす長身の女性。
「部長がお呼びです……そちらの体験生も」
しばらく見つめていたせいか、女性が一瞥した際に目が合う。しかしすぐに逸らされてしまった。
「わかった。ありがとう」
高月がそう言うと、女性は一礼して部屋から出ていった。
「不破さんの準備が出来たら、行こうか。部長は思ったよりかは優しい人だから安心して」
「……分かりました」
咲耶は息を一つこぼしてから、ゆっくりと立ち上がる。
「ああそれと、噂が流れるのは早いというか。課員は君に釘付けだろうけど、あまり気にしないでね」
「はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます