被害者か?
某所
結局、朝霧に押し切られるまま、咲耶は彼の後に続いて調停局を出た。
「あの……どちらへ」
「そこらへんだよ」
――もう10分以上歩いてる。この人のそこらへんって…。
咲耶は変わらず朝霧を訝しむ。
後ろについて歩いているため、表情は見えないが、その背中はどこか浮き足だっているようにも見えた。
「いやぁ、慌ただしくてごめんね」
「いえ…」
「緊急のお仕事が入っちゃってね。あとでちゃんと説明するから」
「…総務部って大変なんですね」
「え」
朝霧は思わず振り返る。
その表情は少し間抜けていた。
「え、ああ……うん。そっか。そうだった」
「?」
「遅かったな」
微々たるものだが、どこかぎこちない朝霧を不思議に思いつつ、細い路地へと入り込んだ矢先。
不意に聞こえた声に、咲耶は動きを止める。
対して朝霧は弧を描くように笑みを浮かべた。
「そう?まだ時間じゃないと思うけど」
「二課は既に動いてる。一課が遅れを取るわけにはいかないだろう」
静かに咎めるような声色と共に、路地の先から現れたのは、黒いスーツ姿の男性。
「俺達はお前の元でしか動けない。それを忘れるな」
「ごめんごめん。お迎えに行ってたんだ」
そう言いながら、朝霧は背後を見遣る。
その視線を追って、男は咲耶を捉える。
「被害者か?」
――え。
咲耶は耳を疑う。
――今、何か、すごい物騒な単語が聞こえたような。
「違うよ。彼女はうちの部に来る職業体験生」
「何?」
「前に言ったでしょ。忘れちゃった?」
朝霧がおどけたように言うと、男は驚いたように目を瞬かせた。
「お前が…?」
驚いたと思えば、今度は獲物を捉えたように鋭い目つきをする。咲耶もまた静かに男を見上げる。
――野良猫みたい。髪黒いから黒猫かな。
――あ、違う。そんなことよりも。
先程から、朝霧の言動には理解し難く不可解なものがある。
「あ、あの…」
「朝霧くん」
疑問を問い掛けた矢先、咲耶の言葉はまたも遮られる。
軽やかな足音と共に現れたのは、艶やかな髪を一つに束ねた女性であった。
「ここにいたのね。てっきり、昨日みたいにまた遅れてくるのかと」
「ははは。流石に二日連続はないよ」
「どうかしら。いまいち信用性に欠けるのよね」
「水沢さんは厳しいなぁ」
「普段の行いよ」
水沢と言われた女性は、呆れながらそう言い切る。
その様子を朝霧の背後から眺めていると、ふと目が合った。
「あら、可愛い子。お名前は?」
「……不破咲耶です」
間を空けて名乗ると、水沢は柔和な笑みを浮かべる。
「名前も可愛いのね。その制服、大徳高校で合っているかしら。何年生?彼氏はいるの?」
「ふふっ。水沢さん、仕事中なのにナンパですか?」
水沢の背後から聞こえる声。
視線を移すと、そこにら中性的な顔立ちの青年がいて、こちらを見てくすくすと笑っていた。
「可愛い子には声を掛けるものよ。黒川くんだって可愛い子は好きでしょう?」
「好きですよ。でもナンパはちょっと。そんな勇気ないです」
「意気地なしね」
「ええ。水沢さんに比べたら」
楽しげに笑う黒川を他所に、優しく水沢は笑いかける。
「はじめまして。いきなりごめんなさいね。私は
「よ、よろしくお願い致します」
水沢の柔和な笑みに、安堵と落ち着きを取り戻す咲耶。
――綺麗な人。和風美人ってこういう人のことなのかな。
――こんな人が異能犯罪の人なんて、ちょっと意外。
――……異能犯罪?
咲耶は静かに朝霧を見遣る。
「………朝霧さん」
「ああ、ごめんね。あとで説明するよ」
――今説明して下さい。
言葉にはしないものの、意図が分かっているのか、朝霧は笑みを浮かべてそう答えるだけだった。
「みんなにも紹介するね。彼女は――」
「課長」
ふと抑揚の無い声が響く。
「二課の齋藤から伝達。ターゲットがこちらに向かっているようです」
そう答えたのは、やや猫背で無精髭を生やした眼鏡をかけた男性。
黒川の背後にいたからか、はたまた今まで無言を貫いていた為か、咲耶はその存在を初めて認識する。
「珍しいですね。二課が取り逃がすなんて」
「そのお陰で、今回は一課の手柄だよ。やったね」
「取り逃がさなければ。ですけどね」
「大丈夫だよ。一課はみんな優秀だから」
朝霧と黒川が掛け合いをしている最中、史菜は踵を返して歩き出す。
「早く済ませましょう。黒川くん、サポートお願い」
「分かりました」
「水沢さん、本当切り替え早いな」
「朝霧くんが遅いだけよ。準備が出来ているなら行きましょう。貴方がいないと何も始まらないの。私を役立たずにさせたいの?」
「はいはい分かってますよって……ああ」
すでに歩き出している史菜と黒川のあとを追おうとして、朝霧は一旦立ち止まって振り返る。
「不破さんは、その二人といてね」
それだけ言い残すと、颯爽と駆けて行った。
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